ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
煙が路地を覆い尽くしていた。
ミナトは壁に刺さったクナイへ飛雷神の術で移動し、迫りくる煙を間一髪でかわした。
着地した瞬間、膝にわずかな重さを感じる。
度重なる瞬間移動で、体力が確実に削られていた。
「そろそろ諦めたらどうだ、海賊」
スモーカーは十手を肩に担ぎ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「逃げ回るだけでは、いつまでたっても俺を倒せんぞ」
「倒せないって、まだ決まったわけじゃないだろ」
ミナトは息を整えながら答えた。
強がりではない。まだ試していない手段もある。
だが、現状では通常のクナイも体術も、スモーカーの煙の身体には決定打にならない。飛雷神で攻撃を避けることはできても、相手を倒す方法が見つからなければ、戦いは長引く一方だった。
スモーカーの身体が白い煙へと変わる。
煙は地面を這い、路地の出口を塞ぐように広がった。
ミナトは周囲を見回す。
壁に残した目印は、まだいくつか使える。しかし、移動先を煙で覆われれば、次の行動も制限される。
飛雷神の術があるからといって、無限に動き続けられるわけではない。
今は勝利よりも、仲間との合流を優先するべきだった。
「悪いけど、そろそろ通してもらうよ」
「断る」
スモーカーが短く答えた。
次の瞬間、煙がミナトへ襲いかかった。
ミナトはクナイを投げ、別の目印へ移動する。煙の攻撃が空を切った。
しかし、スモーカーは追撃をやめなかった。
煙が路地の壁を伝い、ミナトの退路を塞いでいく。
「……しつこいな」
「海賊を捕らえるが、俺の仕事なんでね」
ミナトは小さく息を吐いた。
この男を振り切るには、もう一段階、戦い方を変える必要がある。
だが、その方法を見つける前に、煙が再び迫ってきた。
*
ローグタウンの通りを、ルフィ、ゾロ、サンジが駆けていた。
処刑台から逃れたルフィは、雷が落ちたときのことを思い出しているのか、どこか楽しそうな顔をしている。
「お前なあ! 少しは自分の命を大事にしろ!」
サンジが怒鳴った。
「でも、助かったじゃねェか!」
「そういう問題じゃねェ!」
ルフィは笑い、サンジは頭を抱えた。
ゾロは二人を無視するように前を見据えていた。
「いいから港へ急ぐぞ。いつまでも町にいたら、面倒なことになる」
「ああ!」
三人が通りの角を曲がったとき、白い煙が路地から噴き出してくるのが見えた。
その中で、クナイを手にした金髪の男が煙をかわしている。
「ミナト!」
ルフィが声を上げた。
ミナトは一瞬だけ仲間たちへ視線を向けた。
「ルフィ! ゾロ、サンジ! こっちに来るな!」
その声とほぼ同時に、煙の腕がミナトへ伸びる。
ミナトは飛雷神の術で位置を変え、攻撃をかわした。
「何だ、あいつと戦ってんのか!?」
ゾロが刀の柄へ手を添える。
「海軍のスモーカーだ! 普通の攻撃は通じない!」
ミナトが叫ぶ。
ルフィは迷わず前へ出た。
「だったら、オレがぶっ飛ばす!」
「待て、ルフィ!」
ミナトの制止も間に合わなかった。
ルフィの拳が伸び、スモーカーへ向かう。
しかし、スモーカーの身体は煙に変わり、攻撃は空を切った。
「何だァ!?」
「ゴムの身体だろうと関係ない。俺には効かん」
スモーカーは煙を操り、ルフィの身体を拘束した。
「ぐっ……!」
ルフィが引き寄せられる。
サンジがすぐさま蹴りを放ったが、煙の身体には手応えがない。ゾロも刀を抜いて斬りかかるものの、刃は煙を切り裂くだけだった。
「くそっ、実体がねェのか!」
ゾロは攻撃を中断し、距離を取った。
スモーカーは三人を見回した。
「仲間を助けに来たつもりか。まとめて捕らえてやる」
その言葉どおり、煙が一気に広がった。
*
ミナトは仲間たちの状況を見極めながら、クナイを構え直した。
ルフィは拘束され、ゾロとサンジも決定打を与えられずにいる。
このまま正面から戦い続ければ、全員が捕まる。
ならば、仲間たちを動かす隙を作らなければならない。
「ゾロ、右へ! サンジはルフィを引っ張り出して!」
「わかった!」
ゾロは煙の広がる方向を見極め、横へ跳んだ。
サンジはルフィを拘束する煙へ蹴りを放ち、力ずくで引き離そうとする。
その間に、ミナトはクナイを二本投げた。
一本は路地の奥へ。もう一本は通りの反対側へ。
飛雷神の術で位置を変え、煙の動きを誘導する。
一瞬だけ、ルフィを拘束していた煙が緩んだ。
「今だ、ルフィ!」
「おう!」
ルフィは身体をひねり、拘束から抜け出した。
四人はすぐに距離を取る。
しかし、スモーカーの表情は変わらなかった。
「小細工はうまいようだが、いつまで続くかな」
煙が再び膨れ上がる。
ミナトは奥歯を噛みしめた。
確かに、仲間を助けるための時間は稼げた。
だが、スモーカーの能力を攻略できたわけではない。
移動を繰り返せば、体力が尽きる。仲間たちも、このままでは追い詰められるだけだ。
「ミナト、どうすんだ!?」
サンジが叫ぶ。
「このまま戦い続けるのはまずい。港へ抜ける道を探そう!」
「逃がすと思うか?」
スモーカーの煙が四人を取り囲んだ。
路地の出口が塞がれ、背後には壁が迫る。
飛雷神で逃げることはできても、仲間全員を安全に移動させるには、タイミングと目印の位置が必要だった。
そして、今はその余裕がない。
スモーカーが一歩踏み出した。
「終わりだ、海賊ども」
その瞬間――。
強烈な風が、ローグタウンを吹き抜けた。
*
突風が路地を駆け抜け、煙が大きく乱れた。
海軍兵士たちがよろめき、通りに並んだ露店の布や看板が激しくはためく。
「何だ、この風は……!」
スモーカーが顔を上げた。
風は一度だけではなかった。さらに強く吹きつけ、路地を塞いでいた煙を押し流すように広がっていく。
ミナトは目を細めた。
自然に吹いた風とは思えない。
まるで、誰かが意図的にこの場の状況を変えているかのようだった。
「今だ! 走れ!」
ミナトが叫んだ。
ゾロとサンジが先に動き、ルフィもその後を追う。
ミナトは最後尾につき、仲間たちの背後を警戒しながら走った。
「待て、海賊ども!」
スモーカーが追いかけようとする。
だが、風が再び吹き荒れ、海軍兵士たちの動きを乱した。
スモーカーは足を止め、風の吹いてきた方向へ目を向けた。
通りの向こうに、一人の男が立っていた。
フードを深くかぶり、表情はよく見えない。
それでも、ただの通行人ではないことは明らかだった。
「……お前か」
スモーカーの声が低くなる。
男は何も答えず、静かに立っていた。
ミナトは走りながら、その姿を一瞬だけ見た。
誰なのかはわからない。
だが、あの風が吹いた瞬間、スモーカーの攻撃が止まった。
偶然とは思えなかった。
「ミナト! 置いてくぞ!」
ルフィの声が響く。
「今行く!」
ミナトは振り返るのをやめ、仲間たちの後を追った。
今は、謎の男の正体を探るよりも、全員で町を脱出することが先だった。
*
港では、ナミとウソップがゴーイング・メリー号の出航準備を進めていた。
「遅いわね、あいつら!」
ナミが苛立った声を上げる。
「仕方ねェだろ! 町中が大騒ぎなんだぞ!」
ウソップは周囲を警戒しながら答えた。
「でも、そろそろ戻ってきてもいい頃よ!」
そのとき、通りの向こうから四人の姿が見えた。
「おーい! こっちだ!」
ウソップが大きく手を振る。
「やっと来たわね!」
ナミはほっと息を吐いた。
ルフィたちは急いでメリー号へ乗り込む。
「出航よ! 早く帆を上げて!」
ナミの指示に、ウソップが帆の準備を進める。
船が岸から離れ始めた。
ミナトは船尾からローグタウンを振り返った。
遠くには、まだ白い煙が漂っている。
スモーカーは、飛雷神の術を使っても簡単には突破できない相手だった。
攻撃をかわすことはできても、相手を倒す方法がなければ勝利には届かない。
ミナトはその事実を、身をもって思い知らされた。
「ミナト!」
ルフィの声に、ミナトは振り返る。
「どうした?」
「何ぼーっとしてんだ! いよいよ偉大なる航路だぞ!」
ルフィは、いつもの笑顔を浮かべていた。
ミナトは小さく笑った。
「そうだね。ここからが本番だ」
ゾロは新しい刀の柄に手を添え、サンジは煙草をくわえ直す。ナミは進路を確認し、ウソップは大げさに胸を張った。
それぞれが、次の海への期待と不安を胸に抱いている。
ゴーイング・メリー号は、ローグタウンの港を離れていった。
*
その頃、ローグタウンの通りでは、スモーカーが遠ざかる船を見つめていた。
「……次は逃がさんぞ、麦わら」
彼の視線は、船影が消えていく海へ向けられていた。
その背後には、先ほど風を起こした男が静かに立っている。
「なぜ、あの海賊を助けた?」
スモーカーが問いかけた。
男はすぐには答えなかった。
やがて、静かな声が返ってくる。
「……あの男の進む道を、ここで閉ざすべきではない」
スモーカーは男を見据えた。
「お前は一体、何者だ?」
男は答えず、再び吹き抜けた風の中へと姿を消していった。
スモーカーはしばらくその場に立ち尽くしていた。
ローグタウンを出た麦わらの一味。
そして、正体の知れない男。
海賊王の処刑台で起きた奇跡は、単なる偶然ではないのかもしれない。
ゴーイング・メリー号は、偉大なる航路へ向けて進み続けていた。
その先に待つのは、東の海とは比べものにならない冒険だった。
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