ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
ルフィは、ラブーンの背中に見つけた金属の扉に手をかけた。
「ここから入れんのか?」
扉を押し開けると、その先には暗い通路が続いていた。巨大なクジラの背中に、こんなものがあるとは思わなかった。
ルフィは迷うことなく中へ入り、足元を確かめながら通路を進んでいく。
「おーい! みんなー!」
返事はない。
壁が大きく揺れ、ルフィの身体がぐらりと傾いた。
「うおっ!?」
慌てて壁に手をつく。ラブーンの身体が動くたび、通路全体が震えていた。
「なんだよ、こいつ……」
ルフィは首をかしげながらも、仲間たちを探して先へ進んだ。
*
その頃、ラブーンの体内に広がる湖では、ゴーイング・メリー号が水面に浮かんでいた。
「ここ、本当にクジラの中なのか……?」
ウソップは周囲を見回し、口を半開きにした。
頭上には空のような景色が広がり、湖の中央には小さな建物まで建っている。巨大なクジラに飲み込まれたはずなのに、目の前の光景はまるで別の島に迷い込んだかのようだった。
「そんなことより、船を確認するわよ!」
ナミは船体を調べながら、破損した船首を見て顔をしかめた。
「うう……ルフィの特等席が……」
船首像の残骸を見つめるウソップの隣で、サンジは煙草をくわえ直した。
「船が無事だっただけ、まだマシだろ」
「マシなもんか! あの船首像は……!」
「ウソップ、今は後にして」
ナミにぴしゃりと言われ、ウソップは肩を落とした。
その時だった。
湖面が不自然に盛り上がり、巨大な影が船の下を横切った。
「……おい。今、何かいたぞ」
ゾロが刀の柄に手をかける。
次の瞬間、水面から巨大な触腕が伸び、メリー号の船縁に絡みついた。
「うわあああっ! 何だこいつ!」
ウソップの悲鳴が響く。
巨大なイカが、船を獲物と見定めたように触腕を伸ばしていた。
サンジが蹴りで触腕を弾き、ゾロが刀を抜く。ナミは船が傾かないように手すりをつかんだ。
しかし、イカの動きは素早かった。
「くそっ、こいつ、しつこいな!」
ゾロが次の一撃を放とうとした、その時――。
乾いた銃声が響いた。
イカがびくりと震え、触腕の力が緩む。
さらに一発。
巨大なイカは湖面に沈み、やがて動かなくなった。
「……誰だ?」
ゾロたちが銃声のした方を振り返ると、湖の中央にある建物の入口に、一人の老人が立っていた。
白い髪に、丸い眼鏡。手には銃を持っている。
老人は倒れたイカを一瞥すると、何事もなかったかのように銃を下ろした。
「まったく……騒がしい連中が来たもんだ」
「おっさん! 今の、あんたがやったのか!?」
サンジの問いに、老人は面倒くさそうに答えた。
「ほかに誰がいる」
「ここはどこなんだ? 俺たちはクジラに飲み込まれたはずなんだが」
ゾロが問いかける。
「その通りだ。お前たちはクジラの腹の中にいる」
「やっぱりそうなのか……」
ウソップは頭を抱えた。
「で、あんたは誰だ?」
老人は銃をしまい、短く答えた。
「クロッカス。この近くの灯台を預かっている」
「灯台?」
ナミが聞き返す。
「そうだ。ここは双子岬。偉大なる航路の入口にある場所だ」
老人――クロッカスは、船に乗った一同を見渡した。
「それで、お前たちは何者だ。海賊か?」
「そうだ!」
ルフィの声が、通路の奥から響いた。
「おれはモンキー・D・ルフィ! 海賊王になる男だ!」
「ルフィ!?」
仲間たちが一斉に声の方を向く。
通路から飛び出してきたルフィは、船を見つけるなり顔を輝かせた。
「おお! みんな、無事だったか!」
「無事だったか、じゃないわよ! あんた、どこにいたの!」
ナミが怒鳴る。
「外!」
「説明になってない!」
「ま、まあまあ……」
ウソップが仲裁しかけたところで、ラブーンの身体が大きく揺れた。
船が湖面を滑り、全員がよろめく。
「またかよ!」
サンジが船縁をつかむ。
クロッカスは表情を変えた。
「……始まったか」
「何がだ?」
ミナトが老人の顔を見つめる。
「このクジラは、ときどきこうして暴れる」
クロッカスはそれだけ言うと、建物の奥へ向かった。
「おい、待てよ! まだ聞きたいことがあるぞ!」
ルフィが声をかけるが、老人は振り返らない。
「話は後だ。今はじっとしていろ」
クロッカスの背中が、通路の向こうへ消えていった。
直後、腹の底に響くような轟音がした。
船が跳ね上がり、湖面に大きな波が立つ。
「うわあああっ!」
ウソップが甲板に転がった。
ミナトは手すりをつかみながら、壁の揺れ方を観察した。
外から何かがぶつかっているわけではない。ラブーン自身が、何かに向かって身体を打ちつけているようだった。
「……ただ暴れている動きじゃないな」
ミナトは小さくつぶやいた。
その時、通路の奥から二人の人影が現れた。
一人は派手な衣装を着た男。もう一人は、青い髪の女だった。
男は手に武器を持ち、女は周囲を警戒している。
「おい、ミス・ウェンズデー! ここまで来たんだ。今度こそ仕留めるぞ!」
「分かってるわ、Mr.9。あのクジラを手に入れれば、町のみんなだって喜ぶはずよ」
二人は船の存在に気づき、足を止めた。
「……何だ、お前ら?」
ゾロが目を細める。
「それはこっちの台詞よ!」
ミス・ウェンズデーが警戒するように言い返した。
Mr.9は一同を見回し、すぐに顔をしかめた。
「ちっ、先客がいたのか。だが、こっちにも目的があるんだ。邪魔はするなよ!」
「目的?」
ルフィが首を傾げる。
「そうだ! このクジラを仕留めて、肉を町に持ち帰るんだ!」
Mr.9は胸を張って答えた。
「肉?」
「そうよ。私たちの町には食料が必要なの。こんな大きなクジラなら、たくさんの人を助けられるわ」
ミス・ウェンズデーも続ける。
ルフィは二人の顔を交互に見た。
「ふーん……。それで、どうやって仕留めるんだ?」
「決まってるだろ! この武器で、腹の内側から穴を開けるんだ!」
Mr.9が武器を持ち上げた。
その言葉を聞いたミナトは、視線を二人の武器へ移した。
ここはラブーンの体内だ。そんな場所で発砲すれば、クジラがどうなるか分からない。
だが、二人の目的を聞いただけで、事情のすべてが分かったわけではなかった。
「お前たち、ここで何をしている」
クロッカスが戻ってきた。
老人の声に、Mr.9とミス・ウェンズデーが反応する。
「出たな、じいさん! お前を連れていけば、あのクジラを仕留められると思っていたんだ!」
「私たちに協力してもらうわ!」
「断る」
クロッカスは即答した。
「このクジラをどうするかは、わしが決めることではない。だが、お前たちの好き勝手にさせるつもりもない」
「何だと!?」
Mr.9が武器を構えた。
ミス・ウェンズデーも身構える。
クロッカスは二人を見据えたまま、ゆっくりと前へ出た。
「やめておけ。ここで暴れれば、お前たちもただでは済まんぞ」
「脅しのつもりか!」
Mr.9が引き金に指をかける。
その瞬間、ラブーンの身体が大きく跳ねた。
「うおっ!?」
床が傾き、Mr.9とミス・ウェンズデーの身体が宙に浮く。
同時に、通路から飛び出してきたルフィが二人にぶつかった。
「うわっ!」
「ぐえっ!」
三人はもつれ合いながら転がり、Mr.9の武器が床を滑っていった。
「何すんだ、お前!」
Mr.9が怒鳴る。
「お前らこそ、急に飛んできたぞ!」
「飛んできたのはそっちでしょ!」
ミス・ウェンズデーが言い返した。
「おれは普通に歩いてただけだ!」
「どこが普通なのよ!」
言い合う三人をよそに、クロッカスは壁に手をつき、揺れの様子を確かめた。
ラブーンの身体が、また大きく揺れる。
そして、遠くから鈍い衝撃音が響いた。
クロッカスの顔つきが険しくなる。
「……まだ止まらんか」
老人は通路の奥を見つめた。
ミナトもその視線を追った。
「外で何が起きているんです?」
「ラブーンが、赤い土の大陸に頭をぶつけている」
クロッカスは短く答えた。
その言葉に、仲間たちの表情が変わった。
「頭をぶつけてるって……なんでそんなことを?」
ナミが問いかける。
「理由はある。だが、今は説明している暇がない」
クロッカスはMr.9たちを振り返った。
「お前たちはそこで待っていろ。余計なことをするな」
「誰が待つか!」
Mr.9は床に転がった武器を拾い上げた。
「こっちは町に食料を持ち帰らなきゃならねえんだ!」
「Mr.9、待って!」
ミス・ウェンズデーも彼の後を追う。
二人は通路の奥へ駆け出した。
「おい、あいつら行っちまったぞ!」
ウソップが叫ぶ。
クロッカスは舌打ちした。
「まったく……面倒なことになった」
老人は二人を追い、通路へ向かう。
ミナトもすぐに後を追おうとしたが、ルフィが先に走り出した。
「おーい! 待てよ、お前ら!」
「ルフィ、勝手に行かないで!」
ナミの声が背中に飛ぶ。
しかし、ルフィは振り返らなかった。
揺れる通路を駆けながら、ルフィは前を行く二人を追いかける。
「なあ! クジラの肉って、うまいのか?」
「はあ!? 今それを聞くの!?」
ミス・ウェンズデーが振り返って叫んだ。
「だって気になるだろ!」
「気にするところが違うでしょ!」
Mr.9が怒鳴り返す。
その時、前方で爆発音が響いた。
通路の壁が震え、粉塵が舞い上がる。
「始めやがったか!」
クロッカスが顔をしかめ、速度を上げた。
ミナトは壁に手を添え、揺れの合間を縫って走る。ラブーンの動きは先ほどよりも激しくなっていた。
通路の先に、Mr.9とミス・ウェンズデーが見えた。
二人は武器を構え、ラブーンの内壁に狙いを定めている。
「おい! やめろ!」
クロッカスが叫んだ。
「邪魔するな、じいさん!」
Mr.9が引き金を引こうとする。
クロッカスはためらわず、二人と壁の間へ飛び込んだ。
「クロッカスさん!」
ミナトが声を上げる。
銃声が響いた。
クロッカスの身体が衝撃に揺れる。
その光景を見たルフィの表情から、笑みが消えた。
「……おい」
ルフィの声が低くなる。
Mr.9が再び武器を構えた。
「どけ、じいさん! 次は外さねえぞ!」
「まだ撃つつもりか!」
ミナトが動こうとした、その瞬間。
ルフィの腕が伸びた。
「ゴムゴムの――!」
拳がMr.9の顔面に叩き込まれた。
「ぐはっ!」
Mr.9が吹き飛び、武器を手放す。
「ちょっと、Mr.9!」
ミス・ウェンズデーが叫ぶ。
彼女は武器を拾おうとしたが、ルフィはすでに目の前まで迫っていた。
「お前もだ!」
「きゃあっ!」
ルフィの拳が彼女の頭に命中する。
二人は床に倒れ、そのまま動かなくなった。
ルフィは拳を下ろし、クロッカスを見た。
「おっさん、大丈夫か?」
「……ああ。大したことはない」
クロッカスは身体を起こし、二人の様子を確認した。
ミナトは倒れた二人の武器を遠ざけてから、クロッカスの傷を確かめる。
「無理をしましたね」
「お前に言われるまでもない」
クロッカスはぶっきらぼうに答えた。
その時、ラブーンの身体がまた大きく揺れた。
壁が鳴り、天井から細かな破片が落ちてくる。
クロッカスは険しい顔で通路の奥を見つめた。
「まだ終わっておらん。わしはラブーンを落ち着かせてくる」
「おれも行く!」
ルフィが即座に言った。
「お前はここにいろ。これ以上、話をややこしくするな」
「なんだよ、それ!」
クロッカスは取り合わず、足早に奥へ向かった。
ミナトはその背中を見送ったあと、ルフィへ視線を戻した。
「追いかけるか?」
「当たり前だろ。あのじいさん、急いでたぞ」
ルフィは倒れた二人を一瞥した。
「こいつらも、あとで話を聞けばいい」
それだけ言って、ルフィはクロッカスの後を追った。
ミナトも続く。
通路の先から、ラブーンの荒い動きが伝わってくる。
なぜ、ラブーンは頭をぶつけ続けるのか。
なぜ、クロッカスはこれほど必死に止めようとするのか。
そして、あの二人は何者なのか。
まだ、分からないことばかりだった。
ミナトは答えを急がず、目の前で起きていることを一つずつ確かめることにした。
巨大なクジラの体内で、麦わらの一味と灯台守の奇妙な出会いは、始まったばかりだった。