ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
ウイスキーピークの夜は、いつまでも終わりそうになかった。
町の住民たちは次々と料理や酒を運び、麦わらの一味を歓迎している。ルフィは目の前の料理を片っ端から平らげ、ウソップは酒の席で大げさな冒険談を披露していた。サンジは料理を振る舞いながらナミに声をかけ、ナミはそんな彼を軽くあしらいながらも、町の様子を眺めている。
賑やかな笑い声が響く中、ミナトは差し出された杯を手に、住民たちの様子を静かに観察していた。
歓迎されていること自体に不満はない。食事も美味しく、町の人々も表面上は親切だった。だが、時折こちらへ向けられる視線が気になっていた。誰かが武器の位置を確かめるように仲間たちを見たり、人数を数えるように視線を動かしたりしている。
気のせいだと片づけるには、同じような仕草をする者が多すぎた。
ミナトは杯を口元へ運びながら、酒の匂いを確かめる。周囲の様子にも気を配り、無理に飲み進めることはしなかった。忍者として育てられた彼にとって、見知らぬ土地で差し出されるものを何の疑いもなく受け入れるのは、避けるべき行動の一つだった。
少し離れた壁際では、ゾロが酒を飲んでいた。
いつもと変わらない無愛想な顔で、椅子に腰を下ろしている。しかし、酒に夢中になっているわけではなかった。住民たちが行き来する方向や、建物の入口、腰に武器を隠している者の動き。ゾロの目は、ときおり鋭く周囲を捉えていた。
ミナトとゾロの視線が一瞬だけ交差する。
言葉はなかった。それでも、互いに周囲を警戒していることは伝わった。
やがて夜が深まり、宴の勢いは少しずつ落ち着いていった。
「もう食えねェ……」
ルフィは腹を膨らませたままテーブルに突っ伏し、あっという間に寝息を立て始めた。
「おい、食いながら寝るなよ……」
ウソップも呆れた声を出したものの、本人も酒と疲れに負けて椅子にもたれかかる。サンジは片づけの途中で眠り込み、ナミも静かに目を閉じていた。
住民たちは、そんな一味を見て顔を見合わせた。
先ほどまでの陽気な笑顔が、少しずつ別のものへと変わっていく。
「……そろそろいいだろ」
男の一人が小声で告げた。
料理を運んでいた者たちが手を止める。建物の入口に立っていた男たちが外へ合図を送り、壁際にいた者たちは隠していた武器を手に取った。
宴の空気が変わった。
「へへっ。ずいぶん簡単に引っかかってくれたもんだ」
男が眠るルフィを見下ろし、下卑た笑みを浮かべる。
「こいつらの賞金額、知ってるか? まとめて捕まえりゃ、かなりの金になるぜ」
「まずは武器を取り上げろ。目を覚ます前に縛っちまえ!」
賞金稼ぎたちが一斉に動き出した。
その瞬間、ゾロが静かに立ち上がった。
「……誰が簡単に捕まるって?」
男が振り向くより早く、ゾロの三本の刀が抜き放たれる。迫っていた賞金稼ぎの武器を弾き、その勢いのまま相手を打ち倒した。
ほぼ同時に、ミナトも身体を起こした。
背後から伸びてきた手をつかみ、相手の体勢を崩して床へ投げ飛ばす。続けてクナイを放ち、別の男が振り上げた武器を弾き落とした。
「なっ……! 起きてやがったのか!」
「まあ、こんなに歓迎されると、かえって気になるからね」
ミナトは穏やかな声で返した。
周囲の賞金稼ぎたちが、次々と武器を構える。建物の外からも仲間が集まってきていた。眠った仲間たちを背後に残したまま、ミナトは敵の人数と位置を確かめる。
相手は多い。だが、全員が一斉に襲いかかれるほど広い場所でもない。入口を塞いでいる者、左右から回り込もうとしている者、遠巻きに武器を構えている者。それぞれの位置を頭の中で整理する。
ゾロは正面の敵へ踏み込んだ。三刀流の斬撃が賞金稼ぎたちの連携を崩し、武器を構える間も与えずに次々と倒していく。
ミナトは正面からの力比べを避け、相手の動きに合わせて間合いを変えていた。クナイで手元を狙い、攻撃を止めたところへ体術を繰り出す。飛び込んできた男の足を払って転ばせ、その背後から迫った別の男の攻撃を身をひねってかわした。
そのときだった。
視界の端に、別の賞金稼ぎが映った。
男はミナトの正面にいる相手へ注意を向けている。こちらを見ている様子はない。だが、ミナトの背筋に、突然、鋭い感覚が走った。
右後方。棍棒。振り下ろされる。
何かを考えるよりも先に、そんな情報が頭の中に浮かんだ。
ミナトは反射的に身体を横へ滑らせた。直後、背後から振り下ろされた棍棒が、先ほどまで頭のあった場所を通り過ぎる。
「なっ、避けただと!?」
男が驚きの声を上げた。
ミナトはすぐさま振り返り、相手の腕を蹴り上げて武器を手放させる。そのまま懐へ入り、短い一撃で相手を沈めた。
着地したミナトは、ほんの一瞬だけ動きを止めた。
今のは、音を聞いたからではない。背後を見ていたわけでもなかった。攻撃が来ることだけでなく、どこから、何を使って迫ってくるのかまで、身体が動くより先に分かったような感覚があった。
アーロンパークで感じたものに似ている。
あのときも、攻撃が迫る直前に危険を感じ取った。しかし、今の感覚は以前よりもはっきりしていた。考えて避けたのではない。攻撃の方向とタイミングを、確かに察知したのだ。
だが、その正体を考える時間はなかった。
「おい、よそ見してんじゃねェぞ!」
目の前の賞金稼ぎが大声を上げ、斧を振り下ろしてきた。
ミナトは身体をひねり、手にしたクナイを斜めに差し入れた。刃と斧がぶつかり、鋭い金属音が響く。正面から受け止めるのではなく、斧の軌道を横へ逸らす。相手の腕が流れ、身体がわずかに傾いた。
その隙を逃さず、ミナトは懐へ踏み込んだ。
クナイを返し、相手の防具の隙間を正確に狙う。
手応えがあった。
いつもなら、衣服や防具の隙間を狙っても、相手の身体に届くまでにはわずかな抵抗がある。だが、今の一撃は違った。クナイが、まるで普段よりも深いところまで届いたかのような感触が、手元に伝わってきた。
賞金稼ぎがうめき声を上げて崩れ落ちる。
ミナトはすぐに距離を取り、手元のクナイを見つめた。
「……今の、妙だな」
クナイに異常はない。狙った場所も間違っていなかった。それでも、あの一撃には普段と違う感覚があった。
力任せに突いたわけではない。踏み込みも、動きも、いつもと変わらなかったはずだ。
なのに、攻撃が奥まで届いたように感じた。
ミナトは疑問を胸に残しながら、次の敵へと向き直った。今は考え込んでいる場合ではない。
「ミナト!」
ゾロの声で、ミナトは意識を戦場へ戻した。
「何?」
「ぼさっとしてると、獲物を取られるぞ」
ゾロはすでに数人を倒し、次の敵へ刀を向けていた。
「それは困るね」
ミナトは小さく笑い、再びクナイを構えた。
賞金稼ぎたちは、二人を囲んで数で押し切ろうとしていた。しかし、ゾロは正面から迫る敵を圧倒し、ミナトは敵の配置と動きを利用して包囲を崩していく。片方が敵を引きつければ、もう片方が別の敵を倒す。二人は互いの戦いを邪魔することなく、それぞれの力を発揮していた。
やがて、ゾロが口元に笑みを浮かべた。
「おい、ミナト。どっちが多く倒せるか勝負しねェか?」
ミナトは一瞬だけ目を丸くした。
「この状況で勝負?」
「嫌ならいいぜ」
「いや、いいよ。ただし、仲間を巻き込まないこと。それが条件だ」
「当たり前だ」
二人は短く視線を交わした。
そこからは、互いに意識しながらの戦いになった。
ゾロは三刀流の剣技で敵を次々と倒していく。力任せに見えて、その一太刀には確かな技量があった。相手が何人いようと怯まず、正面から切り崩していく姿は、剣士としての強さをはっきりと示していた。
一方のミナトは、敵の動きを読み、攻撃の隙を利用していた。クナイで武器を弾き、体術で相手を崩す。複数の敵に囲まれたときは、飛雷神の術であらかじめ印をつけたクナイの位置へ移動し、包囲の外側から敵の背後を突いた。
ただし、連続して術を使えば体力を消耗する。ミナトは必要な場面を見極め、通常の身のこなしで対処できる相手には無理に術を使わなかった。
敵の一人が、ミナトの動きを見失って慌てて振り返る。その隙にミナトは足を払って相手を倒し、すぐに次の敵へと向き直った。
「くそっ、ちょこまかと!」
「動きが大きいよ。もう少し周りを見た方がいい」
ミナトは攻撃をかわしながら、相手の武器をクナイで弾き飛ばした。
その間にも、ゾロは着実に敵を倒していた。ミナトも負けじと戦果を重ねる。どちらが優勢なのか、周囲から見ていても簡単には判断できなかった。
最後まで抵抗していた賞金稼ぎが倒れ、ようやく周囲に静けさが戻った。
ミナトは息を整えながら、倒した相手の数を確認する。ゾロも同じように周囲を見回し、刀を鞘へ納めた。
「さて……」
ミナトが数え終え、ゾロへ視線を向ける。
「オレの勝ちだね。一人差だけど」
ゾロは倒れた賞金稼ぎたちを見渡し、舌打ちした。
「チッ……本当かよ」
「数え間違えてないと思うけど」
「分かってる。次は負けねェ」
悔しそうな口調ではあったが、ゾロの顔には不機嫌さよりも楽しげな笑みが浮かんでいた。ミナトの戦い方を認めているのだろう。
「ゾロの剣技もすごかったよ。正面からあれだけ押し切れるのは、簡単なことじゃない」
「お前に褒められても、あんまり嬉しくねェな」
「それは残念」
ミナトは苦笑し、クナイをしまった。
勝負には勝った。だが、先ほど感じた二つの違和感は、まだ胸の中に残っていた。
背後からの攻撃を、以前よりも明確に察知した感覚。クナイによる一撃が、いつもより深く届いたような手応え。
どちらも、偶然だと片づけるには妙にはっきりしている。
ミナトは自分の手を見つめたが、そこに答えはなかった。
今はまだ、分からない。
それでも、あの感覚を忘れないようにしよう。次に同じことが起きたとき、自分が何を感じ、何が変わったのかを確かめればいい。
そう考えて顔を上げると、周囲には倒れた賞金稼ぎたちが転がり、宴の灯りだけが静かに揺れていた。
ミナトは眠ったままの仲間たちへ目を向ける。まだ気を抜くわけにはいかない。町に何が起きているのか、そしてこの歓迎の裏に何が隠されているのか。確かめなければならないことは、まだ残っている。
ゾロもまた刀を肩に担ぎ、周囲を見渡していた。
「行くぞ、ミナト。まだ終わりじゃねェかもしれねェ」
「そうだね。まずはみんなの様子を確認しよう」
二人は並んで仲間たちのもとへ向かった。
宴の裏に隠されていた罠は暴かれた。しかし、ウイスキーピークで待ち受ける出来事は、まだ始まったばかりだった。