ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
港には、潮の香りと海賊たちの笑い声が漂っていた。
ミナトは積み上げられた木箱の陰に身を潜め、海賊船の様子をうかがっていた。
甲板には、酒瓶を片手に騒いでいる男たちがいる。船首付近には二人の見張り。船尾側では、別の男が船内と甲板を行き来していた。
見える範囲だけでも、十人以上。
船の中にも人がいることを考えれば、村人たちが話していた人数とも大きくは違わないだろう。
ミナトは視線を巡らせた。
見張りが顔を向ける方向。足音が途切れる間隔。積荷の陰になっている場所。船内へ続く階段と、港へ戻るための経路。
一つずつ確認しながら、頭の中で船の構造を組み立てていく。
さらわれた子供の居場所は分からない。
無事であることを願うしかないが、願っているだけでは助けられない。
まずは見つけることだ。
「……船尾側からなら、入り込めそうだな」
小さくつぶやいたところで、背後から声がした。
「なあ、ミナト。まだ行かねえのか?」
振り返ると、ルフィが木箱の陰から顔をのぞかせていた。
「もう少しだけ待ってくれないか。見張りの動きを確認したいんだ」
「ふーん……」
ルフィは船を見つめたまま、頬を膨らませた。
「早く助けてやりてえな」
その言葉に、ミナトの表情がわずかに和らぐ。
「ああ。オレも同じだよ。だから、今は確実に助けられる方法を考えたい」
「そっか!」
ルフィは素直に頷いた。
その隣で、ゾロが船尾を指さした。
「あそこ。見張りが持ち場を離れるとき、甲板の連中は誰も気にしてねえ。死角もある」
ミナトは指された場所を確認した。
確かに、見張りが船内へ戻るたび、船尾側の一角が一時的に手薄になる。
「よく気づいたな。オレも、あそこから入ろうと思っていたところだ」
「ふん。なら話は早え」
ゾロは刀の柄に手を添えた。
「子供を見つけたら、すぐに連れ出せ。何かあったら、こっちも動く」
「頼りにしてるよ、ゾロ」
「おう、じゃあ行ってこい!」
ルフィが元気よく手を振った。
ミナトは苦笑しながら頷いた。
「二人とも、合図があるまでは待っていてくれ。子供の居場所が分かるまでは、できるだけ騒ぎを起こしたくないんだ」
「分かった!」
「分かってる」
返事を聞き、ミナトは物陰から滑り出た。
船尾へ向かう途中、もう一度だけ二人の方を振り返る。
ルフィはじっと船を見つめていた。ゾロもまた、周囲への警戒を解いていない。
大丈夫だろう。
ミナトは前を向き、音もなく船へ近づいていった。
◇
船尾側の見張りが甲板へ戻った瞬間、ミナトは船べりに手をかけた。
体を引き上げ、木板がきしむ場所を避けて積荷の陰へ滑り込む。
足音が近づいてきた。
ミナトは動きを止める。
「ったく、見張りなんて退屈な仕事だぜ……」
海賊が欠伸をしながら歩いてくる。
男が目の前を通り過ぎたあとも、ミナトはすぐには動かなかった。足音が十分に遠ざかり、別の男の声に紛れたことを確かめてから、ようやく身を起こす。
急ぐ必要はある。
だが、焦って見つかってしまえば、子供を危険にさらすことになる。
ミナトは通路の先を確かめながら、慎重に進んだ。
船内から、海賊たちの話し声が聞こえてくる。
「子供は奥の部屋に閉じ込めておけ。船長の命令だ」
「逃げられたら面倒だからな。ちゃんと見張っておけよ」
ミナトは足を止めた。
奥の部屋。
話し声の方向から考えて、船内の後方にある船室だろう。
壁際に身を寄せ、耳を澄ませる。近くにいるのは一人。少し離れたところから、何人かの笑い声が聞こえてくる。
ミナトは足元に落ちていた小さな木片を拾い、通路の反対側へ転がした。
カタン、と乾いた音が鳴る。
「ん? 何だ?」
見張りが音のした方へ顔を向けた。
その瞬間、ミナトは背後から間合いを詰めた。男の手首を押さえ、武器を抜かせる前に体勢を崩す。声を上げる間もなく床へ押さえ込み、静かに意識を奪った。
倒れた男を通路の陰へ移し、ミナトは再び奥へ進んだ。
やがて、一つの扉の前で足が止まる。
中から、かすかなすすり泣きが聞こえていた。
ミナトは扉の隙間から室内をのぞいた。
小さな子供が、壁際に座らされている。両手は縄で縛られ、その傍らには短い刀を持った海賊が一人いた。
子供は泣くのをこらえようとしているのか、肩を小さく震わせている。
その姿を見た瞬間、ミナトの胸が痛んだ。
怖かっただろう。
助けが来るかどうかも分からない場所で、一人きりだったのだから。
ミナトは一度、静かに息を吐いた。
必ず連れて帰る。
そう決めて、扉の脇へ身を寄せる。
海賊が立ち上がり、子供に背を向けた。
ミナトは音もなく室内へ入り込む。相手が振り向くより早く腕を押さえ、足を払って床へ倒した。抵抗する手から刀を遠ざけ、動けなくなったことを確かめる。
それから、子供の前に膝をついた。
「……もう大丈夫だよ」
できるだけ穏やかな声で話しかける。
子供が、涙に濡れた顔を上げた。
「助けに来たからね。怖かったね」
ミナトは子供の目線に合わせ、安心させるように微笑んだ。
子供の唇が震えた。
「お兄ちゃん……ぼく、帰れるの?」
「うん。ちゃんと家に帰ろう。お父さんやお母さんも、きっと心配してるから」
ミナトは縄をほどき、赤くなった手首を気遣うようにそっと手を添えた。
「痛いところはある?」
「……だいじょうぶ」
「そっか。よかった」
ほっとしたように笑い、ミナトは立ち上がった。
「じゃあ、一緒にここを出よう。少しだけ歩けるかな?」
子供は小さく頷いた。
「えらいね。ゆっくりでいいから、オレについてきて」
ミナトは子供の手を取り、扉の外へ出た。
ここまで、大きな騒ぎにはなっていない。
あと少し。
船外へ続く通路へ差しかかった、そのときだった。
「おい! あいつ、どこへ行きやがった!」
背後から怒鳴り声が響いた。
倒れていた見張りが発見されたのだ。
「誰か入り込んでやがるぞ! 船内を探せ!」
甲板からも、慌ただしい足音が聞こえてくる。
ミナトは子供を背中側へかばい、通路の先を確認した。
正面から三人。後方からも複数の足音。
このまま子供を連れて突破するのは難しい。
ミナトは懐からクナイを一本取り出した。
通路の先へ投げる。
クナイは海賊たちの足元をかすめ、壁際へ突き刺さった。
「何だ!?」
男たちが一斉にそちらを向く。
その隙に、ミナトは子供を抱き上げた。
「少しだけ我慢してね」
優しく声をかけてから、空いた側へ走り出す。
「いたぞ! こっちだ!」
海賊の一人が叫んだ。
もう隠れて進むことはできない。
ミナトは階段を駆け上がり、甲板へ飛び出した。
潮風が頬を打つ。
目の前には、武器を手にした海賊たちが待ち構えていた。
「てめえか! 船に入り込んだ野郎は!」
ミナトは子供を抱えたまま、周囲を見渡した。
数は多い。正面から全員を相手にすれば、子供を守りきれない。
そのとき、港側から聞き慣れた声が響いた。
「ミナトー!」
ルフィが船べりを飛び越えて甲板へ乗り込んできた。その後ろから、ゾロも続いている。
「子供は無事か!?」
「ああ! この子を港へ連れていってくれ!」
ミナトが子供を差し出すと、ルフィはしっかりと受け取った。
「分かった! お前、もう大丈夫だからな!」
ルフィは子供にそう声をかけ、港へ続く船べりへ向かった。
「待て! そいつを逃がすな!」
海賊たちがルフィへ殺到する。
ルフィは子供を片腕で抱えたまま、もう片方の腕を伸ばして柱へ巻きつけた。
「ゴムゴムのロケット!」
腕が縮み、ルフィの体が海賊たちの頭上を飛び越える。
「うわあああっ!」
男たちが驚いている間に、ルフィは船べりへ着地した。子供を安全な場所へ降ろすと、すぐに船へ向き直る。
「よし! これで安心だな!」
子供は驚いた顔でルフィを見上げた。
「お兄ちゃん、ありがとう……!」
「おう!」
ルフィはにっと笑い、再び甲板へ飛び戻った。
「さて、今度はおれの番だ!」
その声を聞きながら、ゾロが刀を抜いた。
「お前ら、こっちを忘れてんじゃねえぞ」
三本の刀が光る。
海賊たちが一斉に斬りかかった。
ゾロは正面からの攻撃を受け流し、敵の懐へ踏み込む。二本の刀で武器を弾き、口にくわえた刀を含めた三刀で反撃した。
武器が宙を舞い、海賊たちが次々と甲板へ倒れていく。
一方のルフィも、伸びる腕を使って敵の攻撃をかわしながら、豪快に拳を叩き込んでいた。
「ゴムゴムの銃!」
伸びた拳が海賊を吹き飛ばす。
別の男が背後から迫ると、ルフィは体をひねり、勢いよく蹴り飛ばした。
ミナトは二人の動きを見て、子供が無事に港へ向かったことを確認した。
これで、守るべきものを抱えたまま戦う必要はない。
「二人とも、ありがとう。助かったよ」
「おう!」
「礼はいい。さっさと片づけるぞ」
ゾロが刀を構え直す。
ミナトは穏やかに頷いた。
◇
海賊たちが、今度はミナトへ向かってきた。
「ちょこまか動きやがって!」
男が大振りの斬撃を放つ。
ミナトは半歩だけ後ろへ下がり、刃をかわした。相手の腕が伸びきった瞬間、手首を打って武器を落とさせる。
続く敵には、足払いをかけて体勢を崩す。
倒れた男を踏み越えるのではなく、その横をすり抜けて次の相手へ向かう。敵が一斉に攻撃できないよう、積荷や樽の位置を利用しながら、少しずつ戦いやすい場所へ誘導していった。
「逃がすな! 囲め!」
海賊たちが左右から迫る。
ミナトは後ろへ跳び、積荷の間へ敵を誘い込んだ。
先頭の男が勢いよく踏み込む。
その瞬間、ミナトは横へ身をかわした。
男は止まりきれず、積まれていた樽へ激突する。木箱が崩れ、後ろの海賊たちも巻き込まれた。
「ぐあっ!」
足元が乱れた一瞬を狙い、ミナトは別の敵の懐へ踏み込む。腕を打ち、膝を崩し、流れるように体勢を崩していく。
派手な動きはない。
けれど、海賊たちは次々と武器を落とし、甲板へ倒れていった。
ミナトはその合間に、クナイを一本投げた。
クナイは甲板の柱の根元へ突き刺さる。
「外したぞ!」
海賊の一人が笑った。
ミナトは何も答えない。
相手が気づいていないなら、それでよかった。
その直後、別の海賊が背後へ回り込んだ。
「もらった!」
刃が振り下ろされる。
ミナトの姿が、目の前から消えた。
「なっ……!?」
刃が甲板を叩く。
男が慌てて周囲を見回した、その背後から声がした。
「後ろだよ」
振り返る間もなく、ミナトの一撃が首元へ入る。男はその場に崩れ落ちた。
ミナトは、先ほど柱の根元へ投げたクナイの傍らに立っていた。
誰も、その移動を目で追えなかった。
「い、今……消えたのか?」
「馬鹿な! どこへ行きやがった!」
海賊たちの顔から、余裕が消えていく。
ミナトはクナイを拾い上げ、腰へ戻した。
飛雷神の術。
印を刻んだクナイを目印に、瞬時にその場所へ移動する術だ。
祖父から受け継ぎ、長い時間をかけて磨いてきた技術。速さだけを頼りにするのではなく、あらかじめ移動先を用意し、敵の意識が向かない場所へ布石を打つことで、初めて真価を発揮する。
もちろん、何度も使えば体力は削られる。
だからこそ、無駄には使わない。
ミナトは残る海賊たちの動きを見極め、次の一手を選んだ。
正面から迫る二人の攻撃をかわし、片方の足を払う。倒れ込んだ男がもう一人の進路を塞いだ瞬間、ミナトは間合いを詰めて武器を弾き飛ばした。
包囲が崩れる。
そこへルフィの拳が飛び込み、ゾロの斬撃が海賊たちの武器を弾いた。
三人の動きが重なり、甲板の上にいた海賊たちは次々と戦闘不能になっていった。
しかし、まだ船長が残っている。
そのことを、ミナトは忘れていなかった。
◇
「おい! 何をごちゃごちゃ騒いでやがる!」
船内から、ひときわ大きな怒声が響いた。
重い足音とともに現れたのは、大柄な男だった。
肩には粗末な上着を引っかけ、手には大きな鉈を握っている。倒れた部下たちを見回し、男は最後にミナトへ目を向けた。
「てめえが侵入者か」
ミナトは黙って男を見返した。
「俺の船で好き勝手やってくれたそうじゃねえか。ずいぶんいい度胸してやがる」
「……子供をさらったのは、お前か?」
「ああ? あのガキか」
船長は鼻で笑った。
「村の連中が逆らいやがったんでな。少しばかり言うことを聞かせてやっただけだ」
ミナトは、ほんのわずかに目を伏せた。
先ほどの子供の震える手が、脳裏に浮かぶ。
どれほど怖かっただろう。
どれほど帰りたかっただろう。
それを、この男は何とも思っていない。
「……そうか」
ミナトの声から、柔らかさが消えた。
「もう、誰も傷つけさせない」
「何だと?」
「お前の好きにはさせない、ということだよ」
船長の顔が歪んだ。
「ふざけやがって! 俺の懸賞金は500万ベリーだ! この東の海じゃ、名の知れた海賊なんだぜ! たかがガキ一人のために、命を捨てに来たってのか!」
船長は大鉈を振り上げた。
「後悔させてやる!」
振り下ろされた刃が、ミナトのいた場所を叩き割る。
ミナトは横へ跳び、攻撃をかわした。
威力がある。
正面から受け止めるのは得策ではない。
船長は鉈を引き抜くと、続けざまに横薙ぎの一撃を放った。ミナトは身を低くしてかわす。刃が頭上を通り過ぎ、風圧で髪が揺れた。
間を置かず、三撃目。
船長はミナトの逃げ道を狭めるように攻撃を重ねてくる。荒々しいだけではない。相手の動きを見て、次の一撃を合わせようとしている。
ミナトは後退しながら、足運びと肩の動きを観察した。
大きく振りかぶる直前、右肩が沈む。
攻撃のあとには、鉈を引き戻すためのわずかな間が生まれる。
そこが隙だ。
だが、一度見つけただけでは足りない。
ミナトは無理に踏み込まず、攻撃をかわしながら船長の動きを確かめていった。
「逃げ回るしか能がねえのか!」
船長が吠える。
ミナトは答えなかった。
相手の怒りに付き合う必要はない。
必要なのは、勝つための一瞬を見極めることだ。
船長が大きく踏み込んだ。
ミナトは横へ走り、積荷の並ぶ場所へ誘導する。船長は追いすがり、鉈を振り下ろした。
木箱が砕け、破片が飛び散る。
その勢いで船長の足元が乱れた。
ミナトは、すかさず間合いを詰めようとする。
しかし、船長は体勢を崩しながらも鉈を横へ振るった。
刃が迫る。
ミナトは身をひねってかわしたものの、鉈の先端が上着をかすめた。
布が裂ける。
船長はすぐに体勢を立て直した。
「惜しかったなあ!」
鉈を肩へ担ぎ直し、下卑た笑みを浮かべる。
「ちょこまか逃げ回っても、いつかは捕まるんだよ!」
ミナトは一歩、距離を取った。
呼吸を整える。
飛雷神の術を使えば、懐へ入り込むことはできる。だが、船長は攻撃の範囲が広く、動きも単純ではない。移動した先で鉈を振られれば、逃げ場がなくなる可能性もある。
確実に決めるには、相手が攻撃を終えた瞬間を狙う必要がある。
ミナトは甲板を見渡した。
先ほど投げたクナイは、船長から少し離れた位置に突き刺さっている。
移動先はある。
あとは、船長にその存在を意識させないことだ。
「……次で決める」
ミナトは静かに息を吐いた。
船長がそれを聞き、口元を歪める。
「やっと諦めたか!」
大鉈が頭上へ振り上げられた。
ミナトは退かなかった。
船長の肩が沈む。
踏み込む足が甲板を捉える。
刃が振り下ろされる、その直前――。
ミナトの姿が消えた。
轟音とともに、大鉈が甲板を砕く。
「なっ……!?」
船長の目の前には、誰もいなかった。
次の瞬間、船長の背後で風が揺れた。
ミナトは、先ほど投げていたクナイの傍らに立っていた。
船長が振り向こうとする。
だが、遅い。
大鉈を振り下ろした直後の体勢では、すぐに向き直ることも、武器を引き戻すこともできない。
ミナトは迷わず間合いを詰めた。
「終わりだ」
踏み込みと同時に、鳩尾へ鋭い一撃を叩き込む。
「ぐっ……!」
船長の巨体がよろめいた。
手から大鉈が滑り落ちる。
男は何かを言おうとしたが、声にならなかった。そのまま膝をつき、甲板へ崩れ落ちる。
決着だった。
甲板から、喧騒が消えた。
残った海賊たちは、倒れた船長とミナトを交互に見つめている。
「船長が……負けた?」
「嘘だろ……!」
ミナトは乱れた呼吸を整え、海賊たちへ向き直った。
「もう終わりだ。これ以上、抵抗しないでくれ」
声を荒らげることはなかった。
それでも、船長を一撃で倒した男を前に、海賊たちには戦いを続ける気力など残っていなかった。
◇
「おおお! 今の、どうやったんだ!?」
ルフィが駆け寄ってきた。
「いきなり消えたぞ! それで、別のところに出てきて……すげえな!」
その目は、まるで珍しいものを見つけた子供のように輝いている。
ミナトは思わず笑った。
「秘密にしておきたいところなんだけどな」
「えーっ! 何だよ、それ!」
「ルフィ、あんまり困らせてやるな」
ゾロが倒れた船長を見下ろしながら言った。
「……だが、確かに気になる技だな。最初に投げていたクナイ、あれが関係しているのか?」
ミナトは腰のクナイへ目を落とした。
「よく見ていたね」
「戦いの最中に見えた。それだけだ」
ゾロはそれ以上、無理に聞き出そうとはしなかった。
ミナトは静かに頷く。
「機会があれば、話すよ」
「おう! 約束だからな!」
ルフィが満足そうに笑った。
そのとき、ミナトはふと、先ほどまで子供を抱えていたルフィの腕に目を向けた。
「そうだ。子供は無事に港へ届けられた?」
「ああ! ちゃんと村の人に渡したぞ!」
ルフィは胸を張った。
「もう泣いてなかった。おれが、もう大丈夫だって言ってやったからな!」
「そうか……よかった」
ミナトの表情が、ようやく柔らかくなった。
子供が無事だと分かったことで、胸の奥にあった緊張がほどけていく。
「ありがとう、ルフィ。助かったよ」
「おう!」
ルフィは、何でもないことのように笑った。
「困ってる奴がいたら助けるだろ!」
その言葉に、ミナトは一瞬だけ目を見開いた。
そして、穏やかな笑みを浮かべる。
「……そうだね」
隣では、ゾロが刀を鞘へ納めていた。
「感心してる場合じゃねえぞ。まだ船内を確認する必要がある」
「あ、そうだった!」
ルフィが勢いよく振り返る。
「ほかにも捕まってる奴がいるかもしれねえ!」
「うん。最後まで確認しよう」
三人は船内へ戻り、残っていた海賊たちを制圧しながら、ほかに人質がいないかを調べた。
幸い、さらわれた子供以外に人質はいなかった。村から奪われた荷物も見つかり、海賊たちが抵抗をやめたことで、戦いは完全に終わった。
ミナトは最後にもう一度、船内を見回した。
見落としはない。
それを確認してから、甲板へ戻った。
港には、助け出された子供を抱きしめる村人たちの姿が見えた。
子供は無事だった。
母親らしき女性が、何度も子供の頭を撫でている。そのそばで、父親らしき男性が涙をぬぐいながら、ミナトたちへ深く頭を下げていた。
ミナトは少し離れた場所から、その光景を見つめた。
胸の奥が温かくなる。
間に合って、本当によかった。
「なあ、ミナト!」
ルフィの声に振り向く。
「腹減った!」
「……ふふっ」
ミナトは思わず笑ってしまった。
「そうだね。オレも、少しお腹が空いたかな」
「よし! じゃあ飯だ!」
「お前はさっきから飯のことばかりだな」
ゾロが呆れたように言う。
「だって腹が減ったんだから、しょうがねえだろ!」
「はいはい。分かったから、先に村の人たちに報告しよう」
ミナトがそう言うと、ルフィは元気よく頷いた。
「おう!」
三人は船を下り、村へ向かった。
今日、偶然出会った二人。
ルフィは、助けを求める人を前にして迷わず動く男だった。ゾロは無駄な言葉を好まないが、状況を見極め、必要な場面では確実に力を発揮する。
そして二人とも、自分の夢を疑っていなかった。
世界中の島を見て回りたい。
幼い頃から抱いてきた夢が、胸の中で再び強くなる。
ミナトは、二人の後ろ姿を見つめた。
この先、海へ出たら、どんな景色が待っているのだろう。
どんな人たちと出会い、どんな経験をするのだろう。
まだ何も分からない。
それでも、今日の出会いが自分の未来を少しだけ変えたような気がした。
◇
港に残った村人たちの間では、ある噂が広がり始めていた。
海賊船に乗り込み、さらわれた子供を助け出した青年。
大勢の海賊を相手に、まるで風のように駆け抜けた男。
そして、船長の大鉈が振り下ろされた瞬間、誰の目にも捉えられない速さで姿を消し、一撃で勝負を決めた。
「……あれは、いったい何だったんだ?」
「本当に、人間だったのか……?」
目撃した者たちは、興奮した様子で語り合った。
その姿は、まるで黄色い閃光のようだった。
もちろん、このときのミナトは、自分の名が噂になることなど考えてもいなかった。
ただ、助けを必要としていた子供を救えたこと。それだけで十分だった。
けれど、港で生まれた小さな噂は、やがて村の外へと広がっていく。
――黄色い閃光。
その名が東の海に知られ始めるのは、もう少し先のことだった。