ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける―   作:HINRON

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黄色い閃光

 

 港には、潮の香りと海賊たちの笑い声が漂っていた。

 

 ミナトは積み上げられた木箱の陰に身を潜め、海賊船の様子をうかがっていた。

 

 甲板には、酒瓶を片手に騒いでいる男たちがいる。船首付近には二人の見張り。船尾側では、別の男が船内と甲板を行き来していた。

 

 見える範囲だけでも、十人以上。

 

 船の中にも人がいることを考えれば、村人たちが話していた人数とも大きくは違わないだろう。

 

 ミナトは視線を巡らせた。

 

 見張りが顔を向ける方向。足音が途切れる間隔。積荷の陰になっている場所。船内へ続く階段と、港へ戻るための経路。

 

 一つずつ確認しながら、頭の中で船の構造を組み立てていく。

 

 さらわれた子供の居場所は分からない。

 

 無事であることを願うしかないが、願っているだけでは助けられない。

 

 まずは見つけることだ。

 

「……船尾側からなら、入り込めそうだな」

 

 小さくつぶやいたところで、背後から声がした。

 

「なあ、ミナト。まだ行かねえのか?」

 

 振り返ると、ルフィが木箱の陰から顔をのぞかせていた。

 

「もう少しだけ待ってくれないか。見張りの動きを確認したいんだ」

 

「ふーん……」

 

 ルフィは船を見つめたまま、頬を膨らませた。

 

「早く助けてやりてえな」

 

 その言葉に、ミナトの表情がわずかに和らぐ。

 

「ああ。オレも同じだよ。だから、今は確実に助けられる方法を考えたい」

 

「そっか!」

 

 ルフィは素直に頷いた。

 

 その隣で、ゾロが船尾を指さした。

 

「あそこ。見張りが持ち場を離れるとき、甲板の連中は誰も気にしてねえ。死角もある」

 

 ミナトは指された場所を確認した。

 

 確かに、見張りが船内へ戻るたび、船尾側の一角が一時的に手薄になる。

 

「よく気づいたな。オレも、あそこから入ろうと思っていたところだ」

 

「ふん。なら話は早え」

 

 ゾロは刀の柄に手を添えた。

 

「子供を見つけたら、すぐに連れ出せ。何かあったら、こっちも動く」

 

「頼りにしてるよ、ゾロ」

 

「おう、じゃあ行ってこい!」

 

 ルフィが元気よく手を振った。

 

 ミナトは苦笑しながら頷いた。

 

「二人とも、合図があるまでは待っていてくれ。子供の居場所が分かるまでは、できるだけ騒ぎを起こしたくないんだ」

 

「分かった!」

 

「分かってる」

 

 返事を聞き、ミナトは物陰から滑り出た。

 

 船尾へ向かう途中、もう一度だけ二人の方を振り返る。

 

 ルフィはじっと船を見つめていた。ゾロもまた、周囲への警戒を解いていない。

 

 大丈夫だろう。

 

 ミナトは前を向き、音もなく船へ近づいていった。

 

     ◇

 

 船尾側の見張りが甲板へ戻った瞬間、ミナトは船べりに手をかけた。

 

 体を引き上げ、木板がきしむ場所を避けて積荷の陰へ滑り込む。

 

 足音が近づいてきた。

 

 ミナトは動きを止める。

 

「ったく、見張りなんて退屈な仕事だぜ……」

 

 海賊が欠伸をしながら歩いてくる。

 

 男が目の前を通り過ぎたあとも、ミナトはすぐには動かなかった。足音が十分に遠ざかり、別の男の声に紛れたことを確かめてから、ようやく身を起こす。

 

 急ぐ必要はある。

 

 だが、焦って見つかってしまえば、子供を危険にさらすことになる。

 

 ミナトは通路の先を確かめながら、慎重に進んだ。

 

 船内から、海賊たちの話し声が聞こえてくる。

 

「子供は奥の部屋に閉じ込めておけ。船長の命令だ」

 

「逃げられたら面倒だからな。ちゃんと見張っておけよ」

 

 ミナトは足を止めた。

 

 奥の部屋。

 

 話し声の方向から考えて、船内の後方にある船室だろう。

 

 壁際に身を寄せ、耳を澄ませる。近くにいるのは一人。少し離れたところから、何人かの笑い声が聞こえてくる。

 

 ミナトは足元に落ちていた小さな木片を拾い、通路の反対側へ転がした。

 

 カタン、と乾いた音が鳴る。

 

「ん? 何だ?」

 

 見張りが音のした方へ顔を向けた。

 

 その瞬間、ミナトは背後から間合いを詰めた。男の手首を押さえ、武器を抜かせる前に体勢を崩す。声を上げる間もなく床へ押さえ込み、静かに意識を奪った。

 

 倒れた男を通路の陰へ移し、ミナトは再び奥へ進んだ。

 

 やがて、一つの扉の前で足が止まる。

 

 中から、かすかなすすり泣きが聞こえていた。

 

 ミナトは扉の隙間から室内をのぞいた。

 

 小さな子供が、壁際に座らされている。両手は縄で縛られ、その傍らには短い刀を持った海賊が一人いた。

 

 子供は泣くのをこらえようとしているのか、肩を小さく震わせている。

 

 その姿を見た瞬間、ミナトの胸が痛んだ。

 

 怖かっただろう。

 

 助けが来るかどうかも分からない場所で、一人きりだったのだから。

 

 ミナトは一度、静かに息を吐いた。

 

 必ず連れて帰る。

 

 そう決めて、扉の脇へ身を寄せる。

 

 海賊が立ち上がり、子供に背を向けた。

 

 ミナトは音もなく室内へ入り込む。相手が振り向くより早く腕を押さえ、足を払って床へ倒した。抵抗する手から刀を遠ざけ、動けなくなったことを確かめる。

 

 それから、子供の前に膝をついた。

 

「……もう大丈夫だよ」

 

 できるだけ穏やかな声で話しかける。

 

 子供が、涙に濡れた顔を上げた。

 

「助けに来たからね。怖かったね」

 

 ミナトは子供の目線に合わせ、安心させるように微笑んだ。

 

 子供の唇が震えた。

 

「お兄ちゃん……ぼく、帰れるの?」

 

「うん。ちゃんと家に帰ろう。お父さんやお母さんも、きっと心配してるから」

 

 ミナトは縄をほどき、赤くなった手首を気遣うようにそっと手を添えた。

 

「痛いところはある?」

 

「……だいじょうぶ」

 

「そっか。よかった」

 

 ほっとしたように笑い、ミナトは立ち上がった。

 

「じゃあ、一緒にここを出よう。少しだけ歩けるかな?」

 

 子供は小さく頷いた。

 

「えらいね。ゆっくりでいいから、オレについてきて」

 

 ミナトは子供の手を取り、扉の外へ出た。

 

 ここまで、大きな騒ぎにはなっていない。

 

 あと少し。

 

 船外へ続く通路へ差しかかった、そのときだった。

 

「おい! あいつ、どこへ行きやがった!」

 

 背後から怒鳴り声が響いた。

 

 倒れていた見張りが発見されたのだ。

 

「誰か入り込んでやがるぞ! 船内を探せ!」

 

 甲板からも、慌ただしい足音が聞こえてくる。

 

 ミナトは子供を背中側へかばい、通路の先を確認した。

 

 正面から三人。後方からも複数の足音。

 

 このまま子供を連れて突破するのは難しい。

 

 ミナトは懐からクナイを一本取り出した。

 

 通路の先へ投げる。

 

 クナイは海賊たちの足元をかすめ、壁際へ突き刺さった。

 

「何だ!?」

 

 男たちが一斉にそちらを向く。

 

 その隙に、ミナトは子供を抱き上げた。

 

「少しだけ我慢してね」

 

 優しく声をかけてから、空いた側へ走り出す。

 

「いたぞ! こっちだ!」

 

 海賊の一人が叫んだ。

 

 もう隠れて進むことはできない。

 

 ミナトは階段を駆け上がり、甲板へ飛び出した。

 

 潮風が頬を打つ。

 

 目の前には、武器を手にした海賊たちが待ち構えていた。

 

「てめえか! 船に入り込んだ野郎は!」

 

 ミナトは子供を抱えたまま、周囲を見渡した。

 

 数は多い。正面から全員を相手にすれば、子供を守りきれない。

 

 そのとき、港側から聞き慣れた声が響いた。

 

「ミナトー!」

 

 ルフィが船べりを飛び越えて甲板へ乗り込んできた。その後ろから、ゾロも続いている。

 

「子供は無事か!?」

 

「ああ! この子を港へ連れていってくれ!」

 

 ミナトが子供を差し出すと、ルフィはしっかりと受け取った。

 

「分かった! お前、もう大丈夫だからな!」

 

 ルフィは子供にそう声をかけ、港へ続く船べりへ向かった。

 

「待て! そいつを逃がすな!」

 

 海賊たちがルフィへ殺到する。

 

 ルフィは子供を片腕で抱えたまま、もう片方の腕を伸ばして柱へ巻きつけた。

 

「ゴムゴムのロケット!」

 

 腕が縮み、ルフィの体が海賊たちの頭上を飛び越える。

 

「うわあああっ!」

 

 男たちが驚いている間に、ルフィは船べりへ着地した。子供を安全な場所へ降ろすと、すぐに船へ向き直る。

 

「よし! これで安心だな!」

 

 子供は驚いた顔でルフィを見上げた。

 

「お兄ちゃん、ありがとう……!」

 

「おう!」

 

 ルフィはにっと笑い、再び甲板へ飛び戻った。

 

「さて、今度はおれの番だ!」

 

 その声を聞きながら、ゾロが刀を抜いた。

 

「お前ら、こっちを忘れてんじゃねえぞ」

 

 三本の刀が光る。

 

 海賊たちが一斉に斬りかかった。

 

 ゾロは正面からの攻撃を受け流し、敵の懐へ踏み込む。二本の刀で武器を弾き、口にくわえた刀を含めた三刀で反撃した。

 

 武器が宙を舞い、海賊たちが次々と甲板へ倒れていく。

 

 一方のルフィも、伸びる腕を使って敵の攻撃をかわしながら、豪快に拳を叩き込んでいた。

 

「ゴムゴムの銃!」

 

 伸びた拳が海賊を吹き飛ばす。

 

 別の男が背後から迫ると、ルフィは体をひねり、勢いよく蹴り飛ばした。

 

 ミナトは二人の動きを見て、子供が無事に港へ向かったことを確認した。

 

 これで、守るべきものを抱えたまま戦う必要はない。

 

「二人とも、ありがとう。助かったよ」

 

「おう!」

 

「礼はいい。さっさと片づけるぞ」

 

 ゾロが刀を構え直す。

 

 ミナトは穏やかに頷いた。

 

     ◇

 

 海賊たちが、今度はミナトへ向かってきた。

 

「ちょこまか動きやがって!」

 

 男が大振りの斬撃を放つ。

 

 ミナトは半歩だけ後ろへ下がり、刃をかわした。相手の腕が伸びきった瞬間、手首を打って武器を落とさせる。

 

 続く敵には、足払いをかけて体勢を崩す。

 

 倒れた男を踏み越えるのではなく、その横をすり抜けて次の相手へ向かう。敵が一斉に攻撃できないよう、積荷や樽の位置を利用しながら、少しずつ戦いやすい場所へ誘導していった。

 

「逃がすな! 囲め!」

 

 海賊たちが左右から迫る。

 

 ミナトは後ろへ跳び、積荷の間へ敵を誘い込んだ。

 

 先頭の男が勢いよく踏み込む。

 

 その瞬間、ミナトは横へ身をかわした。

 

 男は止まりきれず、積まれていた樽へ激突する。木箱が崩れ、後ろの海賊たちも巻き込まれた。

 

「ぐあっ!」

 

 足元が乱れた一瞬を狙い、ミナトは別の敵の懐へ踏み込む。腕を打ち、膝を崩し、流れるように体勢を崩していく。

 

 派手な動きはない。

 

 けれど、海賊たちは次々と武器を落とし、甲板へ倒れていった。

 

 ミナトはその合間に、クナイを一本投げた。

 

 クナイは甲板の柱の根元へ突き刺さる。

 

「外したぞ!」

 

 海賊の一人が笑った。

 

 ミナトは何も答えない。

 

 相手が気づいていないなら、それでよかった。

 

 その直後、別の海賊が背後へ回り込んだ。

 

「もらった!」

 

 刃が振り下ろされる。

 

 ミナトの姿が、目の前から消えた。

 

「なっ……!?」

 

 刃が甲板を叩く。

 

 男が慌てて周囲を見回した、その背後から声がした。

 

「後ろだよ」

 

 振り返る間もなく、ミナトの一撃が首元へ入る。男はその場に崩れ落ちた。

 

 ミナトは、先ほど柱の根元へ投げたクナイの傍らに立っていた。

 

 誰も、その移動を目で追えなかった。

 

「い、今……消えたのか?」

 

「馬鹿な! どこへ行きやがった!」

 

 海賊たちの顔から、余裕が消えていく。

 

 ミナトはクナイを拾い上げ、腰へ戻した。

 

 飛雷神の術。

 

 印を刻んだクナイを目印に、瞬時にその場所へ移動する術だ。

 

 祖父から受け継ぎ、長い時間をかけて磨いてきた技術。速さだけを頼りにするのではなく、あらかじめ移動先を用意し、敵の意識が向かない場所へ布石を打つことで、初めて真価を発揮する。

 

 もちろん、何度も使えば体力は削られる。

 

 だからこそ、無駄には使わない。

 

 ミナトは残る海賊たちの動きを見極め、次の一手を選んだ。

 

 正面から迫る二人の攻撃をかわし、片方の足を払う。倒れ込んだ男がもう一人の進路を塞いだ瞬間、ミナトは間合いを詰めて武器を弾き飛ばした。

 

 包囲が崩れる。

 

 そこへルフィの拳が飛び込み、ゾロの斬撃が海賊たちの武器を弾いた。

 

 三人の動きが重なり、甲板の上にいた海賊たちは次々と戦闘不能になっていった。

 

 しかし、まだ船長が残っている。

 

 そのことを、ミナトは忘れていなかった。

 

     ◇

 

「おい! 何をごちゃごちゃ騒いでやがる!」

 

 船内から、ひときわ大きな怒声が響いた。

 

 重い足音とともに現れたのは、大柄な男だった。

 

 肩には粗末な上着を引っかけ、手には大きな鉈を握っている。倒れた部下たちを見回し、男は最後にミナトへ目を向けた。

 

「てめえが侵入者か」

 

 ミナトは黙って男を見返した。

 

「俺の船で好き勝手やってくれたそうじゃねえか。ずいぶんいい度胸してやがる」

 

「……子供をさらったのは、お前か?」

 

「ああ? あのガキか」

 

 船長は鼻で笑った。

 

「村の連中が逆らいやがったんでな。少しばかり言うことを聞かせてやっただけだ」

 

 ミナトは、ほんのわずかに目を伏せた。

 

 先ほどの子供の震える手が、脳裏に浮かぶ。

 

 どれほど怖かっただろう。

 

 どれほど帰りたかっただろう。

 

 それを、この男は何とも思っていない。

 

「……そうか」

 

 ミナトの声から、柔らかさが消えた。

 

「もう、誰も傷つけさせない」

 

「何だと?」

 

「お前の好きにはさせない、ということだよ」

 

 船長の顔が歪んだ。

 

「ふざけやがって! 俺の懸賞金は500万ベリーだ! この東の海じゃ、名の知れた海賊なんだぜ! たかがガキ一人のために、命を捨てに来たってのか!」

 

 船長は大鉈を振り上げた。

 

「後悔させてやる!」

 

 振り下ろされた刃が、ミナトのいた場所を叩き割る。

 

 ミナトは横へ跳び、攻撃をかわした。

 

 威力がある。

 

 正面から受け止めるのは得策ではない。

 

 船長は鉈を引き抜くと、続けざまに横薙ぎの一撃を放った。ミナトは身を低くしてかわす。刃が頭上を通り過ぎ、風圧で髪が揺れた。

 

 間を置かず、三撃目。

 

 船長はミナトの逃げ道を狭めるように攻撃を重ねてくる。荒々しいだけではない。相手の動きを見て、次の一撃を合わせようとしている。

 

 ミナトは後退しながら、足運びと肩の動きを観察した。

 

 大きく振りかぶる直前、右肩が沈む。

 

 攻撃のあとには、鉈を引き戻すためのわずかな間が生まれる。

 

 そこが隙だ。

 

 だが、一度見つけただけでは足りない。

 

 ミナトは無理に踏み込まず、攻撃をかわしながら船長の動きを確かめていった。

 

「逃げ回るしか能がねえのか!」

 

 船長が吠える。

 

 ミナトは答えなかった。

 

 相手の怒りに付き合う必要はない。

 

 必要なのは、勝つための一瞬を見極めることだ。

 

 船長が大きく踏み込んだ。

 

 ミナトは横へ走り、積荷の並ぶ場所へ誘導する。船長は追いすがり、鉈を振り下ろした。

 

 木箱が砕け、破片が飛び散る。

 

 その勢いで船長の足元が乱れた。

 

 ミナトは、すかさず間合いを詰めようとする。

 

 しかし、船長は体勢を崩しながらも鉈を横へ振るった。

 

 刃が迫る。

 

 ミナトは身をひねってかわしたものの、鉈の先端が上着をかすめた。

 

 布が裂ける。

 

 船長はすぐに体勢を立て直した。

 

「惜しかったなあ!」

 

 鉈を肩へ担ぎ直し、下卑た笑みを浮かべる。

 

「ちょこまか逃げ回っても、いつかは捕まるんだよ!」

 

 ミナトは一歩、距離を取った。

 

 呼吸を整える。

 

 飛雷神の術を使えば、懐へ入り込むことはできる。だが、船長は攻撃の範囲が広く、動きも単純ではない。移動した先で鉈を振られれば、逃げ場がなくなる可能性もある。

 

 確実に決めるには、相手が攻撃を終えた瞬間を狙う必要がある。

 

 ミナトは甲板を見渡した。

 

 先ほど投げたクナイは、船長から少し離れた位置に突き刺さっている。

 

 移動先はある。

 

 あとは、船長にその存在を意識させないことだ。

 

「……次で決める」

 

 ミナトは静かに息を吐いた。

 

 船長がそれを聞き、口元を歪める。

 

「やっと諦めたか!」

 

 大鉈が頭上へ振り上げられた。

 

 ミナトは退かなかった。

 

 船長の肩が沈む。

 

 踏み込む足が甲板を捉える。

 

 刃が振り下ろされる、その直前――。

 

 ミナトの姿が消えた。

 

 轟音とともに、大鉈が甲板を砕く。

 

「なっ……!?」

 

 船長の目の前には、誰もいなかった。

 

 次の瞬間、船長の背後で風が揺れた。

 

 ミナトは、先ほど投げていたクナイの傍らに立っていた。

 

 船長が振り向こうとする。

 

 だが、遅い。

 

 大鉈を振り下ろした直後の体勢では、すぐに向き直ることも、武器を引き戻すこともできない。

 

 ミナトは迷わず間合いを詰めた。

 

「終わりだ」

 

 踏み込みと同時に、鳩尾へ鋭い一撃を叩き込む。

 

「ぐっ……!」

 

 船長の巨体がよろめいた。

 

 手から大鉈が滑り落ちる。

 

 男は何かを言おうとしたが、声にならなかった。そのまま膝をつき、甲板へ崩れ落ちる。

 

 決着だった。

 

 甲板から、喧騒が消えた。

 

 残った海賊たちは、倒れた船長とミナトを交互に見つめている。

 

「船長が……負けた?」

 

「嘘だろ……!」

 

 ミナトは乱れた呼吸を整え、海賊たちへ向き直った。

 

「もう終わりだ。これ以上、抵抗しないでくれ」

 

 声を荒らげることはなかった。

 

 それでも、船長を一撃で倒した男を前に、海賊たちには戦いを続ける気力など残っていなかった。

 

     ◇

 

「おおお! 今の、どうやったんだ!?」

 

 ルフィが駆け寄ってきた。

 

「いきなり消えたぞ! それで、別のところに出てきて……すげえな!」

 

 その目は、まるで珍しいものを見つけた子供のように輝いている。

 

 ミナトは思わず笑った。

 

「秘密にしておきたいところなんだけどな」

 

「えーっ! 何だよ、それ!」

 

「ルフィ、あんまり困らせてやるな」

 

 ゾロが倒れた船長を見下ろしながら言った。

 

「……だが、確かに気になる技だな。最初に投げていたクナイ、あれが関係しているのか?」

 

 ミナトは腰のクナイへ目を落とした。

 

「よく見ていたね」

 

「戦いの最中に見えた。それだけだ」

 

 ゾロはそれ以上、無理に聞き出そうとはしなかった。

 

 ミナトは静かに頷く。

 

「機会があれば、話すよ」

 

「おう! 約束だからな!」

 

 ルフィが満足そうに笑った。

 

 そのとき、ミナトはふと、先ほどまで子供を抱えていたルフィの腕に目を向けた。

 

「そうだ。子供は無事に港へ届けられた?」

 

「ああ! ちゃんと村の人に渡したぞ!」

 

 ルフィは胸を張った。

 

「もう泣いてなかった。おれが、もう大丈夫だって言ってやったからな!」

 

「そうか……よかった」

 

 ミナトの表情が、ようやく柔らかくなった。

 

 子供が無事だと分かったことで、胸の奥にあった緊張がほどけていく。

 

「ありがとう、ルフィ。助かったよ」

 

「おう!」

 

 ルフィは、何でもないことのように笑った。

 

「困ってる奴がいたら助けるだろ!」

 

 その言葉に、ミナトは一瞬だけ目を見開いた。

 

 そして、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「……そうだね」

 

 隣では、ゾロが刀を鞘へ納めていた。

 

「感心してる場合じゃねえぞ。まだ船内を確認する必要がある」

 

「あ、そうだった!」

 

 ルフィが勢いよく振り返る。

 

「ほかにも捕まってる奴がいるかもしれねえ!」

 

「うん。最後まで確認しよう」

 

 三人は船内へ戻り、残っていた海賊たちを制圧しながら、ほかに人質がいないかを調べた。

 

 幸い、さらわれた子供以外に人質はいなかった。村から奪われた荷物も見つかり、海賊たちが抵抗をやめたことで、戦いは完全に終わった。

 

 ミナトは最後にもう一度、船内を見回した。

 

 見落としはない。

 

 それを確認してから、甲板へ戻った。

 

 港には、助け出された子供を抱きしめる村人たちの姿が見えた。

 

 子供は無事だった。

 

 母親らしき女性が、何度も子供の頭を撫でている。そのそばで、父親らしき男性が涙をぬぐいながら、ミナトたちへ深く頭を下げていた。

 

 ミナトは少し離れた場所から、その光景を見つめた。

 

 胸の奥が温かくなる。

 

 間に合って、本当によかった。

 

「なあ、ミナト!」

 

 ルフィの声に振り向く。

 

「腹減った!」

 

「……ふふっ」

 

 ミナトは思わず笑ってしまった。

 

「そうだね。オレも、少しお腹が空いたかな」

 

「よし! じゃあ飯だ!」

 

「お前はさっきから飯のことばかりだな」

 

 ゾロが呆れたように言う。

 

「だって腹が減ったんだから、しょうがねえだろ!」

 

「はいはい。分かったから、先に村の人たちに報告しよう」

 

 ミナトがそう言うと、ルフィは元気よく頷いた。

 

「おう!」

 

 三人は船を下り、村へ向かった。

 

 今日、偶然出会った二人。

 

 ルフィは、助けを求める人を前にして迷わず動く男だった。ゾロは無駄な言葉を好まないが、状況を見極め、必要な場面では確実に力を発揮する。

 

 そして二人とも、自分の夢を疑っていなかった。

 

 世界中の島を見て回りたい。

 

 幼い頃から抱いてきた夢が、胸の中で再び強くなる。

 

 ミナトは、二人の後ろ姿を見つめた。

 

 この先、海へ出たら、どんな景色が待っているのだろう。

 

 どんな人たちと出会い、どんな経験をするのだろう。

 

 まだ何も分からない。

 

 それでも、今日の出会いが自分の未来を少しだけ変えたような気がした。

 

     ◇

 

 港に残った村人たちの間では、ある噂が広がり始めていた。

 

 海賊船に乗り込み、さらわれた子供を助け出した青年。

 

 大勢の海賊を相手に、まるで風のように駆け抜けた男。

 

 そして、船長の大鉈が振り下ろされた瞬間、誰の目にも捉えられない速さで姿を消し、一撃で勝負を決めた。

 

「……あれは、いったい何だったんだ?」

 

「本当に、人間だったのか……?」

 

 目撃した者たちは、興奮した様子で語り合った。

 

 その姿は、まるで黄色い閃光のようだった。

 

 もちろん、このときのミナトは、自分の名が噂になることなど考えてもいなかった。

 

 ただ、助けを必要としていた子供を救えたこと。それだけで十分だった。

 

 けれど、港で生まれた小さな噂は、やがて村の外へと広がっていく。

 

 ――黄色い閃光。

 

 その名が東の海に知られ始めるのは、もう少し先のことだった。

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