ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
「……私の本当の名前は、ネフェルタリ・ビビ」
ミス・ウェンズデーは、まっすぐに一味を見つめて告げた。
「アラバスタ王国の王女よ」
一瞬、沈黙が落ちた。
ルフィは目をぱちくりさせ、ゾロは眉を上げる。ナミは驚きに目を見開いた。
ミナトも、思わず彼女を見つめた。
王女――。
ラブーンの体内で出会い、ウイスキーピークで再会した女性が、一国の王女だったとは。
ミス・ウェンズデー、いや、ビビは隣に立つ男へ視線を向けた。
「そして、こちらはイガラム。アラバスタ王国の護衛隊長よ。Mr.8という名前でバロックワークスに潜入していたの」
イガラムは帽子を取り、深々と頭を下げた。
「これまで身分を隠していたことを詫びる。私たちは、ある目的のためにあの組織へ潜入していた」
「バロックワークスに?」
ナミが聞き返す。
「そうだ」
イガラムは重々しく頷いた。
「我が国を脅かす陰謀の正体を突き止めるために」
そのとき、建物の陰から、バタバタと慌ただしい足音が聞こえた。
「クエッ! クエッ!」
大きな鳥が駆けてくる。
長い首に、丸みを帯びた身体。黄色いくちばしと脚を持つその鳥は、ビビのそばまで来ると、心配そうに彼女を見上げた。
「カルー!」
ビビの表情がふっと和らいだ。
「大丈夫よ。もう平気だから」
彼女はカルーの首元を優しく撫でた。カルーは安心したように鳴き、彼女のそばに寄り添う。
ルフィは目を輝かせた。
「おおっ! なんだこいつ、鳥なのに走るの速そうだな!」
カルーはルフィをじっと見つめ、警戒するように首を伸ばした。
「クエッ!」
「なんだよ! おれ、何もしてねェぞ!」
「いきなり大声を出すからでしょうが!」
ナミがルフィの頭を叩いた。
ミナトはカルーとビビを見比べた。彼女にとって、カルーはただの乗り物ではない。危険な潜入任務を共にしてきた、大切な仲間なのだろう。
ビビはカルーの首を撫でながら、再び一味へ向き直った。
「私たちは、バロックワークスという犯罪組織に潜入していたの。組織の目的を探り、アラバスタで何が起きているのかを突き止めるために」
彼女の表情から、穏やかさが消えた。
「私の国では今、反乱軍と王国軍が対立しているわ。国中で不満が高まり、民衆は王家を疑い始めている。反乱軍は、王が国を苦しめていると思い込んでいるの」
イガラムが後を引き継いだ。
「だが、王は民を苦しめるような命令を出してはいない。何者かが王国と民衆の間に溝を作り、国を内側から崩そうとしているのだ」
「その黒幕が、バロックワークスなのか?」
ミナトが尋ねる。
ビビは頷いた。
「そう。私たちは組織に潜入して、少しずつ真相を探ってきた。そして、あの組織がアラバスタで内乱を引き起こそうとしていることを知ったの」
「内乱を起こして、国を乗っ取るってことか?」
ゾロが静かに尋ねる。
「ええ」
ビビの声に力がこもった。
「組織は国を混乱させ、王国を倒そうとしている。そうすれば、国を支配することができるから」
ナミは腕を組み、難しい顔をした。
「そんな大きな組織が、どうして一国を狙うのよ……」
「理由は分からない。でも、黒幕は自分の理想とする国を作ろうとしているらしいわ」
ビビは唇を噛んだ。
「そのために、何万人もの人々が暮らす国を犠牲にしようとしているの」
その言葉に、ミナトは静かに目を細めた。
国の中に争いを生み、互いに憎しみ合わせる。敵の正体が分からないままでは、民衆は誰を信じればいいのかも分からなくなる。
ビビが一刻も早くアラバスタへ戻ろうとしている理由が、少しずつ見えてきた。
「私は、反乱軍と王国軍の戦いを止めたいの」
ビビは一味を見回した。
「真実を伝えれば、争いを止められるかもしれない。だから、どうしても国へ帰らなくちゃいけないのよ」
ルフィは黙って彼女を見ていた。
しばらくして、口を開く。
「それで、お前らを狙ってたあいつらは何なんだ?」
「バロックワークスの上級エージェントよ」
イガラムが答えた。
「私たちが組織に潜入していることを知られた以上、始末しに来たのだろう」
「じゃあ、まだほかにもいるってこと?」
ナミの表情が険しくなる。
「……ええ。あの二人だけで終わりとは限らないわ」
ビビは視線を落とした。
「私たちは、ずっと追われていたの。正体が知られれば、アラバスタへ戻る前に殺されるかもしれない。それでも、帰らなくちゃいけないのよ」
カルーが彼女のそばで小さく鳴いた。
ビビはその頭を撫で、顔を上げた。
「お願い。アラバスタまで、私を連れて行ってほしいの」
その言葉を聞いたナミの目が、すっと細くなった。
「……アラバスタまで護衛してほしいってことね?」
「ええ」
「危険な組織に追われていて、国では内乱が起きかけている。そういうことよね?」
「そうよ」
ナミはしばらく考え込んだあと、指を一本立てた。
「分かったわ。引き受けてあげる」
ビビの表情が明るくなる。
「本当!?」
「ただし!」
ナミの声が鋭くなった。
「報酬は十億ベリーよ!」
「じゅ、十億!?」
ビビとイガラムが同時に声を上げた。
「ちょっと待ってくれ! いくらなんでも、それは……!」
イガラムが慌てて抗議する。
ナミは腰に手を当てた。
「命を狙われてる王女様を、危険な海域を越えて国まで送り届けるのよ? 安いくらいじゃない!」
「そんな金額、今すぐ約束できるわけがないだろう!」
「じゃあ、どうするの? 護衛なしで帰るつもり?」
ナミは一歩も引かなかった。
ビビは困ったように唇を結んだ。
「……ごめんなさい。国がこんな状況だから、私が自由に使えるお金も限られているの」
「ええっ!?」
ナミの顔が引きつった。
「ちょっと、王女様でしょ!?」
「ナミ……」
ミナトがそっと声をかける。
「今はお金の話より、まず状況を整理した方がいいんじゃないか?」
「分かってるわよ!」
ナミは不満そうに頬を膨らませたが、それ以上は言わなかった。
そのとき、ルフィがビビの前に立った。
「なあ、ビビ」
「え?」
「そのバロックワークスって奴ら、どこにいるんだ?」
「えっ……?」
「お前の国をめちゃくちゃにしようとしてるんだろ?」
ルフィはいつもの調子で、まっすぐ彼女を見た。
「そいつらをぶっ飛ばせばいいんじゃねェのか?」
ビビは目を見開いた。
「そんな簡単な話じゃないわ。相手は大きな組織なのよ。それに、黒幕は――」
「その黒幕ってのは、誰なんだ?」
ルフィの問いに、ビビは一瞬ためらった。
だが、もう隠しても意味はない。
「……Mr.0よ」
彼女は静かに答えた。
「バロックワークスのボス。そして、その正体は……王下七武海の一人、サー・クロコダイル」
その名前が出た瞬間、夜の空気が変わった。
ナミの顔から笑みが消え、ゾロも黙ってビビを見つめる。
ミナトは、彼女が語った名前を心に刻んだ。
王下七武海。世界政府に認められた大海賊の一人が、国を内側から崩そうとしている。
相手は、単なる犯罪組織のボスではない。
ビビは拳を握りしめた。
「私は、どうしてもアラバスタを救いたいの。だから、お願い……力を貸して」
ルフィは少しの間、黙っていた。
やがて、彼女を見つめたまま口を開いた。
「……分かった」
その返事に、ビビが顔を上げる。
ルフィはにっと笑った。
「お前をアラバスタまで連れてってやる!」
ナミがすぐさま振り向いた。
「ちょっとルフィ! 報酬の話はまだ終わってないわよ!」
「いいじゃねェか!」
「よくないわよ!」
ゾロは呆れたように息を吐き、ミナトは思わず苦笑した。
しかし、ビビの表情には、先ほどまでなかった安堵が浮かんでいた。
カルーも彼女のそばで、嬉しそうに鳴いた。
そのとき、少し離れた建物の陰で、小さな影が動いた。
麦わらの一味とビビたちの会話を、誰かが聞いていた。
ビビが口にした組織の秘密は、彼らだけのものではなくなったのだ。
ミナトはその気配に気づき、そちらへ視線を向けた。
だが、影はすでに夜の闇へ紛れ、姿を消していた。
アラバスタを救うための航海。
それは、ビビが思い描いていたよりも大きな戦いへとつながろうとしていた。