ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
「お前をアラバスタまで連れてってやる!」
ルフィの宣言に、ビビは驚いたように目を見開いた。
その隣では、ナミがすぐさまルフィに詰め寄っていた。
「ちょっとルフィ! 報酬の話はまだ終わってないわよ!」
「いいじゃねェか!」
「よくないわよ! こっちは命懸けで航海するのよ!?」
「だったら、アラバスタまで行けばいいんだろ?」
「そういう問題じゃないの!」
いつもの調子で言い合う二人に、ゾロは呆れたように息を吐いた。ミナトも思わず苦笑する。
だが、イガラムだけは笑っていなかった。
「……感謝する。君たちが協力してくれるのなら、ビビ様をアラバスタへ送り届けることができるかもしれない」
「イガラム……?」
ビビが隣の男を見上げる。
イガラムは一度目を閉じ、それから真剣な表情で一味を見回した。
「しかし、君たちに頼る前に、私がやらなければならないことがある」
「やらなきゃならないこと?」
ルフィが首を傾げる。
「ああ。バロックワークスは、私たちの正体を知っている。先ほどの二人だけでなく、ほかにも追っ手がいるはずだ」
イガラムはビビへ視線を移した。
「彼らの目的は、王女であるビビ様を捕らえること。ならば、その目を別の場所へ向けさせればいい」
「……まさか」
ビビの表情が変わった。
イガラムは静かに頷く。
「私が囮になる」
「駄目よ!」
ビビは即座に声を上げた。
「イガラム、そんなことをしたら……!」
「私がビビ様に変装し、別の船で出航する。敵が私を本物の王女だと思えば、追っ手を引きつけられるだろう」
「でも、相手はバロックワークスなのよ! 何をしてくるか分からないじゃない!」
「承知しております」
イガラムの声は落ち着いていた。
「だからこそ、私が行くのです」
「イガラム……」
「ビビ様。あなたには、アラバスタへ帰っていただかなければなりません」
彼は背筋を伸ばし、王女に向かって深く頭を下げた。
「国の危機を知らせ、これ以上の悲劇を防ぐ。そのためにも、あなたは生きて帰らなければならないのです」
ビビは唇を噛んだ。
彼が自分を守るために危険を引き受けようとしていることは分かっていた。王宮で働いていた頃から、イガラムはいつもそうだった。自分の身よりも、王女と国のことを優先する。
だからこそ、簡単に受け入れることなどできなかった。
「……必ず戻ってきて」
やがてビビは顔を上げた。
「約束よ、イガラム。絶対に帰ってきて」
「えぇ。必ず」
イガラムは穏やかに頷いた。
そのやり取りを見ていたナミが、腕を組んだ。
「……話は分かったわ。でも、あんたが囮になるなら、私たちもすぐに出発した方がいいわね」
「そうだな」
ゾロも短く同意する。
「いつ次の敵が来るか分からねェ。ここでのんびりしてる理由はない」
「よし! じゃあ、出発だ!」
ルフィが勢いよく拳を突き上げた。
「待ちなさい、ルフィ。船の準備が先よ!」
ナミはすぐさまルフィを制し、港の方へ歩き出す。
ミナトもその後に続こうとしたが、ふと足を止めた。
「イガラムさん」
呼びかけられたイガラムが振り返る。
「何かね?」
ミナトは彼のそばへ歩み寄った。
「あなたが戻ってくることを、ビビさんは望んでいるはずです」
「ああ。分かっている」
「あなたの覚悟を、オレから否定するつもりはありません。ただ、無事に戻ってきてください」
「ありがとう。君の言葉、忘れない」
イガラムは微笑み、ミナトの肩を軽く叩いた。
ミナトは自然な動作で、彼の背中に手を添えた。
ほんの一瞬。
イガラムは特に気に留める様子もなく、ビビのもとへ戻っていった。
「……何をした?」
不意に、低い声がした。
振り返ると、ゾロが少し離れた場所からミナトを見ていた。
「何が?」
「今、イガラムの背中に触れただろ」
「激励しただけだよ」
「……ふうん」
ゾロは目を細めた。
手が触れたのは一瞬だった。何かをしたと断言できるほどのものではない。
それでも、ミナトの動きに妙な引っかかりを覚えたのだ。
「行くぞ。船の準備がある」
ゾロはそれ以上追及せず、港へ向かった。
ミナトも何も言わず、その後を追った。
*
港に着くと、ゴーイングメリー号が静かな波に揺れていた。
ナミは船の状態と航海に必要な荷物を確認し、ルフィは早く出発したくて落ち着かない様子だった。
「なあ、もう出られねェのか?」
「まだよ。急ぐからって、準備を怠ったら意味がないでしょ!」
「腹減った!」
「さっきまで食べてたじゃない!」
ルフィとナミのやり取りを横目に、ミナトは船へ目を向けた。
この先には、アラバスタが待っている。
ビビの故郷を救うための航海。その一方で、イガラムは囮として別の船に乗ることになる。
彼の作戦が成功するかどうかは、まだ分からない。
やがて、イガラムが港へやって来た。
その姿を見たビビは、思わず駆け寄った。
「イガラム……」
「ビビ様」
イガラムは穏やかな表情で彼女を見つめた。
「どうか、気を強く持ってください。アラバスタに帰るまで、決して諦めてはなりません」
「分かってるわ。でも……」
ビビは言葉を詰まらせた。
「あなたがいなくなるのは、やっぱり嫌よ」
イガラムは一瞬だけ目を伏せ、それから優しく微笑んだ。
「私のことなら心配はいりません。あなたを守るために、私は自分の役目を果たすだけです」
「……絶対よ」
「はい」
ビビはイガラムの手を握りしめた。
そばではカルーが心配そうに二人を見上げている。
「クエッ……」
ビビはカルーの頭を撫でた。
「大丈夫よ、カルー。イガラムならきっと戻ってくるわ」
自分自身にも言い聞かせるような声だった。
イガラムは彼女の手をそっと離し、港に用意された囮の船へと向かった。
その船には、ビビに変装するための衣装と、追っ手の注意を引くための仕掛けが準備されていた。
イガラムは一度だけ振り返った。
「ビビ様。どうか、ご無事で」
「イガラム……!」
ビビが声を上げる。
イガラムはそれ以上何も言わず、船へ乗り込んだ。
やがて船員たちが動き出し、囮の船はゆっくりと岸を離れていく。
ビビは港に立ったまま、その姿を見つめ続けていた。
ミナトもまた、黙って船影を見送っていた。
「……出航するわよ!」
ナミの声が響く。
「みんな、乗って!」
「おう!」
ルフィが元気よく返事をし、ゴーイングメリー号へ駆け込んだ。
ゾロも続き、ミナトは最後にもう一度、遠ざかる囮の船へ目を向けた。
夜の海は暗く、船影は少しずつ小さくなっていく。
「ミナト、早く!」
ナミに呼ばれ、ミナトは振り返った。
「ああ、今行くよ」
彼はメリー号へ乗り込んだ。
船上では、ナミが出航の最終確認を進めている。ルフィは船首から港を見つめ、ゾロは黙って腕を組んでいた。
「準備完了! 出航するわ!」
ナミの声とともに、ゴーイングメリー号が動き始めた。
ビビは港から一味を見送っていた。カルーがその隣で、不安そうに鳴く。
「クエッ、クエッ!」
ビビは遠ざかる船へ向かって手を振った。
「みなさん、お気をつけて! アラバスタで会いましょう!」
ルフィは大きく手を振り返す。
「おう! 行くぞ、アラバスタ!」
メリー号は夜の海へと進んでいった。
ミナトは甲板から、遠く離れていく港を見つめていた。
ゾロが隣へやってくる。
「……さっきのことだが」
「さっき?」
「いや。何でもねェ」
ゾロは言葉を切り、海へ視線を戻した。
ミナトは何も答えず、静かに前を向いた。
夜風が二人の間を吹き抜ける。
囮の船も、ゴーイングメリー号も、それぞれの目的地へ向かって進んでいた。
この先に何が待っているのか、まだ誰にも分からない。
ただ、アラバスタへ向かう航海は、こうして始まった。