ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける―   作:HINRON

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空から来た海賊

 

 海は穏やかだった。

 

 船の上では、ルフィが船首に腰掛け、青い海を眺めている。ゾロは少し離れた場所で刀の手入れをし、ミナトは帆の様子を確かめながら、水平線の向こうへ目を向けていた。

 

「なあ、ミナト!」

 

「ん? どうしたの、ルフィ」

 

「あれ、食えんのかな!」

 

 ルフィが指差した先には、大きな鳥が一羽、海面すれすれを飛んでいた。

 

 ミナトは目を細める。

 

「……鳥だね。ずいぶん大きいけど」

 

「うまそうだな!」

 

「いや、ルフィ。あれを食べるのは、さすがに――」

 

「よーし! 捕まえてくる!」

 

「えっ、ちょっと、ルフィ!?」

 

 止める間もなかった。

 

 ルフィはゴムのように伸びる腕を伸ばし、鳥へ飛びついた。

 

 ところが、鳥も黙って捕まるつもりはなかったらしい。

 

 大きな翼を広げると、ルフィをくわえたまま勢いよく上昇した。

 

「おおおおおおっ!?」

 

 ルフィの声が遠ざかっていく。

 

「ルフィー!」

 

 ミナトは思わず身を乗り出した。

 

 鳥はそのまま空の彼方へ飛び去ってしまう。

 

 残された船の上に、沈黙が落ちた。

 

「……あいつ、何やってんだ」

 

 ゾロが刀をしまいながら、深々とため息をついた。

 

「うーん……。いつものこと、と言いたいところだけど」

 

 ミナトは鳥が消えていった方向を見つめる。

 

「今回は、さすがに放っておけないね」

 

「当たり前だ。船長を見失ったまま航海なんざできるか」

 

「そうだね。あの鳥が飛んでいった先に、島があるかもしれない」

 

 遠くに、うっすらと陸地が見えた。

 

 ミナトは進路を確認し、船の向きを調整する。

 

「ゾロ、あの島へ向かおう」

 

「分かってる」

 

 ゾロは短く答えた。

 

 こうして二人は、空へ連れ去られた船長を追い、オレンジの町がある島へ向かうことになった。

 

     ◇

 

 その頃、ルフィをくわえた大きな鳥は、島の上空を飛んでいた。

 

「おーい! 降ろせー!」

 

 ルフィは鳥のくちばしに挟まれながら、じたばたと暴れていた。

 

「腹減ったぞー!」

 

 鳥が大きく翼を動かす。

 

 次の瞬間、くわえられていたルフィの体が空中へ放り出された。

 

「うおおおおおっ!」

 

 眼下に見えるのは、建物の並ぶ町。

 

 ルフィはそのまま落下し、町の一角へ勢いよく突っ込んだ。

 

 もうもうと砂煙が上がる。

 

「……いったぁ」

 

 瓦礫の中から、ルフィが顔を出した。

 

 どうやら、けがはないらしい。

 

「何だよ、あの鳥! 急に放しやがって!」

 

 ルフィは頭についた砂を払い、周囲を見回した。

 

 そこは、オレンジの町。

 

 しかし、通りには人影がほとんどなかった。

 

 店の扉は閉ざされ、窓には板が打ちつけられている。人が暮らしているはずの町なのに、まるで誰もいなくなってしまったかのようだった。

 

「変な町だな……」

 

 ルフィが首を傾げた、そのとき。

 

「いたわね!」

 

 鋭い声が響いた。

 

 振り向くと、数人の海賊がこちらへ走ってくる。その先頭には、オレンジ色の髪をした少女がいた。

 

 少女はルフィを見るなり、にっこりと笑った。

 

「ねえ、そこのあんた! ちょっと手伝ってくれない?」

 

「ん?」

 

「追われてるのよ。あいつら、あたしを捕まえようとしてるの!」

 

 少女は海賊たちを指差した。

 

「頼んだわよ、ボス!」

 

「ボス?」

 

 ルフィが首を傾げる。

 

 次の瞬間、海賊たちがルフィを取り囲んだ。

 

「おい、てめえ! その女をかばう気か!」

 

「別に、かばうとかじゃねえけど……」

 

 ルフィは頭をかいた。

 

「お前ら、何なんだ?」

 

「うるせえ! ぶっ殺してやる!」

 

 一人の海賊が拳を振り上げた。

 

 ルフィはひょいと身をかわす。

 

 だが、別の男が後ろから飛びかかり、ルフィの頭を殴りつけた。

 

 その拍子に、かぶっていた麦わら帽子が地面へ落ちる。

 

 ルフィの表情が変わった。

 

「……おい」

 

 低い声だった。

 

「今、何した?」

 

「はあ? 帽子がどうしたってんだ!」

 

 男が笑う。

 

 ルフィはゆっくりと麦わら帽子を拾い上げ、土を払った。

 

「この帽子はな、大切なもんなんだ」

 

 次の瞬間。

 

 ゴムのように伸びた拳が、男の顔面へ叩き込まれた。

 

「ぐわあっ!」

 

 男が吹き飛ぶ。

 

 続けてルフィは、襲いかかってきた別の海賊も蹴り飛ばした。

 

 残った一人が慌てて逃げ出そうとする。

 

「待てー!」

 

 ルフィの拳が伸び、男を捕まえた。

 

 あっという間だった。

 

 少女は目を丸くして、その光景を見つめていた。

 

「……へえ」

 

 やがて、彼女は口元に笑みを浮かべた。

 

「なかなかやるじゃない」

 

 ルフィは帽子をかぶり直し、少女へ振り返った。

 

「お前、何なんだ?」

 

「ナミよ」

 

 少女は胸を張った。

 

「海賊専門の泥棒って言えば、分かるかしら?」

 

「泥棒?」

 

「そう。海賊からお宝を盗むのが、あたしの仕事なの」

 

 ナミは倒れた海賊たちを見下ろした。

 

 彼女は、ただ逃げ回っていたわけではない。

 

 狙いは、道化のバギーが持つ「偉大なる航路」の海図だった。

 

 海図を手に入れるためにバギー海賊団へ近づき、隙を見て盗み出した。だが、逃げる途中で見つかり、追われていたのだ。

 

 そこへ、空から都合よく降ってきた少年が現れた。

 

 しかも、思っていた以上に強い。

 

 ナミはルフィを値踏みするように見た。

 

「ねえ、あんた。海賊なの?」

 

「おう!」

 

 ルフィは元気よく答えた。

 

「オレはルフィ! 海賊王になる男だ!」

 

 ナミの笑顔が消えた。

 

「……海賊?」

 

「そうだぞ!」

 

「ふうん……」

 

 ナミは腕を組み、少し考え込んだ。

 

 海賊。

 

 その言葉を聞いただけで、彼女の気持ちは冷めていく。

 

 海賊なんて、信用する価値もない。

 

 利用できるなら利用する。それだけだ。

 

「ねえ、ルフィ」

 

「ん?」

 

「あたしと手を組まない?」

 

「手を組む?」

 

「そう。あんたは強そうだし、あたしは航海の知識がある。お互いに得があると思うけど?」

 

 ナミは巧みに笑いかけた。

 

 ルフィは少し考えたあと、あっさりと答えた。

 

「いいぞ!」

 

「……え?」

 

「お前、航海ができるのか?」

 

「ええ、もちろん。海図だって読めるわ」

 

 ルフィの目が輝いた。

 

「じゃあ、オレの仲間になれよ!」

 

「はあ!?」

 

 今度はナミが声を上げた。

 

「ちょっと、話を聞いてた? あたしが言ったのは、手を組むってこと!」

 

「同じじゃねえのか?」

 

「全然違うわよ!」

 

 ナミは頭を抱えた。

 

 どうしてこの男は、こんなにも話が通じないのだろう。

 

 強いことは認める。

 

 航海士としての自分を必要としているのも分かる。

 

 けれど、海賊の仲間になるつもりはなかった。

 

「とにかく、あたしは海賊の仲間になる気なんてないから!」

 

「そうか?」

 

「そうよ!」

 

 ナミはきっぱりと言い切った。

 

 ルフィは不思議そうに首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。

 

 ナミはそんな彼を横目で見ながら、心の中で計算を始めた。

 

 この少年は使える。

 

 バギーの海賊団に引き渡せば、あの男に取り入ることができるかもしれない。

 

 そうすれば、海図だけでなく財宝にも近づける。

 

 ナミの目的は、あくまでもそれだった。

 

     ◇

 

 島へ到着したゾロとミナトは、町の入口に船をつけると、周囲を警戒しながら上陸した。

 

「……静かだな」

 

 ゾロが呟く。

 

「うん。人がいないわけじゃなさそうだけどね」

 

 ミナトは建物の窓へ目を向けた。

 

 ほんの一瞬、カーテンの隙間から人影が見えた。

 

 こちらに気づくと、すぐに隠れてしまう。

 

「みんな、何かを恐れているみたいだ」

 

「海賊か?」

 

「その可能性が高そうだね」

 

 ミナトは通りの先へ視線を移した。

 

 地面には、急いで走ったような足跡がいくつも残っている。店の看板は壊れ、建物の壁には武器でつけられたような傷があった。

 

 最近、争いがあったのだろう。

 

「まずは、ルフィを探そう」

 

 ゾロが言った。

 

「そうだね。あの鳥がこの町へ飛んできたのは間違いないと思う」

 

「問題は、あいつがどこへ行ったかだな」

 

「……ルフィのことだから、何か食べ物を探しているかもしれないね」

 

「あり得るな」

 

 二人は顔を見合わせた。

 

 思わず苦笑がこぼれる。

 

 とはいえ、いつまでも冗談を言っているわけにはいかない。

 

 ミナトは通りの左右を見渡し、別々の方向から情報を集めることを提案した。

 

「オレはこっちを調べるよ。ゾロは、海賊が集まっていそうな場所を探してくれる?」

 

「分かった。何か見つけたら知らせろ」

 

「うん。ゾロも気をつけて」

 

 二人は別々の通りへ歩き出した。

 

 まだ、この町で何が起きているのかは分からない。

 

 そして、ルフィが今どこにいるのかも。

 

     ◇

 

 その頃、ナミはルフィを連れて、町の奥へと向かっていた。

 

「なあ、ナミ。どこ行くんだ?」

 

「ちょっとね。あんたに会わせたい人がいるの」

 

「へえ! そいつ、強いのか?」

 

「……まあ、ある意味ではね」

 

 ナミは曖昧に答えた。

 

 目的地は、バギー海賊団の拠点だった。

 

 彼女はルフィを利用してバギーの信用を得るつもりだった。自分が捕まえた海賊として引き渡せば、仲間になるための手土産になる。

 

 ルフィがどうなろうと知ったことではない。

 

 そう思っているはずだった。

 

「ねえ、ルフィ」

 

「ん?」

 

「もし、あたしがあんたを裏切ったらどうする?」

 

 ナミは、何気ない調子を装って尋ねた。

 

 ルフィは少し考えた。

 

「裏切る?」

 

「そうよ。あんたを騙して、敵に引き渡したりしたら?」

 

「……ふーん」

 

 ルフィは空を見上げた。

 

「そんときゃ、そんときだろ」

 

「はあ?」

 

「腹減ったなー」

 

 話は終わったと言わんばかりに、ルフィは腹を押さえた。

 

 ナミは足を止めた。

 

 この男は、本当に何も考えていないのか。

 

 それとも、自分のことを疑っていないのか。

 

 どちらにしても、やりにくい相手だった。

 

「……調子が狂うわね」

 

 小さく呟き、再び歩き出す。

 

 計画を変えるつもりはなかった。

 

     ◇

 

 バギー海賊団の拠点では、派手な笑い声が響いていた。

 

「ハハハハハ! よく戻ったな、ナミ!」

 

 道化の海賊、バギーが大きな口を開けて笑う。

 

「海図を盗みやがった泥棒猫が、今度は何を持ってきた?」

 

「お宝を持ってきたわよ」

 

 ナミは笑顔を浮かべた。

 

「海賊を一人、捕まえてきたの」

 

 彼女が指差した先には、縄で縛られたルフィがいた。

 

「おお? こいつがか?」

 

 バギーはルフィを見て、にやりと笑った。

 

「ずいぶんと間抜けそうな面だな」

 

「おい、誰が間抜けだ!」

 

 ルフィが言い返す。

 

「何だと、この野郎!」

 

 バギーの顔が怒りで歪んだ。

 

 周囲の部下たちが笑い声を上げる。

 

 ナミは内心でため息をついた。

 

 頼むから、余計なことをしないで。

 

 せっかくここまで運んできたのだ。バギーの機嫌を損ねられては困る。

 

「お頭、この男はあたしが捕まえたの。あたしを仲間にしてくれるなら、こいつも好きに使っていいわ」

 

「ほう……」

 

 バギーはナミをじろりと見た。

 

「いいだろう。そいつを檻に入れろ!」

 

「へい!」

 

 部下たちがルフィを連れていく。

 

 ナミは笑顔を保ったまま、その背中を見送った。

 

 ひとまず、計画は順調だ。

 

 海図を取り返し、バギーの懐へ入り込む。

 

 あとは隙を見て財宝を盗み、逃げるだけ。

 

 だが、そのとき。

 

「おい、ナミ」

 

 バギーが呼び止めた。

 

「はい?」

 

「お前、オレ様の仲間になりてえんだろ?」

 

「もちろんよ」

 

「なら、証明してみろ」

 

 バギーは不気味な笑みを浮かべた。

 

「そいつを殺せ」

 

 ナミの笑顔が、ぴたりと止まった。

 

「……何ですって?」

 

「聞こえなかったのか? そいつを殺せって言ってんだよ!」

 

 バギーが怒鳴る。

 

 部下が銃を差し出した。

 

 ナミは、その銃を見つめた。

 

 こんな命令が来るとは思っていなかった。

 

 ただ利用するだけのつもりだった。

 

 ルフィがどうなろうと関係ない。そう考えていたはずなのに。

 

「ほら、早くしろ!」

 

 バギーが急かす。

 

 ナミは銃を受け取った。

 

 檻の中で、ルフィがこちらを見ている。

 

「……ナミ?」

 

 いつもの、何の疑いもない声。

 

 ナミは唇を噛んだ。

 

 引き金に指をかける。

 

 けれど、動かない。

 

「……できないのか?」

 

 バギーの声が低くなった。

 

「仲間になるってのは、口だけだったってわけか!」

 

「違うわよ!」

 

 ナミは声を荒らげた。

 

「ただ……」

 

 言葉が続かなかった。

 

 自分でも、どうして撃てないのか分からない。

 

 ルフィは自分を信じているわけではないのかもしれない。ただ、疑うことを知らないだけなのかもしれない。

 

 それでも。

 

 目の前の少年を、自分の手で殺すことはできなかった。

 

「……あたしは」

 

 ナミが銃を下ろしかけた、その瞬間。

 

「そこまでだ!」

 

 鋭い声が響いた。

 

 入口に立っていたのは、三本の刀を携えた剣士だった。

 

 ロロノア・ゾロ。

 

 町を調べていた彼は、海賊たちの拠点を見つけ、ルフィの姿を探して乗り込んできたのだ。

 

「ゾロ!」

 

 檻の中からルフィが声を上げる。

 

 ゾロは一瞬だけルフィを見た。

 

「無事みてえだな」

 

「おう! でも、ここから出られねえんだ!」

 

「見りゃ分かる」

 

 ゾロは刀の柄に手をかけた。

 

 その視線が、バギーへ向く。

 

「お前が船長か?」

 

「あァ? 何だ、てめえは!」

 

「仲間を返してもらう」

 

 ゾロは刀を抜いた。

 

 次の瞬間、床を蹴り、バギーへ斬りかかる。

 

 一閃。

 

 バギーの体が、あっさりと切り分けられた。

 

「……何だ?」

 

 ゾロは眉をひそめた。

 

 斬ったはずの体が倒れない。

 

 それどころか、バギーは笑い声を上げながら上半身を浮かせていた。

 

「ハハハハハ! そんなもんかよ、剣士!」

 

「何……?」

 

「オレ様に斬撃は効かねえんだよ!」

 

 バギーの体がばらばらに分かれ、腕や足が宙を舞う。

 

 ゾロは目を見開いた。

 

 普通の人間なら、確実に倒れているはずだった。

 

 しかし、バギーは何事もなかったかのように笑っている。

 

「どうなってやがる……!」

 

「教えてやるよ! オレ様はバラバラの実の能力者! 体をバラバラにできるのさ!」

 

 バギーの腕が飛んだ。

 

 ゾロは刀で受け流し、すぐさま距離を取る。

 

 だが、飛んできた腕の動きは予想以上に速かった。

 

 別の方向から刃が迫る。

 

「ぐっ……!」

 

 ゾロの脇腹に、鋭い痛みが走った。

 

 バギーの手が、背後から斬りつけたのだ。

 

 ゾロは歯を食いしばり、片膝をついた。

 

「ゾロ!」

 

 ルフィが叫ぶ。

 

 ナミも思わず息を呑んだ。

 

 バギーは高らかに笑った。

 

「どうだ! オレ様の力が分かったか!」

 

 ゾロは傷口を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……なるほどな。面倒な能力だ」

 

「まだ立つか!」

 

「当たり前だろ」

 

 ゾロは刀を構え直した。

 

 その目には、まだ闘志が残っていた。

 

     ◇

 

 拠点の外では、ミナトが建物の周囲を調べていた。

 

 町の人々から断片的な情報を集め、海賊たちが集まる場所を突き止めたところだった。

 

 そして、建物の中から聞こえてきた怒声と、刀がぶつかる音。

 

「……見つけた」

 

 ミナトは表情を引き締めた。

 

 入口には海賊が何人も立っている。

 

 正面から入れば、彼らを刺激して騒ぎが大きくなるだろう。

 

 ミナトは建物の裏へ回り、見張りの視線が途切れる瞬間を待った。

 

 そして、音を立てずに近づく。

 

 一人目の手首を押さえ、武器を落とさせる。二人目が振り返るより早く足を払うと、男は地面へ倒れ込んだ。

 

「悪いね。少しだけ、通してもらうよ」

 

 ミナトは気を失った男たちを安全な場所へ移し、建物の裏口から中へ入った。

 

 その瞬間、視界に飛び込んできたのは、傷を負ったゾロと、宙を舞うバギーの体だった。

 

 そして、その奥には檻に閉じ込められたルフィ。

 

「ルフィ!」

 

「おお! ミナト!」

 

 ルフィが嬉しそうに叫ぶ。

 

「遅かったじゃねえか!」

 

「ごめん。町の様子を調べていたんだ。……でも、無事でよかった」

 

 ミナトは一瞬だけ安堵し、すぐに周囲を見渡した。

 

 ゾロは負傷している。

 

 バギーの能力は厄介だ。

 

 そして、檻のそばには銃を握ったナミが立っていた。

 

 ナミはミナトの存在に気づくと、警戒するように目を細めた。

 

 見知らぬ男。

 

 腰には見慣れない道具を携え、落ち着いた様子で周囲を観察している。

 

 彼も、あの少年の仲間なのだろうか。

 

 ミナトはナミを一瞥したが、何も尋ねなかった。

 

 今は、それどころではない。

 

「ゾロ、いったん退こう。ルフィを連れ出すのが先だ」

 

「……分かってる」

 

 ゾロはバギーから目を離さず、檻へ向かった。

 

「ルフィ、動くなよ!」

 

「おう!」

 

 ゾロは檻の取っ手を掴み、力任せに持ち上げた。

 

 鉄格子が床から浮き上がる。

 

「おいおい! 逃がすんじゃねえぞ!」

 

 バギーが叫ぶ。

 

 分離した腕が、檻へ向かって飛んできた。

 

 ミナトは腰のクナイを抜き、狙いを定める。

 

 投げたクナイが床へ突き刺さった。

 

 ミナトはその位置を起点に、一瞬で移動する。

 

 飛んできた腕の進路へ踏み込み、体勢を崩すように蹴りを放った。

 

 腕が軌道を逸らし、壁へぶつかる。

 

「なっ……!?」

 

 海賊たちが目を見張った。

 

 ミナトはすぐにその場を離れ、ゾロの進む方向へ回り込む。

 

「こっちだ! 裏口から出よう!」

 

「分かった!」

 

 ゾロは檻を抱えたまま走り出した。

 

 ミナトはその後ろを守り、追いかけてくる海賊たちを牽制する。

 

 狭い通路へ誘い込み、先頭の男の足を払う。後ろから来た男たちが足を止めた隙に、ミナトはゾロとの距離を詰めた。

 

「ゾロ、傷は大丈夫?」

 

「しゃべってる暇があったら、前を見てろ!」

 

「はいはい」

 

 ミナトは苦笑した。

 

 ゾロの足取りは重い。

 

 それでも、檻を手放そうとはしなかった。

 

 自分が負傷していることより、仲間を連れ出すことを優先しているのだ。

 

 ミナトは一度だけ、ゾロの背中を見つめた。

 

 そして、追っ手の前へ立ちはだかる。

 

「ここから先へは、行かせないよ」

 

 海賊が剣を振り上げる。

 

 ミナトは身を低くしてかわし、相手の懐へ踏み込んだ。腕を打ち、足を払う。男が倒れたところへ、別の海賊が飛びかかってくる。

 

 ミナトは後退しながらクナイを投げ、追っ手の足元へ突き刺した。

 

 その一瞬の隙を使って、ゾロたちは路地の角を曲がった。

 

「……よし」

 

 ミナトは最後に周囲を確認し、追撃が途切れたことを確かめてから、二人のあとを追った。

 

     ◇

 

 町の奥にある、建物の陰。

 

 ようやく追っ手の声が遠ざかると、ゾロは檻を地面へ下ろした。

 

「……くそ。重てえな」

 

 ゾロは傷口を押さえ、息を整えた。

 

 ミナトはすぐに周囲を確認する。

 

 今のところ、こちらへ向かってくる気配はない。

 

「ここなら、少しは時間を稼げそうだね」

 

「助かったぜ、ゾロ! ミナト!」

 

 檻の中で、ルフィが満面の笑みを浮かべた。

 

「お前ら、来てくれたんだな!」

 

「当たり前だろ」

 

 ゾロはぶっきらぼうに答えた。

 

「仲間を置いていけるか」

 

 ミナトも頷く。

 

「無事でよかったよ、ルフィ」

 

 ルフィは檻の格子を掴んだ。

 

「ところで、これどうやって開けるんだ?」

 

 ミナトは錠前を見つめた。

 

 単純な仕組みの鍵なら、開けることはできる。

 

 だが、今はまだ追っ手が近くにいるかもしれない。まずは安全を確保することが先だった。

 

「もう少しだけ待ってて。ちゃんと開けるから」

 

「おう!」

 

 ルフィはあっさりと頷いた。

 

 その様子に、ゾロが呆れたように息を吐く。

 

「……お前、もう少し危機感を持て」

 

「何でだ?」

 

「何でって……」

 

 ゾロは言葉を詰まらせた。

 

 ミナトは小さく笑う。

 

「まあ、ルフィらしいよ」

 

 そのとき、遠くから再び怒鳴り声が聞こえた。

 

「どこへ逃げやがった!」

 

「探せ! まだ遠くへは行ってねえはずだ!」

 

 ミナトは表情を引き締めた。

 

 まだ終わっていない。

 

 バギーは健在で、町には大勢の海賊がいる。

 

 それに、あのオレンジ色の髪の少女――ナミ。

 

 彼女がなぜバギーの拠点にいたのか。なぜ銃を持っていたのか。

 

 分からないことは多い。

 

 けれど、今はまず、仲間を安全な場所へ連れていくことが先だった。

 

「行こう。もう少し離れた場所まで移動しよう」

 

「おう!」

 

 ルフィが元気よく答える。

 

 ゾロは檻を持ち上げ、再び歩き出した。

 

 ミナトはその隣につき、周囲を警戒しながら進む。

 

 やがて三人は、追っ手の気配が届かない路地の奥へと姿を消した。

 

 ルフィはまだ檻の中。

 

 鍵も、まだ開いていない。

 

 そして、ナミの本当の目的も明かされていない。

 

 オレンジの町の空には、夕暮れの色が広がり始めていた。

 

 この町で出会った人々の思惑が交差する中、三人の冒険は、まだ始まったばかりだった。

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