ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける―   作:HINRON

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泥棒猫と小さな番犬

 

 薄暗い路地の奥で、ルフィは檻の格子を両手で掴んでいた。

 

「なあ、ミナト! まだ開かねえのか?」

 

「もう少し待ってね。鍵の仕組みは分かったから」

 

 ミナトは檻の前にしゃがみ込み、錠前を調べていた。

 

 ゾロは少し離れた壁に背を預け、脇腹の傷を押さえている。先ほどバギーに負わされた傷は浅くない。本人は平気そうな顔をしているが、動くたびにわずかに表情が歪んでいた。

 

「ゾロ、やっぱり傷を見せてくれない?」

 

「後でいい」

 

「その『後で』が来る前に悪化したら困るんだけどな」

 

「うるせえ。動けるから問題ねえ」

 

「動けることと、問題がないことは別だよ」

 

 ミナトが苦笑すると、ゾロは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

 そのやり取りを檻の中から眺めていたルフィが、突然声を上げる。

 

「おおっ! 開いたのか!?」

 

「うん。今、開けるよ」

 

 ミナトは手にした細い金属片を慎重に動かした。

 

 カチリ、と小さな音が鳴る。

 

「はい、開いたよ」

 

 扉を引くと、ルフィは勢いよく飛び出した。

 

「よっしゃあ! 自由だー!」

 

 両腕を大きく広げ、伸びをする。

 

「ミナト、お前、こんなこともできるのか!」

 

「忍びは戦うだけが仕事じゃないからね。鍵を開けたり、気づかれないように中へ入ったりする技も必要なんだ」

 

「すっげえ! 忍者って何でもできるんだな!」

 

「何でも、というわけじゃないよ」

 

 ミナトは笑った。

 

「できないことも、たくさんあるからね」

 

「ふーん! でも、すげえ!」

 

 ルフィはあっさり納得すると、今度はゾロの方へ駆け寄った。

 

「ゾロ! 助けに来てくれてありがとな!」

 

「……檻ごと運ばされた身にもなれ」

 

「ははは! 悪かった!」

 

「本当に分かってんのか、てめえは」

 

 ゾロが額を押さえる。

 

 ミナトはそんな二人を見て、ほっと息をついた。

 

「二人とも無事でよかった。ゾロ、逃げるときに檻を運んでくれてありがとう。オレ一人じゃ、あの状況でルフィを安全に運び出すのは難しかったからね」

 

「礼なんざいらねえ。仲間を助けただけだ」

 

 ゾロは顔を背けた。

 

 そのとき、ルフィが何かを思い出したように手を打った。

 

「あっ、そうだ!」

 

「今度は何?」

 

「ナミだ!」

 

 ミナトとゾロが顔を見合わせる。

 

「ナミ?」

 

「そうそう! 海賊専門の泥棒なんだ!」

 

 ルフィは、まるで自分のことを紹介するような気軽さで言った。

 

「……待て。何だ、その説明は」

 

 ゾロが眉をひそめる。

 

「海賊専門の泥棒?」

 

「おう! オレが町で会ったんだ!」

 

 ルフィは楽しそうに頷いた。

 

「そいつ、海賊からお宝を盗むんだってよ!」

 

「ちょっと! 余計なことまで紹介しないでよ!」

 

 不意に、路地の入口から声が飛んできた。

 

 三人が振り向くと、オレンジ色の髪の少女が立っていた。

 

 ナミだ。

 

 腕を組み、呆れたようにルフィを睨んでいる。

 

「まったく……。あんたって、本当に余計なことしか言わないわね」

 

「何だよ! 間違ってねえだろ!」

 

「そういう問題じゃないの!」

 

 ナミは深くため息をついたあと、ゾロとミナトに視線を向けた。

 

「……で、あんたたちが、この子の仲間?」

 

「ロロノア・ゾロだ」

 

 ゾロは短く名乗った。

 

「波風ミナト。よろしくね」

 

 ミナトは穏やかに微笑む。

 

「よろしく、ミナト……ね」

 

 ナミは彼をじっと観察した。

 

 金髪に青い目。物腰は柔らかいが、腰には見慣れない道具をいくつも携えている。先ほどバギーの拠点から逃げる際、敵の動きを妨害した男だろう。

 

 あの場面での判断は早かった。

 

 ただ強いだけの男ではなさそうだ。

 

「……あんた、変わった格好してるわね」

 

「そうかな? 動きやすいんだけど」

 

「別に、悪いって言ってないでしょ」

 

 ナミはそっぽを向いた。

 

 ミナトは追及しなかった。

 

 彼女がバギーの拠点にいたことも、ルフィを捕虜として連れていったことも、気になる点はいくつもある。

 

 けれど、彼女にも何か事情があるのかもしれない。

 

 今はまだ、互いのことを知るには時間が足りなかった。

 

「ところで、町の様子を調べているんだけど……」

 

 ミナトが話を切り出しかけた、そのときだった。

 

「お前たち、そこで何をしている!」

 

 路地の入口から、年配の男が姿を現した。

 

 白い髭を蓄え、しっかりとした足取りで歩いてくる。服装は町の住民のものだが、その目には強い警戒心が宿っていた。

 

「……だれ?」

 

 ナミが小さく呟く。

 

 男は四人を見比べ、特にルフィの姿を見て眉を寄せた。

 

「海賊か?」

 

「おう! オレはルフィ!」

 

「堂々と名乗るんじゃないわよ!」

 

 ナミがすかさず突っ込んだ。

 

 男はしばらくルフィを見つめていたが、やがて深いため息をついた。

 

「……私はブードル。この町の町長だ」

 

 ミナトは一歩前へ出て、軽く頭を下げた。

 

「初めまして。オレたちは、町の様子を調べていたところです」

 

「町の様子を?」

 

「うん。人影が少ないし、住民の人たちも隠れているようだったから」

 

 ブードルの表情が曇った。

 

「それは、バギー海賊団のせいだ」

 

 その名を聞いて、ゾロの目が細くなる。

 

「やっぱり、あいつらか」

 

「この町は、あの海賊どもに占領されている。住民たちは町を追われ、外れの安全な場所に身を寄せているのだ」

 

 ブードルは拳を握りしめた。

 

「私は町長だ。本来なら、町の者たちを守らなければならん。だが、相手は大勢の海賊。抵抗すれば、町の者たちがさらに傷つく。だから、みんなを避難させるしかなかった」

 

 その言葉には、悔しさが滲んでいた。

 

 ミナトは静かに耳を傾ける。

 

 守りたいものがあるのに、力が及ばない。

 

 その苦しさは、簡単に言葉にできるものではないだろう。

 

「……それでも、町を見捨てたわけではないんですね」

 

 ミナトが尋ねると、ブードルは顔を上げた。

 

「当たり前だ! この町は、私たちが一から築き上げた場所だ。簡単に捨てられるものか!」

 

 強い声だった。

 

 その一言に、ミナトは小さく頷いた。

 

「そうですね」

 

 ルフィも、うんうんと頷いている。

 

「じゃあ、あいつらをぶっ飛ばせばいいんだな!」

 

「お前は少し黙っていろ!」

 

 ゾロが即座に言った。

 

「何でだよ!」

 

「話を最後まで聞け!」

 

 ブードルは思わず目を瞬かせたあと、わずかに苦笑した。

 

「……ずいぶんと騒がしい海賊たちだな」

 

「よく言われるよ」

 

 ミナトは困ったように笑った。

 

 ブードルは一度咳払いをすると、ふと思い出したように町の奥へ目を向けた。

 

「そうだ。お前たちに、見てほしいものがある」

 

「見てほしいもの?」

 

「ああ。ついてきてくれ」

 

     ◇

 

 ブードルに案内されて、四人は町の一角へ向かった。

 

 通りの先に、小さな店が見えてくる。

 

 店先には、ペットフードの看板が掲げられていた。建物そのものは古いが、入口の周りはきれいに整えられている。

 

 その前に、一匹の犬が座っていた。

 

 小柄な体。少し不揃いな毛並み。それでも、その目には強い意志が宿っていた。

 

 犬はブードルの姿を見ると、警戒するように低く唸った。

 

「おいおい、私だぞ。そんなに警戒するな」

 

 ブードルは困ったように笑った。

 

「こいつの名前はシュシュ。この店の主人が飼っていた犬だ」

 

 ミナトはシュシュへ視線を向けた。

 

「……この子が?」

 

「ああ。店の主人はホッカーという男でな。私とは古い友人だった」

 

 ブードルの声が、少しだけ柔らかくなった。

 

「ホッカーは動物が好きで、商売がうまくいかないときも、動物たちのことを第一に考えていた。私はよくここへ来て、あいつと話をしたものだ」

 

 店先の看板を見つめる。

 

「だが、ホッカーは病気で亡くなった」

 

 ルフィが黙ってシュシュを見た。

 

「主人がいなくなったあとも、シュシュはここを離れなかった。主人が大切にしていた店を、ずっと守っているんだ」

 

 ブードルはシュシュの前にしゃがみ込もうとした。

 

 しかし、シュシュは一歩も動かず、店の入口を守るように座り続けた。

 

「……もう主人が帰ってこないことを、分かっているのかもしれん。それでも、ここを守ることをやめようとはしない」

 

 ミナトは、しばらく何も言わなかった。

 

 店の扉には、長い年月を感じさせる傷がいくつもある。

 

 けれど、入口の前だけはきれいに保たれていた。

 

 シュシュが毎日、ここを守っているのだろう。

 

「大切な場所なんですね」

 

 ミナトが呟く。

 

「ああ。シュシュにとっては、ただの店ではないのだろう」

 

 ブードルは立ち上がった。

 

「私も、時々こうして食べ物を持ってきている。だが、シュシュは頑としてここを離れん。安全な場所へ連れていこうとしても、戻ってきてしまうのだ」

 

 ルフィは腕を組み、シュシュをじっと見つめた。

 

「……そっか」

 

 いつもの大きな声ではなかった。

 

 ミナトはルフィを横目で見た。

 

 彼が何を考えているのか、言葉にしなくても少し分かる気がした。

 

 シュシュは自分の大切なものを守っている。

 

 それなら、無理に引き離すことが正しいとは限らない。

 

 ミナトはゆっくりとシュシュの前にしゃがんだ。

 

「こんにちは、シュシュ」

 

 手を伸ばすことはしなかった。

 

 ただ、穏やかな声で話しかける。

 

「オレたちは、君の邪魔をするつもりはないよ」

 

 シュシュはミナトをじっと見つめた。

 

 しばらくして、唸り声が少しだけ小さくなる。

 

 それでも、店の前から動こうとはしなかった。

 

 ミナトは微笑んだ。

 

「うん。それでいいよ」

 

 そのときだった。

 

 通りの向こうから、騒々しい声が響いてきた。

 

「おい、モージ! この辺りにまだ何か残ってるんじゃねえか?」

 

「ガウッ!」

 

 続いて、地面を踏み鳴らす重い足音。

 

 大きなライオンにまたがった男が、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。

 

 男は派手な衣装を身につけ、手には鞭を持っている。

 

 バギー海賊団の幹部、猛獣使いのモージ。

 

 そして、彼が乗っているのは相棒のライオン、リッチーだった。

 

 モージは店先のシュシュを見ると、鼻で笑った。

 

「まだこんなところにいやがったのか、この犬!」

 

 シュシュが立ち上がる。

 

 小さな体で店の入口を塞ぎ、低く唸った。

 

「おいおい、どけよ。ここにあるもんは、オレたちがもらっていくんだ」

 

 モージが鞭を鳴らす。

 

 リッチーは口を開き、鋭い牙を見せた。

 

 ブードルの顔が険しくなる。

 

「貴様ら……! この店にまで手を出す気か!」

 

「何だ、町長。まだ町に残ってやがったのか」

 

 モージは嘲笑した。

 

「とっとと逃げたと思ってたぜ」

 

「この店は、貴様らの好きにしていい場所ではない!」

 

「へえ? だったら、どうするってんだ?」

 

 モージが鞭を振り上げる。

 

 シュシュは一歩も退かなかった。

 

 その姿を見たミナトの目が、静かに細くなる。

 

 ブードルの話を聞いたばかりだった。

 

 この店は、シュシュにとって大切な場所だ。

 

 主人が残した、たった一つの居場所。

 

 それを守るために、この小さな犬は大きなライオンを前にしても退こうとしない。

 

「……もう十分だよ」

 

 ミナトが静かに呟いた。

 

 モージが振り向く。

 

「あァ? 何だ、てめえは」

 

「この子は、ここを守っているんだ。無理にどかそうとするのはやめてくれないかな」

 

「ハッ! 海賊に説教するつもりか?」

 

 モージは鞭を振り回し、リッチーの背を叩いた。

 

「やれ、リッチー!」

 

 リッチーが地面を蹴った。

 

 大きな体が、シュシュめがけて突進する。

 

「シュシュ!」

 

 ブードルが叫ぶ。

 

 ルフィが動こうとした、その瞬間。

 

 ミナトの姿が消えた。

 

 次の刹那、店の前に置かれていたクナイの位置へ、ミナトが現れる。

 

 彼はシュシュを抱き上げると、リッチーの突進が届く寸前に、その進路から飛び退いた。

 

 大きな爪が空を切る。

 

 リッチーは勢い余って、店の前を通り過ぎた。

 

「なっ……!?」

 

 モージが目を見開く。

 

 ミナトはシュシュを抱えたまま、店から離れた通りの端へ着地した。

 

「もう大丈夫だよ。怖かったね」

 

 シュシュの体をそっと地面へ下ろし、優しく声をかける。

 

「ここからはオレに任せて」

 

 シュシュは一瞬だけミナトを見上げた。

 

 それから、すぐに店の方へ顔を向けた。

 

 自分が離れた場所にいることを気にしているのだろう。

 

「大丈夫。店は守るから」

 

 ミナトは穏やかに微笑んだ。

 

「だから、少しだけ待っていてね」

 

 シュシュは低く鳴いたあと、その場に留まった。

 

 ミナトは立ち上がり、モージとリッチーへ向き直る。

 

「さて……」

 

 表情から笑みが消えた。

 

「ここなら、店を巻き込まずに済みそうだね」

 

「てめえ……!」

 

 モージの顔が怒りで歪む。

 

「よくもリッチーの邪魔をしやがったな!」

 

「邪魔をされたくなかったら、最初から襲わなければよかったんだよ」

 

「うるせえ! リッチー、ぶっ潰せ!」

 

 リッチーが再び吠えた。

 

 ミナトは腰のクナイを抜く。

 

 飛雷神の術は、ただ姿を消して相手を翻弄するための技ではない。

 

 どこへ移動するか。相手がどう動くか。次に何が起こるか。

 

 それらを見極め、最も効果的な一手を選ぶことが重要だった。

 

 リッチーが突進する。

 

 ミナトは真正面から受け止めようとはせず、横へ身を翻した。

 

 巨大な体が通り過ぎる。

 

 その進路の先に、ミナトがあらかじめ投げておいたクナイが突き刺さっていた。

 

 次の瞬間、ミナトの姿が消える。

 

 リッチーの進路の先へ移動したミナトは、迫りくる巨体をぎりぎりまで引きつけ、地面を蹴って高く跳び上がった。

 

 リッチーは止まれない。

 

 そのまま通りを駆け抜け、積まれていた空の木箱へ突っ込んだ。

 

 木箱が派手な音を立てて崩れる。

 

「リッチー! この野郎、何をやってやがる!」

 

 モージが鞭を振る。

 

「こっちだ! あの男を狙え!」

 

 リッチーが体勢を立て直し、再びミナトへ向かってくる。

 

 ミナトは足元のクナイを蹴り上げ、空中で掴み取った。

 

 そのまま後退し、リッチーの突進を誘う。

 

 力の差は明らかだ。

 

 正面からぶつかれば、ミナトでも無傷では済まない。

 

 ならば、力比べをする必要はない。

 

 リッチーが飛びかかる。

 

 ミナトは一歩だけ横へずれ、相手の前脚が地面へ着く瞬間を狙った。

 

 低く踏み込み、体勢の崩れた前脚の脇へ蹴りを入れる。

 

 リッチーの巨体が傾いた。

 

「今だ!」

 

 モージが鞭を振るう。

 

 しかし、その鞭が届く前に、ミナトはクナイの位置へ移動していた。

 

 鞭は空を切る。

 

「なっ……! また消えやがった!」

 

 モージが周囲を見回す。

 

 ミナトは離れた位置に姿を現し、静かに息を吐いた。

 

 飛雷神の術を使うたび、少しずつ体力が削られていく。

 

 無闇に繰り返すわけにはいかない。

 

 次は、モージ自身の動きを止める。

 

「リッチー! あいつを追え! 逃がすんじゃねえ!」

 

 モージが鞭を鳴らす。

 

 リッチーは吠えながら走り出した。

 

 その瞬間、ミナトはモージへ向かって駆けた。

 

「何っ!?」

 

 予想外の動きに、モージが鞭を振り下ろす。

 

 ミナトは身をひねってかわし、鞭を握る手首を打った。

 

 指が緩み、鞭が地面へ落ちる。

 

 続けて、ミナトはモージの懐へ踏み込んだ。

 

 肩口を押さえ、足を払う。

 

 モージの体が地面へ転がった。

 

「ぐあっ!」

 

 ミナトは追撃せず、すぐに距離を取った。

 

 その背後からリッチーが迫る。

 

 ミナトは振り返り、最後に残していたクナイへ視線を向けた。

 

 そして、瞬時に移動する。

 

 リッチーの突進が空振りに終わり、巨体が地面を滑った。

 

 勢いを殺しきれず、リッチーはそのまま横倒しになる。

 

 ミナトは素早く近づき、首元を押さえて動きを封じた。

 

「もう終わりにしよう」

 

 リッチーはしばらく唸っていたが、やがて力を失ったように動かなくなった。

 

 ミナトはその様子を確認してから、モージへ目を向けた。

 

 モージは起き上がろうとしていたが、体勢を崩したまま動けずにいた。

 

「……くそっ。覚えてやがれ!」

 

 捨て台詞を吐き、モージはリッチーを呼びながら後退していく。

 

 ミナトは追わなかった。

 

 今は、シュシュと店の安全を確かめる方が先だった。

 

     ◇

 

「ミナト!」

 

 ルフィが駆け寄ってきた。

 

「すっげえな! あいつら、あっという間に倒しちまった!」

 

「無事でよかったよ。ルフィも、ゾロも、ナミも」

 

 ミナトは三人を見回した。

 

 ゾロはまだ傷が痛むらしく、壁に手をついて立っている。ナミは警戒を解かず、去っていくモージたちの背中を睨んでいた。

 

「……あんた、ずいぶん強いのね」

 

 ナミが言った。

 

「そう見えた?」

 

「とぼけないで。あんな大きなライオンを相手にして、傷ひとつ負ってないじゃない」

 

「運がよかっただけだよ」

 

「……ふうん」

 

 ナミは納得していない様子だった。

 

 ミナトはそれ以上説明せず、シュシュのもとへ歩いていった。

 

「シュシュ、もう大丈夫だよ」

 

 シュシュは店の前へ戻ると、入口を確認するように周囲を見回した。

 

 扉は無事だった。

 

 看板も、店の中も、先ほどと変わらない。

 

 ミナトはほっと息をついた。

 

「よかった。店も無事だね」

 

 ブードルは深く頭を下げた。

 

「ありがとう。あのままでは、シュシュがどうなっていたか……」

 

「気にしないでください。オレは、できることをしただけです」

 

 ミナトはそう言って、シュシュへ目を向けた。

 

 小さな犬は、店の前に座り直していた。

 

 主人が残した場所を守るように。

 

 ルフィはしばらくその姿を眺めていたが、やがて店の中へ入っていった。

 

「おい、ルフィ。何をしている?」

 

 ゾロが声をかける。

 

「ちょっと待ってろ!」

 

 ルフィは店の中を見回し、棚に残されていたペットフードの袋を一つ手に取った。

 

 それを抱えて外へ出ると、シュシュの前にしゃがみ込む。

 

「ほら」

 

 ルフィは袋を差し出した。

 

「これ、お前のだろ?」

 

 シュシュはじっと袋を見つめた。

 

「この店、大事なんだろ。だったら、これも大事なもんだよな」

 

 ルフィは難しいことを考えている様子もなく、まっすぐに言った。

 

「ちゃんと守れよ」

 

 シュシュはしばらく動かなかった。

 

 やがて、ゆっくりと袋へ鼻先を近づける。

 

 そして、ルフィを見上げた。

 

「……ワン!」

 

 小さな鳴き声が響いた。

 

 ルフィは嬉しそうに笑った。

 

「おう!」

 

 その様子を見ていたミナトは、静かに微笑んだ。

 

 自分はシュシュの命を救った。

 

 けれど、シュシュが守り続けているものを理解し、それを大切に扱ったのはルフィだった。

 

 守るということは、ただ危険を取り除くだけではない。

 

 相手が何を大切にしているのかを知り、その想いを尊重することもまた、守ることなのだろう。

 

 祖父の言葉が、ふと脳裏をよぎった。

 

 仲間の想いを大切にすること。

 

 それは、仲間だけに限った話ではないのかもしれない。

 

「……ルフィらしいね」

 

 ミナトが呟くと、ゾロが鼻を鳴らした。

 

「何だそりゃ」

 

「ううん。何でもないよ」

 

 ミナトは笑った。

 

 ナミは三人の様子を、少し離れた場所から眺めていた。

 

 海賊は信用できない。

 

 そう思っていた。

 

 それは今も変わらない。

 

 けれど、目の前の少年は、誰かの大切なものを笑ったり、踏みにじったりしなかった。

 

 金目の物を奪うことよりも、犬の気持ちを優先している。

 

 ナミは小さく眉を寄せた。

 

「……変な海賊」

 

 誰にも聞こえない声で呟く。

 

 ミナトがふと顔を上げた。

 

「何か言った?」

 

「何でもないわよ!」

 

 ナミはそっぽを向いた。

 

 ミナトは追及せず、穏やかに笑った。

 

 その態度が、また少しだけ気に入らなかった。

 

 人のことを見透かすようでいて、無理に踏み込んではこない。

 

 何を考えているのか、よく分からない男だった。

 

     ◇

 

 夕暮れが町を包み始めた頃。

 

 ブードルは店の前に立ち、ルフィたちへ向き直った。

 

「お前たちには、礼を言わなければならんな」

 

「別にいいぞ!」

 

 ルフィはあっさりと答えた。

 

「オレは、あいつらが気に入らねえだけだ!」

 

「そうか……」

 

 ブードルは目を細めた。

 

 町を支配し、住民たちを追い出した海賊たち。

 

 彼らに逆らえば、どれほど危険な目に遭うか分からない。

 

 それでも、この少年たちは立ち向かった。

 

 そして、シュシュの大切な店を守ってくれた。

 

「……お前たちは、バギーを倒すつもりなのか?」

 

 ブードルの問いに、ルフィは当然のように頷いた。

 

「おう! あいつをぶっ飛ばして、海図を手に入れるんだ!」

 

「海図?」

 

 ブードルが首を傾げる。

 

「そうだぞ! 偉大なる航路へ行くためにな!」

 

 ルフィは胸を張った。

 

 ブードルはしばらく黙っていたが、やがて町の奥へ目を向けた。

 

「……そうか」

 

 その声には、まだ消えない不安があった。

 

 バギー海賊団は強い。

 

 モージとリッチーを退けたからといって、これですべてが終わるわけではない。

 

 ミナトも、それを理解していた。

 

「町長。オレたちにできることがあれば、協力します」

 

「……ありがとう、ミナト」

 

 ブードルは深く頭を下げた。

 

 そのとき、遠くから爆発音のような大きな音が響いた。

 

 町の建物が、わずかに震える。

 

 全員が一斉に顔を上げた。

 

「何だ、今の音は!?」

 

 ゾロが刀へ手をかける。

 

 ミナトは音のした方向を見つめた。

 

 嫌な予感がする。

 

 そして、次の瞬間。

 

 町の奥から、海賊たちの笑い声が響き渡った。

 

 バギー海賊団は、まだ何も諦めていない。

 

 ミナトは腰のクナイへ手を添えた。

 

「……まだ、終わりじゃなさそうだね」

 

 ルフィはにっと笑い、拳を握る。

 

「だったら、あいつらをぶっ飛ばせばいいんだろ!」

 

 その言葉に、ミナトは小さく笑った。

 

 オレンジの町を取り戻す戦いは、ここからが本番だった。

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