ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
爆発音が、町の向こうから響いた。
びりびりと空気が震え、遠くの建物から舞い上がった煙が、青空を黒く染めていく。
「……またか」
ブードルは町の方角を見つめ、唇を強く結んだ。
ここまで何度も、町の人々を避難させてきた。誰もいなくなった通りを見て、これなら大丈夫だと自分に言い聞かせてきた。
けれど、町が壊されていく音を聞くたび、胸の奥が締めつけられる。
この町は、ただ建物が集まってできた場所ではない。
四十年前、故郷を海賊に奪われた人々が、この島にたどり着いた。何もない土地から、少しずつ家を建て、道をつくり、店を開き、人が集まる場所へと変えてきた。
ブードルも、その歩みを知る一人だった。
だからこそ、簡単に諦めることなどできなかった。
「町長さん……」
ナミが、ブードルの様子をうかがう。
彼の表情を見れば、これから何をしようとしているのかは明らかだった。
「まさか、あいつらのところへ行くつもり?」
「このまま黙って見ているわけにはいかん」
ブードルはそう言って、壁に立てかけてあった武器を手に取った。
ルフィが目を丸くする。
「おっさん、戦うのか?」
「わしは、この町の町長だ。町の者たちが苦しんでいるのに、いつまでも隠れているわけにはいかん!」
声には、恐怖がなかったわけではない。
足だって、震えていないとは言い切れない。
それでも、ブードルは歩き出そうとしていた。
ミナトは、その背中を見つめた。
止めるべきだろうか。
相手は海賊だ。戦いに慣れていない町長が一人で向かったところで、勝ち目などほとんどない。
けれど、ブードルが何を守ろうとしているのかは、ミナトにも分かった。
「町長さん」
呼び止めると、ブードルが振り返る。
「あなたが戦う必要はありません。町の人たちを守ることだって、立派な役目ですよ」
「……分かっておる」
ブードルは苦しそうに眉を寄せた。
「だが、わしはこの町の町長だ。わしが何もしなければ、町の者たちは誰を頼ればいい?」
ミナトはすぐには答えなかった。
その言葉を、軽々しく否定することはできなかったからだ。
「……分かりました」
やがて、ミナトは静かに言った。
「でも、一人で背負い込まないでください。あなたが町を大切に思っているように、あなたのことを大切に思っている人たちもいるはずです」
ブードルは一瞬、目を見開いた。
それから、わずかに表情を和らげる。
「ありがとう。だが、これはわしが行かねばならんのだ」
そう言って、再び歩き出した。
ルフィはその背中をじっと見つめていた。
「……行こうぜ」
「ええ。放っておけないわね」
ナミがため息をつく。
ゾロは腹の傷を押さえながら立ち上がった。
「チッ……。まだ休ませてもらえねェのか」
「無理はしないでくださいね、ゾロ」
「分かってる」
短く答えるゾロの横で、ミナトは周囲を見渡した。
避難が済んでいない住民はいないか。敵がどこに配置されているか。逃げ道は確保できているか。
町長の覚悟を無駄にしないためにも、今、自分ができることを見極めなければならなかった。
* * *
町の中心部では、バギー海賊団が好き勝手に振る舞っていた。
壊れた建物の破片が道に散らばり、あちこちから煙が立ち上っている。
その中で、バギーは上機嫌に笑っていた。
「ハーッハッハッハ! いい眺めじゃねェか! この町も、もうオレ様のもんだ!」
部下たちも、船長の機嫌を取るように笑い声を上げる。
そこへ、一人の老人が姿を現した。
「バギー!!」
怒鳴り声が、通りに響き渡る。
海賊たちが振り返った。
ブードルは武器を構え、バギーを真っすぐに睨みつけていた。
「この町から出て行け! これ以上、わしの町を好き勝手にすることは許さん!」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、バギーは腹を抱えて笑い出した。
「ギャハハハハ! なんだ、じいさん! その格好でオレ様とやり合うつもりか!?」
「わしは、この町の町長だ!」
「だから何だってんだよ!」
バギーの笑みが、急に冷たくなる。
「町長だろうが何だろうが、オレ様に逆らう奴は容赦しねェ!」
ブードルは怯まなかった。
武器を握る手に力を込め、バギーへと踏み込む。
「うおおおおっ!」
その一撃は、町を守りたいという思いそのものだった。
だが、バギーに届くことはなかった。
バギーの手が身体から離れ、宙を飛ぶ。
ブードルが反応するよりも早く、その手が彼の首に回り込んだ。
「ぐっ……!」
「威勢だけは一人前じゃねェか。だがなァ、町長さんよォ……。オレ様に逆らったことを後悔させてやる!」
ブードルの身体が持ち上がる。
苦しげに顔を歪めながらも、彼はバギーを睨み続けていた。
「町……を……」
かすれた声が漏れる。
「町の者たちには……手を……出すな……!」
「まだ言うか!」
バギーの手に、さらに力がこもった。
そのときだった。
「おい」
場違いなほど、まっすぐな声が響いた。
バギーが顔を向ける。
そこには、麦わら帽子をかぶった少年が立っていた。
モンキー・D・ルフィ。
その表情から、いつもの無邪気な笑みは消えていた。
「そのおっさんを離せ」
「あァ?」
バギーが目を細める。
「何だ、てめェ。まだ生きてやがったのか」
「離せっつってんだろ」
ルフィの声は低かった。
次の瞬間、ゴムの腕が伸びる。
拳がバギーの手を弾き飛ばし、ブードルの身体が地面へ落ちた。
「ぐっ……!」
ルフィは駆け寄り、ブードルの様子を確かめる。
「おい、おっさん! 大丈夫か!」
ブードルは咳き込みながらも、ルフィの腕を振り払おうとした。
「離せ……! まだ、わしは……!」
「ダメだ」
「何を言う! わしは町を――」
「死ぬぞ」
ルフィは、ブードルを真っすぐに見た。
「このまま行ったら、お前、死ぬぞ」
ブードルの動きが止まる。
「それでも……!」
それでも、自分が行かなければならない。
町長として。町をつくり、守ってきた者として。
ブードルは再び立ち上がろうとした。
ルフィは、そんな彼を見つめた。
そして。
ゴツンッ!
「ぐっ……!」
ブードルは、その場に崩れ落ちた。
「ちょっと、ルフィ!?」
駆けつけたナミが目を剥く。
「何やってんのよ! せっかく助けた町長さんを殴るなんて!」
ルフィは気絶したブードルを抱え上げながら、きっぱりと言った。
「だって、ほっといたら死ぬだろ」
「そういう問題じゃ……!」
「いや、そういう問題だろ」
ミナトは二人のやり取りを見ながら、静かに息を吐いた。
乱暴な方法だ。
もっと別のやり方もあったかもしれない。
けれど、ルフィはブードルの覚悟を笑わなかった。臆病者だとも言わなかった。
ただ、彼が命を捨てることだけは認めなかったのだ。
「……なるほど」
ミナトは小さく呟いた。
ブードルを守るために、その意思を無理やり止める。
それは、ただ相手の言うことを聞くのとも、自分の考えを押しつけるのとも違う。
ルフィなりの、真っすぐな答えなのだろう。
「ミナト、町長を頼む!」
ルフィが声を上げる。
「分かった。安全な場所へ運ぶよ」
ミナトはブードルを受け取り、町の外へ続く道を確認した。
「ナミ、避難場所まで案内をお願いできる?」
「分かったわ。……もう、次から次へと!」
文句を言いながらも、ナミはすぐに先へ走った。
ミナトはブードルを安全な場所まで運び、住民たちに預ける。
「しばらく休ませてあげてください。命に別状はないはずです」
そう告げてから、町の方へ視線を戻した。
ルフィとゾロは、もう一度バギーの前に立っていた。
ミナトも合流しようとした、そのとき。
「待て、ミナト!」
ルフィの声が飛んだ。
「町の人たちは頼んだぞ!」
ミナトは足を止める。
ルフィは振り返らずに続けた。
「あいつはオレがぶっ飛ばす!」
ミナトは一瞬だけ目を丸くし、それから微笑んだ。
「……うん。任せたよ」
ルフィが自分の戦いを引き受けるのなら、ミナトは自分の役割を果たす。
それが、今の自分たちにできることだった。
* * *
ブードルを退けられたバギーは、苛立たしげに鼻を鳴らした。
「クソが……。どいつもこいつも、オレ様に逆らいやがって!」
ルフィは、そんなバギーを睨みつける。
「町の人たちを傷つけるな」
「はァ? てめェに指図される筋合いはねェ!」
「ある!」
ルフィは一歩、前へ出た。
「お前、町を壊してるだろ!」
「それがどうした! この町はオレ様が好きにするためにあるんだよ!」
バギーが腕を振る。
その動きを見て、ルフィは腰を落とした。
だが、バギーは突然、ルフィの頭に目を留めた。
麦わら帽子。
その赤い帯。
バギーの顔から、笑みが消える。
「……おい、てめェ」
ルフィは怪訝そうに眉を寄せた。
「あ?」
「その帽子……どこで手に入れた?」
ルフィは帽子のつばに手をやった。
「これか? シャンクスにもらったんだ」
その名前を聞いた瞬間、バギーの表情が歪んだ。
「……シャンクスだと?」
「ああ。オレの命の恩人だ」
「ふざけるなァァァ!!」
突然の怒声に、周囲の空気が張り詰めた。
バギーは顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「赤髪の野郎の名前を、気安く口にするんじゃねェ!!」
ルフィは目を瞬かせた。
「なんだよ。お前、シャンクスを知ってんのか?」
「知ってるだと!? あの野郎はなァ……!」
バギーの怒りは、単なる知り合いへの反感というには、あまりにも深かった。
ミナトは少し離れた場所から、その様子を見つめていた。
バギーはルフィの帽子を見ただけで、ここまで激昂した。
つまり、二人の間には何かがある。
ルフィがシャンクスを大切にしていることは、これまでの話から知っていた。
だが、バギーにとってシャンクスは、ただの知人ではないらしい。
「……因縁があるんだね」
ミナトは呟いた。
そのとき、バギーの部下が慌てて駆け寄ってきた。
「せ、船長! 町の連中がまだ残っているかもしれません! このままでは――」
「うるせェ!!」
バギーが部下を怒鳴りつける。
「だったら、残ってる奴ごと吹き飛ばせばいいだろうが!」
彼は砲台の方へ振り返った。
「バギー玉を用意しろ!!」
その言葉を聞いたミナトの表情が変わる。
バギー玉。
先ほどの爆発音を思い出す。
「……まずい」
砲台が動き出す。
照準は、まだ避難しきれていない住民がいる建物の方向へ向けられていた。
「ルフィ! ゾロ!」
ミナトが叫ぶ。
「住民を下がらせて! 砲弾が来る!」
「おう!」
ルフィが走り出し、ゾロも負傷した身体を動かして住民を誘導する。
だが、砲台の発射準備はすでに整っていた。
「撃てェ!!」
火花が散る。
轟音とともに、巨大な砲弾が空を切った。
向かう先には、まだ逃げ遅れた人々がいる。
このままでは間に合わない。
ミナトは歯を食いしばり、懐からクナイを取り出した。
海岸近く。
あらかじめ、自分の術を刻んだクナイを置いてある。
距離は遠すぎない。だが、砲弾が到達するまでの時間を考えれば、迷っている余裕はなかった。
「間に合え……!」
ミナトの姿が消える。
次の瞬間、彼は海岸近くのクナイのそばに現れていた。
砲弾は、すでに頭上へ迫っている。
ミナトは飛来する砲弾に意識を集中させた。
転移させる対象は、自分だけではない。
重い砲弾を、軌道ごと変える。
わずかな誤差も許されない。
息を詰め、術を発動させる。
――刹那。
砲弾が、空中から消えた。
そして、次の瞬間。
町から離れた海上で、巨大な爆発が起こった。
轟音が海面を震わせ、白い水柱が高く噴き上がる。
町へ向かっていた破壊の力は、誰もいない海へと消えていった。
ミナトは片膝をつき、荒く息を吐いた。
「……よかった。間に合った」
額から汗が流れ落ちる。
砲弾を転移させるのは、通常の移動とは違う。タイミングも集中力も、普段以上に必要だった。
すぐに立ち上がることはできる。
だが、続けて同じことを何度もできるほど、余力は残っていなかった。
「すっげえええ!!」
少し離れた場所から、ルフィの声が飛んできた。
「ミナト! 今の何だ!? 砲弾が消えたぞ!」
ミナトは苦笑した。
「あとで説明するよ。今は、あの船長を止めないとね」
「おう!」
ルフィはすぐにバギーへ向き直った。
その目に、迷いはなかった。
バギーは、信じられないものを見るようにミナトを睨んでいた。
「てめェ……! オレ様のバギー玉を……!」
怒りで顔を歪め、ミナトを指さす。
「何者だ、てめェは!!」
ミナトは呼吸を整えながら、静かに答えた。
「ただの、仲間を守りたい男だよ」
「ふざけやがって……!」
バギーが歯を剥く。
「全員まとめて、ぶっ飛ばしてやる!!」
ルフィが前へ出た。
「よし! じゃあ、今度はオレがぶっ飛ばす!」
ゾロも刀を構える。
「好きに暴れやがって……。そろそろ終わりにするぞ」
ナミは二人の背後で、バギーの砲台と財宝の位置を素早く確認していた。
ミナトは、もう一度だけ周囲を見渡す。
住民は避難できている。
ブードルも無事だ。
ここから先は、ルフィとゾロの戦いを邪魔しないようにしながら、町への被害を抑える。
それが自分の役目だ。
ルフィは帽子のつばを押さえ、バギーを見据えた。
「シャンクスのことを悪く言うな」
バギーの顔が、さらに険しくなる。
「……てめェ、あの野郎の何を知ってる?」
「知ってるさ」
ルフィは迷わず答えた。
「あいつは、すげェ海賊だ」
その言葉を聞いたバギーの脳裏に、遠い昔の記憶がよみがえった。
同じ船に乗り、同じ海を渡っていた頃。
宝に対する考え方も、海賊として見ている未来も、まるで違っていた少年たち。
そして、あの一件。
自分の人生を狂わせたと、今も信じている出来事。
「シャンクス……!」
バギーの拳が震えた。
ミナトは、その変化を見逃さなかった。
この戦いは、町を壊す海賊と、それを止める少年の戦いだけではない。
バギーの怒りの奥には、ルフィの知らない過去がある。
そしてルフィは、その過去を知らないまま、自分が信じるシャンクスを否定させまいとしている。
ミナトは静かに息を吐いた。
未来は、まだ決まっていない。
けれど、目の前にいる仲間が何を守ろうとしているのかは、少しずつ分かってきた。
ルフィが地面を蹴る。
バギーが両腕を広げる。
オレンジの町をめぐる戦いは、いよいよ決着へ向かおうとしていた。