ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
ルフィが地面を蹴った。
「シャンクスのことを悪く言うな!」
「うるせェ! てめェに何が分かる!」
バギーの身体がばらばらに分かれ、両腕と脚が宙を舞う。刃物を握った手が、左右からルフィへ襲いかかった。
ルフィは身体を反らしてかわし、伸ばした腕でバギーの胴体を狙う。
だが、胴体はひらりと逃げた。
「ギャハハハ! どこを狙ってやがる!」
「この野郎!」
広場に二人の声が響く。
少し離れた場所で、ミナトはその戦いを見守っていた。
額を伝った汗を手の甲で拭う。
先ほど、バギー玉の軌道を変えたときの疲労はまだ残っていた。身体は動く。けれど、集中力を必要とする術を何度も使えば、いざというときに動けなくなる。
――今は、必要以上に力を使わない。
ルフィはバギーを止めることに集中している。
ならば、自分は周囲を守る。
ミナトが視線を巡らせると、バギー海賊団の一味が、ルフィたちの戦いに乗じて動き始めていた。
「おい、あいつらを囲め!」
「船長の邪魔をさせるな!」
数人の海賊が、ルフィの背後へ回り込もうとする。
ミナトはクナイを握り直した。
「悪いけど、そっちは通せないよ」
最初に飛び込んできた男が、剣を振り下ろす。
ミナトは真正面から受けず、刃の軌道を見極めて身体をわずかにずらした。剣が空を切った瞬間、相手の手首を打ち、武器を落とさせる。
続いて、横からもう一人。
ミナトは足元を確かめながら後退し、崩れた木箱の陰へ相手を誘い込んだ。男が足場に気を取られた一瞬、懐へ踏み込んで腹部へ拳を入れる。
大きく動く必要はない。
敵の数が多いときほど、一人ずつ相手をし、無駄な動きを減らす。
かつて祖父から叩き込まれた基本だった。
「くそっ、ちょこまかと!」
「追いかけるときは、足元にも気をつけたほうがいいよ」
ミナトは穏やかに言いながら、三人目の攻撃をかわした。
相手が振り向くより早く、クナイの柄で腕を打つ。武器を落とした男の肩を押し、ほかの海賊とぶつからない方向へ転がした。
周囲の敵を引きつける。
ただし、町の人々が避難した路地からは遠ざける。
それが、今のミナトの戦い方だった。
そのとき、荒々しい声が飛んできた。
「おい、黄色い髪! さっきから好き勝手やってくれたな!」
振り返ると、猛獣使いのモージがムチを手に立っていた。
隣では、ライオンのリッチーが牙をむいている。
「リッチー! あいつを食いちぎれ!」
リッチーが地面を蹴った。
巨体が一直線に迫る。
ミナトはすぐには動かなかった。
目で追うのは、鋭い爪ではない。
前脚の踏み込み。肩の傾き。地面を蹴る足の位置。
巨体が進む方向は、飛び出す直前に決まっている。
――右へ避ければ、次の攻撃に対応しにくい。左なら、あの木箱が邪魔になる。
わずかな時間で周囲を見極め、ミナトは後ろへ下がるのではなく、斜め前へ踏み込んだ。
リッチーの爪が頭上を通り過ぎる。
巨体の勢いが止まらない。
ミナトはその横をすり抜けながら、前脚の付け根に短く打撃を入れた。
「グルァッ!」
リッチーが体勢を崩す。
しかし、倒れるほどではない。すぐに振り返り、再びミナトへ向かって吠えた。
「なるほど……力は強いけど、突進の途中では方向を変えにくいんだね」
「グルルル……!」
「だったら、無理に受け止める必要はない」
ミナトはリッチーを見据えた。
真正面から力比べをすれば、体格の差は大きい。だが、相手の動きを利用すれば話は変わる。
リッチーが再び飛びかかる。
ミナトは、今度はぎりぎりまで引きつけた。
爪が届く寸前、地面を蹴って身体を横へ流す。
リッチーは勢いのまま通り過ぎ、広場の端に積まれていた空の樽へ突っ込んだ。
大きな音が響く。
ミナトは追い打ちをかけるように、リッチーの首の付け根へ正確に打撃を入れた。
リッチーの身体がぐらりと揺れ、地面に倒れ込む。
「リッチー!?」
モージの顔色が変わった。
「てめェ、よくも!」
ムチがしなり、ミナトの足元へ飛んでくる。
ミナトは一歩後ろへ下がり、鞭の先端をかわした。
続けざまに二撃目。
今度は身体を低くし、鞭が頭上を通り過ぎるのを待つ。
反撃はしない。
モージは苛立った様子で、何度もムチを振るった。
「逃げてばっかりじゃねェか!」
「そうかな?」
「何ィ!?」
「さっきから、同じところを狙っているよね」
モージが眉をつり上げた。
「黙れ!」
大きく振りかぶったムチが、勢いよく走る。
ミナトは、その軌道を見極めた。
鞭が伸びきる瞬間。
先端が地面を打ち、戻り始める瞬間。
そして、次の一撃へ移るまでに生まれる、ほんのわずかな間。
それを見逃さない。
ミナトは身をかがめて鞭を避けた。モージが腕を引き戻す。その視線が、倒れたリッチーへ一瞬だけ向いた。
――今だ。
ミナトの姿が消える。
「なっ!?」
次の瞬間、モージの懐に現れたミナトが、腹部へ拳を叩き込んでいた。
「ぐっ……!」
モージの身体が折れ、手からムチが落ちる。
ミナトは追撃を重ねず、相手が立ち上がれないことを確認してから、静かに息を吐いた。
「……これで終わりだね」
額に汗が浮かんでいる。
リッチーの突進を見切ることも、モージのムチの間合いを読むことも、一瞬でできたわけではない。
相手の動きを観察し、何度か攻撃をかわし、癖を確かめた。その積み重ねが、最後の一撃につながったのだ。
瞬間移動を使ったのは、最後の一度だけ。
それ以上は必要なかった。
ミナトは軽く肩を回し、息を整えた。
「……さて、ほかの人たちは」
顔を上げた先から、金属がぶつかり合う音が響いた。
ゾロと曲芸師カバジの戦いだった。
*
「どうしたどうした! さっきまでの威勢はどうしたんだ!」
カバジが一輪車を操り、剣を振るう。
ゾロは負傷した身体をかばいながら、攻撃を受け止めていた。
傷は深い。動きにも、わずかな重さがある。
それでも、ゾロの目から闘志は消えていなかった。
「……うるせェな」
刀を握り直す。
「いつまでも、しゃべってんじゃねェよ」
「何だと!」
カバジが一輪車を走らせ、勢いをつけて斬りかかる。
ゾロは真正面から退かなかった。
相手の動きを見据え、踏み込む。
「鬼斬り!」
一閃。
カバジの身体が宙を舞い、地面へ叩きつけられた。
勝負は決した。
ミナトは、思わず小さく笑った。
「やっぱり、強いな……」
「聞こえてんぞ」
ゾロが刀を収めながら、こちらを睨む。
「聞こえるように言ったからね」
「余計なこと言ってねェで、周りを見てろ」
「はいはい」
軽口を交わしながらも、ミナトはゾロの足取りに注意を払った。
無理をしているのは明らかだ。けれど、今は本人が立っている以上、必要以上に口を出すつもりはなかった。
ゾロにはゾロの戦いがある。
ミナトは、その戦いを尊重したかった。
そして、広場の中央では、もう一つの戦いが続いていた。
*
「てめェ、いい加減にしやがれ!」
バギーの身体が分離し、両手がルフィを挟み込むように迫る。
ルフィは身体を反らしてかわすと、ゴムの腕を伸ばした。
「ゴムゴムの――!」
「当たるかよ!」
バギーの胴体が宙へ逃げる。
拳は空を切った。
ルフィは舌打ちをする。
「くそっ! ばらばらになりやがって!」
「ギャハハハ! これがバラバラの実の能力だ! どこを狙おうが無駄なんだよ!」
バギーは笑いながら、ルフィの帽子を狙うように手を伸ばした。
その瞬間、ルフィの表情が変わった。
「……帽子に触るな」
「あァ?」
「それは、オレの大事な帽子だ!」
ルフィが拳を握る。
バギーの顔から、笑みが消えた。
「……大事な帽子だと?」
ルフィは帽子のつばを押さえた。
「ああ。シャンクスから預かったんだ。いつか立派な海賊になって、返すって約束した」
その名前を聞いた瞬間、バギーの目が怒りに染まった。
「またシャンクスか……!」
かつて同じ船に乗り、同じ時代を過ごした男。
宝をめぐる考え方も、海賊としての生き方も違っていた。
バギーにとって、シャンクスは忘れたくても忘れられない存在だった。
「赤髪の野郎の名前を、気安く口にするんじゃねェ!」
バギーが怒鳴り、刃物を持った手がルフィへ飛んでいく。
ルフィは攻撃をかわし、反撃しようとした。
しかし、バギーは身体を分離させ、攻撃の届かない場所へ逃げる。
その様子を、ミナトは少し離れた場所から見ていた。
バギーの能力は厄介だ。
通常の攻撃では、身体を切り離すことで攻撃を避けられてしまう。無理に追いかけても、相手の思うつぼになる。
――でも、ルフィなら。
ミナトは、ルフィの戦い方を思い返した。
彼は細かな理屈にとらわれない。自分がどうすれば勝てるのかを、戦いながら見つけていく。
だからこそ、ミナトは手を出さなかった。
ルフィが自分の力で答えを見つけることを、信じていたからだ。
そのとき、広場の端でナミが動いた。
彼女は戦いに夢中になっているバギーの隙を突き、財宝とグランドラインの海図を確保していた。
「よし……これで目的は達成ね」
宝袋を抱え、海図を確かめる。
だが、ナミの目はすぐにバギーへ戻った。
彼女はバギーの能力に気づいていた。
身体が分離している間、手足はそれぞれ離れた場所へ動くことができる。ならば、その動きを封じてしまえばいい。
「ちょっと、あんた!」
ナミは隙を突いて、バギーの分離した身体の一部を押さえ込んだ。
「なっ!? てめェ、何しやがる!」
「泥棒猫を甘く見ないことね!」
バギーが慌てて身体を戻そうとする。
だが、その動きがわずかに乱れた。
ルフィは、その隙を見逃さなかった。
「今だな!」
ゴムの腕が大きく引き伸ばされる。
「ゴムゴムの――!」
バギーが顔を上げた。
「待ちやがれェェェ!」
「バズーカ!!」
両手がバギーを捉え、強烈な一撃が放たれた。
「ぐわあああああっ!!」
バギーの身体が吹き飛び、広場の向こうへ消えていく。
静寂が訪れた。
そして。
「よっしゃあああ!!」
ルフィが両腕を掲げた。
「勝ったぞーっ!!」
その声に、ミナトは笑顔を浮かべた。
「お疲れさま、ルフィ」
「おう! 見たか、ミナト!」
「うん。しっかり見ていたよ」
「すっげェだろ!」
「すごかったよ」
素直に褒めると、ルフィはますます嬉しそうに笑った。
ゾロは少し離れた場所で、呆れたようにため息をつく。
「……騒がしい奴だ」
「ゾロも勝ったんだから、少しは喜んだら?」
「勝って当たり前だ」
「そういうところ、変わらないね」
「何か言ったか?」
「ううん、何も」
ミナトは笑いながら、周囲の様子を確かめた。
バギー海賊団の一味は、すでに戦う気力を失っていた。町を襲っていた海賊たちは、ひとまず退けられたのだ。
だが、騒ぎはそれだけでは終わらなかった。
*
「おい、あんたたち!」
町の人々が広場へ集まってきた。
「町長を殴ったって本当か!?」
ルフィは、きょとんとした顔で答えた。
「ああ、殴ったぞ」
「ちょっと、ルフィ!」
ナミが慌てて声を上げる。
「どうして正直に言うのよ!」
「だって、本当だろ?」
「そういうことじゃないの!」
町の人々の顔が、みるみる険しくなっていく。
「やっぱり危険な海賊だったんだ!」
「町から追い出せ!」
ミナトは困ったように眉を下げた。
「うーん……説明する前に、怒らせちゃったね」
「お前も呑気なこと言ってないで、何とかしろ!」
ナミが叫ぶ。
「そうだね。まずは、ここを離れようか」
「最初からそう言いなさいよ!」
そのとき、小さな犬の鳴き声が響いた。
「ワン! ワンワン!」
チョウチョウが町の人々の注意を引きつけるように吠え、道の先へ駆け出した。
人々がそちらへ目を向ける。
「今だ!」
ルフィが走り出した。
「おい、待てーっ!」
町の人々の声を背に、四人は町外れへ向かって駆けていった。
しばらくして、追っ手の声が遠ざかる。
ようやく足を止めたルフィが、大きく息を吸った。
「ふーっ! 危なかったな!」
「原因はあんたでしょ!」
ナミが即座に言い返す。
「そうか?」
「そうよ!」
ゾロは壁にもたれ、傷を押さえながら目を閉じた。
「……少しは静かにしろ」
ミナトは三人の様子を見て、くすりと笑った。
騒がしい。
けれど、不思議と居心地が悪くない。
まだ出会って間もない仲間たちなのに、こうして一緒にいることが、少しずつ自然になってきていた。
そのとき、ルフィが思い出したように声を上げた。
「あっ、そうだ!」
「今度は何よ……」
「宝だ!」
ナミの顔が輝く。
「そうよ! そうだったわ! 私たち、宝を手に入れたのよ!」
ところが、ルフィは宝袋を持ち上げると、あっさり言った。
「これ、町に置いていこうぜ!」
「……は?」
ナミの笑顔が凍りついた。
「今、何て言った?」
「町を直すのに使えばいいだろ!」
「ちょっと待ちなさい! これは私たちが手に入れた宝よ!?」
「でも、町が壊れてんだろ?」
ルフィは、不思議そうに首をかしげた。
「直すのに金がいるんじゃねェのか?」
ナミは口を開き、閉じ、もう一度開いた。
「そ、それはそうだけど……!」
「じゃあ、いいじゃねェか!」
「よくないわよーっ!」
ミナトは思わず吹き出した。
「ははっ……ルフィらしいね」
「笑ってないで止めなさいよ、ミナト!」
「うーん。でも、ルフィの言いたいことも分かるからなあ」
「あなたまで!?」
ゾロが目を開け、ぼそりと言った。
「……町を直す金くらい、くれてやればいいだろ」
「ゾロまで何なのよーっ!」
ナミの叫び声が、町外れに響いた。
それでも、最後には町の復興のために宝の一部を残していくことになった。
ナミは最後まで不満そうだったが、町の人々が困っていることを知らないわけではない。
ミナトは、そんな彼女の横顔を見つめた。
彼女は宝に目がない。けれど、ただ欲深いだけではないように思えた。
何かを手に入れようとする、その奥にあるもの。
それが何なのか、今のミナトにはまだ分からない。
だから、無理に聞くつもりはなかった。
「ナミ」
「……何よ?」
「さっきは助かったよ。君がバギーの隙を作ってくれなかったら、ルフィも苦労していたと思う」
ナミは、少しだけ目を見開いた。
「べ、別に。私は自分の目的を果たしただけよ」
「うん。そういうことにしておこうか」
「……変な人」
「よく言われるよ」
「だから、何でよく言われるのよ……」
呆れたようにため息をつくナミ。
けれど、その表情には、出会ったばかりのころのような鋭い警戒心だけではないものが混じっていた。
ミナトはそれに気づいても、何も言わなかった。
仲間になるかどうかも、誰を信じるかも、最後は本人が決めることだ。
誰かを守りたいからといって、その人の気持ちまで決めてしまってはいけない。
祖父の教えが、ふと胸に浮かんだ。
――仲間の想いを、大切にすること。
ミナトは海の方角へ目を向けた。
自分はまだ、世界のほんの一部しか知らない。
これから出会う人々も、訪れる島々も、きっと想像している以上に広い。
その旅を、今はこの仲間たちと歩いている。
「よーし! 次の島へ行くぞ!」
ルフィが勢いよく走り出した。
「待ちなさいよ! 船の場所も分からないくせに!」
ナミが追いかける。
「おい、待て! そっちは違うぞ!」
ゾロの声が響いた。
「ゾロ、そっちじゃないよ!」
「分かってる!」
「絶対分かってないでしょ!」
いつものように言い合いながら、三人は海へ続く道を進んでいく。
ミナトは、その後ろ姿を見て笑った。
「……本当に、賑やかな仲間たちだな」
そして、青い海の向こうへ目を向ける。
まだ見ぬ島々。
まだ出会っていない人々。
その先に何が待っているのかは、誰にも分からない。
それでも、進んでいく。
自分の足で、自分の目で、世界を確かめるために。
ミナトは仲間たちの後を追い、オレンジの町を後にした。
黄色い閃光の旅は、まだ始まったばかりだった。