ちぇんそーまん 作:ルゥー創作するのは間違っているだろうか?
カラスが、都市に現れたチェンソーマンを視界に捉えた。
異様な姿だった。
轟音を響かせながら振るわれるチェンソー。その姿を目撃した人々が、悲鳴を上げて逃げ惑っている。
その光景を、どこか遠くから見つめる金色の瞳があった。
デンジの異変に、最初に気づいたのはマキマだった。
公安を出てから、ずっとデンジの監視を続けている。
街を行き交う人々に紛れ、あるいは空を飛ぶカラスの目を通して。
デンジ自身が気づいている様子はない。
彼は自分が見られていることなど知らず、今日も自由気ままに行動している。
マキマは、その様子を静かに見守っていた。
公安に管理を任せれば、当然、監視のために人員が割かれることになる。報告体制も整えられ、デンジの行動は組織の管理下に置かれるだろう。
そうなれば、今までのように自由に彼を見守ることは難しくなる。
監視する者が増えれば、それだけ余計な目も増える。
それに、デンジをどう管理するかを決めるのは、自分であるべきだった。
誰が彼を監視し、誰が彼に接触し、何を知るのか。
その主導権を、他の誰かに渡すつもりはなかった。
マキマは金色の瞳を輝かせながら、遠くに現れたチェンソーマンを見つめていた。
やがて彼女は視線を外し、会議室へと向かった。
*
「チェンソーの悪魔が都市に現れました」
報告を受けた男は、思わず声を荒らげた。
「なんだと?!」
「マキマ、例のか?」
「はい」
マキマは落ち着いた様子で頷いた。
「でも、彼には人格があります。人々を襲うことはまずないと思います」
「……大丈夫なんだろうな?」
男は眉間に皺を寄せた。
悪魔が都市に現れたというだけでも問題だ。それがチェンソーの悪魔ともなれば、なおさらだった。
「血の魔人と同じように、公安で管理した方がいいんじゃないか?」
「それについては、考えがあります」
マキマは間を置かずに答えた。
まるで、こうなることをあらかじめ予想していたかのようだった。
「なんだ?」
「早川と姫野が組んでいたように、二人一組のチームを作り、強固な連携を計ります」
男は怪訝そうに彼女を見た。
「それは早川と血の悪魔でやってるやつだろ?」
「そうです」
マキマは微笑んだ。
「チェンソーの悪魔と血の悪魔をバディにします」
「悪魔同士だと?」
「試験的に、ではありますが」
マキマは少しも動じなかった。
「彼らは、凄く良いバディになると思います」
男は黙り込んだ。
悪魔同士を組ませる。
前例はない、今回の相手はチェンソーの悪魔だ。管理が難しい血の魔人と組ませるというのも、簡単に認められる話ではない。
だが、マキマは自信を持って提案している。
彼女には、何か考えがあるのだろう。
「なるほどな……」
男は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「何かあったら、お前が責任を取るんだぞ? マキマ」
「はい」
返事は即座だった。
そこで話が終わるかと思われたが、マキマは続けて口を開いた。
「それと、処遇に関しても公安管理ではなく、特異4課に任せてもらえないでしょうか?」
「なんだと?」
男の目が細くなる。
バディを組ませるだけではない。公安全体で管理することも避けたいというのか。
「早川のアパートに二人を置くつもりです」
「民間の人間と同じ場所で暮らさせるのか。悪魔を二人も置いて大丈夫なのか?」
「問題ありません。私が全責任を負います」
マキマは穏やかな表情を崩さなかった。
男は黙り込んだ。
チェンソーの悪魔を管理するだけなら、公安の監視下に置く方が確実だ。専門の人員を配置し、行動を把握し、必要に応じて対応する。
それが組織としては当然の判断だろう。
それなのに、マキマは自分の管轄に置こうとしている。
特異4課で管理すること自体は、彼女の立場を考えれば不自然ではない。
だが、通常であれば他の悪魔と同じように公安の中で管理し悪魔を掌握するのが普通なのだ
しかし、ここまで強く主張する理由は何なのか。
特異課隊長の岸辺はマキマの顔をじっと見つめた。
「……お前、何を考えている?」
「何のことでしょうか?」
マキマは微笑んだ。
その笑顔からは、何も読み取れない。
岸辺はしばらく彼女を見つめていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……いいだろう。ただし、何かあればお前のお気に入りだろうが部下だろうが構わず悪魔を狩るからな。」
「はい」
マキマは静かに頭を下げた。
男はまだ納得しきれていない様子だったが、それ以上追及することはなかった。
マキマが何を考えているにせよ、彼女には実績がある。そして、今回の件について責任を負うとまで言い切った。
ならば、ひとまず任せてみるのも悪くはない。
人様の味方であるうちは。
少なくとも、今はそう判断するしかなかった。
マキマは部屋を出る。
廊下を歩きながら、彼女はいつもの穏やかな表情を浮かべていた。
これでいい。
デンジの監視を続けることができる。
公安の人間に余計な手を出されることもなく、彼の行動を自分の目で追い続けられる。
すべてが思い通りに進んでいる。
そのことを、マキマは誰にも告げなかった。
*
「血の匂いじゃああああっ!!!」
突然、けたたましい声が響き渡った。
「来たっ!!!」
早川アキは声のした方へ向き直った。
少し離れた場所から、勢いよく走ってくる人影が見える。
その姿を認めた瞬間、アキは思わず眉をひそめた。
血の魔人――パワー。
つい先ほどまで、手のつけられない暴れっぷりを披露していた彼女が、今度は何をしでかすつもりなのか。
アキが警戒する間にも、パワーは一直線にこちらへ向かってきた。
「オラァ〜!! 早く来いよ」
デンジはまるで友人でも呼ぶかのように、気安く声をかけた。
その声を聞いたパワーの顔が、ぱっと輝く。
次の瞬間、彼女はデンジに飛びついた。
「おおおっ!!」
パワーはデンジに抱きつき、その身体に顔を寄せる。
そして、彼の身体に付着した血を見つけると、ためらうことなく舌を伸ばした。
ぺろり。
「美味いっ!」
一通り舐め終わると心底満足そうな声が響いた。
「テメー、もう逃げんじゃねえぞ」
人の姿に戻ったデンジはパワーに釘を刺すように言った。
「ヌシが血をくれるなら考えてやろう」
パワーは得意げに胸を張る。
どうやら、彼女の中ではすでに話がまとまっているらしい。
アキは、その光景を呆然と眺めていた。
「……はあ?」
何が起きているのか、理解が追いつかない。
つい先ほどまで、あれほど手を焼いていた血の魔人が。
命令を聞かず、勝手な行動を繰り返し、周囲を振り回していたパワーが。
目の前の男には、ずいぶんと素直な態度を見せている。
いや、素直というより、すっかり懐いているようにすら見えた。
しかも、たった数時間で。
アキは目の前の男を改めて見た。
一体、何者なのだろうか。
パワーの扱い方を知っているのか。それとも、単に相性がいいだけなのか。
どちらにしても、普通ではない。
「お前、何者なんだ?」
思わず口をついて出た問いに、デンジはきょとんとした。
次いで、何を聞かれたのか理解したらしい。
「あ? そりゃあよ……」
デンジはにやりと口角を上げた。
そして、片手でピースサインを作り、アキへと突きつける。
「プロのデビルハンターですっ!」
自信満々に言い放つと、デンジは瞳を細めた。
その顔には、これ以上ないほど得意げな笑みが浮かんでいた。
アキは、思わず言葉を失った。
……何なんだ、こいつは。
パワーはそんなアキの困惑など気にも留めず、デンジのそばを離れようとしなかった。