三輪霞は、剣だけでいい   作:ケーケーケー

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第十五話 帰省の予定

 

 手合わせのあとも、授業と任務は続いた。

 

 報告書の書き方で直される箇所は、少しずつ減った。五条との勝負について尋ねられる回数も、最初の頃よりは落ち着いた。

 

 東堂との稽古は、歌姫が見ている時間に行った。

 

 翌日、三輪は彼の足運びについて聞かれ、説明の途中で言葉に詰まり、結局、もう一度構えて見せることになった。

 

 何もかも上手にできるようには、ならなかった。

 

 山の木々から葉が落ち、朝、廊下へ出たときの空気が冷たくなる。

 

 十二月の予定表が配られた日、三輪は用紙を鞄の外ポケットへ入れた。

 

 家へ電話するとき、すぐに取り出せるように。

 

     *

 

「帰ってくるの、いつ?」

 

 電話に出た弟は、挨拶より先に尋ねた。

 

「まだ決まってないよ。だから、それを相談しようと思って」

 

 三輪は寮の机に予定表を広げた。

 

 授業の終わる日。

 

 年末の待機予定。

 

 休暇の申請欄は、まだ空いている。

 

「クリスマスは?」

 

「その日は、まだ分からないかな」

 

「じゃあ、お正月」

 

「うん。帰れるように、先生に聞いてみる」

 

 向こうで、別の声がした。

 

 貸して、という声と、まだ話してる、という声が重なる。

 

「順番にして。聞こえないよ」

 

 三輪が笑うと、電話の向こうの二人も笑った。

 

 下の弟は、最近の学校の話をした。上の弟は、帰ったら一緒に買い物へ行く約束を取りつけようとした。

 

「この前、筆箱送ったでしょ」

 

「使ってる。違うの」

 

「何?」

 

「一緒に見に行くの」

 

 三輪はペンを止めた。

 

「……そっか」

 

 欲しい物が決まっているのだと思った。

 

 そうではなかったらしい。

 

「じゃあ、帰ったら行こう。あんまり高い物は買えないけど」

 

「見るだけでもいい」

 

「見るだけで済むかなあ」

 

 また笑い声がした。

 

 しばらくして、母へ代わった。

 

『忙しいんじゃないの』

 

「今は大丈夫。予定表もらったから」

 

『こっちへ送ってくれる分、増えてたでしょう。無理しなくていいんだよ』

 

「必要な分は残してるよ」

 

 三輪は机の端の封筒を見た。

 

 交通費と、帰省中に使うお金。

 

 普段の分とは分けてある。

 

「それに、帰る分もちゃんとあるから」

 

『お土産はいいからね』

 

「まだ何も言ってないのに」

 

『考えてるでしょう』

 

 考えていた。

 

 駅で買うと少し高いので、学校から出られる日に店を見ておこうと思っていた。

 

 三輪は返事をせず、予定表の隅へ小さく書いた。

 

 帰省。買い物。

 

 日付は、まだ入れなかった。

 

     *

 

 翌日の放課後、歌姫は三輪の申請用紙へ目を通した。

 

「移動の日も含めて、この日数でいいの?」

 

「はい。任務の予定が大丈夫でしたら」

 

「そちらは調整するわ。何かあれば、出発前に連絡します」

 

 三輪は頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

「家には、まだ確定じゃないと伝えてある?」

 

「はい」

 

 歌姫は申請を受け取り、予定表へ印をつけた。

 

 三輪はその手元を見ながら、少し迷った。

 

「あの」

 

「何?」

 

「帰る前に、もう一件くらいなら、任務に出られます」

 

 歌姫のペンが止まる。

 

「休む分を、先に働いておこうとしてる?」

 

「……少し」

 

 正直に答えると、歌姫は用紙を机へ置いた。

 

「必要な任務があれば、こちらから頼むわ。休暇の埋め合わせは要らない」

 

「はい」

 

「帰りの支度をしておきなさい。年末は、店も移動も混むでしょう」

 

 三輪は頷いた。

 

 もう一件、と言う前に、買い物へ行く日を決めればよかった。

 

 職員室を出ながら手帳を開く。

 

 消しゴムの跡が残った空欄へ、今度は自分の予定を書いた。

 

     *

 

「それ、全部持って帰るのか」

 

 教室で紙袋を広げていると、メカ丸が言った。

 

「全部ってほど、入ってないよ」

 

 三輪は袋の口を少し閉じた。

 

 箱入りの菓子が一つと、弟たちに買った小さな物が二つ。

 

 菓子は個数と値段を見比べ、結局、いちばん日持ちするものにした。

 

「箱は大きいけど、軽いから」

 

「刀もあるだろう」

 

「うん。だから、こっちは鞄に入れる」

 

 紙袋を畳み直す。

 

 メカ丸の机には、整備の途中らしい小さな部品が並んでいた。

 

 三輪は自分の席へ腰を下ろした。

 

「メカ丸は、冬休みどうするの?」

 

 工具の動く音が止まった。

 

「……俺は」

 

 三輪は顔を上げる。

 

 メカ丸は机へ向いたままだった。

 

「帰省の予定は、ない」

 

「そっか」

 

 帰る場所はどこなのか。

 

 今は、どこから動かしているのか。

 

 知らないことはいくつもあった。

 

 けれど、尋ねれば全部答えてもらえるわけではない。そのくらいのことは、分かる。

 

 三輪は畳んだ袋を鞄へしまった。

 

「私、弟と買い物に行く約束したんだけど」

 

「ああ」

 

「何を見たいのかは、教えてくれなくて。帰るまでに、ちょっと調べておこうかなって」

 

 メカ丸が、ゆっくりとこちらへ向いた。

 

「本人に選ばせればいいだろう」

 

「うん。でも、店で全然分からないと困るし」

 

「分からなければ、聞けばいい」

 

「それだと、ずっと説明させちゃうかも」

 

「……説明したいんじゃないのか」

 

 三輪は、少し黙った。

 

 電話で、一緒に見に行くのだと言われたことを思い出す。

 

「そうかもしれない」

 

「なら、先に調べすぎるな」

 

「分かった。ちょっとだけにする」

 

 メカ丸は工具を取り直した。

 

 金属が触れる、小さな音が戻る。

 

 三輪はしばらくそれを聞いてから、言った。

 

「帰ったら、写真、送ってもいい?」

 

 メカ丸の顔が、もう一度こちらへ向く。

 

「何の」

 

「弟が、見せたい物を並べて待ってるらしくて。たぶん、机がすごいことになるから」

 

「俺に見せて、どうする」

 

「私だけだと、何が違うのか分からないかもしれない」

 

「俺にも分からん物はあるぞ」

 

「そのときは、一緒に分からないって言って」

 

 少し間があった。

 

「……送るなら、見えるように撮れ」

 

 三輪は笑った。

 

「うん。ちゃんと撮る」

 

     *

 

 その数日後、放課後の呼び出しがあった。

 

 一年生だけではなかった。

 

 加茂も、西宮も、東堂もいる。

 

 全員が揃ったのを確かめてから、歌姫は扉を閉めた。

 

「夏油傑という呪詛師について、説明します」

 

 三輪は膝の上で、手を揃えた。

 

 名前には聞き覚えがある。

 

 多数の一般人を殺害し、高専を追われた、特級の呪詛師。

 

 歌姫は必要な経緯だけを説明した。

 

 その男が東京校へ現れ、宣戦を告げたこと。

 

 十二月二十四日の夜、新宿と京都へ、大量の呪霊を放つと予告したこと。

 

「百鬼夜行、と呼んでいるそうです」

 

 教室の空気が変わった。

 

 真依が椅子へ座り直した。

 

 西宮は組んでいた腕をほどき、加茂は教卓の上の資料へ目を向けた。

 

 三輪は、手帳の中の予定を思い浮かべた。

 

 帰省。

 

 まだ、切符は買っていない。

 

「予告だけで済むとは考えていません。京都側も、迎撃と避難の体制を組みます」

 

 歌姫は市街の地図を広げた。

 

「具体的な配置は、このあと連絡するわ。それまでは、個別に呪詛師を追ったり、東京へ向かったりしないこと」

 

「敵の頭は、東京にいるんですか」

 

 加茂が尋ねた。

 

「現時点で、当日の所在は断定できない。予告した場所だけが危険とも限りません」

 

 歌姫は全員を見た。

 

「目の前で助けが必要な人を見つけたら、当然、対応する。でも、自分の持ち場を離れるなら連絡して。誰がどこを引き継ぐか、必ず確かめること」

 

 三輪は頷いた。

 

 刀を持って走れば、呪霊は斬れる。

 

 けれど、そのあと、そこに残った人たちを誰が連れていくのか。

 

 索道の任務で聞いた声を思い出した。

 

 西宮の報告。加茂の指示。動ける人と、動けない人。

 

 自分一人の速さだけで、全部の順番は決まらない。

 

「三輪」

 

 歌姫に呼ばれ、顔を上げる。

 

「はい」

 

「帰省の件は、あとで個別に話しましょう」

 

「分かりました」

 

 返事は、思っていたより普通に出た。

 

     *

 

 家へ電話をかける前に、三輪は帰省用の鞄を開いた。

 

 畳んだ服。

 

 菓子の箱。

 

 持ち帰ろうとしていた教科書。

 

 まだ荷造りの途中だったので、しまい直す手間はあまりなかった。

 

 服だけを出し、箱はそのままにしておく。

 

 電話は、母が出た。

 

「あのね。学校の予定が変わって」

 

 そこまで言うと、母はすぐに、帰る日のこと、と尋ねた。

 

「うん。少し、決められなくなった」

 

 休暇を永久に取り消されたわけではない。

 

 ただ、事態がどう収まるか分からない以上、新しい日付は約束できなかった。

 

「決まったら、また連絡するね」

 

『分かった。二人にも言っておくから』

 

 背後で、弟が何か尋ねた。

 

 母の声が遠くなる。

 

 少しして、代わるね、と言われた。

 

『帰れないの?』

 

「まだ、いつになるか分からなくて」

 

『買い物は?』

 

 三輪は鞄の縁を指で押さえた。

 

「帰れた日に、行こう。お店が休みだったら、別の日でも」

 

 向こうで考える気配がした。

 

『じゃあ、先に買わないで待ってる』

 

「欲しい物があるなら、買ってもいいんだよ」

 

『一緒に見るやつは、取っとく』

 

 三輪は少し俯いた。

 

「うん。ありがとう」

 

 電話を切っても、しばらく携帯電話を持っていた。

 

 帰りたい。

 

 口に出さなくても、その気持ちはあった。

 

 明日また母へ電話して、少しだけ愚痴を言おうかと思った。

 

 学校にいる間、家の予定を考えていいのだと、最近になって、やっと覚えたところだった。

 

 三輪は手帳を開いた。

 

 帰省の日付にだけ、線を引く。

 

 その下の「買い物」は、消さなかった。

 

     *

 

 二十四日の配置が伝えられたのは、数日後だった。

 

 京都市街。

 

 三輪には、担当区域内の迎撃に加え、周辺で対応が困難になった地点へ移る役割が与えられた。

 

 移動の判断には、現場からの報告を使う。

 

 歌姫が連絡を取りまとめ、西宮が上空から状況を確かめる。加茂たちも、それぞれの区域を受け持つ。

 

 三輪は地図へ目を落とした。

 

 大きな通りから一本入った場所に、細い道がいくつもある。

 

 逃げる人が一か所へ集まれば、かえって動けなくなる。

 

「ここへ移るとき、元の区域は誰に引き継ぎますか」

 

 尋ねると、歌姫が地図の隣へ置いた一覧を示した。

 

「第一候補はこちら。連絡がつかなければ、次。勝手に空けないで、確認してから動いて」

 

「はい」

 

 三輪は二つの連絡先を書き写した。

 

 説明が終わり、皆が席を立つ。

 

 メカ丸は、まだ地図を見ていた。

 

「ここを曲がれば近いが、道が狭い」

 

 三輪のメモを指して言う。

 

「人がいたら、通れないか」

 

「遠回りでも、こちらを覚えておけ」

 

「うん」

 

 三輪は別の道をなぞった。

 

 メカ丸は、しばらくその指先を見ていた。

 

「帰る日は」

 

「え?」

 

「決め直したのか」

 

 三輪は首を振った。

 

「終わってから、先生と相談する」

 

「……そうか」

 

 メカ丸が地図から手を離す。

 

 三輪はメモを畳み、鞄へ入れた。

 

「写真の約束は、そのままでいい?」

 

 彼が顔を向けた。

 

「いつでもいい」

 

「うん」

 

 教室を出る前に、三輪は壁の予定表を見た。

 

 二十四日の欄には、集合時刻が書かれている。

 

 帰省の鞄は、部屋で待っている。

 

 菓子の賞味期限は、もう一度確かめておこう。

 

 そう考えてから、三輪は明日の稽古場へ向かった。

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