三輪霞は、剣だけでいい   作:ケーケーケー

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第十九話 新しい一年生の噂

 

 新しい教室の机は、前の教室のものとよく似ていた。

 

 三輪は窓際の席に鞄を置き、周囲を見渡した。二年生になったからといって、急に広い部屋をもらえるわけではないらしい。

 

「何見てるの」

 

 真依が入ってきた。

 

「ううん。去年と、あんまり変わらないなと思って」

 

「机を運んだだけだからね」

 

「そうなの?」

 

「座ってたでしょ、それ」

 

 三輪は机の端を見た。以前、消しゴムで落とし切れなかった小さな鉛筆の跡がある。

 

「ほんとだ」

 

「気づきなさいよ」

 

 真依は自分の席に座り、頬杖をついた。

 

 メカ丸が教室へ来ると、三輪は机の跡を指さして教えた。

 

「知っている。運ぶのを手伝った」

 

「えっ、そうだったんだ」

 

「お前もいたぞ」

 

 いた。いたけれど、どの机を運んだかまでは覚えていなかった。

 

 三輪が笑ってごまかすと、真依が小さく息を吐いた。

 

     *

 

 東京校に新しい生徒が入った、という話を最初に聞いたのは、授業のあとだった。

 

 廊下で西宮が、三輪たちへ声をかけた。

 

「去年の子たち、もう二年生なんだよね。真希ちゃんたち」

 

「私たちと同じですね」

 

 三輪は東京で会った顔を思い浮かべた。

 

 真依の姉の真希。言葉の代わりに頷いてくれた狗巻。写真を撮ってくれたパンダ。

 

 それから、刀の扱いを一緒に考えた乙骨。

 

「乙骨くんは、今、海外にいるんだって」

 

「海外ですか?」

 

「うん。勉強も兼ねてるらしいよ」

 

 三輪は驚いて目を丸くした。去年、一緒に稽古したときの控えめな姿を思い出す。

 

「すごいなあ。言葉、通じるのかな」

 

「まずそこ?」

 

 真依が言う。

 

「だって、私だったら、ご飯を頼むのも大変そうで」

 

「あんたは日本でもメニュー決めるの遅いでしょ」

 

「比べてから決めたいだけだよ」

 

 西宮が笑った。

 

「向こうの一年生は、伏黒って子と、女の子が入ったって聞いたよ」

 

「二人ですか?」

 

「今聞いてるのはね。名前は、先生に確認した方がいいかも」

 

 三輪は頷いた。

 

 東京にも新しい一年生がいる。自分たちも、いつの間にか先輩になっていた。

 

「交流会で会うのかしら」

 

 真依が言う。

 

「そうかもね。三輪、先輩らしくできそう?」

 

「で、できますよ」

 

 声が少し大きくなった。

 

 西宮と真依が顔を見合わせる。

 

「今のは何?」

 

「練習です」

 

 三輪は小さく咳払いをした。

 

 去年、初めて校門をくぐったとき、先輩たちがいるだけで心強かった。

 

 自分も、そう思ってもらえたらいい。

 

     *

 

 その数日後、歌姫に呼ばれた。

 

 職員室には、五条もいた。

 

「やあ、三輪ちゃん。二年生になったね」

 

「はい。お久しぶりです」

 

 三輪は頭を下げた。

 

 五条が京都にいることは、朝から聞いていた。手合わせ以来、何度か連絡はあったが、直接会うのは久しぶりだった。

 

「前に話した乙骨くん、元気にしてるよ。今は海外だけど」

 

「そうなんですね。よかったです」

 

 百鬼夜行のあと、生存は聞いていた。それでも、本人が次の場所へ進んでいると聞くと、胸の奥が少し軽くなった。

 

 歌姫が椅子を示す。

 

「座って。今日は、東京の一年生について話があります」

 

 三輪は座った。

 

 五条の表情から、さっきまでの軽さが少し薄れる。

 

「虎杖悠仁。東京校に入った生徒だよ」

 

 三輪は初めて聞く名前を、心の中で繰り返した。

 

「彼は、両面宿儺の指を取り込んだ」

 

 すぐに返事はできなかった。

 

 宿儺の名も、その指が特級呪物として残されていることも、授業で聞いている。

 

「取り込んで……生きているんですか」

 

「うん。今は、宿儺を自分の中に抑えていられる」

 

「今は、ですか」

 

 歌姫が頷いた。

 

「本人の意思で身体を保てている。ただ、何があっても支配を失わないと断言できるわけじゃない」

 

 五条が続ける。

 

「宿儺が表に出れば、周りの人間が危険にさらされる。だから、虎杖のことを危険視して、処刑を求める声もある」

 

 三輪は膝の上で手を組んだ。

 

「その人は、何か悪いことをしたんですか」

 

「指を取り込んだのは、呪霊から人を助けるためだったと聞いているわ」

 

 歌姫が答える。

 

「ただ、宿儺が出てきた場合に、何もしない保証はない。そこは分けて考える必要がある」

 

 三輪は俯いた。

 

 助けようとした人が、死刑になる。

 

 それは嫌だった。

 

 でも、宿儺が危険だという話も、聞かなかったことにはできない。

 

「虎杖くんは、そのことを知っているんですか」

 

「知ってるよ」

 

 五条の返事は短かった。

 

「残った指を取り込んだあとに処刑する、という猶予を与えられている。僕は、それ以外の道を探してる」

 

「ほかの道……」

 

「今すぐ、確実な方法があるとは言えない。でも、本人の人生を、会いもしない人たちだけで決めたくない」

 

 三輪は五条を見た。

 

 この人は、虎杖を知っている。

 

 自分はまだ、名前を聞いたばかりだ。

 

「私は、会ってみたいです」

 

「うん」

 

「宿儺のことも、もっと教えてください。虎杖くんがどんな人でも、周りの人が危なくなるなら、準備しないといけないと思うので」

 

 五条は頷いた。

 

「それで、今日はお願いがある」

 

     *

 

 東京校の一年生が、近いうちに京都へ来る。

 

 伏黒恵、釘崎野薔薇、そして虎杖悠仁。

 

 五条は、三人を交えた実習と、緊急時の連絡手順の確認を提案した。

 

「宿儺が出たら、三輪ちゃん一人に任せる、という話じゃないよ。大人もいる。事前に対応を決めて、必要ならすぐ中止する」

 

 歌姫が机の上の用紙を指した。

 

「場所と立会人は、こちらでも確認するわ。虎杖くん本人にも、誰が何を知っているか説明してから」

 

「はい」

 

「あなたの授業と任務も調整する。引き受けるかどうかは、説明を聞いてからでいい」

 

 三輪は用紙を見た。

 

 そこには日程の候補と、当日確認することが並んでいる。

 

「私でよければ、お願いします」

 

「うん。ありがとう」

 

 五条は少し笑った。

 

「新しい一年生、三人とも個性的だから。よろしくね、先輩」

 

 三輪は背筋を伸ばした。

 

「はい。ちゃんとご挨拶します」

 

「そこからなんだ」

 

「大事でしょう」

 

 歌姫が言うと、五条は両手を上げた。

 

     *

 

 教室に戻ると、メカ丸が窓の近くにいた。

 

「東京の一年生が来るんだって」

 

 三輪は、先生から話してよいと確認された予定だけを伝えた。

 

「一緒に訓練するのか」

 

「うん。私も入ることになった」

 

「練習していた先輩らしい挨拶をするのか」

 

「聞いてたの?」

 

「廊下まで聞こえていた」

 

 三輪は机に手をついた。

 

「そんなに大きかったかな……」

 

「十分にな」

 

 真依が教室へ入ってきて、二人を見る。

 

「何の話?」

 

「東京の一年生が来るんだって」

 

「へえ」

 

 三輪は鞄から手帳を出した。

 

 日程を書き、名前を三つ並べる。

 

 まだ会ったことのない名前だった。

 

 そのうちの一つを見ながら、職員室で聞いた話を思い返す。

 

 虎杖悠仁。

 

 会えば、何を話すだろう。

 

 宿儺のことを先に聞いていいのか。それとも、学校にはもう慣れたかと尋ねる方がいいのか。

 

「三輪」

 

 メカ丸が呼んだ。

 

「何をそんなに考えている」

 

「挨拶のあと、何を話そうかなって」

 

「会ってから考えればいいだろう」

 

「……それもそうだね」

 

 手帳を閉じる。

 

 まず会って、相手の話を聞こう。

 

 真依が机の上に教科書を置いた。

 

「その前に、今日の課題を忘れないでよ」

 

「忘れてないよ」

 

 三輪は鞄を開けた。

 

 課題の紙は、ちゃんと入っていた。

 

 少しだけ安心して、二人の前に広げた。

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