三輪霞は、剣だけでいい   作:ケーケーケー

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第二十一話 助けを求める手順

 

 店に入ってから、三輪はメニューを三回開いた。

 

 一回目は値段を見た。

 

 二回目は写真を見た。

 

 三回目は、値段と写真を見比べた。

 

「先輩、まだ決まってないんですか?」

 

 向かいの席から、釘崎が尋ねる。

 

「うん……こっちの抹茶のもおいしそうなんだけど、こっちは団子が二本ついてて」

 

「両方頼めばいいじゃないですか」

 

「それはちょっと、予算が」

 

 隣で虎杖がメニューを覗いた。

 

「俺、団子の方にしますよ。先輩が抹茶の頼んだら、一本交換しません?」

 

「あ、いいの?」

 

「はい。釘崎も何か交換する?」

 

「私はこれ。あと、このわらび餅も頼む」

 

「二つも?」

 

「せっかく来たんだから、食べたいもの食べるの」

 

 伏黒はすでに注文を決め、卓上の水を飲んでいた。

 

「伏黒くんは何にするの?」

 

「温かいお茶と、団子を」

 

「伏黒も団子か。じゃあ、俺はこっちの――」

 

「俺の分まで交換に使うな」

 

 釘崎が笑った。

 

 三輪はようやくメニューを閉じた。

 

「じゃあ、私、抹茶のにする」

 

「決まったなら呼ぶわよ」

 

 釘崎が店員へ声をかける。

 

 注文が終わると、三輪は鞄から小さな財布を出し、中身を確認した。

 

 今月の食費。家へ送る分。刀の手入れに必要なもの。

 

 今日のおやつ代も、ちゃんと残してある。

 

「先輩、ほんとに細かいですね」

 

 虎杖が言う。

 

「大事だよ。使ってから足りないってなると困るから」

 

「俺、そういうのあんま考えてなかったな」

 

「虎杖くんは、寮のご飯は食べてる?」

 

「食べてます。すげえうまいです」

 

「それならよかった」

 

 釘崎が肘をついた。

 

「さっきから、お母さんみたいになってません?」

 

「えっ」

 

「食べてるかとか、寝てるかとか」

 

「寝てるかは聞いてないよ」

 

「聞こうとはしてたんですね」

 

 三輪は口を閉じた。

 

 聞こうとはしていた。

 

 虎杖が声を上げて笑う。

 

「寝てますよ、先輩。ちゃんと」

 

「……そっか」

 

 それならよかった。

 

     *

 

 注文したものが届くと、虎杖は約束どおり、団子を一本差し出した。

 

 三輪も抹茶の菓子を取り分ける。

 

「ありがとう。じゃあ、これ」

 

「うまそう!」

 

「ちょっと、私にも」

 

 釘崎が皿を寄せる。

 

 伏黒は自分の団子を守るように、皿を少し手前へ引いた。

 

「別に取らないわよ」

 

「さっき三人で分けるって言っただろ」

 

「四人って言ったの、あんたでしょ」

 

「俺が言ったのは人数の話だ」

 

 虎杖が堪えきれずに吹き出す。

 

 三輪も笑いながら、抹茶をひと口飲んだ。

 

 ほどよく苦い。

 

 甘いものを食べたあとに飲むと、ちょうどよかった。

 

「先輩」

 

 虎杖が、団子の串を置いた。

 

「今日、言ってくれたことなんですけど」

 

「うん?」

 

「怖くても、助けてもらえばいいって」

 

 三輪は、演習場での会話を思い出した。

 

「俺、助けてもらう前に、自分でどうにかしなきゃって思うことが多くて」

 

「うん」

 

「でも、今日みたいに誰かが見てくれてるなら、頼ってもいいんですよね」

 

「もちろん」

 

 三輪は頷いた。

 

「虎杖くんが誰かを助けたいと思うのと同じで、虎杖くんを助けたい人もいると思うよ」

 

 虎杖は少し黙って、それから隣を見た。

 

 伏黒が目を逸らす。

 

「何だよ」

 

「いや、何でも」

 

「言いたいことがあるなら言え」

 

「伏黒、たまには素直に言えば?」

 

「釘崎には関係ないだろ」

 

 三輪は三人を見た。

 

 出会って間もないはずなのに、それぞれの声が、もう自然に重なっている。

 

 自分たちが一年生になったばかりの頃は、どうだっただろう。

 

 真依は今より少し、話しかけるときの距離が遠かった。

 

 メカ丸とは、同じ教室にいても、何を聞いていいか分からないことが多かった。

 

 いつの間にか変わったことは、一度には思い出せない。

 

 けれど、こういう時間が積み重なったのだと思う。

 

     *

 

 その日の夕方、東京校の三人を見送ったあと、歌姫から呼び出しがあった。

 

 職員室には五条と、数枚の資料が広げられている。

 

「今日の実習、お疲れさま」

 

「ありがとうございました」

 

 三輪が頭を下げると、五条は机を指した。

 

「座って。三輪ちゃんにも、聞いておいてほしい話がある」

 

 資料には、任務中の連絡方法や、救援を要請した時刻が書かれていた。

 

 百鬼夜行の記録も混じっている。

 

「今回のことで、東京と京都、それぞれで確認したいことが増えたの」

 

 歌姫が言った。

 

「現場へ出る人が、危険度の変更をどう伝えるか。救援が来るまで、どこへ退くか。連絡が取れなくなったとき、どうやって位置を確かめるか」

 

 三輪は用紙を見た。

 

「今日の訓練も、そのためですか?」

 

「ええ。予定どおりに進まなかったとき、誰か一人の判断だけに頼らないため」

 

 五条が資料の端を押さえる。

 

「僕や三輪ちゃんが近くにいれば、助けに行けるかもしれない。でも、毎回同じ現場にいるわけじゃない」

 

 三輪は頷いた。

 

 京都の百鬼夜行でも、いくつもの場所から同時に連絡が入った。

 

 自分が駐車場へ向かっていたとき、西側では東堂たちが戦っていた。

 

 どちらも、一人では受け持てない広さだった。

 

「救援を呼ぶ前に、現場で片づけようとしてしまうこともあります」

 

 三輪は言った。

 

「呼んだあと、結局大丈夫だったら、申し訳ないなって思う人もいるかもしれません」

 

「いるでしょうね」

 

 歌姫はすぐに答えた。

 

「でも、必要かどうかを確かめるために呼んでいい。空振りだったことを、責めない仕組みにしたいわ」

 

 五条が頷く。

 

「上には僕からも言うよ。助けを呼んだことで評価を下げられたら、誰も呼ばなくなる」

 

「あなた一人が言うだけでは足りないから、文書にも残します」

 

「はいはい」

 

「返事が軽い」

 

 三輪は、少しだけ笑いそうになった。

 

 歌姫が別の用紙を取り出す。

 

「通信機材については、メカ丸にも相談しているの。傀儡の操作や遠隔連絡の経験があるから」

 

「メカ丸に?」

 

「ええ。機材を作ってもらうというより、現場で使いにくいところを一緒に確かめてもらう」

 

 三輪は頷いた。

 

 彼なら、教室で工具を並べながら、細かいところまで見てくれそうだった。

 

「私にも、できることはありますか」

 

「実際に持って動いてみて。邪魔にならないか、手袋をしたまま操作できるか、戦いながら取り出せるか」

 

「分かりました」

 

「それから」

 

 歌姫は三輪を見た。

 

「あなた自身も、必要なら呼ぶこと」

 

 三輪は目を瞬いた。

 

「はい」

 

「返事は早いけど、ちゃんと考えてね」

 

「考えてます」

 

「以前、休暇の埋め合わせに任務を増やそうとした人が言っても、説得力がないのよ」

 

「……はい」

 

 五条が口元を押さえた。

 

 三輪はそちらを見ないようにした。

 

     *

 

 数日後、教室の机に、小さな端末が置かれた。

 

 携帯電話より一回り小さく、片手で握れる大きさだった。

 

「試作品だ」

 

 メカ丸が言う。

 

「持ち歩けるか確かめてくれ」

 

 三輪は端末を手に取った。

 

 側面に大きめのボタンが一つ。反対側には、誤って押さないための覆いがついている。

 

「これを押すの?」

 

「覆いを開けて、長く押す。短く触れただけでは作動しない」

 

「どこに繋がるの?」

 

「今は試験用の受信機だ。実際に使うときは、学校側の担当者へ通知する予定になっている」

 

 三輪は覆いを開いた。

 

 手袋をしたままでも指が入る。ボタンを押し続けると、机の向こうの受信機が小さく鳴った。

 

「おお」

 

「成功だ」

 

「位置も分かるの?」

 

「確認できる範囲には限りがある。建物や電波の状態によって、正確に出ないこともある」

 

「じゃあ、場所は自分でも伝えないと」

 

「そうだ。これは万能なものじゃない」

 

 メカ丸は地図を出した。

 

「声が届くなら、現在地と状況を言う。言えない場合でも通知が届けば、最後に確認できた位置から探す」

 

 三輪は端末を見た。

 

「これ、誰が持つの?」

 

「まずは必要な任務に合わせて、数人で試す。結果を見てからだ」

 

「私も、任務につけて行っていい?」

 

「先生の許可が出てからな」

 

「うん」

 

 真依が横から手を伸ばした。

 

「私にも見せて」

 

 三輪が渡すと、真依は片手で覆いを開けた。

 

「銃を持ってるときでも、これなら押せそうね」

 

「どこに付けるかは、各自で試してくれ」

 

「腰より腕の方がいいかも」

 

「走っているときに引っかからないかも見たい」

 

 三輪は自分の制服の袖へ目を落とした。

 

「刀を抜く手とは、反対側がいいかな」

 

「そういう話を、実際に動いて確かめるんだ」

 

 メカ丸が言う。

 

「分かった。じゃあ、稽古場で――」

 

「授業のあとだ」

 

 三輪は時計を見た。

 

 あと十分で授業が始まる。

 

「……あとでね」

 

 真依が端末を机へ戻しながら、笑った。

 

「先輩、落ち着いてください」

 

「真依まで」

 

     *

 

 放課後、三輪は左腕に端末をつけ、稽古場を歩いた。

 

 走る。しゃがむ。刀に手をかける。

 

 袖の内側へ入れると邪魔にならなかったが、いざ取り出そうとすると、覆いが布に引っかかった。

 

「こっちは駄目かも」

 

 メカ丸へ伝える。

 

「どこで引っかかった」

 

「ここ。急いで引っ張ると、袖ごとずれる」

 

「なら、固定する位置を変える」

 

 彼は留め具を外し、袖の外側へ移した。

 

 三輪はもう一度走った。

 

 今度は取り出しやすい。だが、腕を大きく動かしたとき、端末が鞘へ当たった。

 

「あ、今の音」

 

「聞こえた。少し上だな」

 

 何度か試し、最後は腕よりも腰の後ろ側に落ち着いた。

 

 刀の抜き差しには当たらず、左手で届く。

 

「これなら大丈夫そう」

 

「転んだときも確認する」

 

「え、転ぶの?」

 

「転ばない保証があるのか」

 

「……ないです」

 

 三輪は受け身を取るように床へ転がった。

 

 端末が背中と床の間に挟まる。

 

「ちょっと痛い」

 

「位置を変える」

 

「これ、また最初から?」

 

「そのための試験だ」

 

 真依が壁際から見ていた。

 

「最強でも、端末の位置はすぐ決まらないのね」

 

「うん……難しい」

 

 三輪は起き上がり、腰の留め具を外した。

 

 刃をどこに通せばいいかなら、見れば分かることが多い。

 

 けれど、いつも使わない道具を、邪魔にならず、すぐ取り出せる場所につけるのは別の話だった。

 

「メカ丸、これ、もう少しだけ小さくできる?」

 

「中身を変えれば可能かもしれない。だが、ボタンも小さくなる」

 

「ああ、それだと押しにくいか」

 

「薄くする方を考える」

 

「うん。お願いします」

 

「俺は先生か」

 

「あ、ごめん。お願い」

 

 メカ丸は端末を受け取った。

 

 真依が壁から離れる。

 

「私も試す。転ぶのは一回でいい?」

 

「結果による」

 

「嫌な答え」

 

 三輪は笑いながら、場所を空けた。

 

     *

 

 幸吉は、端末を受け取ったあとも、教室で三輪たちの会話を聞いていた。

 

 どこに付けるか。

 

 誰に通知するか。

 

 連絡が来たとき、近くにいる術師へどう伝えるか。

 

 どれも、必要な話だった。

 

 三輪が救援を呼べば、誰かが向かう。

 

 真依が動けなくなれば、最後に確認できた場所を手がかりに探せる。

 

 そういう仕組みを、自分は作ろうとしている。

 

 同時に、自分は学校の内側で知ったことを、外へ渡していた。

 

 結界の点検日を伝えたときの声が、まだ耳に残っている。

 

『約束は守る』

 

 京都校の人間には手を出さない。

 

 その約束だけを、信じるしかなかった。

 

 いや。

 

 信じている、という言い方も違うのかもしれない。

 

 他に道がないと思い、必要な言葉を自分へ繰り返しているだけだ。

 

「メカ丸」

 

 三輪の声で、意識が戻った。

 

「聞いてた?」

 

「ああ」

 

「さっきの端末、落としても壊れない方がいいよね」

 

「当然だ」

 

「じゃあ、次は落とす試験?」

 

「高さを変えてな」

 

「それは私がやっていい?」

 

「いいが、壊すことが目的じゃないぞ」

 

「分かってるよ」

 

 三輪が笑う。

 

 幸吉は、傀儡の手元にある端末を見た。

 

 助けを求めるための道具。

 

 それを持つ三輪には、必要なとき、迷わず使ってほしい。

 

 自分が彼女に何を隠していても、その願いだけは本当だった。

 

     *

 

 その日の夜、三輪は手帳に、新しい項目を書き足した。

 

 任務の前に確認すること。

 

 連絡先。担当区域。退路。

 

 それから、救援を呼ぶ条件。

 

 書きながら、虎杖の言葉を思い出す。

 

 自分でどうにかしなきゃ、と思うことが多い。

 

 三輪にも、分かる気がした。

 

 刀が届くなら、自分で斬れる。

 

 足が動くなら、次の場所へ行ける。

 

 そう考えて、周りへ頼む前に、自分で背負ってしまうことがあった。

 

 けれど、あの日の京都では、藤村が人を案内し、真依が持ち場を引き継いだ。

 

 西宮が上から道を見て、メカ丸が駐車場の外を守った。

 

 自分一人で、六人を見つけて、建物の中と外を同時に守れたわけではない。

 

 三輪はペンを持ち直した。

 

『分からなければ、聞く』

 

 その下に、もう一行。

 

『必要なときは、助けを呼ぶ』

 

 書いてから、少しだけ眺めた。

 

 自分にも、後輩にも、同じことを言えるように。

 

 携帯電話が震える。

 

 釘崎からだった。

 

『今日はごちそうさまでした。次は別の店も行きましょう』

 

 三輪は驚いて、すぐに返事を打った。

 

『こちらこそ、ありがとう。次までに予算を考えておくね』

 

 送ってから、少し堅かったかもしれないと思う。

 

 すると、すぐに返事が来た。

 

『私も考えておきます』

 

 三輪は笑った。

 

 手帳を閉じて、机の上へ置く。

 

 窓の外では、春の風が木の枝を揺らしていた。

 

 明日は授業がある。

 

 端末の試験も、まだ続く。

 

 三輪は明日の予定をもう一度確かめ、携帯電話を枕元に置いた。

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