三輪霞は、剣だけでいい   作:ケーケーケー

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第二十二話 命令と、同級生

 

 交流会の日程が決まったのは、夏の暑さに慣れ始めた頃だった。

 

「今年は京都でやるの?」

 

 三輪が尋ねると、真依は配られた用紙を机へ置いた。

 

「そう書いてあるでしょ」

 

「うん。ちゃんと読んだんだけど、会場の準備も私たちがするのかなって」

 

「訓練場の整備なら、たぶん先生たちがやるでしょ。私たちは自分の準備だけしてればいいんじゃない?」

 

 メカ丸が用紙を覗き込む。

 

「形式は、まだ決まっていないようだな」

 

「去年と違うのかな」

 

「東京と京都で相談中だそうだ」

 

 三輪は手帳を開き、交流会の日に印をつけた。

 

 東京校の一年生たちとは、春に一度会っている。

 

 釘崎からは、あのあとも時々連絡が来た。新しく見つけた店の写真や、学校帰りに買った服の話。虎杖と伏黒が喧嘩をしたと思ったら、次の日には一緒にご飯を食べていた、という話もあった。

 

「釘崎さん、またお店に行きたいって言ってたんだ」

 

「交流会の前に?」

 

「終わったあと。時間があったら」

 

「勝っても負けても、遊ぶ気なのね」

 

「だって、お店は逃げないけど、帰る時間は決まってるから」

 

 真依は少し考えたあと、「それはそうね」と言った。

 

 メカ丸が紙の端を押さえる。

 

「東京の二年生も来るんだな」

 

「うん。パンダと狗巻くんと……」

 

 三輪はそこで言葉を止めた。

 

 真依の顔を見る。

 

「真希さんも、来るって」

 

「知ってる」

 

 真依は自分の鞄を開き、用紙をしまった。

 

 それ以上、何も言わない。

 

 三輪も、無理に話を続けなかった。

 

 姉妹がどんな言葉を交わすかは、自分が決めることではない。

 

「乙骨くんは、海外から戻るのかな」

 

 別の話をすると、メカ丸が首を横に振った。

 

「今の予定では、参加しないそうだ」

 

「そっか。元気にしてるといいね」

 

 東京校で一緒に稽古したとき、乙骨は自分の刀に流す呪力を、何度も確かめていた。

 

 海外でも、同じように刀を持っているのだろうか。

 

 三輪は手帳を閉じた。

 

 交流会は、学生同士が力を確かめ合う場だ。

 

 勝ちたいとは思う。

 

 けれど、終わったあとに一緒にご飯を食べたり、話をしたりすることも、同じくらい楽しみだった。

 

     *

 

 その日の放課後、京都校の生徒全員が集められた。

 

 教室には歌姫と、楽巌寺校長がいた。

 

 三輪は入室してすぐ、いつもと違う空気に気づいた。

 

 歌姫の前には、交流会の資料が置かれている。けれど校長の手元にある紙は、それとは別のものだった。

 

 全員が着席する。

 

 楽巌寺は、生徒たちを順に見た。

 

「東京校の一年生、虎杖悠仁については聞いておるな」

 

 三輪の背筋が伸びる。

 

 宿儺の器であることを、三輪は歌姫と五条から聞いていた。

 

 ただし、それを誰がどこまで知っているのかは、彼女自身には分からない。

 

 加茂が答えた。

 

「宿儺をその身に宿している、と」

 

「そうじゃ。あれは、いつ災いをもたらすか知れぬ存在」

 

 真依が腕を組む。

 

 西宮は黙って校長を見ていた。東堂は壁際に立ち、表情を変えない。

 

 メカ丸の視線は、校長の手元にある。

 

「上層部は、虎杖の存在を危険視しておる。交流会の期間中も、油断するな」

 

 三輪は、膝の上で手を重ねた。

 

 危険だということは、分かる。

 

 虎杖自身にも、宿儺を制御できなくなる可能性があると聞いている。

 

 だから、交流会でも何かあったときの対応は必要だ。

 

 しかし、楽巌寺の次の言葉は、それだけでは終わらなかった。

 

「訓練中に不測の事故が起こったとしても、器を失うことを惜しむ必要はない」

 

 教室が静かになった。

 

 三輪は顔を上げた。

 

「校長先生」

 

「何じゃ」

 

「それは、どういう意味ですか」

 

 楽巌寺は、三輪を見た。

 

「文字どおりじゃ。宿儺を宿す者を野放しにしておくことはできぬ。機会があれば、確実に対処する」

 

「虎杖くんが、宿儺に身体を奪われたときの話ですか」

 

 三輪は聞いた。

 

 自分の聞き違いであってほしかった。

 

「器である以上、いつ何が起きてもおかしくない」

 

「でも、今は虎杖くんが自分で身体を動かしています」

 

「それが、いつまで続く」

 

「分かりません」

 

 三輪は正直に答えた。

 

「だから、何かあったときの準備は必要だと思います。でも――」

 

 彼女は一度、息を吸った。

 

「学生同士の訓練で、事故に見せかけて虎杖くんを殺すなら、私は従えません」

 

 真依が三輪を見る。

 

 メカ丸も、わずかに顔を向けた。

 

 楽巌寺の眉が動く。

 

「お前は、器に情を移したか」

 

「会いました。一緒に訓練もしました」

 

 三輪は視線を逸らさなかった。

 

「それで、あの人が宿儺を宿していることが、危なくなくなったとは思いません。でも、虎杖くんは私たちを信じて、訓練に来ます」

 

 春の日を思い出す。

 

 虎杖が、怖かったと話したこと。

 

 釘崎と団子を分けて、伏黒と言い合っていたこと。

 

「その人を、訓練の相手として迎えてから殺すのは、違うと思います」

 

「違う、では済まされぬ。万が一、宿儺が暴れれば、どれほどの人間が死ぬと思う」

 

「分かりません。でも、たくさんの人が危ないと思います」

 

「ならば――」

 

「だから、準備します」

 

 三輪の声は大きくなかった。

 

 それでも、教室の隅まで届いた。

 

「宿儺が出たとき、誰が退避を指示するのか。先生たちに、どう知らせるのか。私も、止めるために動きます」

 

「お前が必ず間に合うという保証はない」

 

「はい」

 

 三輪は頷いた。

 

「私が別の場所にいたら、すぐには行けません。だから、私だけで何とかするつもりでもありません」

 

 楽巌寺が歌姫を見る。

 

「お前も、その考えか」

 

 歌姫は資料を閉じた。

 

「学生に、交流会を使って殺害させる指示には反対します。虎杖くんの危険性に備えることとは、別の話です」

 

「現実に犠牲が出てからでは遅い」

 

「だから、事前に条件を決めます。曖昧な命令のまま、生徒を現場へ出すことはできません」

 

 楽巌寺は机の上の紙へ手を置いた。

 

「五条の言いなりか」

 

「私自身の判断です」

 

 歌姫の返答は、はっきりしていた。

 

 教室にはまだ、他の生徒もいる。

 

 三輪は自分が言ったことで、全員の答えまで決まったわけではないと分かっていた。

 

 加茂が口を開く。

 

「校長。宿儺が表に現れ、他者への攻撃を始めた場合は」

 

「そのときは、当然、排除する」

 

「虎杖本人が身体を保っている場合は?」

 

 楽巌寺はすぐには答えなかった。

 

 加茂は続ける。

 

「我々がどこまでの行動を許され、何をすれば責任を負うのか。明確にしていただきたい」

 

 真依が小さく息を吐いた。

 

「それ、私も聞きたい。あとで事故だったって言われても、困るし」

 

 西宮も口を開く。

 

「相手が危ないからって、私たちに全部やらせるのは違うと思います。大人は、どこにいるんですか」

 

 東堂は腕を組んだまま言った。

 

「俺は、自分の目でそいつを見る。会う前から、他人の都合で決める気はない」

 

 全員が、三輪と同じ理由で反対しているわけではなかった。

 

 けれど、それぞれが、自分の言葉で問い返していた。

 

 楽巌寺はしばらく黙り、それから歌姫へ言った。

 

「条件を詰める。五条も呼べ」

 

「分かりました」

 

 それで話が終わったわけではない。

 

 校長は最後まで、虎杖の処刑を危険への対策だと考えていた。

 

 その顔を見て、三輪はもう一度、自分の手を握った。

 

     *

 

 教室を出たあと、真依が三輪に追いついた。

 

「あんた、言うと思った」

 

「……うん」

 

「校長の前でも、全然引かないのね」

 

「ちょっと緊張したよ」

 

「ちょっと?」

 

「結構」

 

 真依は三輪の顔を見た。

 

「見えなかった」

 

「そうかな」

 

 三輪は廊下の窓へ目を向けた。

 

 手は震えていない。

 

 けれど、声を出す前、胸の中は落ち着かなかった。

 

「真依は、虎杖くんのこと、どう思う?」

 

「会ってないから、知らない」

 

 真依は即答した。

 

「宿儺が危険なのは本当でしょ。でも、だからって、訓練中にこっそり殺せって言われるのは気に入らない」

 

 三輪は頷いた。

 

「私が嫌だからって、あんたと同じ考えになる必要はないし」

 

「うん」

 

「真希にも会うし、東京校のことは、東京校を見てから決める」

 

「うん」

 

 真依が三輪を睨んだ。

 

「さっきから、それしか言わないわね」

 

「だって、私もそう思うから」

 

「……そう」

 

 真依は少しだけ歩く速さを緩めた。

 

 三輪も隣に並ぶ。

 

「釘崎さん、交流会のあとにお店行きたいって」

 

「その話、今する?」

 

「今じゃなくてもいい?」

 

「別にいいけど」

 

「真依も来る?」

 

「行くかどうかは、終わってから決める」

 

「分かった」

 

 それで十分だった。

 

     *

 

 その夜、幸吉は教室で端末の点検をしていた。

 

 交流会でも使う予定の通信機材だ。

 

 緊急信号を受けたとき、担当の補助監督へどう通知するか。別の回線が塞がった場合、予備の受信機へ切り替わるか。

 

 一つずつ確認する。

 

 校長の言葉は、幸吉の中にも残っていた。

 

 宿儺の器を、機会があれば排除する。

 

 彼にとっても、宿儺が危険な存在であることに疑いはない。

 

 けれど、三輪が教室で何を言うかは、ある程度予想できていた。

 

 彼女は強い。

 

 それでも、強いから相手を簡単に扱っていいとは考えない。

 

 百鬼夜行の夜、駐車場で救った六人のことを、何日も覚えていた人間だ。

 

 交流会の最中に誰かが殺されそうになれば、三輪は止めるだろう。

 

 その判断が、自分に向けられたとしたら。

 

 幸吉は工具を置いた。

 

 彼女は、自分の秘密を知らない。

 

 知らないまま、端末を一緒に試し、困ったら呼ぶと言った。

 

 この通信系統が完成すれば、学生たちは前より助けを求めやすくなる。

 

 一方で、幸吉は学校の情報を、外へ渡している。

 

 自分が守ろうとしているものと、危険にさらしているものが、同じ場所にあった。

 

 端末の表示が変わる。

 

 試験用の信号が届いた。

 

『受信確認』

 

 画面の文字を見て、幸吉は記録を残した。

 

 今は、手を止められない。

 

     *

 

 後日、三輪は歌姫と一緒に、校長室へ呼ばれた。

 

 室内には五条もいた。

 

「来たね、三輪ちゃん」

 

「はい」

 

 楽巌寺は机の向こうに座っている。

 

 前に教室で話したときと同じように、その視線は厳しかった。

 

 歌姫が資料を開く。

 

「交流会中の対応を確認します」

 

 虎杖が本人の意思で行動している間、学生同士の訓練を利用して危害を加えない。

 

 宿儺が表に現れ、周囲への危険が生じた場合は、まず参加者を退避させる。

 

 学生が一人で判断を抱え込まないよう、教員と補助監督へ直ちに連絡する。

 

 緊急時は交流会を中止する。

 

 三輪は、一つずつ聞いた。

 

「私が近くにいるときは、退避する時間を作ります」

 

「無理に一人で抱える必要はないわ」

 

 歌姫が言う。

 

「はい。でも、私が一番近いときは、私が止めます」

 

 五条が三輪を見る。

 

「その場合、僕も向かう。どっちかがいるから、もう片方は何もしなくていい、とは考えないで」

 

「分かりました」

 

 楽巌寺は資料を見たまま言った。

 

「器に危険がないと認めたわけではない」

 

「はい」

 

 三輪は答える。

 

「校長先生が、心配されていることも分かります」

 

「分かっておるなら、処刑に反対する理由はないはずじゃ」

 

 三輪は少し考えた。

 

「私には、まだ分からないことがたくさんあります。宿儺をどうすればいいのかも、虎杖くんを助ける方法があるのかも」

 

 五条も歌姫も、口を挟まなかった。

 

「でも、分からないから、虎杖くんが生きている間に、できることを探したいです」

 

 楽巌寺の手が、杖を握る。

 

「その間に、犠牲が出たらどうする」

 

 三輪は黙った。

 

 出ない、と言うことはできない。

 

 自分がどれだけ強くても、見えないところで起きることまでは止められない。

 

「その責任は、私たち大人が負います」

 

 歌姫が言った。

 

「学生に曖昧な指示を出し、あとから事故だったと処理するのではなく、何が起きたかを確認して、必要な対応を取ります」

 

 五条も続けた。

 

「僕が虎杖を預かった。危険への備えも、本人を生かす方法を探すのも、僕の責任だよ」

 

 楽巌寺は五条を見た。

 

「お前が責任を取れば、死んだ者が戻るとでも?」

 

「戻らない」

 

 五条は軽く笑わなかった。

 

「だから、何も考えていないわけじゃない。危険を減らすために、今日ここで話してる」

 

 長い沈黙があった。

 

 やがて楽巌寺は、資料の端を指で叩いた。

 

「この条件は受け入れる。だが、器の処刑が必要という私の考えは変わらん」

 

「それは分かっています」

 

 歌姫が言った。

 

 三輪も頷いた。

 

 校長を説得できたわけではない。

 

 今回、学生たちが集まる場所で何をしてはいけないか、何か起きたら誰が動くかを決めた。

 

 それだけでも、曖昧なまま迎えるよりはよかった。

 

     *

 

 校長室を出ると、五条が三輪の隣を歩いた。

 

「ありがとね」

 

「え?」

 

「虎杖のこと。会ってから、自分で考えてくれて」

 

 三輪は首を振った。

 

「まだ、分からないことばかりです」

 

「それでいいよ。分からないまま、考えるのをやめないでくれれば」

 

 五条は窓の外を見た。

 

 演習場では、誰かが訓練しているらしく、乾いた音が聞こえる。

 

「ただ、三輪ちゃんにも約束してほしい」

 

「はい」

 

「虎杖を守るために、他の生徒を危険に置かないこと。逆に、他の誰かを守るために、虎杖を最初から切り捨てないこと」

 

 三輪は頷いた。

 

「難しいけど、考えます」

 

「うん。難しいよ」

 

 五条は、そこでようやく、いつもの笑い方をした。

 

「だから、先生たちも一緒に考える」

 

 三輪は少し安心した。

 

「お願いします」

 

「任せて」

 

 その返事を聞いてから、三輪は足を止めた。

 

「あの、五条先生」

 

「何?」

 

「交流会が終わったら、一年生たちとお店に行く約束をしていて」

 

「うん」

 

「予定が変わらなければ、行っても大丈夫でしょうか」

 

 五条は一瞬、黙った。

 

 それから、笑った。

 

「虎杖たちが聞いたら喜ぶと思うよ」

 

「よかったです」

 

「ただし、僕のお土産も忘れずに」

 

「そこは自分で買いなさい」

 

 後ろから来た歌姫に言われ、五条が振り返る。

 

 三輪は二人のやり取りを聞きながら、手帳を取り出した。

 

 交流会の日。

 

 そのあとに、小さく書き足す。

 

『釘崎さんたちと、お店』

 

 まだ決まっていないことは、いくつもある。

 

 虎杖のことも、宿儺のことも、校長の考えも。

 

 それでも、訓練が終わったあとに、また一緒に座って話したかった。

 

 三輪は手帳を閉じ、二人のあとを追った。

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