三輪霞は、剣だけでいい   作:ケーケーケー

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第二十三話 交流会、始まる

 

 交流会の朝、三輪はいつもより早く目を覚ました。

 

 窓の外はもう明るい。夏の朝は、時計を見る前に時間を間違えそうになる。

 

 三輪は布団を畳み、制服へ着替えた。机の上には、昨晩のうちに用意しておいた刀袋と手帳、通信端末が並んでいる。

 

 端末を手に取る。留め具に緩みがないことを確かめ、腰の後ろへつけた。

 

 何度も試して決めた場所だ。刀を抜く動きにも、走る動きにも、今のところ邪魔になっていない。

 

「よし」

 

 鞄を持って部屋を出ると、廊下の向こうから真依が歩いてきた。

 

「早いわね」

 

「真依も」

 

「私は準備があるから」

 

「私も、最終確認しようと思って」

 

 真依は三輪の腰のあたりを見る。

 

「それ、今日もつけるのね」

 

「うん。何かあったら押すようにって」

 

「訓練で使うことにならないといいけど」

 

 三輪もそう思った。

 

 通信端末は、試しているうちに少し薄くなった。メカ丸が留め具の位置も調整してくれたおかげで、以前より取り出しやすい。

 

 使わずに済めばいい。

 

 ただ、必要になったときに、迷わず押せるようにしておく。

 

 それも準備の一つだった。

 

     *

 

 東京校の一行は、集合時刻より少し早く到着した。

 

 門の向こうに五条の姿が見えると、三輪は手を振りかけた。

 

 その隣の背の高い姿に気づき、手が止まる。

 

「あ、パンダ!」

 

「おう、三輪。久しぶり」

 

 パンダが片手を上げた。

 

 その後ろには、狗巻と真希がいる。

 

「しゃけ」

 

「狗巻くんも、久しぶり」

 

「元気そうだな」

 

 真希が言う。

 

「うん。真希さんも」

 

 最後に東京校へ行ったときと比べると、真希の立ち姿は少し変わって見えた。

 

 肩の力は抜けているのに、どこから動いてもすぐ対応できそうな位置に足がある。

 

 三輪がそこを見ていると、真希が片眉を上げた。

 

「何だよ」

 

「あ、ごめん。足の置き方、前と少し違うなって」

 

「……よく見てんな」

 

「私も、真希さんの動き、もっと見たいなと思ってたから」

 

 真希は一度だけ笑った。

 

「今日は見せる機会もあるだろ」

 

「うん。楽しみ」

 

 その横から、虎杖が顔を出した。

 

「三輪先輩!」

 

「虎杖くん。釘崎さんも伏黒くんも、久しぶり」

 

「先輩、この前言ってた店、まだ覚えてます?」

 

 釘崎が早速、携帯電話を取り出す。

 

「もちろん。値段も見ておいたよ」

 

「相変わらず準備がいいですね」

 

「時間は確認してあるから、今日が終わって、みんな大丈夫だったら」

 

「やった」

 

 虎杖が両手を上げる。

 

 伏黒はその後ろで荷物を持ったまま、三輪へ軽く頭を下げた。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「うん。よろしくね」

 

 三輪は三人の顔を見て、少し安心した。

 

 交流会について、いろいろな話を聞いた。

 

 校長の考えも、虎杖が抱えている危険も、自分の中から消えたわけではない。

 

 それでも、まずは無事に会えた。

 

 そのことが嬉しかった。

 

     *

 

 楽巌寺の挨拶と、交流会の説明が始まった。

 

 両校の生徒たちは、演習場の前に並ぶ。

 

 京都側は東堂、加茂、西宮、真依、メカ丸、三輪。

 

 東京側は真希、狗巻、パンダ、虎杖、伏黒、釘崎。

 

 五条と歌姫は、それぞれの生徒の近くに立っていた。

 

「今回の形式は、双方で相談して決めたわ」

 

 歌姫が地図を広げる。

 

「演習区域の中に、回収対象を複数置いてあります。制限時間内にそれを確保し、自陣へ運ぶこと」

 

 地図の中央には、林と小さな建物がある。

 

 その両側に、東京側と京都側の開始地点が示されていた。

 

「ただし、各校に一つずつ、移動させなければならない護衛対象があります」

 

 補助監督が、布に包まれた箱を二つ運んできた。

 

 大きさは、抱えれば両腕が塞がる程度。

 

「これは負傷者の代わりだと思って。床に落としたり、一定以上の衝撃を与えたりすると失点。決められた場所まで安全に運べば、得点になります」

 

「相手の護衛対象を奪ってもいいんですか?」

 

 伏黒が尋ねる。

 

「奪って得点にはならない。ただし、進路を妨害することは可能よ」

 

 歌姫は全員を見回した。

 

「危険な方法で箱を破壊したり、持っている相手を無理に転倒させたりするのは禁止。人を運んでいる場面だと思って行動して」

 

「要するに、探索と護衛を両方やれってことか」

 

 真希が言う。

 

「そういうこと」

 

 五条が、地図の端を押さえた。

 

「今回は、相手に重い怪我を負わせる攻撃は禁止。刃物は訓練用に交換。呪力の出力も、相手が防御できないほどには上げない」

 

 虎杖が手を上げる。

 

「俺たちが全員で三輪先輩のところに行っても、大丈夫なんですか?」

 

「ずいぶん正直な質問ね」

 

 釘崎が言った。

 

「いや、だって、どうやって回収するのかなって」

 

 三輪は少し考えた。

 

「みんなで来られたら、守るのは大変だと思うよ」

 

「先輩でも?」

 

「うん。箱もあるし、全員違う方向に動いたら、私一人じゃ全部は追えないから」

 

 五条が頷く。

 

「そういうこと。三輪ちゃんはすごく強いけど、箱を三つ同時に持って、別々の場所には行けない」

 

 三輪は言いかけて、やめた。

 

 箱を三つ持つだけなら、たぶんできる。

 

 でも、別々の場所には行けない。それは本当だ。

 

 歌姫が続けた。

 

「三輪には、京都側の護衛対象についてもらいます。護衛対象を運ぶ間は、自分から遠くの回収対象を取りに行かないこと」

 

「はい」

 

「相手と接触した場合は、合意した出力と装備で対応。無理な追撃はしない」

 

 三輪は訓練用の刀を確かめた。

 

 重さは普段の刀に近いが、刃はついていない。表面に目印が塗られていて、有効な打撃になったかを立会人が判断できるようになっている。

 

「ほかにも細かい規則は配った紙に書いてあるから、開始前にもう一度読んでおいて」

 

 歌姫が言い終えると、両校の間に、小さな話し声が広がった。

 

     *

 

 開始前、京都側は林の手前に集まった。

 

 加茂が地図を広げる。

 

「三輪は護衛対象につく。運搬は誰が担当する?」

 

「俺が持つ」

 

 東堂が言った。

 

「なら、護衛は要らんだろう」という声が上がる前に、彼は続ける。

 

「だが、相手が集まれば、箱を持ったまま全員を相手にするのは面倒だ。三輪、頼むぞ」

 

「はい」

 

 真依が地図の東側を指した。

 

「私はこの建物の近くを見る。見通しがいいし、東京側がそこを通るなら分かる」

 

「私は上から確認するね」

 

 西宮が言う。

 

「回収対象の場所と、向こうの動き。見えたところから伝える」

 

 メカ丸は地図の中央へ指を置いた。

 

「通信の中継は俺が担当する。谷側は声が届きにくい可能性があるから、そこだけ予備回線に切り替えろ」

 

「回収は、私と真依で分担しよう」

 

 加茂が言う。

 

「西宮の報告を受けて、近い方が向かう。相手が先に確保していた場合は、無理に追わず、位置を知らせる」

 

 三輪は地図を見た。

 

 東堂と一緒に箱を運びながら、相手の進路を防ぐ。

 

 回収対象の場所を探すのは、西宮たち。

 

 自分が護衛から離れれば、その間に箱が狙われる。

 

「東堂先輩、私が前を見ます。箱を持っている間、足元を見づらいと思うので」

 

「うむ。だが、俺に指図する前に、お前も周りを見ろ」

 

「はい」

 

「東京の一年に気を取られて、箱を落とさせるなよ」

 

「気をつけます」

 

 東堂が頷いた。

 

 メカ丸が、三輪へ端末を渡す。

 

「今日はこちらを使え。訓練用の回線に合わせてある」

 

「ありがとう」

 

 三輪は受け取り、留め具を確かめた。

 

「緊急信号は、訓練の点数とは関係ない。必要だと思ったら押せ」

 

「うん」

 

「相手も同じだ。通知が来たら、競技より確認を優先する」

 

「分かった」

 

 三輪は端末をつけた。

 

 メカ丸の手が、いつもより少し長く留め具のそばにあった。

 

「緩んでる?」

 

「いや」

 

 彼は手を離した。

 

「問題ない」

 

     *

 

 開始時刻を待つ間、真依が一人で建物の陰に立っていた。

 

 その前に、真希が来る。

 

 三輪は少し離れた場所から二人に気づいた。

 

 近づこうとして、足を止める。

 

「相変わらずね」

 

 真依が先に言った。

 

「何がだよ」

 

「そうやって、平気な顔してるところ」

 

 真希は肩に担いでいた訓練用の武器を下ろした。

 

「平気に見えるなら、見る目がねえな」

 

「へえ」

 

 真依の声は冷たかった。

 

「今日は、そっちの一年まで守りながら戦うんでしょ。大変そう」

 

「そっちこそ、銃だけでどうするつもりだ?」

 

「見てれば分かるわよ」

 

 二人の間に、短い沈黙が落ちた。

 

 三輪は声をかけなかった。

 

 何を言えばいいのか、分からなかったこともある。

 

 それ以上に、二人が自分たちの言葉で話しているところへ、割って入るべきではないと思った。

 

 やがて真希が武器を持ち直す。

 

「怪我すんなよ」

 

 真依の目が細くなる。

 

「そっちこそ」

 

 真希はそれ以上何も言わず、東京側の集合場所へ戻った。

 

 真依はしばらくその背中を見ていた。

 

 三輪が近づくと、真依が先に言う。

 

「聞いてた?」

 

「少しだけ」

 

「何か言いたいわけ?」

 

「ううん。もうすぐ始まるから、呼びに来た」

 

 真依は三輪の顔を見た。

 

「……そう」

 

 そのまま、二人で開始地点へ向かう。

 

 歩きながら、三輪は一度だけ真依を見た。

 

 真依は前を向いていた。

 

 三輪も前を見た。

 

     *

 

 開始の合図が鳴った。

 

 東堂が護衛対象の箱を持ち上げる。

 

 三輪はその前に立ち、訓練用の刀を腰へ差した。

 

『上から確認する。最初の回収対象、北側の小屋付近に一つ』

 

 西宮の声が通信機から届く。

 

『真依、そちらへ。私は中央を見ます』

 

 加茂の指示に、真依が短く返事をした。

 

 メカ丸の傀儡は、少し離れた木陰を進む。全員の声を中継できる位置を確かめている。

 

 三輪と東堂は、西寄りの道へ入った。

 

「三輪」

 

「はい」

 

「向こうは、俺たちがここを通ると思うか」

 

「地図だけなら、思うかもしれません。箱を運ぶには歩きやすい道なので」

 

「なら、別の道へ行くか」

 

 三輪は道の先を見た。

 

 左は木が多く、箱を抱えたまま通るには狭い。右は緩い斜面になっている。

 

「右なら通れます。でも、上から見つかりやすいです」

 

「上には西宮がいる」

 

「はい。見てもらってから、移りましょう」

 

 通信機へ手を添え、西宮に確認する。

 

『右の斜面、今のところ人影はないよ。でも、先の木の陰は見えない』

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 東堂が斜面へ向かう。

 

 三輪は半歩先に出た。

 

 足元を確かめながら、左右の木々を見る。

 

 そのとき、前方から小さな足音がした。

 

 三輪は手を上げ、東堂を止める。

 

 木の陰から虎杖が姿を現した。

 

「見つけた!」

 

「虎杖くん」

 

 彼は三輪と東堂の位置を見て、すぐに足を止めた。

 

「うわ、二人一緒か」

 

「そうだよ。箱があるから」

 

「ですよね」

 

 虎杖は困ったように笑った。

 

 けれど、すぐには飛び込んでこない。

 

 三輪は周囲を見る。

 

 虎杖一人で、正面から箱を奪おうとしているわけではないだろう。

 

「伏黒くんたちは?」

 

「それ、言ったら駄目なやつですよね」

 

「そうだった」

 

 虎杖が笑う。

 

 次の瞬間、斜面の下から黒い影が伸びた。

 

 伏黒の式神。

 

 三輪は踏み込まず、東堂の前へ身体を移した。

 

 式神が箱へ向かおうとする。

 

 三輪の鞘がその進路を遮った。

 

 強く打ちつけない。訓練の範囲で動きを止め、東堂へ近づけない位置を作る。

 

「後ろ!」

 

 虎杖の声とともに、釘崎が木の向こうから姿を見せた。

 

 訓練用の釘が、三輪の足元へ打ち込まれる。

 

 三輪は跳ばなかった。

 

 半歩ずらし、足場を確かめる。釘崎の位置からは箱が見えない。狙いは三輪をその場から動かし、伏黒の式神へ道を作ることだ。

 

「東堂先輩、右へ」

 

「うむ」

 

 東堂が箱を抱えたまま斜面の上側へ動く。

 

 虎杖が追う。

 

 三輪はその間へ入った。

 

 訓練用の刀を抜く。

 

 虎杖の拳が届くより先に、刀の腹が彼の前腕へ触れた。

 

「有効!」

 

 離れたところから立会いの声がする。

 

 虎杖は足を止め、悔しそうに笑った。

 

「やっぱ速いなあ」

 

「ごめん。ここは通せないよ」

 

「いや、そういう訓練ですから!」

 

 虎杖は一度下がり、釘崎へ手で合図した。

 

 その間に、伏黒の式神が横から箱へ向かう。

 

 三輪は刀を返し、進路を塞ぐ。

 

 伏黒は無理に押し込まなかった。

 

 式神を下げ、木々の間へ姿を隠す。

 

『中央の回収対象、東京側が一つ確保!』

 

 西宮の報告。

 

 三輪は目を上げた。

 

 虎杖たちがこちらへ来た間に、別の誰かが回収したのだ。

 

 箱を守ることはできている。

 

 けれど、相手はそれだけを狙っていたわけではない。

 

「三輪」

 

 東堂が言った。

 

「ここに留まれば、向こうの思うつぼだ。進むぞ」

 

「はい」

 

 三輪は虎杖たちを追わず、東堂と一緒に移動を再開した。

 

     *

 

 京都側も、二つ目の回収対象を確保した。

 

 真依が先に見つけ、加茂が東京側の接近を知らせたことで、遠回りせず自陣へ運べたのだという。

 

『真依、戻ったよ』

 

 西宮の声がする。

 

『向こうも二つ。今のところ同点』

 

「早いですね」

 

 三輪が言うと、東堂は笑った。

 

「なら、こちらも急ぐだけだ」

 

 箱を持つ腕は揺れていない。

 

 三輪は周囲を確かめた。

 

 林の向こうから、遠く訓練用の武器がぶつかる音がする。

 

 別の場所で、誰かが戦っている。

 

 三輪は耳を澄ませた。

 

『メカ丸、聞こえる?』

 

 西宮の声。

 

『……』

 

 返事がない。

 

『メカ丸?』

 

 三輪が通信機へ手を添える。

 

「メカ丸、どうしたの?」

 

 数秒遅れて、声が返ってきた。

 

『聞こえる。回線の切り替えに時間がかかった』

 

『了解。中央の建物の北側、東京のパンダが移動中』

 

『分かった。加茂へ伝える』

 

 それきり、通信は通常どおりに戻った。

 

 三輪は少し気になったが、今は目の前の道を見た。

 

 通信が途切れる可能性は、訓練前にも聞いていた。

 

 必要なら、声が届く場所まで戻る。それも手順のうちだ。

 

「三輪、足元」

 

 東堂に言われ、三輪は前を見た。

 

 斜面の土が、一部だけ柔らかくなっている。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「人に気を取られるなと言っただろう」

 

「すみません」

 

「謝るより、次を見ろ」

 

「はい」

 

 三輪は頷き、先へ進んだ。

 

     *

 

 通信が途切れていた数秒間、幸吉は別の画面を見ていた。

 

 交流会の区域図ではない。

 

 校内に設けられた通信記録の表示。その一部に、送受信の履歴が残らない時間を作っていた。

 

 長い時間ではない。

 

 けれど、通常の訓練には必要のない操作だった。

 

 画面の向こうから、三輪の声が聞こえる。

 

『メカ丸、どうしたの?』

 

 幸吉は息を詰めた。

 

 すぐに返事をすればよかった。

 

 それができる位置に、指を置いていた。

 

 にもかかわらず、操作を終えるまで、回線を戻さなかった。

 

『聞こえる。回線の切り替えに時間がかかった』

 

 自分の声を、傀儡が伝える。

 

 三輪は、それ以上尋ねなかった。

 

 幸吉は表示を閉じた。

 

 画面には、各生徒の位置を示す印が並んでいる。

 

 三輪の印は、東堂のものと並んで動いていた。

 

 約束は守られる。

 

 京都校の人間には、手を出さない。

 

 何度も確認した。

 

 それでも、記録の空白を見た瞬間、自分が今、誰のためにそれを作ったのか、考えずにはいられなかった。

 

     *

 

 演習区域の外では、歌姫が受信機を確認していた。

 

「今、一瞬途切れたわね」

 

 隣の補助監督が頷く。

 

「メカ丸からは、回線切り替えとの報告です」

 

「場所は?」

 

「谷側ではありません。ただ、木が多い区域なので、影響が出た可能性はあります」

 

 歌姫は記録へ時刻を書き留めた。

 

「終了後に確認します。今は他の回線も見ていて」

 

「はい」

 

 五条は少し離れた場所で、演習場の方を見ていた。

 

「向こうはどう?」

 

 歌姫が尋ねる。

 

「真希たちが回収対象を一つ運んでる。京都側も、そろそろ箱を届けるんじゃない?」

 

「あなた、自分の生徒のことを全部言わなくていいのよ」

 

「歌姫には言ってもいいでしょ」

 

「私は京都側の教員です」

 

「知ってる」

 

 五条は笑った。

 

 歌姫は記録を閉じず、次の通信を待った。

 

     *

 

 三輪たちが護衛対象を運んでいると、上から西宮の声がした。

 

『箱の到着地点まで、あと少し。正面に狗巻くんがいるよ』

 

「分かりました」

 

 三輪は東堂と目を合わせる。

 

 狗巻の術式は、相手に言葉で行動を強いるものだと、事前に聞いていた。

 

 距離や声への対処を、無理に一人で判断しないようにも言われている。

 

「東堂先輩、箱を落とさないように、ここで一度止まりましょう」

 

「いいだろう」

 

 三輪は通信機へ向かった。

 

「加茂先輩、こちらの前に狗巻くんがいます。今、援護に来られますか」

 

『すぐには難しい。回収対象を運んでいる』

 

「分かりました。こちらは少し下がって待ちます」

 

 無理に進めば、箱を落とすかもしれない。

 

 三輪は東堂とともに木の陰へ移った。

 

「先輩が前に出れば、狗巻を止められるんじゃねえの?」

 

 後方から、パンダの声がした。

 

 三輪が振り向くと、彼は少し離れたところに立っていた。

 

「たぶん、近づけばできると思う。でも、パンダが後ろにいるから」

 

「ばれてたか」

 

「さっきから、足音が聞こえてた」

 

「隠れるのは得意じゃないんだよなあ」

 

 パンダは肩をすくめる。

 

「じゃあ、箱を守ったまま俺も相手にする?」

 

「そうしたいけど、その間に狗巻くんが近づいてきたら困るかな」

 

 三輪は東堂へ言った。

 

「先輩、箱を持ったまま、左に下がれますか。私がパンダを止めます」

 

「お前に任せきりにはせん」

 

 東堂は箱を抱え直し、周囲を見た。

 

「西宮。狗巻の位置を知らせろ」

 

『さっきの場所から動いてない。こっちを見てる』

 

「なら、下がりながら別の道へ回る」

 

 パンダが一歩出る。

 

 三輪は刀を抜いた。

 

 近づいてきた大きな腕を、力で押し返さず、外側へ流す。

 

 パンダは踏ん張り、もう片方の腕を箱の方へ伸ばした。

 

 三輪は刀の腹でその腕を押さえ、東堂の進路から離す。

 

 そこで深追いしない。

 

 パンダも、箱までの距離が開いたことを見て、追撃をやめた。

 

「堅いねえ」

 

「箱を落としたくないから」

 

「そう言われると、こっちも無理には行けないな」

 

 パンダは手を上げ、後ろへ下がった。

 

 その先で、狗巻が小さく頷く。

 

「しゃけ」

 

 東京側も、別の場所へ向かうつもりらしい。

 

 三輪は刀を納め、東堂の隣へ戻った。

 

「すぐに来てくれて、ありがとう」

 

『こっちも見てるからね』

 

 西宮の返事に、三輪は笑った。

 

     *

 

 交流会は、まだ続いていた。

 

 京都側の箱は到着地点まで運ばれ、点数が入った。東京側も、別の道から護衛対象を進めているという。

 

 残った回収対象を巡って、両校の生徒がそれぞれ動く。

 

 三輪は指定された位置で待ちながら、通信を聞いた。

 

 真依の声。

 

 加茂の声。

 

 虎杖が何か叫び、釘崎が言い返す声も、遠くから聞こえた。

 

 訓練が終わったら、どちらが勝ったか確かめる。

 

 それから、約束どおりお店へ行けたらいい。

 

 三輪は、腰の端末へ軽く触れた。

 

 留め具は、外れていない。

 

 手を離し、前を見る。

 

 林の向こうで、風が葉を揺らしていた。

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