三輪霞は、剣だけでいい   作:ケーケーケー

25 / 26
AI利用です


第二十五話 報告されなかったこと

 

 交流会の翌朝、三輪はいつもより早く目が覚めた。

 

 窓の外では蝉が鳴いている。昨日と変わらない夏の音だった。

 

 けれど、校内はいつもと違った。

 

 廊下を歩く大人たちが多い。見慣れない補助監督も来ていて、校舎の出入口を確認していた。

 

 三輪は部屋を出る前に、母へ電話をかけた。

 

『本当に怪我はないの?』

 

「うん。昨日も診てもらったよ」

 

『学校で何かあったって聞いたから』

 

「少しね。でも、みんな戻ってきた」

 

 交流会の生徒たちは、全員が戻った。

 

 そう伝えながら、三輪は言葉を選んだ。

 

 呪霊が侵入したことも、宿儺の指が奪われたことも、家族へ詳しく話すことはできない。

 

『無理してない?』

 

「してないよ。今日は先生たちの話を聞いて、報告するだけ」

 

『ならいいけど。弟たちも心配してたから、あとで声を聞かせてね』

 

「うん。授業が終わったら電話する」

 

 電話を切り、三輪は手帳を開いた。

 

 空いている時間に、短く書く。

 

『家に電話』

 

 その下には、昨日のまま残した予定があった。

 

『釘崎さんたちと、お店』

 

 三輪は少し眺め、それから手帳を閉じた。

 

     *

 

 午前中、歌姫は生徒たちを一人ずつ呼んだ。

 

 交流会の最中、どこにいたか。

 

 何を見たか。

 

 誰と通信し、どの方向へ動いたか。

 

 三輪は地図を前に、覚えている順番で答えた。

 

「呪霊が現れたとき、私と東堂先輩は西側の斜面にいました」

 

 歌姫が地図へ印をつける。

 

「その前に、西宮から人影の報告があったのね」

 

「はい。中央の建物の北側です。でも、私は直接見ていません」

 

「メカ丸の通信が途切れたのは、その前?」

 

「はい。西宮先輩がパンダの位置を伝える少し前です」

 

「どのくらい途切れた?」

 

 三輪は考えた。

 

「長くはなかったです。西宮先輩が二回呼んで、私も聞いて、それから返事がありました」

 

「そのとき、何か別の音は?」

 

「……雑音は聞こえませんでした」

 

 歌姫は頷き、紙へ書き込んだ。

 

「ほかに、気になったことはある?」

 

 三輪は地図を見た。

 

 西側の斜面。呪霊と戦った場所。

 

 南へ伸びた根。

 

 自分が職員二人を助けている間に、呪霊は退いた。

 

「根が、私たちより先に、南側の人へ向かったように見えました」

 

「狙っていたと思う?」

 

「かもしれません。でも、呪霊がその人たちに気づいていたかは分からないです。私たちを避けようとして、あっちへ伸びた可能性もあります」

 

「分かった。そういうふうに、見たことと考えたことを分けておいてね」

 

「はい」

 

 歌姫はペンを止めた。

 

「昨日、よく動いてくれたわ。職員の二人も、命に別状はないそうよ」

 

 三輪の肩から力が抜けた。

 

「よかった……」

 

「ただ、侵入された理由はまだ分かっていない。今日は校内の確認もあるから、一人で普段と違う場所へ行かないように」

 

「分かりました」

 

 椅子を引いて立ち上がる。

 

 扉の前で、三輪は振り返った。

 

「あの、メカ丸の通信が切れたこと、何か問題があったんでしょうか」

 

「まだ調べているところ。機材の故障かもしれないし、結界の影響かもしれない」

 

 歌姫は、そこで言葉を切った。

 

「原因が分かるまでは、どれかに決めつけないわ」

 

「はい」

 

 三輪は頭を下げ、部屋を出た。

 

     *

 

 廊下の窓は開いていた。

 

 風が入るたび、掲示物の端が揺れる。

 

 教室へ戻る途中、真依が壁にもたれているのを見つけた。

 

「もう終わった?」

 

「うん。真依も?」

 

「さっき」

 

 真依は窓の外を見た。

 

「根が来たとき、あんたが戻ってこなかったら、どうなってたか聞かれた」

 

「何て答えたの?」

 

「分からないって」

 

 真依は肩をすくめる。

 

「加茂先輩もいたし、私も撃ってた。どうなったかなんて、やってないんだから分からないでしょ」

 

「そうだね」

 

「でも、あんたが来て助かったのは本当だから、それも言った」

 

 三輪は少し驚いた。

 

 昨日、真依から礼は聞いた。けれど、先生にも話したと、わざわざ言ってくれるとは思わなかった。

 

「ありがとう」

 

「別に、あんたのために言ったわけじゃない」

 

「うん。それでも」

 

 真依は顔を背けた。

 

「……あんた、またその返事」

 

 三輪は笑った。

 

 真依も、少しだけ口元を緩めた。

 

     *

 

 校内の確認は、午後も続いた。

 

 侵入された保管施設では、帳や扉に残った痕跡を調べている。

 

 呪物の管理記録と、実際に残っているものの照合も進んでいた。

 

 不足が確認されたのは、宿儺の指一本と、別の保管箱一つ。

 

 箱の中身については、担当者以外にはまだ伝えられていなかった。

 

 三輪は、その報告を聞いたあと、東京へ戻る準備をしている虎杖たちに会いに行った。

 

「もう帰るんですか」

 

「うん。向こうでも話を聞かれるみたいで」

 

 虎杖が鞄の紐を直す。

 

 釘崎は三輪を見るなり、口を尖らせた。

 

「結局、店には行けませんでしたね」

 

「ごめんね」

 

「先輩が謝ることじゃないでしょう」

 

 釘崎は携帯電話を取り出した。

 

「次に私たちが来たときでも、先輩が東京に来たときでもいいです。行きましょう」

 

「うん」

 

「約束ですよ」

 

「約束」

 

 三輪が答えると、釘崎は満足そうに頷いた。

 

 少し離れたところでは、伏黒が外周を確認する術師たちを見ていた。

 

 三輪が近づくと、彼は振り向いた。

 

「先輩」

 

「伏黒くん、怪我は大丈夫?」

 

「大きなものはありません」

 

 伏黒は声を落とした。

 

「宿儺の指が盗まれたと聞きました」

 

「うん。一本は確認されたって」

 

「ほかの呪物も、まだ分からないんですよね」

 

「そうみたい」

 

 伏黒は、しばらく黙った。

 

 虎杖の身体には、宿儺がいる。

 

 残された指が誰の手に渡るかは、彼にとっても、東京校の仲間にとっても関係のある話だった。

 

「三輪先輩が戦った呪霊は、どうなったんですか」

 

「逃げられたよ。五条先生が追ったけど、今はまだ、結果を聞いてない」

 

「強かったですか」

 

「うん」

 

 三輪は即答した。

 

「根を広げて、私たちとは別の場所にいる人を狙った。逃げる道も塞ごうとしてた」

 

「先輩を倒すより、足止めすることが目的だった可能性もありますね」

 

「私も、そうかもしれないと思ってる」

 

 五条を結界で外へ留め、三輪を演習区域内に引きつける。

 

 その間に、別の場所へ侵入する。

 

 可能性はある。

 

 けれど、それを実行した相手がどこまで考えていたか、まだ断定はできない。

 

「先生たちが調べてくれてるから、分かったら教えてもらおう」

 

「はい」

 

 伏黒は頷いた。

 

 虎杖が少し離れたところから呼ぶ。

 

「伏黒! もう出るって!」

 

「今行く」

 

 伏黒は歩き出しかけ、三輪を振り返った。

 

「先輩も、気をつけてください」

 

「うん。伏黒くんたちもね」

 

 虎杖が三輪に手を振る。

 

「先輩、また連絡します!」

 

「待ってるよ」

 

 東京校の車が見えなくなるまで、三輪は門の近くに立っていた。

 

     *

 

 その夜、三輪は家に電話をした。

 

 弟たちの声は、思っていたより元気だった。

 

『学校、壊れたの?』

 

「全部じゃないよ。確認して、直すところは直してる」

 

『帰ってこなくていいの?』

 

「今は、みんなで片づけてるから。休みが取れたら、また帰るね」

 

『じゃあ、この前の続き見せる』

 

「模型の?」

 

『新しいのもある』

 

 三輪は笑った。

 

「じゃあ、今度も写真撮っていい?」

 

『いいけど、友達にも見せて』

 

「うん。ちゃんと見えるように撮る」

 

 電話を切ったあと、三輪は窓を閉めた。

 

 外が暗くなっても、校舎の方には灯りがついている。

 

 まだ確認が続いているのだろう。

 

 自分にできることがないかと思ったが、今日の報告は終えた。歌姫にも、夜は休むように言われている。

 

 刀の手入れを済ませ、机へ置く。

 

 呪霊を斬ったときの感触が、まだ手に残っていた。

 

 追えたはずだ、と考えそうになる。

 

 けれど、南側には人がいた。

 

 あのとき、自分が行かなければ、根が道を塞いでいた。

 

 どちらかを選ばなければならなかった。

 

 三輪は刀袋の口を閉じた。

 

 次に同じことがあれば、呪霊を追う人と、救助へ向かう人を、もっと早く分けられるかもしれない。

 

 そのために、昨日の報告を残した。

 

 考え続けるのは、明日でいい。

 

 三輪は灯りを消した。

 

     *

 

 翌日、歌姫は通信記録を確認していた。

 

 交流会開始から襲撃までの間、各参加者の声は、おおむね記録されている。

 

 ただ、一か所だけ、時間が抜けていた。

 

 西宮が上空から報告し、メカ丸を呼んだ直前。

 

 中継用の記録が、数秒間残っていない。

 

「この時間、別の回線の記録は?」

 

「こちらにあります」

 

 補助監督が資料を出す。

 

 外周の通信は残っていた。すべての機材が一斉に止まったわけではない。

 

「故障の可能性は?」

 

「あります。結界が複数重なった影響も、まだ調べています」

 

「機材は保管してある?」

 

「はい。メカ丸本人にも確認を依頼しています」

 

 歌姫は頷いた。

 

 生徒たちから集めた報告の中に、三輪の名前がある。

 

 通信が途切れた時間についての証言。

 

 西宮の報告と、おおむね一致していた。

 

 その数秒が、侵入と関係するのか。

 

 そもそも、内部の情報が誰かに渡っていたのか。

 

 外から結界を調べ、偶然、弱いところを見つけた可能性もある。

 

 今はまだ、何も決められない。

 

「記録を消したり、直したりせず、そのまま残して」

 

 歌姫が言う。

 

「機材の状態と、切れた前後の操作も確認します。本人に聞くのは、そのあと」

 

「分かりました」

 

 補助監督が資料をまとめる。

 

 歌姫は窓の向こうを見た。

 

 遠くの稽古場では、東堂が一人で身体を動かしている。

 

 襲撃は終わった。

 

 けれど、どうして侵入を許したのかが分からなければ、同じことが起きるかもしれない。

 

 学生たちを疑うためではなく、次に守るために、確かめる必要があった。

 

     *

 

 昼休み、三輪は教室でメカ丸を見つけた。

 

 彼の机には、いつもの工具が並んでいる。

 

「お昼、食べに行く前?」

 

「そうだ」

 

「昨日言ってた通信のこと、先生から何か聞いた?」

 

「機材を確認すると言われた。今は待っている」

 

「そっか」

 

 三輪は向かいの椅子へ座った。

 

「私も、切れたときのこと話したよ。何秒だったかは、はっきり分からなかったけど」

 

「……ああ」

 

 メカ丸の返事は短い。

 

 三輪は手元を見た。

 

 彼は小さな留め具を持っているが、さっきから動かしていなかった。

 

「何か、壊れてた?」

 

「いや」

 

「じゃあ、よかった」

 

 メカ丸は答えない。

 

 三輪は、それ以上聞こうとして、やめた。

 

 機材を作った本人だから、原因が分からないことを気にしているのかもしれない。

 

 あるいは、昨日の襲撃そのものについて、まだ考えているのかもしれない。

 

 自分には分からない。

 

「私ね、昨日、釘崎さんにまたお店行こうって言われた」

 

 メカ丸が顔を上げた。

 

「東京の一年生か」

 

「うん。交流会のあとに行く予定だったんだけど、行けなかったから」

 

「そうか」

 

「真依にも聞いたんだけど、終わってから決めるって」

 

「それで」

 

「終わっちゃったから、もう一回聞いてみようかなって」

 

「好きにすればいいだろう」

 

「うん。そうする」

 

 三輪は笑った。

 

 メカ丸の手が、ようやく動いた。

 

 留め具を机へ置き、別の部品を取る。

 

「三輪」

 

「何?」

 

「もし、俺が――」

 

 そこで声が止まった。

 

 三輪は待った。

 

 教室の外を、誰かが走っていく音がする。

 

 メカ丸は部品を持ったまま、机へ視線を落とした。

 

「……いや。何でもない」

 

 三輪は彼を見た。

 

 何を言おうとしたのかは分からない。

 

 通信のことかもしれない。昨日の襲撃のことかもしれない。

 

 別の、全然関係のない話だった可能性もある。

 

「分かった」

 

 メカ丸が顔を上げる。

 

「聞かないのか」

 

「聞きたいけど、今は言わないって決めたんでしょ」

 

「……ああ」

 

 三輪は頷いた。

 

「じゃあ、話したくなったら聞くよ」

 

 それだけ言って、立ち上がる。

 

「先にご飯、食べてくるね。真依にも声かけてみる」

 

 扉のところで振り返る。

 

「メカ丸、あとで端末の試験するなら、私も呼んで」

 

「分かった」

 

 三輪は教室を出た。

 

 彼女の足音が遠ざかる。

 

 幸吉は、傀儡の指で部品を置いた。

 

 話したくなったら聞く。

 

 その言葉を、嬉しいと思った。

 

 同時に、恐ろしいとも思った。

 

 話せば、彼女は聞いてくれるだろう。

 

 自分が何をしているか知っても、すぐに背を向ける人ではない。

 

 だからこそ、彼女の前で言葉にできなかった。

 

 学校の情報を渡したこと。

 

 交流会の前、通信に空白を作ったこと。

 

 呪詛師たちとの取引が、まだ続いていること。

 

 そして、その取引の先に、自分が何を望んでいるのか。

 

 幸吉は、傀儡の視界を切った。

 

 暗い部屋が、元の静けさに戻る。

 

 少し身体を動かそうとして、痛みに息が詰まった。

 

 痛みが収まるまで、待つ。

 

 待つことには、慣れている。

 

 けれど、いつまで待てばいいのかは、誰にも言われていなかった。

 

     *

 

 同じ頃、人気のない場所で、二つの声が交わされていた。

 

「交流会は、思ったより大変だったみたいだね」

 

 若い男の声が、楽しそうに言った。

 

「花御、ずいぶん切られてたし」

 

「相手が悪かっただけさ」

 

 もう一人は、穏やかに答える。

 

「三輪霞がいると分かっていたのに、真正面から長く留まれば、ああなる」

 

「じゃあ、あの子を先にどうにかしないと」

 

「そう簡単にはいかないよ。五条悟もいる」

 

 話しているのは、夏油傑の姿をした男だった。

 

 額には縫い目がある。

 

 その前には、人の姿をした呪霊が座っていた。

 

「でも、欲しかったものは手に入ったんだろ?」

 

「ああ。一つは確認できた」

 

 男は持ち帰られた箱に手を置く。

 

 宿儺の指とは別に運ばれたものだ。

 

「残りは、これからだよ」

 

「裏切り者くんにも、まだ働いてもらう?」

 

「彼には、約束があるからね」

 

 呪霊は笑った。

 

「その約束、ちゃんと守るんだ」

 

「守るとも。少なくとも、約束した範囲では」

 

 男は箱から手を離した。

 

 校内から届いた情報。

 

 交流会の配置。

 

 三輪霞がどこへ向かい、五条悟がどこで止まるか。

 

 すべてが予定どおりだったわけではない。

 

 だが、二人を同じ場所へ集めずに済んだ時間が、侵入者には必要だった。

 

「次は、もっと慎重にする必要があるね」

 

 男は静かに言った。

 

「彼女は、守るために動く。そして、一度届けば、こちらが逃げる余裕はほとんどない」

 

 呪霊は興味深そうに首を傾けた。

 

「会ってみたいなあ」

 

「いずれね」

 

 男は笑った。

 

「ただし、彼の望みを叶えてからだ」

 

     *

 

 午後の授業が始まる前、三輪は真依と教室へ戻った。

 

「メカ丸、まだいるかな」

 

「あんた、さっきまで話してたんでしょ」

 

「うん。でも、端末の試験するなら呼んでって言ったから」

 

「授業が先よ」

 

「分かってるよ」

 

 扉を開ける。

 

 メカ丸は、自分の席にいた。

 

 三輪はその姿を見て、普段どおりに声をかけた。

 

「ただいま」

 

「ああ」

 

 机の上には、工具が片づけられていた。

 

 さっき言いかけたことを、今は聞かない。

 

 けれど、忘れたわけでもなかった。

 

 三輪は自分の席に着き、教科書を開く。

 

 真依が隣から覗き込んだ。

 

「そこ、今日の範囲じゃないわよ」

 

「え?」

 

 三輪は時間割を確認した。

 

「あ、次の授業だった」

 

「しっかりしてよ、先輩」

 

「同じ二年生でしょ」

 

「東京の一年からは先輩って呼ばれてたじゃない」

 

「それはそうだけど」

 

 メカ丸が、机の向こうから言った。

 

「間違えたまま授業が始まるよりはいい」

 

「二人とも厳しいなあ」

 

 三輪は教科書を入れ替えた。

 

 窓から入る風が、ページを一枚めくる。

 

 押さえた紙の端は、少し温かかった。

 

 昨日の襲撃で奪われたものも、分からないままのことも、まだ残っている。

 

 それでも、授業は始まる。

 

 三輪はペンを取り、先生が来るのを待った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。