三輪霞は、剣だけでいい   作:ケーケーケー

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AI利用です


第七話 京都校で一番強い一年生

 

「……本当に、俺が相手をするんですか」

 

 稽古場の入り口で、日下部篤也はそう言った。

 

 約束の日になった。

 

 東京から来た一級術師は、長身の、少し気怠そうな男だった。肩に掛けた刀袋と、歌姫の持つ書類を交互に見ている。

 

「そのために来ていただいたんですが」

 

「東堂に勝った子でしょう。俺じゃなくて、もっと張り切る相手に頼めばいいじゃないですか」

 

「同じ流派の方に見てもらいたいんです。勝ち負けだけでなく、使っている技術も」

 

 歌姫が答える。

 

 少し離れたところで聞いていた三輪は、木刀を持ち直した。

 

 手合わせが嫌なのだろうか。

 

 だったら、無理にお願いするのも悪い気がする。

 

 そう考えていたところで、日下部と目が合った。

 

「お前が三輪?」

 

「はい。三輪霞です。今日は、よろしくお願いします」

 

 頭を下げると、日下部は短く頷いた。

 

「日下部だ。まあ、怪我のないようにやろう」

 

「はい」

 

「俺が止めたら止まること。お前も、何かあったら言え。続けられなくなってから我慢するなよ」

 

 三輪はもう一度、頷いた。

 

 隣で真依が、小さく息を吐く。

 

「今度こそ、ちゃんと終わるといいわね」

 

「うん」

 

 三輪が答えると、前にいた日下部が振り返った。

 

「俺もそう思う」

 

     *

 

 楽巌寺が立ち会うことになり、確認は校内の広い稽古場で行われた。

 

 真依とメカ丸は、歌姫とともに端へ下がっている。二年生たちは別の実習があり、今日はここにはいなかった。

 

 最初は、構えと呪力の流し方だった。

 

 日下部に言われたとおり、三輪は木刀へ呪力を通す。

 

「一度抜いて、もう一回。今度は握る前から」

 

「はい」

 

 手を緩めて、持ち直す。

 

 日下部は、三輪の腕ではなく、木刀の先を見ていた。

 

「……なるほどな」

 

「何か、違いますか?」

 

「いや。じゃあ、簡易領域は使えるな」

 

「使えます」

 

「見せてくれ」

 

 三輪は木刀を下ろし、一度、歌姫へ視線を向けた。

 

 歌姫が頷く。

 

 次に、周囲を確かめた。

 

 誰も近くにはいない。

 

 三輪の足元から、呪力の境が広がった。

 

 土に線が引かれたわけではない。けれど、その内と外では、空気に触れたときの感触が違っていた。

 

 日下部の目が、少し細くなる。

 

「そのまま、一歩右へ」

 

 三輪は右足を出した。

 

 左足を寄せる。

 

 境も一緒に動いた。

 

「もう一歩」

 

 同じように動く。

 

「止めなくていい。前、左、後ろ」

 

 指示に合わせて、三輪が歩く。

 

 領域は消えなかった。

 

 日下部はしばらく、その足元を見ていた。

 

「足を離したら解除、という縛りは?」

 

「最初は、そう教わりました。今は、つけていません」

 

「移動させるのも、教わったのか」

 

「歩いたときに、何がずれるのかは。あとは、ずれないように練習しました」

 

 返事をしてから、三輪は相手の顔を見た。

 

 日下部は、何か言いたそうに口を開き、閉じた。

 

「……そうか」

 

 歌姫が、用紙へ何かを書き込む。

 

 日下部はそれを見て、言い添えた。

 

「歩けるだけじゃないですよ。今、動く前と後で、ほとんど乱れてない」

 

 そう言ってから、三輪へ向き直った。

 

「いったん解いていい。次は刀を使おう」

 

     *

 

 離れた場所に立てた細い標的を、三輪が抜刀で切った。

 

 一本。

 

 二本。

 

 同じ位置から、踏み込む距離だけを変える。

 

 抜くときも、戻すときも、鞘を握る手は大きく動かなかった。

 

 最後の標的が倒れたところで、日下部が三輪の刀へ手を差し出した。

 

「見ていいか」

 

「はい」

 

 受け取った刀を、日下部が確かめる。

 

「特殊な呪具じゃないんだな」

 

「普通の刀です。先生に、これを使うようにと」

 

「手入れは、自分で?」

 

「普段のは。研ぎは、お願いしています」

 

「そのまま続けろ。まだ替える必要はない」

 

 三輪は少し安心して、刀を受け取った。

 

 買い替えになったら、いくらかかるのか。

 

 来る前に師から言われたこともあって、少し気にしていた。

 

 鞘へ戻そうとしたとき、日下部が声をかける。

 

「手」

 

「はい?」

 

「左の甲。血が出てるぞ」

 

 三輪は左手を返した。

 

 薄い線が一本、走っていた。標的の切れ端を片づけたとき、木のささくれを引っかけたらしい。

 

「あ、本当だ。すみません」

 

 刀を納めてから、指先で傷の周りを拭う。

 

 ごく短く、呪力の流れが変わった。

 

 細く開いていた皮膚が、閉じる。

 

 歌姫が、用意しかけていた救急箱へ手を置いたまま止まった。

 

「三輪さん。今、何をしたの?」

 

「傷を塞ぎました」

 

「反転術式か」

 

 日下部が尋ねる。

 

「はい。でも、自分だけです。人には使えません」

 

 三輪は手を下ろした。

 

 日下部が額へ指を当てる。

 

「そっちも、先に言ってくれ」

 

「すみません。聞かれたら、答えるつもりだったんですけど」

 

 歌姫と日下部が顔を見合わせた。

 

 端で見ていた真依が、低く呟く。

 

「……聞くこと、まだありそうね」

 

     *

 

 日下部が刀を腰へ差したとき、三輪も姿勢を正した。

 

 周囲の確認が済み、歌姫が二人の間から離れる。

 

 ここからは、手合わせだった。

 

 互いに刃は止める。どちらかが続行を求めなければ、その時点で終わり。

 

 先ほど日下部が説明した条件を、三輪は頭の中でもう一度確かめた。

 

「無理に付き合わなくていいからな」

 

 日下部が言う。

 

「付き合う、ですか?」

 

「俺のやり方に。できることを見たいんだ。手順を踏むために、わざと遅くするな」

 

「……分かりました」

 

 三輪は鞘へ左手を添えた。

 

 日下部も同じように構える。

 

 足元に、簡易領域が展開された。

 

 三輪のものより、広い。

 

 向かい合うだけで、どこへ踏み込めば刃が来るのか分かった。

 

 正面だけではない。

 

 右へ回っても、左へ動いても、そこには迎撃の準備があった。

 

 三輪は相手の手元を見た。

 

 日下部の右手は、まだ柄を握り込んではいない。

 

「始め」

 

 歌姫の声がした。

 

 三輪が、一歩前へ出る。

 

 その足が日下部の間合いへ入るより先に、領域の境が広がった。

 

 刃が来た。

 

 三輪は抜刀し、最初の一撃を斜めに受け流した。

 

 金属の鳴る音。

 

 押し返そうとはしない。刀身を沿わせ、通ってくる刃の向きを変える。

 

 日下部の切っ先が流れる。

 

 けれど、次はもう戻っていた。

 

 速い。

 

 間に考える時間を置かず、次の攻撃へ移っている。

 

 三輪は足を止めなかった。

 

 もう半歩、中へ。

 

 日下部の刃が低く走る。

 

 三輪は自分の刀を引きつけ、鍔元でそれを外側へ逃がした。

 

 日下部の左手が動く。

 

 鞘が、三輪の手元へ入ってきた。

 

 その接触より少し早く、三輪は腰を回した。

 

 鞘の口が空を通る。

 

 回った身体に沿って、三輪の刀が相手の肩口へ向かった。

 

 日下部が受ける。

 

 三輪は触れたところで刀を滑らせ、そのまま刃の下へ入った。

 

 腕が交差する。

 

 近すぎる距離。

 

 日下部は間合いを取り直そうと足を引いた。

 

 三輪の足が、それより先に動く。

 

 逃げる先へ追いかけるのではなく、刀を戻すために必要な場所を塞いだ。

 

 刃がもう一度、触れた。

 

 日下部の手が上がる。

 

 その下から三輪の左手が入り、鞘で彼の刀の根元を押さえた。

 

 右手の刀は、脇腹の手前で止まっていた。

 

 日下部が、息を止めた。

 

 三輪は動かない。

 

 日下部の刀も、そこから先へは進まなかった。

 

「……止めだ」

 

 短い声がした。

 

 三輪はすぐに刃を引き、二歩下がった。

 

「ありがとうございました」

 

 頭を下げる。

 

 顔を上げたとき、日下部はまだ、その場に立っていた。

 

 自分の刀と、三輪の鞘を見ている。

 

「もう一本、やりますか?」

 

 尋ねると、日下部は顔を上げた。

 

「……今のを踏まえて、少し変える」

 

「はい」

 

「だから、ちゃんと止めろよ」

 

 三輪は、真面目に頷いた。

 

     *

 

 二本目では、日下部は待たなかった。

 

 間合いの外から近づき、領域の広がる速さを変える。刀を出す角度も、一度目とは違った。

 

 三輪も同じ入り方はしなかった。

 

 自分の簡易領域を展開し、相手の攻撃を捉える。

 

 刀を合わせる。

 

 横へ動きながら、そのまま、領域も動く。

 

 日下部が退いた先へ、三輪の間合いが届いた。

 

 再び、金属が鳴った。

 

 今度は、続けて三度。

 

 日下部が三輪の切っ先を外へ押した直後、その押す力が消えた。

 

 三輪の刀が手元へ戻る。

 

 日下部が次の一撃を出すより早く、彼女は空いた側へ足を運んでいた。

 

 今度、刃が止まったのは、胸元だった。

 

「止め」

 

 日下部が言った。

 

 三輪は刀を下ろした。

 

 静かになってから、足元の土が思ったより乱れていることに気づく。

 

 日下部は深く息を吐き、刀を納めた。

 

「もういい。ここまで」

 

 三輪も納刀する。

 

 鯉口が小さく鳴った。

 

 日下部はその音を聞いてから、歌姫へ顔を向けた。

 

「俺より上です」

 

 歌姫が、書類を持つ手を止めた。

 

「剣術と、今見せた結界の扱いについては。少なくとも、俺が稽古をつけて確かめる段階じゃない」

 

 楽巌寺が、三輪を見る。

 

 日下部は続けた。

 

「俺の領域が消されたわけじゃありません。迎撃も動いてた。そのうえで、中へ入られてる」

 

 彼は自分の左手を見下ろした。

 

「次の刀を戻せる場所が、なくなってたんです」

 

     *

 

 短い休憩を挟み、日下部は三輪へいくつか質問をした。

 

 領域を広げたときに、何を見ていたのか。

 

 動きながら維持する際、どこへ呪力を配っているのか。

 

 どうして二本目で、最後の角度を変えたのか。

 

 三輪は言葉を探しながら答えた。

 

 説明しにくいところでは、刀を抜かず、柄と足の位置で示した。

 

 日下部は途中で何度か止め、同じ動きを自分でなぞった。

 

「ここで、もう戻せないわけか」

 

「先生の足がこっちへ向いていたので。そのまま引くより、反対の方が速いと思って」

 

「速いだけじゃないだろ。反対へ出られると、こっちの腕が邪魔になる」

 

「はい」

 

 通じた。

 

 三輪は少しだけ、嬉しくなった。

 

 自分の動いたことを、最初から全部見失わずに話してくれる人は、多くなかった。

 

「お前、自分をどのくらい強いと思ってる」

 

 話が一段落したところで、日下部が尋ねた。

 

 三輪は顔を上げた。

 

 歌姫も楽巌寺も、こちらを見ている。

 

「剣で戦うなら、負けるつもりはありません」

 

「相手が誰でも?」

 

「はい」

 

 言ってから、三輪は自分の刀へ目を落とした。

 

 昨日も、その前も、何度も握った柄だった。

 

 できると思っていることを聞かれたから、そう答えた。

 

 ただ、口にすると、少し大きなことを言いすぎたようにも聞こえる。

 

「でも、任務のことは、まだ教わってるところです。この前も、二人に助けてもらったので」

 

「そっちは、これからも教われ」

 

 日下部が言った。

 

「一人で勝てることと、一人で出ていいことは別だ。そこの判断は先生に任せろ」

 

「はい」

 

 日下部は頷き、楽巌寺へ向き直った。

 

「推薦の話は、俺からも上げます。ただし、等級の手続きと現場経験は、省かない方がいい」

 

「無論じゃ」

 

 楽巌寺が答えた。

 

「実力に見合う評価はする。だが、それを理由に指導を終えるつもりはない」

 

 歌姫が、そこで初めて記録用紙を閉じた。

 

「ひとまず、実技の確認はここまでにします。お疲れさま、三輪さん」

 

 三輪は、ほっと息を吐いた。

 

     *

 

 道具を片づけていると、真依が隣へ来た。

 

「終わった?」

 

「うん。たぶん」

 

「たぶんじゃ困るんだけど」

 

「終わりって、言ってもらえたから」

 

 答えると、真依は納得したように鼻を鳴らした。

 

 メカ丸も、記録に使った端末を持って歩いてくる。

 

「二本目の最後、映像は残っている」

 

「本当? あとで見たい」

 

「お前が戻ってからでいい」

 

 ちょうど、そのとき歌姫に名前を呼ばれた。

 

 三輪は二人へ頷いてから、教師たちの方へ戻る。

 

 真依は、その背中を見送った。

 

 東京の一級術師に勝った。

 

 自分より上だと、相手が認めた。

 

 それだけのことがあっても、三輪は、さっきまでと同じように話していた。

 

 分かっているのか、いないのか。

 

 たぶん、分かっているのだろう。

 

 真依は手元の道具を片づけ、三輪の鞄の横へ、自分の鞄を置いた。

 

     *

 

「呪力の使い方だけは、今後も気にしておけ」

 

 日下部が三輪へ言った。

 

「傷を塞げても、使った呪力は戻らん。反転術式を使えるからって、怪我を無視して動くな」

 

「はい」

 

「人には使えないと言ってたな」

 

「試したことはありますけど、うまくいきませんでした」

 

「できるようになると約束するなよ。治療を待つ側が、そのつもりになる」

 

 三輪は頷いた。

 

 日下部は、彼女の返事を聞いてから肩の力を抜いた。

 

「まあ、刀について俺が言うことは、あんまりない。今の手入れを続けること。それと、刃が傷んだら、ちゃんと見せろ」

 

「分かりました。今日は、ありがとうございました」

 

 三輪が頭を下げる。

 

 日下部は刀袋を持ち、歌姫と話しながら稽古場を出ていった。

 

 三輪はその姿を見送り、自分の刀を袋へ戻した。

 

 木刀も、借りた場所へ掛け直す。

 

 振り返ると、真依とメカ丸が入り口にいた。

 

「あれ。先、戻っててよかったのに」

 

「あんた、鍵かける当番でしょ。私たちが残ってると面倒じゃない」

 

「あ、そうだった」

 

 鞄から鍵を取り出す。

 

 窓と、道具置き場と、奥の扉。

 

 歌姫に言われたところを確かめてから、三輪は外へ出た。

 

「待たせてごめん」

 

「時間内だ」

 

 メカ丸が言った。

 

 その言い方が帰りの車のときと同じで、三輪は少し笑った。

 

 三人で校舎へ向かう。

 

 今度の実技では、もう、自分の強さを確かめてもらうために待つ必要はなさそうだった。

 

「あとで、先生にも連絡しないと」

 

 三輪が言うと、真依が顔を向けた。

 

「剣を教えた人?」

 

「うん。今日のこと、気にしてると思うから」

 

「何て言うの」

 

 三輪は少し考えた。

 

 勝ったことも話す。反転術式を先に申告していなかったことは、また注意されるかもしれない。

 

 それより先に、伝えたいことがあった。

 

「教わったこと、日下部先生にも分かってもらえたって」

 

 答えると、真依は短く頷いた。

 

 メカ丸が教室の戸を開ける。

 

 三輪は刀袋を持ち直し、二人と一緒に中へ入った。

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