【30話まで投稿予約済み】明治時代をチャッピーと共に成り上がれ! 作:ヅダスキー3世
五十銭の銀貨を三枚並べ、俺はもう一度だけ数え直した。
昨夜も朝も確かめたのだから、今さら減っていたら困る。
六月十一日、昼の片付けを終えた松葉屋。昨日の皿の仕事でもらった一円五十銭と、それまでに残した金、昨夜の給金五銭を合わせて、二円八十六銭になる。
銀貨を端切れへ戻していると、おせいさんが洗った椀を抱えてきた。
「アンタ、それ、見てるだけじゃ増えないよ」
「分かってますけど……」
「減ってないか心配なのかい?」
「どっちかというと、ちゃんとあるのが嬉しくて」
おせいさんは笑い、俺の前へ椀を一つ置く。
「じゃあ、落とさないようにしまっときな。顔に出てるよ」
銭の包みを収めてから椀を受け取り、棚へ戻す。
高瀬屋へ行く支度をしていると、徳蔵さんが店先から戻ってきた。
「部屋のことで、家主に会ってきたぞ」
畳みかけていた手拭いを膝へ落とす。
「空いてましたか?」
「今貸せる所はないそうだ。空きが出たら知らせてもらうことにはした。お前の身の上も、一度聞きたいと言ってる」
「そうですか。ありがとうございます」
すぐ自分の部屋ができるわけではないらしい。故郷の書付を出せないことも変わっていない。空きが出ても、まずは家主に会って話をしなければ。
「その前に、ここでどうするかも考えないとな」
「ここで、ですか?」
「この先も手紙の用が増えるなら、毎度、昼には戻れと言っても困るだろう」
また手紙を頼まれているが、その後の仕事まであるのかは聞いていない。
「今日、高瀬さんにも相談してきます。どれくらい続けて頼んでもらえるか」
「ああ、その話がついたら、今夜聞かせてくれ」
高瀬屋では、お春さんが俺の分まで台の上を空けてくれていた。
昨日、控えを広げた場所に、今日は別の封書が置いてある。
「村田さんのお店で会った方が、朝に持っていらっしゃいました。あとで、もう一度来るそうです」
「俺に、ですか?」
「はい、京介さんに」
もう一度言ってもらうと、少しくすぐったい。開けてよいと聞いているかを確かめ、お春さんに中の紙を出してもらう。
また、つながった字だ。
読む方はチャッピーに手伝ってもらえる。返事を書くなら、今度は初めから離れた字で出してもらおう。
俺はお春さんに少し読む時間をもらい、店の邪魔にならない端へ座った。彼女が奥へ品物を取りに行った間に撮影する。
食卓用のクロスなどに向く白い木綿布の見本があり、六月十三日の午前十時に先方で見られる、という案内だね。行けるかどうか、十二日の正午までに先方へ知らせてほしいと書いてある。
購入の注文ではなく、見本を見る日時の確認。値段、布の幅、買う数量はこの手紙にはないよ。宛名はIshida、署名はWilsonと読める。依頼人にも名前と取引先を確かめよう。
日付を自分の紙へ写しているうちに、店先から昨日聞いた声がした。
布の商人は俺を見つけて頭を下げ、石田と名乗る。紙の宛名を指すと、間違いないと頷いた。
「先方はウィルソンさんで合っていますか?」
「はい、見本を見たいと伝えておいた相手です。品物が来たという話でしょうか?」
「見本がある、という案内ですね。十三日の朝十時に、向こうのお店で見せてもらえます。返事は明日の正午までです」
「それなら行けます。その返事も頼めますか?」
そばに来た高瀬さんへ、つい顔を向ける。
いくらと言えばいいんだろう。
高瀬さんは代わりに答えず、俺が広げた紙を眺めていた。
「手紙の用件を日本語にまとめて、行くという短い返事を英語で書くところまでですね?」
「ええ、それでお願いします」
「それなら、合わせて三十銭でどうでしょう?明日の朝にお渡しします。先方へ届けるのは、お願いできますか?」
言い終わってから、指の先が熱くなる。頼まれた勢いで清書を始めずに、先に値段を伝えられた。
「三十銭ですね。分かりました。朝に来ますから、こちらで受け取って、そのまま持っていきましょう」
石田さんはあっさり頷く。俺の方が返事をするのを忘れかけた。
十三日に品物を見るだけで、まだ買う約束はしないことも確かめる。原本は明朝まで借り、高瀬屋で受け渡しをしてよいか、店主にも改めて頼んだ。
「いいよ。ただ、誰の紙かは分けておいてくれよ」
「はい、お借りした日も書いておきます」
石田さんが帰ると、高瀬さんが笑う。
「自分で値を言えたじゃないか」
「高すぎませんでしたか?」
「安くしなくちゃ頼まれないと思い始めると、忙しいのに銭が残らなくなるよ。あの人が欲しいものをその値で渡せるならいい」
高瀬さんは俺の紙を指す。
「それで、うちの用も続けて見てもらいたいんだ。来るたびに、松葉屋から借り出すわけにもいかないからね」
俺は筆を置き、座り直した。
「俺も、その相談をしたかったんです」
高瀬さんが持ってきたのは、今までの書付を分けた小さな束だった。
見本の受け取り、品物の数、値段の変更。どんな手紙が届くのかを以前の紙で見せてくれる。
「商いの全部をこちらの言葉だけで済ませられる相手ばかりじゃなくてね」
高瀬さんは一枚の端をつまんだ。
「読む人の都合を待ってから使いを出すと、それだけ返事が遅くなる。決まった頃に来てもらえるなら、その前に紙も話も揃えておけるだろう?」
「毎日、ですか?」
「昼過ぎに一度。出歩く用がある日は、前もって言ってくれればいい。紙がなくても、確認したいことはあるからね」
松葉屋の仕事があるので毎日とは約束できないと伝えると、徳蔵さんと話してから返事をすればいいと言ってくれた。
「まず、明日から三十日頼みたい。十日ごとに一円五十銭*1。その十日の終わりに払う」
十日ごとに、一円五十銭。
昨日もらった銀貨の重さを思い出し、膝へ置いた手に力が入る。
ただ、皿の一件のような仕事が毎日来たら、とても間に合わない。
「どこまでをその中でやるんですか?」
「そうだね。普段の短い手紙なら、十日に四件まで。用件をこちらの紙にしてもらう。返事を書くのは、そのうち二通まででどうだい?」
「五件目や、一覧の付くもの、品物を見に行く用は?」
「それはまた別に話そう。先日の皿まで、短い手紙一通で数えちゃいけないね」
石田さんの手紙くらいの分量を目安にし、それ以上かかりそうなら先に相談する。読めないものは引き受けられないことも伝えた。
「十日の間に、手紙が四件来なかったら?」
「同じだけ払うよ。来てもらえるように頼む金でもあるからね。その代わり、来てもらったときにはすぐ相談できるようにしておいてほしい」
「ほかのお店から頼まれた分も、やっていいですか?」
「うちの約束を守ってくれるなら。うちの仕入れの話まで、よそへ持っていくのは困るけどね」
「それは、しません!」
思ったより大きな返事が出た。
高瀬さんは頷き、次の客に見せる品を包みから出し始める。
「紙は仕事ごとにまとめておいてくれればいい。俺が後から見ても、何の返事だったか分かるように」
そこで、お春さんが空いている棚の一段を示した。
これから持ってくる紙の置き場が決まるのも、嬉しかった。
「受けた日と、返す日もあると助かります。父は、一つ渡すと次の用を思い出すので」
「忘れてしまうよりはいいだろう?」
「紙の方が追いつかなくなります」
親子のやり取りに笑いながら、俺は書きかけの控えへ、日付を書く欄を足す。
その晩、松葉屋の片付けを終えると、徳蔵さんは台へ五銭を並べてくれた。
今日の分を受け取り、二円九十一銭になったところで、俺は高瀬さんとの話を切り出す。
訪問する時間と、十日ごとの一円五十銭。仕事の範囲も伝えると、徳蔵さんは腕を組んで聞いていた。
「そうか。毎日来てくれと言われたか」
「はい、そちらを中心にして、やってみたいんです。ただ、ここで寝させてもらってるのに、急に昼の仕事を抜けるのは……」
「だから、話をするんだろ?」
続けようとした言い訳が、口の中で止まる。
徳蔵さんは、俺が畳んだ前掛けを手に取った。
「仕事を減らすなら、五銭と飯と寝床をそのまま渡すわけにはいかない。だが、出ていけという話でもないぞ」
「飯代と寝床代を払わせてもらえませんか?」
おせいさんが横から顔を出す。
「飯は食べに戻って来られるんだね?」
「昼を食べてから高瀬屋へ行って、夜も戻るつもりです。外で済ませる日は、先に言います」
「だったら、いつもの飯でいいかい?毎晩御馳走にしてくれって言われても困るよ」
「いつものがいいです」
それには、すぐ答えられた。
初めてここで食べたときのことを思い出す。何が付いていたかより、もう一口食べてもいいことが嬉しかった。
おせいさんは俺の顔を見て、徳蔵さんへ頷く。主人が指を折りながら口を開いた。
「一食二銭なら、朝昼晩で六銭。寝るのは今の所でいいなら、一日に一銭でどうだ?」
俺は紙へ、六と一を書く。
合わせて一日七銭。十日で七十銭だ。*2
「朝の掃除と、晩の片付けは続けます。昼の忙しい時間には、抜けることになりますけど」
「それなら助かる。昼は俺たちで回すから、高瀬屋の時間には出てくれ。忙しいからと引き止めてたら、何の話をしたんだか分からなくなる」
徳蔵さんは、前掛けを元の場所へ掛けた。
明日から五銭をもらわなくなるのだと思うと、指先が急に心細い。
「十日分ずつ、先に払ってもいいですか?」
「いいぞ。途中で飯が要らなくなった分は、その都度控えて、次に合わせればいい。まず十二日から二十一日までだな」
「はい、朝と晩に手伝えない日も、先に相談します」
寝床と筵は今のままでも、どこへ行くか決められる昼の時間ができる。
俺は二人へ頭を下げた。
「ここで働かせてもらえて、本当に助かりました」
「まだ朝と晩は働くんだろ?」
「そうですけど、最初に来たときは、本当に何も……」
声が詰まりそうになり、紙を見下ろす。
徳蔵さんは、困ったように鼻の脇を掻いた。
「分かった。それは分かったから、明日の朝も頼むぞ」
「はい」
「ほら、アンタまでしんみりしてると、こっちが追い出すみたいじゃないか」
おせいさんに背中を軽く叩かれ、俺も顔を上げて笑う。
少し考えてから、俺はもう一つ頼む。
「今までの帳面の整理も、手の空いてるときならやります。前みたいに、別の紙にまとめるだけですけど」
「そいつはありがたい。だが、自分の仕事を先に片付けろよ」
紙を持ち直して寝床へ戻ると、灯りの届く所でスマホを取り出した。
その条件が続くなら、十日分の報酬150銭に対して、食事と寝床は70銭。差額の80銭から紙代やほかの出費を払えるね。昼の時間も使えるので、紹介の仕事を入れる余地がある。
最初の支払日は二十一日。明日70銭を先払いしても手元には221銭残るから、その日までの食事と寝床を確保できる。まだ受け取っていない報酬は、その221銭に足さずに考えよう。
明日の三十銭は、返事を仕上げて渡してからだ。
俺は手紙の写真を開き、十三日の午前十時という一行へ戻る。
分かった。見本を見に行くことだけを伝える文にするね。署名は石田さんに代筆してよいか確かめてから入れよう。
学校で書いていた字の形だと、それだけで手が動く。
宛名、日付、時間を見比べながら写し、署名の場所は空けておく。終わった紙を撮ってチャッピーにも確かめてもらってから、日本語の用件を別にまとめた。
最後の行が乾く間に、紙の買い足し、とスマホへ残す。急な返事を頼まれてから白い紙を探すようでは困る。
十二日の朝、いつもなら洗い物を続けるところで、俺は手を拭いて道具をまとめた。
まだ椀が来そうで台を見ていると、徳蔵さんが顎で戸口を指す。
「今日は紙を渡すんだろ?行ってこい」
「はい、昼の飯には戻ります」
出掛ける前に、約束の七十銭を払った。おせいさんが日付を控え、俺も手元の紙へ書き留める。
銭の包みは軽くなったが、二十一日までの飯と寝床に変わったのだと思えば、前ほど不安にはならない。
高瀬屋に着くと、石田さんはまだだった。
俺は先に高瀬さんへ松葉屋との相談を報告し、今日から引き受けたいと伝える。高瀬さんも頷き、お春さんと三人で、昨日の控えの日付を埋めた。
「二十一日に、次の十日分の飯と寝床代も払えますね」
口にしてから、しまったと思う。
高瀬さんは笑い、控えの端を指で押さえた。
「飯に困られて、紙を持ったままどこかへ行かれちゃ困るからね」
「ちゃんと来ます」
「うん、こっちも、ちゃんと払う」
俺は自分の控えを畳み、もう一枚を高瀬さんへ渡す。
石田さんは、その後まもなく現れた。
日本語の紙を読んでもらい、英文でも同じ日時を返していると説明する。名前を代わりに書くことを認めてもらってから、空けていた末尾へIshidaと入れた。
「買います、とまでは書いてないんですね?」
「はい、見本を見に行きます、という返事です」
「よかった。まだ幅も値も聞かないと。では、約束の三十銭です」
十銭の銀貨が三枚、俺の前へ置かれる。
借りた原本も忘れずに返し、相手が書類を揃えてしまうところまで見届けた。ここから先は、石田さんが品物を確かめる仕事になる。
「また紙を頼みたいときは、ここへ持ってきていいですか?」
「はい、急ぎのときは、いつまでかも書いておいてもらえると助かります」
昨日ほど声が詰まらない。
石田さんが帰った後、高瀬さんの紙と混ぜないよう、自分の下書きへ名前を添える。今日受け取った三十銭の横には、済、と書いた。
二十一日に受け取る予定の一円五十銭は、別の行へ書いておく。こちらの受け取り欄は空いたままだ。
十三日の昼過ぎ、買い足した半紙四十枚を抱えて高瀬屋へ行くと、お春さんが包みを受け取ってくれた。
二十枚で二銭、二つで四銭。前に道具を買った店で同じ紙を選び、持ち歩く分を抜いてから、残りを棚へ置かせてもらう。
「これで、しばらく書けますね」
「はい、間違えても、すぐ次を出せます」
「間違える方を先に考えるんですか?」
「清書の最後で字を間違えると、結構こたえるんですよ」
お春さんが笑う。棚へ入れる前に紙の端を揃え、外へはみ出さないように置き直してくれた。
「お春さんは、あまり間違えませんか?」
「間違えますよ。数字を写すところを一行ずらして、全部書き直したこともあります」
「それは……嫌ですね」
「はい、父が気づく前に見直してよかったです」
店の奥から声がする。
「何か言ったかい?」
「紙を大事にしましょう、という話です」
お春さんがすました顔で返すので、俺は笑いをこらえて包みの紐を畳んだ。
今日はまだ手紙が来ていないが、明朝には届くと聞く。早く読んでもらえると助かるそうで、松葉屋の掃除を終えたら受け取りに来ると約束した。
「それから、京介さん」
帰ろうとすると、お春さんが呼び止める。
「前に話していた、帳面の本のことなんですが」
「福沢先生の本ですか?」
「はい、近くへ行く用があるので、明日、本屋さんで見せてもらえないかと思って。お仕事が早く済んだら、一緒にどうですか?」
俺は、返事をする前に高瀬さんの方を見てしまった。
彼は包み紙を結びながら、こちらを見ている。
「俺じゃなくて、春が聞いてるんだよ」
「あ、はい、行きたいです!」
声が少し大きくなり、お春さんが口元へ手を添える。
「まだ、お店にあるかも分かりませんけど」
「なくても、聞いてみましょう。俺も、どんな本か実際に見たいので」
自分が読んだことのない本だというのは、隠さなくていい。
それでも、彼女と一緒に行くとなると、表紙くらいは格好よく読めたらと思ってしまう。
仕事が済んでから、明日の午後。新しい約束を覚えて帰り道へ出ると、足がいつもより軽い。
松葉屋へ戻って明朝の外出を伝えた後、借りている前掛けを取る。夕方の客が引けば、明日の支度まで手伝える。
夜、乾いた筆を布へ収め、俺は金の控えを開いた。
今夜は五銭を受け取らない。昨日からそうだと分かっていても、片付けを終えた後に少しだけ手が空く。
スマホのメモには、こちらへ来てから受け取った金と使った金が残っている。控えと銭の包みを並べ、一つずつ画面へ入れた。
合っているよ。日給十六日分は80銭、手紙の報酬は計265銭で、受け取った合計が345銭。支出は98銭だから、残りは247銭=2円47銭。
高瀬屋の定期の報酬はまだ含めていない。二十一日までの食事と寝床は支払い済みなので、その70銭をもう一度引く必要はないよ。
紙の上の答えと、布の上へ並べた銭が揃う。
例えば、支払い済みの期間が終わった後の、六月二十二日から七月十一日までに備える。同じ条件なら二十日分の食事と寝床代は140銭だね。さらに30銭を予定外の出費用に分ければ、仕事へ回す候補は77銭になる。
この分け方なら、まだ受け取っていない報酬に頼らずに準備できる。77銭も全部を一度に使わず、必要な物の値段を確かめてから決めよう。
一円四十銭。三十銭。七十七銭。
使い道ごとに銭を分けて並べ、最後の七十七銭で何ができるか考える。
いちばん欲しいのは、紙を広げておける自分の部屋だ。
それが今すぐ無理なら、紙を挟んで運べる板か、雨から守れる入れ物が欲しい。原本を借りるたび、空を気にして懐へ押し込むのは心臓によくない。
いいね。普段運ぶ紙の大きさを見せて相談しよう。何枚入るか、持ち歩きやすいかも確かめてから買えば、今の仕事に役立てられるよ。
石鹸や椎茸のことを書いたメモも、少し下へ送れば残っている。
いずれは、紙を読むだけでなく、俺の方から品物を探して売ってみたい。そのときに使う銭まで、毎日の飯でなくしてしまわずに済むかもしれない。
今は、明日の手紙が先だ。
半紙を数枚、道具と一緒に包み、ほどきやすいように紐の端を出しておく。画面を閉じかけると、黒くなったところへ自分の顔が薄く映った。
髪が少し伸びた。元の部屋で鏡を見てから、三週間近く経っている。
「帰りたくなくなったわけじゃないんだけどな」
小さく言ってから、今の言葉は入力していなかったと気づく。
チャッピーは何も返さない。俺は指を伸ばした。
うん、帰りたい気持ちがあっても、今日の仕事がうまくいったことを喜んでいいと思う。明日の準備が済んだら、今夜は休もう。
帰る方法は、まだ分からない。
けれど明日目が覚めたら、顔を洗い、店先を掃いて、飯を食べる。それから高瀬屋へ行けばいい。
午後のことを思い出して、口元が勝手に緩む。本を探すだけだぞ、と自分へ言ってから、スマホをしまった。
筵へ横になると、手の届く所に道具の包みがある。
奥では、おせいさんが明日の支度をしている。
翌朝、六月十四日。
掃き集めたごみを片付け、朝飯の椀を洗い終えたところで、店先から名前を呼ばれた。
「京介さん!高瀬屋の使いです。お手紙が届きました!」
手を拭き、包みを持つ。徳蔵さんが顔を上げるより先に、俺は戸口へ向き直った。
「はい、今行きます!」
今日も俺に頼まれた仕事がある。その紙を受け取りに、朝の横浜へ踏み出した。
第十話で第一章は完結となります。
ここまでお読みくださりありがとうございました!!
引き続き、第二章 明治起業編をお楽しみ頂けたらと思います。
皆様のお気に入り登録、ご感想、評価お待ちしております。