【30話まで投稿予約済み】明治時代をチャッピーと共に成り上がれ! 作:ヅダスキー3世
八月十四日、松葉屋へ持っていく札には、四銭と書いた。
菓子の数は前と同じ四粒。包みの大きさも変えていないのに、札を添えると箱の中まで違って見える。
十五包みを数え直していると、徳蔵さんが脇から覗いた。
「四銭に決めたか?」
「はい、これからも作っていく値段にしようと思います。お店へ渡す分も、一包み四厘でお願いできませんか?」
「売れた分だけ、というのは同じだな?」
「はい、初めの十五包みは二厘で、今日からは四厘です」
徳蔵さんは札を読み、客から見える向きへ箱を回す。
「じゃあ、それで出してみろ」
キャラメル 四粒一包み 四銭
昨日のうちにチャッピーとは相談した。同じ十五包みが売れれば六十銭になり、店の六銭と仕込みの十四銭を引いて四十銭が残る。俺の手間や、いつか誰かへ頼む仕事の分も、そこから出す。
計算の上では納得している。
それでも、客が札へ目をやるたび、台を拭く手が止まった。
「今日は四銭か」
声をかけたのは、初売りのときに二包み買ってくれた男だった。
俺は布を置き、相手の方へ体を向ける。
「はい、二銭は初めの十五包みのお試しでしたので、今日からこちらの値段でお願いします」
「そう言ってたな。四つなのも同じか?」
「同じ大きさで四つです」
男は箱の前で腕を組んだ。連れのいない今日は、返事を待つ間がずいぶん長く感じる。
昨日までに考えた理由をもう一度説明した方がいいだろうか。
自分で包んで運ぶ手間もあって、と言いかけたところで、男の手が懐へ入る。
「二つくれ」
「二包みですか?」
「持って帰る分まで食っちまうと、また言われるからな」
思わず顔を見ると、男は苦笑していた。
「この前、うちのに食わせたんだ。もう一つはって聞くから、俺が食ったって言ったら、それからずっと惜しそうな顔をしてやがる」
「じゃあ、今日はご自分の分も」
「そういうことだ。別々にしまって帰る」
八銭を受け取り、二包みを渡す。
男は本当に一つずつ分けて懐へ入れ、俺の顔を見て笑う。
「そんなに見なくても、ちゃんと片方は持って帰るって」
「すみません。ありがとうございます」
何を買って帰れば喜ぶか、俺より先に知っている人がいる。
俺が見ていない家で、この小さな菓子を惜しがってくれた人もいる。
空いた二つ分の場所へ目を落とすと、初売りとは違う嬉しさが胸へ上がってきた。
その後の客が皆、同じように買ったわけではない。
札を見て椀へ目を戻す人もいたし、今日は一包みだけにすると言う人もいた。俺は四銭の札を裏返さず、礼を言って次の飯を運ぶ。
その日は九包み、翌日に六包みが売れた。
次の仕込みを十八日、その次を二十二日に持っていく頃には、菓子の名を言って買う客も増えている。
四銭と答えるときも、初日のように声が小さくなることはなくなった。
八月二十五日の朝、高瀬屋の帳場へ、空の陶器瓶が置かれた。
茶色い釉薬の肩に、俺の名が入った札が残っている。端が少し浮き、よく見ると栓の細い紙はもうない。
「これ、またお願いできるかね?」
顔を上げると、お玉さんが財布を出すところだった。
俺が瓶を見つめているので、少し首を傾げる。
「ここへ持ってくればよかったんだろう?」
「はい、ありがとうございます。使い終わったんですね」
「娘が帰ってきたときに付けてやったら、次に来たときも使うんだもの。私の手を撫でて、これだねって」
そう言って、自分の手の甲を指でなぞる。
「朝、栓を抜いたときの匂いが好きでね。なくなると、棚が寂しくなっちゃったよ」
棚が寂しい。
その言葉を聞きながら、瓶の口を明かりへ向けた。縁に欠けはなく、ほかの物を入れていないことも確かめる。
十五日に高瀬屋へ届けた二度目の十二本は、十八日までに売れた。その後また瓶を頼み、今朝届けたのが三度目の仕込みだ。今回も売る十二本とは別に見本と控えを一本ずつ用意してある。新しい品の横へ、初めて戻った空き瓶を並べてしまいそうになり、受け取り用の箱へ移す。
「同じ陶器入りへお取り替えするので、九銭です」
「それと、もう一本。娘には自分のを持たせるよ」
「では、もう一本は十銭で、合わせて十九銭になります」
「ええ。あの子に全部使われてから取りに来られちゃ、私が困るからね」
お春さんが二枚の紙を広げると、お玉さんは新しい瓶の片方を手に取った。
「春ちゃん、これには別の目印を付けてもらえる?娘の分だって、見れば分かるように」
「それなら、包みにお名前を書きましょうか?」
「そうしておくれ。間違えたふりをされないよう、大きくね」
お春さんが笑い、筆へ手を伸ばす。
初めに来た日は二本なら安くならないかと尋ねられた。今日は十九銭を用意して、誰に持たせるかまで決めて来てくれている。
包みを渡すとき、俺は使った後に困ったことがなかったかも聞いた。
「ああ、栓が固くてね。引っ張ったら、一度に抜けそうで怖かったよ」
お春さんも小さく頷く。
俺は新しい瓶の首を支え、栓を扱うところを見せた。固さを無理に我慢してもらうつもりはない。次に栓を合わせるときは、抜き差しの具合ももう一度確かめよう。
お玉さんが帰ると、続いて紫の瓶が来た。前に一緒に買った女性で、今日は一人だ。
「緑、まだある?」
挨拶の後で真っ先に棚を覗くので、お春さんと顔を見合わせてしまう。
「はい、今朝入った物が一本あります」
「よかった。あれから、お玉さんに何度も聞かれたのよ。次は緑にするんだろうって」
紫を差し出す手が、途中で一度止まる。
「これもきれいなんだけどねえ」
お春さんが緑の一本を隣へ置いた。窓から入る光が二つの底を通り、紙へ違う色を落とす。
女性は頬へ手を添え、それから決めたように紫の方を俺へ寄せる。
「やっぱり、今日は緑を。中身は同じでしょう?」
紫の瓶も、縁に欠けがなく、ほかの物を入れていないことを確かめて受け取る。
「はい、同じ薄荷の化粧水です。こちらを五銭で引き取って、十四銭の緑と替えるので、九銭いただきます」
受け取った緑を目の高さへ持ち上げると、女性の口元がほころんだ。
「うん、これにしてよかった。帰ったら鏡のところへ置いてみよう」
今度は包むまで待てず、自分で紙を寄せて瓶を載せる。その手を見ていると、紫もまた誰かの家へ行くのだと思えた。
売った日の勘定は終わっていても、品物との付き合いはそこで終わらない。
十九銭と九銭が帳場へ残る。売れた品は陶器二本とガラス一本で三十四銭、引き取った空き瓶が合わせて六銭。店へ三銭を分け、俺の手取りは二十五銭になった。
買い戻した瓶の数も別に書いていると、お春さんが自分の包みを出す。
青い瓶の札は、今日も少し曲がっていた。
「私のも、お願いしていいですか?」
「もちろんです。お春さんも、もう空に?」
「最後の方は、傾けてずっと待ってしまいました。もう一滴くらい出ないかなって」
彼女は恥ずかしそうに笑い、栓を抜かずに瓶を傾けてみせる。
「使い終わったら楽しみだと言いましたけど、ない夜は物足りませんね」
「同じ瓶に詰めるので、明日の分になります。それでもいいですか?」
「はい、この青いのがいいです」
ほかの色へ目を移すこともなく、瓶を両手で差し出してくれた。
持ち主の名を書いた紙と一緒に、買い戻した二本とは違う小箱へ収める。明日は、俺がこれを返しに来る。
そう思うと、空の瓶を預かるだけなのに手つきが慎重になった。
「明日は、いつ頃いらっしゃいますか?」
「昼を過ぎると思います。朝は瓶を扱って、それから仕込みをするので」
「では、お昼過ぎですね」
彼女は自分の控えへも小さく書く。俺の用事が彼女の一日の中へ入るのが、何となく嬉しい。
そこへ奥から、高瀬さんが声をかけた。
「京介君、小野屋さんがこの品を見たいそうだよ」
俺は筆を持ったまま顔を上げる。
近くで小間物を商っている店で、客から薄荷の化粧水について聞かれたという。見本を持って話に行くなら、先方へ伝えてくれるそうだ。
その場でお願いすると、今日の夕方なら主人がいると教えられた。
お春さんが、残る陶器の本数を数えている。
「お店が増えたら、こちらへ来られない方にも使っていただけますね」
「そうですね。自分で一人ずつ説明して回るより、ずっと……」
言いかけて、空き瓶の箱と翻訳の紙へ目をやった。
仕事が増えたら、その分の品物を作るのも俺だ。棚に並ぶ瓶を見ていた頭の中へ、家で待っている鍋と包み紙が急に戻ってくる。
小野屋での話は、陶器入り四本から試すことになった。
売値は高瀬屋と同じ十銭。小野屋へは一本売れるごとに二銭を渡し、売れた分の代金を受け取る。見本は別に俺が用意し、残った品の様子を見に通う約束だ。
高瀬屋の一銭より取り分が大きい。主人から店頭で試してもらう手間まで含めて二銭と言われ、俺はその場で紙へ引き算をした。
八銭が俺へ渡る。それでも続けられる数と手間か、まず四本で確かめる。
空き瓶の引き取り代も同じにし、店で払った一銭を別に控えてもらう。こちらで品を預かって詰め直す場合の取り次ぎも話し、二十七日に見本と一緒に届けると決めた。
松葉屋へ戻る頃には、夕方の客が入り始めていた。
椀を運び終えた隙に、おせいさんへ包み仕事のことを聞く。
「毎日じゃなくていいんです。三十包み分を包む日に、少し手を貸してくれる方はいませんか?」
「おきぬさんなら、聞いてみてもいいけどね。縫い物の頼まれ仕事をしてる人だよ」
「菓子の包みもお願いできそうですか?」
「そこはアンタが教えなきゃ分からないだろう。針が使えたって、アンタの包み方を知ってるわけじゃないんだから」
もっともだった。
俺は最初に蜜蝋の紙を折ったとき、どこまで押していいかも分からなかった。指で潰した端の一粒が、妙にはっきり思い出される。
「まず一度、見ていただきたいです」
「明日の昼過ぎなら空くと言ってたよ。半日までで四銭ならどうかね?アンタの方にも支度があるだろうし」
「その条件でお願いしたいです。来てもらう場所と時間も、お伝えいただけますか?」
相手の返事を聞いてから決めることにして、俺はもう一度椀を取りに戻る。
四銭。菓子一包みの売値と同じ額を今度は俺が払う。
夜、おきぬさんもその条件なら来られると聞くと、嬉しいより先に、何を揃えて待てばいいかが気になり始めた。
家では、畳の上に包み紙を積んでから帳面を開く。
十二日の初売りを締めてから、帳面にも続きが増えた。十八日に払った家賃八十銭は九月十七日まで、食事代六十銭は今月二十一日から三十日までの分だ。
今日の支払いと入金を加え、途中の控えも一緒に撮った。
先に払ってあった二度目の瓶代をここでもう一度引かないよう印を付ける。菓子の鍋などを使う分も、利益を数えるときの費用と、新しく財布から出した金を分けてある。
明日頼む仕事も入力した。
今のように、注文と頼む仕事が具体的にあるなら、まず一回分を頼む判断はできるよ。三十包みが四銭で全部売れれば売上は120銭。松葉屋の取り分12銭、製造分28銭、今回の手間賃4銭を引くと、76銭が残る。京介自身の労賃や生活費を引く前の数字だけれど、包装を頼んだ四銭も商品の売上で負担できる計算だね。
一方、売れる前に手間賃を払う約束なら、売上を受け取るまで待ってもらうことはできない。今ある現金から材料を補充する分と四銭を先に分け、返瓶用のお金や次の暮らしの分も残しておこう。これまで三回売れたことは判断材料になるが、次も同じ速さで売れると決まったわけではないので、松葉屋へ出す数と置く期間も相談したい。
自分で全部やれば支払わずに済む四銭は、京介の時間を使って節約する四銭でもある。包装を任せることで新しい店へ届けられる、翻訳を約束どおり返せる、仕込みの記録を整えられるなら、その時間には使い道があるよ。ただし、初日は説明とやり直しで京介にも時間がかかる。その一回だけで、頼んでも楽にならなかったと決めない方がいい。
明日は、材料と道具を先に揃え、できあがりの見本を一つ置いて待とう。最初の一粒をゆっくり見せ、次を相手に包んでもらって、紙の重なりや押す強さを一緒に確かめる。言葉だけで「きれいに」と頼むより、どこが揃えばよいかを見えるようにした方が伝わる。迷ったときに声をかけてもらえる場所で、京介も別の仕事を進めるといいね。
半日まで四銭という約束には、教わる時間や最初の試し包みも含むと伝えておこう。京介の説明が足りなかった分まで、相手の失敗として差し引かない。早く終わった場合も今回の四銭は払って、次に頼む量や時間は、実際の作業を見て別に相談する。初めて人へ頼むなら、完成した包みと同じくらい、相手がまた来ようと思える頼み方も大切だよ。
最初の一粒をゆっくり見せる。
紙を一枚取り、菓子を包むつもりで折ってみると、いつもなら何も考えず動く指が止まった。
最初に折る端すら、意識したことがない。
見て分かるつもりの作業をもう一度自分で見直す。三枚折り、開きやすかった物を見本に決めて蓋付きの器へ入れた。
明日は、これを見ながら誰かが隣で手を動かす。
寝具を敷く前に、二人で座れるだけの場所を空けた。
翌朝、預かった青い瓶の札を水でゆるめた。
紙が剥がれると、お春さんの瓶は、仕入れた日の姿へ戻る。どれでも同じに見えそうだが、底に小さな泡が一つ閉じ込められているのを見つけ、控えに描いておいた。
持ち主の名を書いた紙は、濡れない所へ置く。買い戻した瓶と混ぜないよう、洗う前も後も別の場所を決めた。
口と内側を確かめ、よく洗ってすすぎ、前に確認した扱いに従って煮沸する。取り出した後も口へ触れず、ほこりを避けて乾かした。*1
小野屋の見本と新しい控えには、使い終えたほぼ無色の瓶を二本、同じように手入れして用意する。
菓子はいつもの量を二回に分けて煮た。
一度目の加減を確かめてから二度目へ移り、冷ます器も別にする。鍋一つへ倍の材料を入れて、いつもの時間で済ませるわけにはいかない。
薬品を使う原料の処理は薬種商の仕事場で済ませてある。菓子の作業が終わって道具を片付けてから、離して置いた化粧水用の台を整え、乾いた瓶へ移す小さな仕込みに取り掛かった。
青い瓶にも、これまでと同じ分量を詰める。新しい栓を合わせ、固すぎないか確かめてから包んだ。
高瀬屋へ着いたときには、昼の賑わいが少し引いていた。
お春さんは客へ渡す紙を畳んでいて、俺を見ると、手元の一枚を仕上げてから顔を上げる。
「持ってきてくださったんですか?」
「はい、お待たせしました」
包みを開く前から、彼女がこちらへ身を寄せた。
札のない青い瓶を出すと、両手で受け取り、まず底を見る。俺が見つけた泡のところへ指が触れるので、思わず笑った。
「それ、お春さんも見ていたんですね」
「小さな丸があるでしょう?洗ってもなくならないから、私のはこれだって分かるんです」
瓶を傾け、増えた中身を眺めている。
光の中で青が揺れ、彼女の目まで明るく見えた。
「ああ、またいっぱい入ってる」
嬉しそうな声を聞くと、今朝、手を滑らせないよう何度も持ち直したことまで報われた気がする。
九銭を受け取り、店の一銭を分ける。お春さんは用意していた新しい札を取り出した。
「今日は、まっすぐにします」
瓶を台へ置き、横から覗きながら紙を当てる。
少し右へ寄せて戻し、今度は瓶の方を回した。俺がじっと見ていたせいか、途中で顔を上げる。
「そんなに見ていらしたら、手が動かしにくいです」
「すみません。俺も昨日、包み方を見直していて、似たようなことになったので」
「お菓子のですか?」
「今日、初めて人に手伝ってもらうんです。教えようとしたら、自分の手が何をしているのか分からなくなって」
お春さんが指先を口元へ寄せ、くすりと笑う。
「最初の札も、私が少し迷っている間に、京介さんが瓶を持ってくださいましたね」
「そうでしたっけ?」
「はい、だから貼りやすかったんです」
俺が瓶へ手を添えると、彼女は今度は迷わず札を押さえた。曲がっていないか二人で覗き、ほとんど同時に頷いてしまう。
「今度は、まっすぐですね」
「次に洗うまで、このままでいてくれるといいんですけど」
お春さんは笑い、しばらく札へ指を添えていた。
毎日目に入る場所へ置いてもらえるのだ。次も同じ物を作ろうと思う理由が、帳面の数字のほかにも増えていく。
高瀬さんへ昨日の小野屋との話を伝えると、四本を取り分けることも了承してくれた。その分には高瀬屋の販売手数料は付けず、こちらに残る五本とは控えを分ける。
明日は朝に手紙を受け取り、急ぐ分を先に返してから小野屋へ回る。戻る時刻が変わる日は、前に伝えておくことになった。
「うちの紙を後回しにしなければ、それでいい。急ぎの用が出たとき、どこにいるか分かるようにしてくれ」
「はい、行く先と戻るつもりの時刻を書いておきます」
話が終わると、お春さんが俺の方へ向き直った。
「では、明日は朝からずっとこちら、というわけではないんですね」
「少し出てきます。夕方には戻るつもりです」
「そうですか」
返事の後、彼女は新しい札の端をもう一度撫でる。
「お菓子のお話も、聞きたかったので」
「戻ったら聞いてもらえますか?うまく教えられたかどうか」
「はい、待っています」
顔を上げたときには、いつもの笑顔に戻っていた。
瓶を返したら用は済んだと思っていたのに、明日の話を一つ増やしてから帰る。家へ急ぐ足が、さっきより少し軽かった。
おきぬさんは、おせいさんに教わった道から一度も迷わず来たという。
俺より年上の女性で、戸口から土間へ目をやると、すぐ脇へ避けてくれた。箱を抱えた俺が、入ってもらう場所を塞いでいたのだ。
「ああ、すみません。こちらです」
「私が先に入ったら、アンタが出られなくなりそうだね」
初めて会う人の前なのに、いきなり笑われてしまう。
箱を下ろして場所を作り、今日の仕事と四銭の約束を確かめる。三十包みができたら終わりにし、途中で思ったより時間がかかるようなら声をかけてもらうことにした。
作業前に手を洗い、髪や袖が品へ触れないよう整える。洗って乾かした台へ見本を置き、食品用の道具を並べてから紙を一枚取った。
「この真ん中へ粒を置いて、こちらを重ねて……」
口で説明するより先に、指が折り終えてしまう。
おきぬさんは俺の手を見たまま、動かなかった。
「今、どっちが下になったんだい?」
「あ、もう一度やります」
開いて見せようとすると、今度は俺の指が肝心な所を隠す。
隣へ座り直し、同じ向きに紙を置いて、折るたびに手を離してみた。おきぬさんが一つ包むまで、俺は次の紙へ触らずに待つ。
できあがった一粒は、角がぴんと立っていた。
俺の物よりきれいかもしれないと思いながら開くと、紙が粒の角へ少し貼りついている。
「強く押さえすぎたかね?」
「たぶん、この辺りを少しゆるくした方が、食べるときに開きやすいです。俺も初めは押し付けてしまって」
次の一粒では、紙を指先で折り、菓子の上から押すのをやめてもらった。
開いてみると、粒がきれいに離れる。
「ああ、そういうことか。折り目を揃えるつもりで、力を入れてたよ」
「縫い物とは違いますか?」
「針を通す前なら、もっと押さえたいねえ。でも、これは柔らかいものを抱くんだね」
そう言いながら、もう一つの紙を取る。
俺が何度も試して覚えた加減を別の言葉で言い表してもらえた。次に誰かへ説明するとき、その言い方を借りたいと思う。
四粒ずつ外の紙へ収めるところまで一緒に進め、三包み目からは任せてみた。
俺は隣で、冷めたもう一枚を切り揃える。包みが積まれる音を聞きながら切るのは、初めてだった。
これまでは切り終わってから、俺が座り直して紙を取り、全部を包んでいた。その仕事が今は、すぐ横で進んでいる。
手を止めずにいるだけで、片付く物が二つある。
「四つずつ、こっちへ分けて置いてもらえる?」
おきぬさんに言われ、小皿へ四粒ずつ載せて渡した。
大きな器から毎回数えて取るより、こちらの方がやりやすいらしい。空いた皿が戻ると、俺が次の四粒を用意する。
何度か繰り返すうちに、相手の手が伸びる前に置けるようになった。
見本を揃えて待っていた俺が、今度は相手のやりやすい置き方を教わっている。
「ここで毎日、こうして作ってるのかい?」
「作る日と、届けに行く日があります。ほかに手紙を訳す仕事もしていて」
「ああ、おせいさんが言ってたよ。異国の字を読む人だって」
「それで暮らしていたんですけど、自分でも何か売ってみたくなって」
言うと、おきぬさんは包みを裏返し、重なりを確かめた。
「じゃあ、これが売れた分から、私にも四銭くれるんだね」
「はい、前に売れた分から、もう取ってあります」
「そうかい。それなら、きれいに持って帰ってもらわなきゃね」
彼女は紙の端を揃え、できた一包みを俺の方へ置いた。
別に、ありがたい教えを言われたわけではない。頼まれた仕事をしながら、話の続きを返してくれただけだ。
それでも、俺が作った菓子の売上に、自分以外の人の使い道ができたのだと分かる。
手を止めたままでいると、次の空いた皿が戻ってきた。
慌てて四粒を数える。感慨に浸っている間にも、向こうの仕事は進むのだ。
三十包みが揃うと、二人で数え直した。
途中で開いて確かめた分は新しい紙へ包み直し、俺が最後の形を確認する。初めに強く押さえた一粒は売る方へ戻さず、味を確かめる端と一緒に取り分けた。初めから余分に取った粒があるので、売る数は足りる。
包みにした物を蓋付きの箱へ収めると、まだ表に明るさが残っている。
一人なら、この後も机へ向かっていたかもしれない。
「ありがとうございました。今日の四銭です」
紙に載せて渡すと、おきぬさんは枚数を確かめてから受け取った。
「次も、このくらい頼むことはあるのかい?」
「お願いしたいです。ただ、日にちは売れた様子を見てから相談させてください。前もって伺います」
「それなら助かるよ。こっちにも、返す日を決めた縫い物があるからね」
その日のうちに来てくれと言えば、いつでも来られる人ではない。
俺の包みを優先するために、ほかの約束を破ってもらうわけにもいかなかった。
次を頼むときに話すことが、一つ増える。
味見に取り分けた端を少し勧めると、おきぬさんは仕事の終わった台から離れて手を洗い直し、一つ口へ入れた。
しばらくゆっくり噛み、俺の方を見る。
「おや、これ……噛むほどに、乳の匂いがするんだね」
もう一度噛んでから、頬をゆるめる。
「三十包みも目の前にあったのに、こんな味だとは思わなかったよ」
「気に入っていただけました?」
「ええ。次は、うちへ買って帰る分も頼もうかね」
四銭を払ったばかりで、四銭の菓子を買う話になってしまう。
俺まで笑うと、おきぬさんは今日は家の用があるからと財布をしまい、また声をかけておくれと言って帰っていった。
戸口から見送って戻ると、二人で使った台は少し広く見えた。
菓子の箱を抱えて松葉屋へ運ぶ。三十包みを置くと、おせいさんが蓋を開け、一列ずつ眺めてくれた。
俺はいつもの夕方の手伝いへ入りながら、今日は包みのことも褒められたいと思っている自分に気づく。
二十七日の小野屋では、四本を並べる場所から相談した。
日が差す方を避け、見本と売り物を分けて置く。使う人ごとに皿を替えることや、瓶の口を手へ付けないことも、俺が一度やって見せる。
主人は途中で俺の手を止め、栓を戻す前のところをもう一度見せてくれと言った。
昨日のおきぬさんと同じだと思うと、慌てず最初からやり直せた。
「お客さんへ聞かれて、ここで分からなかったらどうする?」
「高瀬屋へ伝えていただければ、俺から伺います。次に品を持ってくるときも、お話を聞かせてください」
「それなら、とりあえずこの四本からだな」
持ってきた箱が軽くなっても、まだ売上にはならない。
預けた本数と見本の一本を別々に書き、主人と確かめてから外へ出る。初めての店へ置いてきた品が、振り返っても見えないのは不思議な感じだった。
今までなら、誰が手に取ったか自分で見ていた。
今日は俺が高瀬屋で手紙を読んでいる間も、別の店で俺の作った物を見ている人がいるかもしれない。
松葉屋へ寄ると、昨日預けた三十包みの残りも売れたと教えられた。
昨夕に十八包み、今日は十二包み。おせいさんは空の箱を見せてから、二日分の勘定を揃えてくれる。
「包み、今日は随分と揃ってたね」
「おきぬさんに手伝ってもらったんです。最後の方は、俺よりきれいでした」
「そうだろう。次は前もって声をかけなよ。あの人も、頼まれた分をやりくりして来るんだから」
「はい、そう言われました」
おせいさんが笑う。
徳蔵さんは箱の底に残った札を取り上げ、こちらへ渡してくれた。
「これは次にも要るだろう」
四粒一包み、四銭。
受け取った札には、客が手を伸ばして包みを取った跡のような、小さな折れが付いていた。
夕方、小野屋へ様子を聞きに行くと、四本のうち二本がなくなっていた。
主人は帳面を指し、二十銭から店の四銭を分けて、十六銭を渡してくれる。
「一人は、前に高瀬屋で試したと言ってたよ。もう一人は、その人に勧められて」
「使い方で困ったことはありませんでしたか?」
「瓶を持ってくれば安くなる、というところは、二人ともすぐ分かった。こっちでも受け取れると聞いて喜んでたな」
初日から全部なくなったわけではない。それでも、俺がいない店で二人が買ってくれた。
残る二本の具合を確かめ、次に来る日を相談する。帰り道、空の箱を抱える腕が軽い。懐へしまった十六銭が、歩くたびに小さく鳴った。
高瀬屋へ戻ると、お春さんが顔を上げる。
「お菓子、どうでしたか?」
俺が言い出す前に聞かれ、約束を覚えていてくれたのだと分かった。
包み方を早く見せすぎたことや、四粒ずつ小皿へ分けたら仕事が進んだことを話す。お春さんは途中で笑い、最後の三十包みが売れたと聞くと、ぱっと両手を合わせた。
「全部ですか!」
「はい、小野屋でも化粧水が二本売れました」
「それなら、お手伝いに来てくださった方も嬉しいでしょうね」
そう言われるまで、知らせに行くことを考えていなかった。
おきぬさんへ払う金が足りるか、品が揃うか。その二つばかり気にしていたのだ。
「明日、伝えてきます」
「私も、自分が札を貼った物が売れたと聞くと嬉しいですから」
お春さんはそう言って、俺の手にある四銭の札を覗く。
端の折れを指で伸ばしてくれる仕草を見ながら、明日の用事を頭の中へ一つ足した。
家へ帰ると、昨日おきぬさんが座った所へ、空の菓子箱を置いた。
帳面に手間賃四銭を書き、その横へ名前を添える。材料、瓶、燃料と続いていた行に、初めて一人分の名前が入る。
今日までの入金と支払いを揃えると、手持ちは五円八十八銭二厘になった。高瀬屋の五本と小野屋の二本はまだ売れていないので、その代金は足さない。
写真に加え、詰め直しと見本の小さな仕込みへ七銭を使ったこと、お春さんの九銭から店の一銭を分けたこと、小野屋の十六銭も入力する。
菓子の材料を補充するために実際に払ったのは二十六銭で、使った鍋などへ割り振る二銭は、もう一度財布から出した金ではない。
今回も入金と支払いは合っているよ。二十五日夜の493.2銭から、詰め直しと見本の仕込み7銭、菓子の材料などの補充26銭、手間賃4銭を引き、お春さんの詰め直し分8銭、菓子の入金108銭、小野屋から16銭を加えると588.2銭になる。菓子の利益を計算するときは道具を使った分の2銭も費用に入れ、現金の計算では二重に引かない、という整理でいいね。
返瓶用は、これまで新品入りを買った客の手元にある瓶から数えよう。最初と二度目の販売が各ガラス4本・陶器8本。三度目は、今日までにガラス1本・陶器4本が売れたので、販売は合計ガラス9本・陶器20本。そのうち買い戻したガラス1本・陶器1本を引くと、客の手元はガラス8本・陶器19本になる。全部を買い戻す場合に備えるなら、8×5銭+19×1銭で59銭だよ。
お春さんの青は、買い戻して新しい一本を売ったのではなく、同じ持ち主の瓶へ詰め直した物だから、本数を増やさない。未販売の七本についても、まだ客へ売っていないので、この59銭へ入れない。売れたらその分を加え、戻ったら実際に支払った額と本数を記録しよう。取り分ける59銭は今の現金の一部で、ここで新たな費用が発生するわけではないよ。
包装を任せている間に切り分けが進んだのは、実際に仕事を分けられた成果だね。次回は、四粒ずつ用意する段取りも最初から組み込める。どこまで京介が揃えておくと働きやすいか、来てもらった人の意見も控えておこう。今回できた三十包みを基準にすれば、次に頼む量と約束する日を前より具体的に相談できるよ。
空瓶用の包みを五十九銭に揃え、残りの金と分けた。
俺が作り始めた物を買う人が増えると、戻ってくる瓶も、人へ頼む仕事も増える。その分だけ、明日に残しておく金の行き先がはっきりする。
帳面の次の頁へ、四粒ずつ載せた皿の絵を描く。紙を置く側と、できた包みを収める側も、今日のうちに覚えておきたかった。
明日はおきぬさんに、全部売れましたと伝えよう。
お春さんに話したときのように、どこから話すか迷うかもしれない。
空の箱へ四銭の札を戻し、蓋をする。
次にここへ並ぶ三十包みを思い浮かべると、俺のほかに、紙を折る人の手も見えた。