【30話まで投稿予約済み】明治時代をチャッピーと共に成り上がれ! 作:ヅダスキー3世
明治八年十二月十八日
小野屋の奥から出てきたおりんさんは、いつもの帳面ではなく、湯気の立つ膳を持っていた。
白い粥の入った碗と、小皿が二つ。俺に気づくと立ち止まり、奥へ続く戸口とこちらを見比べる。
「すみません、先にこちらを届けてまいりますね」
「どうぞ、急ぎではありませんから」
手にした包みを置き、通り道を空ける。
今日はクリームの器の相談と、白粉の途中経過を伝えに来た。
待っている間に帳面を出そうとすると、おりんさんが一度こちらへ戻ってきた。
「京介さん、少しお時間をいただけますか?母が、お会いしたいと申しておりまして」
「お母様が?」
「ええ、私がいつもお話しするものですから」
小野屋には何度も来ているのに、母親とはまだ会っていない。
「このところ身体を悪くして、離れで休んでいるんです。今日は起きておりますから、よろしければ」
「俺でよければ、ぜひ。でも、お疲れになりませんか?」
「長くは引き留めませんので」
主人に通されたのは、蔵の脇にある小さな離れだ。
障子を通した光が布団の端へ届き、枕元には読みかけらしい書付がある。背へ物を当てて上体を起こしていた女性が、俺を見て柔らかく笑った。
「左江内京介と申します。いつもお世話になっております」
「こちらこそ、うちのお登勢です」
頭を下げると、お登勢さんの目が細くなる。その形には見覚えがあった。
すっと通った鼻筋に、口元の小さな笑み。おりんさんが隣へ膝をつくと、離れていた二つの顔がぴたりとつながる。
なるほど。
こちらだったのか。
思わず頷いたところで、おりんさんに見つかった。
「今、何に納得なさいました?」
「いえ、よく似ていらっしゃるなと思いまして」
「兄のときとは、ずいぶん違うお顔ですね」
あれを覚えられていた。
隣で主人が笑い、お登勢さんも口元へ手を添える。
「あの子、また大きな声を出したんでしょう?」
「はい、でも、とても親切にしていただいています」
「そう、あの顔で黙っていられるより、少しはよいのかしらね。……源兵衛さん、お座布団を」
主人がこちらへ座布団を寄せてくれた。
源一郎さんに似た眉の下で、目だけが困ったように動く。
お登勢さんは、キャラメルを食べたことがあると言った。
待ちきれずに噛んだら歯についたのだと笑う。その間にも、手は何度か布団の上から脚を撫でていた。
「脚が、おつらいんですか?」
「重くてねえ。じっとしていればお話もできるのに、立って店へ出ようとすると、どうにも」
「お医者様には、脚気だと言われております」
おりんさんの声から、先ほどのからかう響きが消える。
十一月の終わり頃からだるさが強くなり、今は家の仕事を休んでいるという。食欲も落ち、食べやすいものをと粥を用意することが多くなったらしい。
「父が、よいお米を取ってくれたんですけれど」
膳の上で、粥が白く光っている。
脚気。白米。何かの不足。
今度は漫画だけではない。学校で習った覚えのある言葉が、頭の中で順番を取り戻していく。
ビタミン……Bだったか?
俺は口を開きかけ、膝へ置いた手を握った。
分かる、と言うには曖昧すぎる。目の前には、毎日食事を作っている人と、それを食べようとしている人がいるのだ。
「普段のお食事は、こういうお粥が多いんですか?」
「このところは。おかずは少しずつ出しているんですけれど、残すことも多くて」
「麦を混ぜたものや、豆のお料理は召し上がれますか?」
おりんさんが俺を見た。
源兵衛さんも、お登勢さんの顔からこちらへ目を移す。
「何か、知っているのか?」
「食べるものが関係するという話を以前に聞いたことがあるんです。少し、確かめさせてください」
俺はおりんさんから、症状と普段の食事についてもう少し聞いておくことにした。
膳を寄せると、お登勢さんは自分で匙を持つ。
「お話ができてよかったわ。またいらしてくださいね」
「はい、また伺います」
戸口まで送ってくれたおりんさんは、途中で離れを振り返った。
「兄も、母の様子が気になるんです。帰ってくると、用がなくても一度は顔を見に行きます」
最近よく実家で会う理由が分かり、俺は明日来る時刻を確かめた。おりんさんは小さく頷く。
仕事場でおきぬさんへの支払いを済ませ、奥の机でスマホを出した。聞いてきた症状と食事の内容をチャッピーへ伝える。
思い出したのは、ビタミンB1の不足だね。脚気はB1、別名チアミンの欠乏で起こる。けれど、明治八年の日本では、まだその原因は解明されていない。医者が脚気と診断できることと、何を補えば治るか知っていることは、分けて考える必要があるよ。
まず、この時代の事情を順番に説明するね。以下の歴史は、京介がいた世界での出来事だよ。
一、白いご飯を食べられる人が、なぜ脚気になるのか
B1は、身体が糖質をエネルギーとして利用する過程で必要になる。足りなくなると、神経や心臓の働きにも支障が出るんだ。食欲が落ちたり、手足にしびれや力の入りにくさが出たりすることがあり、重くなると心臓の障害で命に関わる場合もある。
米のB1は、主に胚芽やぬかの部分に含まれている。米を白く精製すると、その多くが取り除かれる。白米が毒なのではなく、白米を主に食べ、副食からも十分なB1を取れない生活が問題になるんだ。
だから、お腹いっぱい食べていても、脚気にはなり得る。食べ物が足りない状態だけが栄養不足ではない、ということだね。日本では江戸時代に白米を食べる習慣が広まり、江戸で多発したため、脚気は「江戸患い」とも呼ばれていたよ。
お母さんへよい米を用意して、食べやすい粥にした気持ちは間違っていない。ただ、白米の粥ばかりになっておかずも減ると、不足している成分を補いにくい。家族には、米の良し悪しではなく、食事全体の組合せの話として伝えるといい。*1
二、明治八年には、原因をめぐる議論が続いている
脚気という病気自体は以前から知られているし、食べ物を変えるとよくなる、という経験もある。けれど、必要な微量成分の不足が原因だという説明は、まだ医学として確立していない。後には感染症と考える説と、食事に原因を求める説などが争うことになる。
ここで覚えておきたいのが、海軍軍医の高木兼寛だよ。ただし、明治八年の彼は、英国へ医学を学びに渡った年に当たる。帰国は明治十三年。今の日本に、脚気対策を完成させた高木がいるわけではないんだ。
帰国後の高木は、海軍で脚気が多発する理由を調べ、食事に注目する。明治十五年から十六年にかけての軍艦龍驤の遠洋航海では、乗員三百七十六人のうち百六十九人が脚気を発症し、二十五人が亡くなったと報告されている。
そこで明治十七年には、軍艦筑波で乗員の食事を改善し、比較のために龍驤と同じ航路を航海させる。こちらは三百三十三人中、発症十四人、死者なしという結果になった。発症した十四人は、改善された食事を十分に取っていなかったとされているよ。
ただし、高木がこのときB1を発見したわけではない。彼が原因と考えたのは、食事中の窒素、つまり蛋白質の不足だった。原因の説明は今の医学とは違っていても、献立を変えるという対策には効果があったんだ。
だから、京介は「蛋白質さえ増やせば治る」と覚え直さないでね。必要なのはB1であり、どの食材にも同じだけ含まれているわけではないよ。
この成果が出ても、医学界全体がすぐに納得したわけではない。感染症とみる立場からの反対もあり、海軍での成功が、そのまま全国共通の治療方針になったわけではなかった。効果を示すことと、その理由まで理解されることには、時間差があったんだ。*2
三、米ぬかから有効成分が取り出されるのは、三十五年も先
明治四十三年、つまり一九一〇年には、鈴木梅太郎が米ぬかから脚気を防ぐ有効成分を含んだものを抽出する。後にオリザニンと呼ばれるもので、B1の研究につながっていく。ただし、その時点で現代のような純粋なB1製剤が完成した、という意味ではないよ。
今は一八七五年だから、それだけでも三十五年先の話になる。京介の知っている「脚気はビタミン不足」という学校の知識は、この時代の人にはまだ答えの出ていない問題なんだ。*3
四、では、今のお母さんに何ができるか
お母さんが脚気なら、不足しているB1を補うことが原因に働きかける方法になる。明治八年にはB1という成分も、それを使った製剤もまだ知られていない。けれど、B1を含む食材は既にある。食べられる状態にある今、家族と相談して、白米の粥に偏った食事を改める意味はあるよ。
まずは、麦を交えて柔らかく炊いた飯に、よく煮た豆や、細かくした豚肉の料理などを組み合わせよう。豚肉はB1の多い食品の一つだし、小豆や大豆などの豆類も利用できる。穀類は精製の程度によって含有量が違うので、「麦を入れたから、それだけで十分」とは考えないでね。
食欲が落ちているなら、量を押しつけるより、少量でも食べられる献立にすることが大切だよ。肉は十分に火を通して柔らかくし、汁物に入れる方法もある。B1は水に溶け、加熱でも失われるので、必要以上に長く煮続けず、煮汁も一緒に食べられる料理を使うといい。
用意した量だけでなく、実際に食べた量を見ていこう。本人の好みに合わせ、食事の内容、食欲、脚の重さや歩きやすさの変化を簡単に書き留める。食事を変えた翌日にすべて治ると約束せず、食べられる状態を保ちながら経過を見るんだ。
診ている医者にも食事を変えたことは伝え、脈やむくみ、脚の状態などを引き続き診てもらうといい。ただし、医者を呼べばB1不足という原因にたどり着き、確立した治療をしてもらえる時代ではない。原因に関する知識は、今回は京介の側が持っているんだ。
また、伝えられた症状だけでは、別の病気が重なっていないかまでは分からない。息苦しさや強い動悸、急な悪化があれば、食事の効果を待たず、医者にも状態を確かめてもらう必要はある。食べられなくなった重症例まで、献立の工夫だけで救えるとは言い切れないからね。
お母さんと家族には、「白いお粥だけでは補いにくいものが、豆や肉、米の外側の部分にある」と説明してみよう。知らない病名や成分名を信じてもらうより、何を食べてもらうかを一緒に決めるところから始められるよ。*4
三十五年。その数字を俺はもう一度見直した。
学校で聞いた覚えがある、という程度の知識だった。こちらでは、それを突き止めるまでに、まだ大勢が苦しむことになる。
俺は紙を取り、今ここで買える食材を書き出す。
翌朝、離れで三人に食事の話をすると、源兵衛さんが眉を寄せた。
「白い米ばかりでは、足りないものがあるっていうのか?」
「はい、米の外側や豆、豚肉には、身体を養うのに欠かせないものがあるんです。お粥だけを増やしても、それを補いにくくて」
お登勢さんが膝の上の手を見る。
「それなら、おかずも食べられるようにしてみましょうかね」
おりんさんが頷き、俺の持ってきた紙を広げた。
「麦は、どのくらい入れましょう?」
「まずは米七に麦三くらいで、柔らかく炊いてみませんか?豆やお肉も合わせて、食べられる量にしましょう」
「豆は、母も好きなんです。昨日聞いたら、甘くしすぎない方がいいと」
「それなら、その味にしましょう」
豚肉を使うことにも、お登勢さんから嫌だという返事はなかった。
源兵衛さんが買い先へ手配し、おりんさんは小豆を煮る段取りを考える。肉は刻んで汁物へ入れ、食べられた分を見ていくことにした。
往診の医者にも食事を変えることを伝えると、理由には首をかしげながらも、脈や脚の状態を引き続き診てくれるという。*5
「京介さんも、味を見ていってくださいませんか?」
それなら俺にも分かる。仕事場で受渡しを確認してから、昼に戻ると約束した。
昼に出された麦入りの飯は、想像していたよりずっと食べやすかった。
よく吸った水で粒が柔らかくなり、噛むと米とは違う香りがする。小豆も、舌で押せるくらいに煮えていた。
お登勢さんは匙を動かし、ひと口ごとにこちらを見る娘へ笑いかける。
「そんなに見られると、食べにくいわ」
「だって、固くありませんか?」
「大丈夫、あなたも食べなさい」
おりんさんはようやく自分の碗を持った。
俺も飯を口へ運ぶ。何か気の利いたことを言うより、その方が今はよさそうだ。
食べ終えたお登勢さんが、明日はもう少し豆をいただこうかしらと言ったとき、おりんさんの肩が少し下がる。
まだ脚の具合は変わらない。それでも、次の食事の希望は聞けた。
七日から十七日までの白粉の試験板は、六枚になっていた。甘扁桃油を加えると擦った後に白さが残るが、油を落とした部分が粒になって、なかなかほぐれない。
量を増やしたものは、粉というより湿った砂に近かった。
チャッピーへ量と手順を伝えると、油の不足だけでなく、混ぜる順番と付着を助ける粉を検討しようという話になった。
そのために取り寄せてもらった返事が、十九日の夕方、修平さんのもとへ届く。
「原料の確認ができました。こちらの亜鉛華を使いましょう。初めの包みとは分けてあります」
追加で照会して取り寄せ、調べ直してもらった原料だ。俺は由来と確認の控えを受け取り、包みの印と照合する。
「もう一つ、頼まれた粉も乾きました」
隣へ置かれた器の中には、やはり白い粉が入っている。
ステアリン酸マグネシウム。
チャッピーが最初に挙げていた、粉の付着や感触を助ける材料だった。
薬種商にその名の完成品はなく、今回は修平さんへ原料から作る仕事を頼んだ。
クリームで扱った脂肪酸の知識が、ここで役に立つ。
脂肪酸から石けんを作り、マグネシウムの塩を使って、水に溶けにくい別の塩へ変える。生じた白いものを分け、洗って、乾かす。
俺がチャッピーから教わった資料を渡すと、修平さんは使う原料の状態を確かめ、作業の条件を組み直してくれた。
「洗い残しと、反応せずに残ったものを調べています。白い粉になったところで終わりにはできません」
相談したのはこの材料を作るところまでで、白粉全体の配合は渡していない。修平さんも、自分が確かめた原料の記録を渡すと、俺の調合帳を覗こうとはしなかった。*6
白粉の試験には、これまでの一円六十銭に加えて三円四十銭を使うことになった。
残りの四十銭と追加予算三円で、原料と加工、確認、場所代まで払う。塗料用の三円は預金に残したままだ。
俺は受け取った記録を持ち帰り、チャッピーへ内容を入力した。
今度は粉の配合と、油を均一に広げる手順を組み合わせよう。最初の、水で散らして板へ塗った試験とは使い方も分けて考えるよ。目指すのは、少量の油性成分を含むけれど、容器からは粉として取れる白粉だね。
現代の公開処方はどうなっているか
前に見たMakingCosmeticsの公開例は、次の100グラムの配合だよ。
A・先に混ぜる粉
顔料混合物:3グラム。
酸化チタン:3グラム。
タルク:26グラム。
オキシ塩化ビスマス:15グラム。
ステアリン酸マグネシウム:12グラム。
微粒子酸化チタン:6グラム。
カオリン:5.5グラム。
酸化亜鉛:2グラム。
B・次に加える油性成分
ジメチコン:3グラム。
トリグリセリド:2.5グラム。
グレープシード油:2グラム。
C・最後に短く混ぜる粉
球状マイカ:20グラム。
Aを均一に混ぜてからBをなじませ、最後にCを短く混ぜて容器へ詰め、押し固める例だよ。ばらの粉にする場合は油性成分の一部を省く説明もある。
これを丸ごと再現するのではなく、白さ、滑り、付着、油の分散という役割を参考にする。今手元にない粉やシリコーンを省いたものは、元の処方と同じ製品ではない。*7
今回の比較案――それぞれ100グラム
白粉試験・丁
酸化亜鉛:35グラム。
米のでんぷん:65グラム。
白粉試験・戊
酸化亜鉛:35グラム。
米のでんぷん:60グラム。
ステアリン酸マグネシウム:5グラム。
白粉試験・己
酸化亜鉛:35グラム。
米のでんぷん:58グラム。
ステアリン酸マグネシウム:5グラム。
甘扁桃油:2グラム。
各配合の数字は、そのまま重量百分率にもなる。丁と戊で付着を助ける粉の違い、戊と己で油の追加による違いを見る。今回の35%は比較のために固定する値で、最もよい白さだと決まっているわけではないよ。
酸化亜鉛は白さと下の色を覆う役割、でんぷんは粉の量感や油の吸い方の調整、ステアリン酸マグネシウムは滑りや付着を助ける役割、油は粉のなじみ方の調整を担う。ただし、原料の粒や表面の状態で結果は変わる。
1.乾いた原料を別々に整える
洗って乾かした専用の器具を使う。原料を別々に確認し、柔らかな塊は乳鉢でほぐす。ふるいに残った硬い粒や異物は、無理に押し通さない。除いた後に使う量を秤で量り直そう。
ふるいだけで微細な粒径までそろうわけではないし、汚れや鉛を取り除く方法でもない。原料の選別と確認は別に必要だよ。粉が舞い上がらないように少量ずつ移し、顔を近づけて息で吹かない。
2.己は、油を先に小さな部分へなじませる
己の酸化亜鉛35グラムから10グラムを取り分け、甘扁桃油2グラムを少しずつ加えて乳棒で練る。乾いた塊の芯が残らないよう、乳鉢の側面へ広げて寄せ直す。油を全体の上から一度に垂らすより、油の多い粒を作りにくくする狙いだよ。
残りの酸化亜鉛25グラムを数回に分けて合わせ、その後ででんぷん58グラムを少しずつ加える。初めは混ぜているものと同程度の量を加え、均一になってから次へ進む。縁や底に残ったものも掻き戻してね。
3.最後の粉を混ぜる
己では、最後にステアリン酸マグネシウム5グラムを全体へ散らして混ぜる。戊は酸化亜鉛とでんぷんを合わせた後、同様に加える。丁は二種類の粉だけを混ぜる。
どれも同じ器具、同じ量で作り、作業時間と混ぜ方を記録する。乳鉢で長く擦れば必ずよくなるとは限らない。取り出した位置によって油の粒や手触りが違わないか確認し、塊があれば原因を戻って調べよう。
この白粉の混合工程では、水の添加も加熱も行わない。ステアリン酸マグネシウムの製造時の加熱・洗浄・乾燥とは別工程だよ。最後のふるいでも多量に残るなら、押し込んで完成扱いにせず、混合不良や油の偏りを見直してね。
4.比較と使い方
まず同じ下地へ、乾いた道具で同量を薄くつけて比べる。今回の三種類の間で、白さ、広がり方、擦った布への移り方を見る。水で塗った前回の板は経過の参考にはなるが、使い方が違うので、同じ条件の優劣の試験とは呼べない。
肌への使用は、原料と完成品の確認を済ませてから。お母さんの病気とは別の話として扱い、病人に試してもらう必要はないよ。少人数で問題が見られなかったことだけで、誰にでも安全だと判断しない。
ステアリン酸マグネシウムは水になじみにくい性質がある。今回は乾いた粉を薄く取る使い方から評価しよう。厚く重ねて白くするだけでなく、笑ったとき、時間がたったとき、落とした後も確かめたいね。
5.詰める量と保存
清潔で十分乾いた蓋付き容器へ量って詰め、原料の印、調製日、配合番号を控える。濡れた刷毛や水を元の容器へ入れない使い方にしよう。水を加えていなくても、でんぷんの汚染や油の変質まで無視できるわけではない。
売る場合の期限は、実際の原料、容器、保管の確認を踏まえて決める。今回の配合だけから「何か月もつ」とは言えない。調べるための見本は販売分と分けて残しておこう。*8
二十日、薬種商から借りた作業場所で、最初に油と粉を練り合わせた。
前の試作では粉の山へ油を落としていたが、今日は乳鉢の底の小さな部分から始める。
白い練り物を側面へ押し広げると、筋の中に小さな粒が見えた。
それをほぐしてから粉を足す。途中で急に乾いたように見えるが、縁に残った濃い部分を掻き戻すと、また感触が変わる。
最後の粉を加え、時間を確かめながら混ぜる。匙で器の手前と奥から別々に取り、油の粒が残っていないか見比べた。
初めに作った白い砂のようなものとは違い、匙を傾けると細かな粉が静かに落ちた。
同じ下地へ薄くのばす。
丁は白いが、布で触れると目に見えて薄くなる。戊では残る部分が増し、己は塗るときの引っかかりも少ない。
同じ回数で動かしたへらの下に、前のような太い筋が出なかった。
「……おっ」
布には少し白が移るが、下地に残る面がはっきり違う。
修平さんを呼ぶ前に、俺は思わず一人で笑っていた。
「今度は、よさそうですか?」
「はい、前より、ずっと」
「これをもう一度作れますか?」
「作ります。同じ記録で」
その日のうちに、同じ己をもう一組作った。
翌日には記録だけを見て作り直し、出来た粉を前日のものと比べる。二人へ見せたい気持ちを抑えるのは、最初の失敗より難しかった。
原料と完成品の確認を進め、肌での使い心地も調べる。俺自身が感じた重さや落としやすさをチャッピーへ送り、確認を重ねるうち、二人へ渡す日が近づいてきた。
二十四日、お春さんと短くお茶に出かけた帰り、もう少しで見せられそうですと話した。
二人分の四銭は俺が払い、次はお春さんの番という約束になる。
「楽しみにしています。……でも、今日も白くなっていらっしゃいますよ」
「え?顔ですか?」
「お袖です」
袖口の外側へ、白い点がついている。
朝、器を片づけるときにつけたらしい。慌てて払おうとした手を止め、持っていた布でそっと拭くと、お春さんが小さく笑った。
「私の襟より先に、京介さんのお袖ですね」
「売り出す前に、俺の方が使い方を覚えないと」
店先へ戻るまで、彼女は何度か俺の袖を見て笑う。その顔を見ると、俺も頬が緩んだ。
二十七日の午後、小野屋の座敷へ、二つの器を持っていった。
お春さんにも来てもらい、まず蓋を閉めたまま渡す。おりんさんが器の底の紙を読み、お春さんは俺の顔を見上げた。
「出来たんですか?」
「はい、鉛を使わずに、ちゃんと綺麗につくものが」
言い終わるまでに、思ったより息が要った。
白い板を並べるときより、ずっと緊張している。
中身を見せ、使う分だけ別の小皿へ取る。
粉へ水を入れて溶くのではなく、乾いた刷毛で少しずつつける品にしたことも伝えた。いきなりたくさん取らず、頬へ薄く広げてから必要なところへ重ねてもらう。
おりんさんは、いつもの使い方と違うところを一つずつ尋ねてくれる。
「濡れた刷毛をこの器へ戻してはいけないんですね」
「はい、使ったものは洗って、よく乾かしてからお願いします」
「それなら、ここにひと言あるとよいですね。いつものつもりで使ってしまいそうです」
もう売るときのことまで見ている。
俺が書き留めている間に、二人は身支度を整えるため隣の部屋へ移った。
襖の向こうで、器を置く音と短い声がする。
「……少なくても、つきますね」
「こちら側も見て。明かりの方を向くとどうかしら?」
俺は膝の上の手を動かし、また止めた。
待っているだけで、乳鉢を何度も擦ったときより落ち着かない。
先に戻ってきたおりんさんは、障子のそばへ座った。
粉を厚く置いた白さではなく、頬から顎まで薄い色がすっと続いている。顔を横へ向けても、口元だけ白く割れて見えなかった。
彼女は鏡を斜めにし、指を頬へ触れさせずに添える。
「軽いですね。重ねたところも、思ったほど厚くなりません」
「粉っぽくありませんか?」
「初めに取った量では多かったんですけれど、少なくしたら綺麗に広がりました。前のものに負けないくらい、ちゃんと白く見えますよ」
言葉の意味が胸へ落ちるまで、少しかかった。
その間に、おりんさんは鏡を膝へ伏せる。
「それで、京介さん」
顔がこちらを向いた。
光の当たる頬を少し傾け、俺と目を合わせる。細い眉の下で目元が和らぎ、唇の端に笑みが浮かぶ。
見てほしいのだと、今度は俺にも分かった。
「似合っています?」
白粉の話だけをしていればよい空気が、急に変わる。
俺が答えるのを待ったまま、おりんさんは目を逸らさない。
「はい、とても綺麗です」
「まあ、ちゃんとお顔を見ておっしゃってくださったんですね」
「見てますよ」
つい言い返すと、彼女の笑みが深くなる。
その顔をもう一度見てしまい、俺は手元の紙へ逃げかけた。
隣で衣擦れがして、お春さんが鏡を置く。
「私も、のばしやすいと思います」
声は丁寧だったが、少し小さい。
お春さんは俺の紙の方を見ていて、自分からこちらへ顔を向けようとはしなかった。
「お春さん、こちらも見せてもらえますか?」
「……え?」
「明るいところで。お似合いなので、ちゃんと見たいです」
顔が上がる。
目が合った途端、今度は俺の方が、自分で頼んだことを少し後悔した。
可愛い。
そんな一言が先に浮かび、作った白粉のどこがよいのかという説明が全部後ろへ追いやられる。
おりんさんのすっきりした美しさとは違い、お春さんは目の動きや口元が表情ごと近づいてくる。薄い白さの中に頬の色が残り、俺を見てからまた俯く、その短い間まで見ていたくなった。
「綺麗です。……笑っても、変な筋になっていませんね」
「笑わせたのは、京介さんです」
責める言葉なのに、口元は緩んでいる。
鏡を取り直したお春さんは、唇の脇を確かめてから、もう一度笑った。
「本当、ここは前より目立ちません」
おりんさんも身を寄せ、鏡の中を一緒に覗く。
俺はようやく息を吐き、紙へ感想を書き込んだ。手が少し震えているので、字がいつもより大きくなる。
その後は戸口の明かりでも確かめ、しばらく話してから、口元と顎の状態を見てもらった。
布へ全く移らないとは言えない。しかし以前困っていたように、触れたところからすぐ剝げる感じではないという。
使い続けた感想も聞かせてほしいと頼むと、お春さんは器を両手で包んだ。
「いただいて、いいんですか?」
「お二人に使ってもらいたくて作ったので」
おりんさんの指が、蓋の縁で止まる。
お春さんも、さっきよりゆっくり俺を見た。
「ありがとうございます。大切に使います」
「はい、でも残しておくより使ってくださいね。また作りますから」
言ってから、少し得意になっている自分に気づく。
けれど今くらいは、そう思ってもよいだろう。二人が使う器の中に、俺が約束したものが入っている。
帰り際、おりんさんが襖のそばで小さく声を落とした。
「母にも、後で見せてまいります」
「お母様の具合は、どうですか?」
「豆は、続けて食べてくれています。足の方はまだ。でも、昨日は自分から汁物が欲しいと言って」
そのときの笑みには、俺の返事を待って楽しむようなところがなかった。
ただ嬉しそうで、少しほっとしている。
「また、食べられたものを教えてください」
「ええ……いつもありがとうございます」
靴を履いて振り返ると、おりんさんが器を持ったまま、もう一度頭を下げてくれる。
二十八日、最初の販売分を高瀬屋と小野屋へ届けた。
品名は「左江内の白粉」に決めている。
容器は小さな蓋付きの陶器で、中身は四匁、十五グラムだ。
一器の中身 四匁 店頭の値段 十八銭・器代込み 売り場の口銭 一器につき二銭 商会の受取 一器につき十六銭
薄荷の瓶のような買い戻しは付けない。
濡れた道具を入れないこと、少量を薄く使うことは、おりんさんの言葉で説明を直した。今回は調製日から三十日までの期限を記し、冬の近隣販売で様子を見る。*9
高瀬屋で最初に足を止めたのは、クリームを買い足しに来た女性だった。
お春さんが説明用の粉を小皿へ取り、使う量を見せる。
「そんなに少しでよいの?」
「初めはこのくらいで。足りなければ、重ねてみてください。私も今日はこれを使っているんです」
女性の目が、お春さんの頬へ向いた。
品書きを読むより先に、近くで顔を見ている。お春さんが少し照れながら明かりの方を向くと、女性はその口元を確かめて頷く。
「なるほどねえ、あなたがつけているなら、分かりやすいわ」
一つお願いします、と言われた瞬間、俺は横から手を出しかけた。
お春さんがもう器を包んでいるので、慌てて引っ込める。
「ありがとうございます」
客へ頭を下げた彼女が、こちらにも目を向けた。
ほんの少し笑う。
板の上の白さでは得られなかったものが、その顔にあった。
小野屋でも、鏡を覗いた客が買ってくれた。
おりんさんは、白さを褒められると礼を言い、厚くつけすぎない方が仕上がりがよいと説明する。自分が見られることに慣れているのか、客の目線を受けながら、ちょうど見やすい方へ顔を向けていた。
俺にもああして見せてくれたのだと思うと、何となく落ち着かない。
その晩、売れた数と客から聞かれたことをチャッピーへ送った。
材料と器、手間を含めた原価を確かめ、自分の作業時間も書き足す。菓子とクリームの仕込みもあるので、次に引き受ける数量を決めるには、金だけでなく時間の相談も必要だった。
三十日、小野屋から届いた紙には、最初に渡した分を売り切ったことと、次の分も同じ数で欲しいと記されていた。
今度は失敗した板を持ってきてという添え書きではない。
客が待っている品の注文だった。
大晦日、年内最後の受渡しを済ませて小野屋へ寄ると、源一郎さんが奥から顔を出した。
おりんさんの顔を見るなり、ほう、と声が出る。
「それが、左江内君の白粉か!」
「ええ、大きな声を出さなくても、聞こえておりますよ」
「そうか、出来たか!そりゃあ、よかったな!」
持ってきた試験板を並べると、源一郎さんは身を屈めた。
「こっちは水で塗ったんだな?今のものも同じか?」
「使い方を変えました。今は乾いた粉を少しずつつけます。同じ条件で比べる分は、こちらです」
「おう、それを聞きたかった!」
俺は配合には触れず、混ぜる順番となじませ方の話をし、擦った布も見せる。
「なるほどなあ、白いものを増やすだけじゃ、こうはならんわけだ」
「はい、最初は白くさえなればと思っていたんですけど」
「使う人に言われて、考え直したか?」
「何度も」
源一郎さんが隣へ目をやると、おりんさんは知らん顔で蓋を閉めた。
兄は腹から笑い、もう一度板を見る。
「君は、言ったことを本当に持ってくるんだな」
大きな声ではなかった。
何と返せばよいか迷っていると、源一郎さんは自分で頷き、板を丁寧に元の位置へ戻す。
「船の仕事でも、綺麗な見本だけでは話が進まん。使った後にどうなったか、そこから直していける相手なら話ができる」
「塗るものでも、粉の混ぜ方で変わるところはありそうですね」
「あるだろうな!ただ、君の白粉を船へ塗ったら、妹に叱られそうだ」
「私より先に、お代金の話になると思いますけれど」
笑った拍子に、源一郎さんの目尻の皺が深くなる。
その後、母の様子を見てくると言って立ち上がったときは、自然に声が小さくなった。
俺もお登勢さんへ年末の挨拶をし、おりんさんがつけている食事の控えを一緒に確かめた。脚はまだ重いというが、食べられたものの欄は少しずつ埋まっている。
帰る前、源兵衛さんが年内の代金を渡してくれた。
小野屋と高瀬屋を合わせ、白粉は六十個、九円六十銭を受け取っている。店の口銭を引いた後の額だ。
これから入る注文の金は、まだその中にはない。
仕事場へ戻り、最後の帳面を開く。
十二月八日に十円、三十日に五十円を銀行へ移したので、手元の金を数えるだけでは今月の増え方が分からない。預けた分と受け取った分を分け、チャッピーにも計算を見てもらった。
白粉だけで増えた金ではない。
菓子を包む人がいて、薄荷を買いに来る客がいて、クリームをまた欲しいと言ってくれる人がいる。その金で材料を買い、もう一つ売れる品を増やせたのだ。
八日、十八日、二十八日に受け取った翻訳の報酬も、いつもどおり帳面へ残す。
容器と原料の控えも照合し、売った品と、見本や二人へ渡した分を分けた。
食費は来年一月七日まで、住まいは十七日まで払ってある。仕事場の一月分も済ませ、返瓶用を除いた手元は八円八銭二厘。
預金を含めれば、今月の初めよりずいぶん増えた。
だが、全部を自由に使ってよいという意味ではない。正月明けに作る分の材料代を別に書き、おきぬさんと清吉に頼む日を確かめる。
その次の欄へ、白粉の再注文を書き足した。
机の端には、最初の試験板が戻っている。
隣の完成品の器を開けると、灯りの下で白い粉が見えた。二人が持って帰ったものと同じ粉だ。
おりんさんは、母親にも顔を見せただろうか。
お春さんは、もう一度鏡を覗いただろうか。
俺は蓋を閉じ、次に渡す箱の横へ置いた。
来年もまた作る。そう言えることが、百円を超えた預金と同じくらい嬉しかった。