【20話まで投稿予約済み】明治時代をチャッピーと共に成り上がれ! 作:ヅダスキー3世
紙の端を押さえると、折り目に沿って浮いていたところが少し平らになった。
さっきは黒い線にしか見えなかった箇所にも、細い隙間がある。スマホを近づけすぎるとぼやけるので、少し戻し、文字がはっきりするのを待って撮る。
入口から客の笑い声が聞こえてきた。高瀬さんはまだ値段の話をしている。
今度は本文の大部分が読めるよ。ドイツ語だね。手書きの文字を読みやすい活字に直して並べるよ。角括弧の中は、まだ読みを決められない部分。
Yokohama, den 29. Mai 1875.
Geehrter Herr Takase!
Die beiden erbetenen Muster von Trinkgläsern stehen bereit.
Bitte theilen Sie uns mit, ob Sie dieselben am [1.? / 7.?] Juni bei Herrn [Heller? / Keller?] abholen lassen oder die Zusendung an Ihr Geschäft wünschen.
Preis und Zeit der Lieferung einer größeren Menge werden nach Ihrer Auswahl vereinbart.
Mit Hochachtung
[署名は判読保留]
日本語にすると
横浜、一八七五年五月二十九日。
高瀬様。
ご依頼の飲用グラスの見本二点が用意できました。
六月[一日、または七日]に[人名未確定]氏のところへ人を受け取りに遣わすか、貴店への送付を希望するか、お知らせください。
まとまった数量の価格と納入時期は、お選びいただいた後に取り決めます。
敬具。
日付の数字は折り目と重なっているね。人名の最初の文字と末尾の署名も、今の写真では確定できない。受け取りを頼む前に、ここは確かめたい。
高瀬という名前が画面にもある。
原本へ目を戻すと、挨拶らしい短い行の終わりに、同じ並びが見つかった。ここだけは学校で見た字に近い。
その下は、また細い山の列になる。
日本語になれば大した長さではないのに、元の紙だけ渡されても一行も読めなかっただろう。人の名前がどこにあるのかさえ分からない。
それを今、俺は高瀬さんへ説明しようとしている。
喉が渇き、いったん唾を飲み込む。
「どうだい?少しは分かりそうかい?」
声の方を見ると、客を送り出した高瀬さんが戻ってくるところだった。
スマホを膝へ下ろし、手紙の最初の行へ指を添える。
「これ、英語じゃなくてドイツ語です。コップの見本が二つ用意できたから、取りに来るかこちらへ送るか教えてほしいと。そういう手紙みたいです」
「ああ、あの見本か。待ってたんだよ。それで、いつ来るんだい?」
「ええと、六月の……すみません、日付はもう少し見たいです。それと、送ってほしいか聞いているので、まだ来ると決まったわけではないと思います」
「こちらの返事待ちか。じゃあ、まだ話はついてなかったんだな」
高瀬さんは帳場の引き出しへ手をかけ、途中で俺を見た。
「それにしても、ドイツの言葉も分かるのかい?」
「全部ではないです。こうして確かめながらなら、分かるところもあるんですけど」
「へえ、読めるなら助かるよ。話す方もできるのかい?」
「いえ!そっちはまったく」
「そうかい、まあこの紙がしゃべりだすわけじゃないからね」
高瀬さんが笑い、俺も口元だけ緩める。
膝の上では、俺にしか見えない画面がまだ光っている。
「前に、どういう見本を頼んだんですか?」
「水や酒を飲むコップだよ。脚のないやつを二つ見せてくれってね」
「同じものを二つですか?」
「いや、形の違うやつさ。一つは飾りのないもの、もう一つは脇に筋の入ったもの。客にどちらがいいか聞きたくてね」
引き出しから出てきた紙には、日本語で短い書付がしてある。
高瀬さんが日付を探す間に、お春さんも奥から顔を出した。小さな盆に湯呑を二つ載せている。
「お茶、ここへ置いてもいいですか?」
「ありがとうございます。あ、紙を寄せますね」
「端で大丈夫です。手紙、読めました?」
「コップの見本の話だそうです。形の違う二つを頼んだって、今教えてもらって」
「それならお父さん。この控えじゃなくて、こっちでしょう?」
お春さんは湯呑を置き、父親の手元から一枚抜き出す。
そこには小さな絵が二つ並んでいた。片方は筒のような形、もう片方には縦線が何本も入っている。
「これ、そっくりなものが届くんですか?」
「ううん、だいたいこういう形を見たいって、父が話したときの控えです。私が後で描いたんですよ」
「よかった。これで正確な形が決まってるのかと思いました」
「ちょっと曲がってますからね」
「いや、そういう意味じゃなくて!」
慌てて首を振ると、お春さんは絵を見下ろし、ふふ、と笑う。
高瀬さんも覗き込んだが、そっちは笑わずに紙を俺へ寄せた。
「ここの底は、もう少し厚い方がいい。客がそう言ってたからね」
「お父さん。京介さんが作るんじゃないんだから」
「分かってるとも。だから実物を見たいんだよ」
文字だけでは、コップが二個届く話だと思っていた。欲しいのは同じものを二個ではなく、比べるための二種類らしい。
手紙を見てすぐに「二つですね」と頷いていたら、そこは分からないままだった。
「前に話した相手は、手紙をくれた人ですか?」
「頼んだのは、あちらの商館へ出入りしている日本人だよ。この話も、その人を通してある。手紙は昨日、商館の使いが持ってきた」
「じゃあ、品物も横浜にあるんですね?」
「そのはずだね。見せられるものがあるっていうから頼んだんだ。船を待つんなら、こんな小さい見本だけで待ってられないよ」
外国から届いたばかりの手紙を想像していたが、出されたのも受け取ったのも、この町だった。
高瀬さんは控えを戻しかけ、何か思いついたように手を止める。
「もう一つあるんだ。客は、気に入ったら二十個くらい欲しいと言っていてね。そこまでは、向こうへ伝えてある」
「二十個ですか?」
「ああ、まとめて揃えるなら、どのくらい待つか書いてないかい?」
俺はもう一度、膝の上の日本語を見た。
まとまった数量の価格と納入時期は、選んだ後に取り決める。
さっきは最後の一文として読んで通り過ぎていたが、これも高瀬さんが知りたいことだったのか。
「見本はもう用意できていますけど、まとめて買う方は、選んでから値段と日を決めるそうです」
「そういうことか。じゃあ先に、客に選んでもらわなきゃいけないね」
「はい、ただ、日付と人の名前が読めていないので、そこを確かめてから紙にまとめてもいいですか?」
「頼むよ。春、筆と紙を出してやっておくれ」
お春さんが頷いて奥へ戻り、高瀬さんは別の客に呼ばれて立ち上がる。
俺は湯呑へ手を伸ばした。茶で喉を潤してから、空になった湯呑を端へ寄せる。
たった数行なのに、すぐには終わらない。
持ってきてもらった硯は、手紙から離して置いた。
お春さんが墨をすってくれる間に、俺は日付のところへ目を凝らす。横切っている細い線が数字の一部なのか、紙の皺なのか。それすら怪しい。
「ここ、少し押さえても大丈夫でしょうか?」
「折れているところですか?破かないように、そっとなら」
端を押さえて紙の向きを変えると、黒く見えていた横線が薄くなった。
そこへお春さんが顔を寄せるので、出しかけたスマホを止める。
「この細いのが字なんですね。さっきは折り目と一緒に見えました」
「俺もです」
「京介さんの習った字と、ずいぶん違います?」
「はい、昨日の箱の字なら読めたんですけど、こっちは、どこで一文字が終わるのかも分からなくて」
「それ、昨日の小皿もそうでしたね」
「あれは小だけ読めました」
「ふふ、今日は、どこが読めました?」
俺は挨拶の行の終わりを指した。
「ここです。高瀬さんの名前」
「うちの名前?」
「はい、これで、タカセです」
お春さんは硯の脇にあった紙切れを取り、筆を俺へ渡す。
「つながってない字で書けますか?」
「これなら」
墨を少し落とし、Takaseと書く。
細い筆で書いたTは、横棒だけ妙に太くなった。続くaも丸ではなく潰れた輪になったが、何と書いたかは分かる。
お春さんは手紙と紙切れを並べ、同じ文字を順に探していた。
「あ、本当。ここは似てますね」
「俺が書いた方も、ちょっと怪しいですけど」
「いえ、これなら私にも分かります」
俺が筆を置くと、お春さんはその紙を自分の控えの上へ載せた。
「これ、いただいてもいいですか?」
「それでよければ。もっときれいに書けるといいんですけど」
「うちの名前だから、覚えておこうと思って」
あんな字でよかったんだろうか。
お春さんはもう一度、指でTの横棒をなぞる真似をしてから、奥の棚へ向かう。俺は手元へ目を戻し、ようやく日付を撮り直した。
今度は余白から光が入り、横線が紙の皺だと俺にも分かる。
人名の方も角度を変えて撮ってみたが、先頭の文字が重なっている箇所は、黒いままだった。
うん、今回の返事は、見本を取りに行くか、高瀬屋へ送ってもらうかだね。見本を選んだ後で、まとまった注文の値段と納期を相談する流れになっている。
撮り直した日付は「1. Juni」、六月一日と読めるよ。七に見えた横線は、今度の写真では数字から離れている。
高瀬さんが教えてくれた「二種類」「客は二十個ほど希望」は、先の相談の内容として添えられる。ただし、この手紙自体には二十個という数字はないので、二十個を注文済み、あるいは確保済みとは書かないようにしよう。
人名はまだHellerかKellerかを絞れない。最後の署名も文字が重なっている。ここは原本と一緒に、分かる人へ見てもらいたいね。
「六月一日」と紙の上の方へ書く。
その下へ「見本を取りに」と続けたところで、筆が止まった。これだと、取りに行くことがもう決まっているように見える。
一本線を引き、隣へ「取りに行くか、送ってもらうか」と書き直す。
俺が決めることではない。聞かれていることを写すだけなのに、短くすると勝手に答えまで入ってしまう。
「京介さん、そろそろ戻らなくて大丈夫ですか?」
顔を上げると、お春さんの前に皿が六枚並んでいた。
松葉屋へ持っていく皿だ。俺が紙を見ている間に、彼女は縁を確かめ、一枚ずつ布を挟んで揃えている。
「あ、もうそんな時間ですか?」
「私もそちらへ伺うので、ご一緒できるかと思って。父がおせいさんと、今日届けて代をいただく話にしてあるんです」
「行きます。すみません、日付だけは分かったので、高瀬さんに伝えてきます」
帳場へ声をかけると、高瀬さんは六月一日と繰り返して頷く。
名前が読めないことも話したが、それより俺の紙の方へ目を向けた。
「それは、もう読めるようになってるかい?」
「まだ途中です。明日の朝まで、お時間いただいてもいいですか?手紙はここに置いて、分かったところを整理してきます」
「ああ、明日は五月の終いか。返事をするにはちょうどいいね。読めないところは、そのまま空けといておくれ」
下書きに使っていた紙は、そのまま持たせてもらえた。
硯と筆を片付け、原本を高瀬さんへ返してから、皿の包みに手を伸ばす。
お春さんが結び目を確かめるのを待ち、底へ両手を差し込んだ。
外へ出ると、店の中より風があった。
皿を腹へ寄せて歩く俺の隣で、お春さんが空いた包み布を畳んでいる。
「重くないですか?」
「このくらいなら大丈夫です。前に、荷物を運ぶ仕事もしていたので」
「そうなんですね。じゃあ、もう少し頼めばよかった」
「いえ、皿はこのくらいで」
お春さんが声を立てて笑う。
俺も笑いながら、包みを抱えた腕には力を込める。
人の後ろについて少し歩き、道幅が広くなったところで再び並ぶ。
「お店のコップも、外国から来たものなんですか?」
「そういうものもあります。でも昨日の箱は、前に仕入れたものですよ。あの中に、頼んでいた見本があるわけじゃないんです」
「やっぱり、別なんですね」
「同じガラスでも、形が違えば欲しい方も違いますから。父は見本を見ると、すぐ誰に見せようか考えるんです」
昨日の皿も、柄のある方を眺めていた俺へ、高瀬さんは店で使うならと別の皿を出していた。
「お春さんもそうやって覚えたんですか?」
「まだ覚えてる途中ですよ。父には、顔だけ覚えても駄目だって言われます」
「何を買ったかも?」
「ええ、前に買ったものがよかったか、使いにくかったか。そう言うのを聞くと、次に何を出せばいいか分かることもあるんです」
「俺は顔と名前を一緒に覚えるところからですね」
飲食店で働いていたとき、いつも同じ席に座る客は覚えていた。その人が立つ前に追加の水を持っていけると、たまに笑ってもらえる。
あれも、この人たちの商売に少しは近かったのかもしれない。
「でも、私の名前は覚えましたよね?」
「それはもちろん」
「じゃあ、松葉屋さんへ持っていくのは何枚でした?」
「六枚です。二十銭」
「はい、間違いありません」
なぜか品物の確認に戻された。
こちらを見ているお春さんの口元が、少しだけ笑っている。
松葉屋の暖簾が見えたので、俺は先に入口へ向き直った。
「戻りました!」
「お帰り。おや、品物まで来たね」
おせいさんが台を空けてくれたので、両手で包みを下ろす。
布をほどくのはお春さんに任せ、俺は上着を脱いで前掛けを取りに行った。
徳蔵さんが六枚の皿を見ている間に、おせいさんは約束の二十銭を出す。お春さんが確かめて受け取り、短い挨拶を交わしたところで、入口から飯を頼む声がした。
「京介、そっちの台を拭いたら、椀を出してくれ」
「はい!」
振り向くと、お春さんが空の布を抱えて立っていた。
もう行く、と口が動き、俺は頭を下げて見送る。何か一言くらい返せばよかったと思ったが、後ろから汁椀が渡ってくるので、慌てて両手を出した。
「先に盆を出してくれ。まだ熱いぞ」
「はい、すみません!」
湯気が鼻先をかすめる。
手紙の続きは、ひとまず頭から追い出した。
昼の客が引いた後、新しい皿に魚の切り身が載っているのを見つけた。
朝まで高瀬屋で重なっていた六枚のうちの一枚だ。縁に引かれた青い線の内側で、煮汁が薄く広がっている。
「そっちは俺のだ。片付けなくていい」
徳蔵さんが声をかけ、濡れた手を拭きながら腰を下ろす。
俺にも飯をよそってくれたので、向かいへ座った。
「高瀬の旦那の用はどうだった?」
「見本の受け取り方を聞く手紙でした。まだ人の名前が分からなくて、明日の朝、もう一度行かせてもらいたいんですけど」
「ああ、朝の片付けを済ませたら行ってこい。今日は間に合ったしな」
「ありがとうございます」
「汁も飲め。昼にずいぶん汗をかいてたぞ」
ちょうど箸を持ったところで、おせいさんが俺の前にも魚を置いてくれた。
同じ形の皿が二枚、向かい合っている。
あんなに気を遣って運んだ皿で、もう飯を食っている。煮汁をこぼさず魚をほぐせるし、重ねておいても場所を取らない。確かに、店で使うにはよさそうだ。
その晩も、一日分の給金五銭を受け取った。
これで手元には二十銭ある。昼におせいさんが皿代として払った額と同じだけの銭が、今度は俺の包みに入っている。
松葉屋の皿は六枚。俺の給金なら四日分だ。
そう考えてから、布の口をしっかり閉じる。
寝る前にスマホを開くと、朝の手紙が明るく映った。
撮った写真は、引き伸ばせば筆の細い線まで見える。手紙の原本は店に置いてきたのに、こうして寝床でも読み返せるのはありがたい。
下書きは明日の朝、明るくなってから見直すことにして、覚えているうちに相談の続きを打つ。
所持金は二十銭だね。今日の個人支出はなし。
名前は、カタカナのどちらかに決めないでおこう。読みの候補は控えに残せるけれど、高瀬さんへ渡す紙には「見本の受取先の人名は未確認」と書き、原本のどの行か分かるようにするといいよ。
原本へ新しい書き込みはせず、別紙に「本文二つ目の文、人名の箇所」と添えれば、先方にも示せるね。
画面の写真へ戻り、二つ目の文を指で追う。
今なら、どの辺りが人の名前かは分かる。高瀬さんの名前と、六月一日。それに見本という単語も、同じ手紙の中なら見つけられそうだ。
明日、新しい紙を一枚渡されたら、また最初からだろうけど。
小さくあくびが出た。写真を閉じて横になり、上着を腹へ掛け直す。
目を閉じると、Tの横棒をなぞっていたお春さんの指が浮かんだ。
あれくらいなら、もう少しきれいに書けたはずなのに。
五月三十一日の朝、高瀬屋へ着くと、昨日使った台が空けてあった。
朝の洗い物を終えてから来たので、指の先にはまだ少し皺がある。手拭いでもう一度拭き、借りていた下書きを広げると、お春さんが硯と紙を持ってきてくれた。
「今日は、ここで書きますか?」
「はい、原本ももう一度見せていただいていいですか?」
「父が出しておきましたよ。これです」
手紙を受け取り、下書きと並べる。膝の上でスマホに残した訳も開き、一行ずつ見比べた。
日付、見本の数、受け取り方。書く前に順番を決め、墨を含ませた筆を紙へ下ろした。
最初の「五」は、思ったより細い字になった。調子に乗って次を急ぐと、今度は「月」が斜めになる。
「少し大きめに書いてもいいですよ。紙はまだありますから」
「ありがとうございます。でも、何枚も使うと」
「小さくしすぎて読めなくなったら、結局書き直すでしょう?」
それはその通りだ。
行の間を少し広く空け、続きは字を大きくする。お春さんも自分の帳面を持ってきて、台の端で書き始めた。
彼女が二行書く間に、俺は一行。それでも今度は、読み直して自分で首をひねるような字にはなっていない。
書き終えてから、少し離して眺める。
指で追って読むと、一行目の「二点」が引っ掛かった。数は合っているが、これでは昨日の俺と同じように思うかもしれない。
余った紙へ、先に高瀬さんから聞いたことも書いておく。形の違う見本を二つ頼んだこと。客は二十個ほど欲しがっていること。
手紙から読んだ方と混ざらないよう、こちらには「高瀬さんから伺ったこと」と付けた。
「できました。見てもらえますか?」
高瀬さんが帳場から立ち、俺の横へ回ってくる。
手紙の上へ清書を重ねようとして、まだ墨が光っているのに気づき、並べて置き直した。
「見本二つはこっちの控えと合うね。ああ、値段はまだなのか。まあ、物を決めなきゃ始まらないか」
こちらが説明する前に、二枚目も読んでいる。
俺は口を挟まず、指が止まるのを待った。
「送ってもらうなら、六月一日にここへ着くのかい?」
「それは……もう一度、確かめてもいいですか?」
日付だけ見て頷きそうになったが、原本を手前へ寄せる。
昨日の訳には、六月一日に取りに行くか、送付を希望するかとある。店へ届く日まで同じかどうかは、確かめていない。
「取りに行く方は六月一日です。ただ、送ってもらう場合も同じ日に届くのかは、ここでは言い切れません。聞いてもらえますか?」
「そうか、送る手間賃は?」
「それも、書かれていません」
「じゃあ、そこもだね」
高瀬さんが紙の空いたところを示すので、送る場合の日と手間賃を書き足す。
最後に、人名のある箇所を原本で示した。候補を口にすると、高瀬さんはどちらもすぐには思い当たらない顔をする。
「俺が話した相手とは別の人だな。受け渡しをする人かもしれないが、これだけじゃ分からないね」
「名前のところだけ、向こうで見てもらえれば」
「ああ、この紙ごと持っていこう」
高瀬さんは絵のある控えも出し、俺の書いたものと並べた。
二種類の見本を選ぶための話で、二十個の注文はまだ先。その流れを自分の言葉で確かめてから、清書の端へ軽く指を当てる。
「うん、これなら、何を聞けばいいか分かる」
筆を置くと、力を入れていた指の付け根が少し痛んだ。
高瀬さんは墨が乾くまで紙を広げておき、出かける支度をしに店の奥へ行く。
お春さんが台に残った硯を寄せながら、こちらへ小さく頷いた。
「春、少し店を頼むよ」
「はい、お帰りは、お昼まで?」
「そのつもりだ。長くなるなら、人を寄こす」
戻ってきた高瀬さんが原本と控えを重ね、その上へ俺の清書を載せる。
俺は最後の一枚が乾いているか、もう一度だけ確かめた。
「じゃあ京介さん。これを持って、先方へ確かめてくるよ」
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