【20話まで投稿予約済み】明治時代をチャッピーと共に成り上がれ! 作:ヅダスキー3世
六月一日、高瀬屋の台の上に、コップが二つ並んでいた。
片方は飾りがなく、もう片方には縦の筋が入っている。入口から差す光がガラスを通り、台の木目に細い影を落としていた。
あの手紙に書かれていた見本だ。
「来たんですね」
「今俺が持って帰ったところだよ」
高瀬さんが包み布を畳み、俺の書いた紙をその脇へ置く。
昨日は朝のうちに松葉屋へ戻ったので、確かめに出た後の話はまだ聞けていない。朝の片付けを済ませて訪ねると、ちょうど包みが開かれたところだった。
「先方では、どうでした?」
「ばっちり合ってたよ。見本は二つ。今日取りに行くか、送ってもらうか。それを聞きたかったそうだ」
胸につかえていたものが、すっと下りた。
俺は息を吐き、それから改めて二つのコップを見る。写真でも画面でもない。縁に触れれば冷たそうな品物が、ちゃんとここにある。
「昨日、話を通してくれた人に会えてね。この紙を見せたら、すぐに向こうへ聞いてくれたんだ。そんで、今日こちらから取りに行くと決めてきた。送る手間賃も要らないし、ついでの用もあったからね」
「じゃあ、六月一日というのも間違いなかったんですね?」
「間違いなかった。七日まで待ってたら、どうしたのかと思われたろうな」
高瀬さんは笑い、筋のあるコップを持ち上げる。
俺も触っていいか聞いてから、飾りのない方を手に取った。持つと思ったより底が重い。水を入れて台へ置けば、安定しそうだ。
「これなら、底が厚いものをっていうお客さんにも見てもらえそうですね」
「そこは気に入ると思うよ。あとは持ちやすさと値段だね」
「二十個の方は、これからですか?」
「そう、まず選んでもらう。この二つも買ったんじゃなく、四日まで借りてるんだ。先方へ置いた借受けの書付と、同じ内容の控えがこれだよ」
コップを台へ戻すと、お春さんが布を一枚敷き直してくれた。
高瀬さんの差し出した控えには、日本語のほかに横書きの名前がある。手紙の細い線とは違い、一文字ずつ離れていた。
「名前のところも分かったよ。受け渡しをしたのはケラーさん。こっちの字で間違いないと、本人にも見てもらった」
Keller。
名前を聞いてから眺めると、手紙の方もそう読める気がする。けれど今まで分からなかったのだから、初めから読めていたような顔はできない。
「最後の署名もこの人だったんですか?」
「いや、手紙を書いた方はシュミットさんだってさ。ケラーさんは品物を渡してくれる人。別だったよ」
「お父さん。その方の名前なら、前の書付にもありますよ」
お春さんが帳場の棚から紙の束を持ってくる。
父親が二枚めくったところで、横から指を差し入れて止めた。前に仕入れた品の書付らしく、下の方に見覚えのある長い線が伸びている。
「この時も、最後がこんなふうになっていたでしょう?」
「ああ、こっちにもあったか」
二枚を並べると、確かに最後の跳ね方が似ている。
しかも古い方には、つながっていない字でSchmidtと添えてあった。高瀬さんが以前、読みを聞いた際に書き添えてもらったものだという。
俺は紙の端を指で追い、一文字ずつ口の中で読み直す。
「これなら、名前も書き足せます。ありがとうございます」
「昨日から探していたんです。父は、しまった場所をすぐ忘れるから」
「しまってくれる人が、俺の思った所へ入れないんだよ」
「品物ごとに分けてあるだけです」
お春さんは言い返しながら、必要な二枚だけ残して束を戻す。
俺は借りた筆を取り、昨日の清書に確認できた名前を添えた。受取先はケラー。末尾の署名はシュミット。元の手紙には手を入れず、書き出した方の余白へ今日の日付も付ける。
撮った文字をチャッピーに見てもらうだけでは、ここまで来なかった。高瀬さんが足を運び、お春さんが紙を探して、ようやく二つの名前が埋まったのだ。
「これでどうでしょう?」
「うん、いいね」
高瀬さんは書き足したところを確かめ、墨が乾くように原本の隣へ置いた。
俺が筆を洗いに立とうとすると、待って、と声がかかる。
帳場へ戻った高瀬さんが、白っぽく光る小さな銭を三枚持ってきた。
「今回の礼だ。受け取っておくれ」
台の上で、かちりと音がする。
いつも徳蔵さんからもらう銅貨より小さい。俺は一枚を裏返し、刻まれた字を見た。
十銭。
それが三枚ある。
「三十銭、ですか?」
「そう、手紙を読んで、聞くことをまとめてくれた分だよ」
三十銭*1。
昨日まで五日働いて、二十五銭だった。
五月の終わりの片付けを済ませた晩、五日目の給金を渡した徳蔵さんは、六月からも同じ条件で続けてくれと言ってくれた。一日に五銭と三度の飯、それに寝床。まずは今までどおり働けると、ほっとして眠ったばかりだ。
その五日分より多い銭が、今、目の前にある。
「でも、まだコップは売れていないんですよね?」
「売るのは俺の仕事だよ。あんたに頼んだのは、手紙に何が書いてあるか確かめてもらうことだ。そっちは済んだろう?」
「はい、でも、俺が全部……」
読んだわけじゃない。
言いかけたところで口を閉じる。文字を読んでくれたのはチャッピーだ。俺一人なら、ドイツ語だということさえ分からなかった。
高瀬さんは俺の手元を見ていたが、銭を引っ込めようとはしない。
「名前は、こっちで聞いてきた。品物のことも、俺と春が話した。そこはそうだよ」
「はい」
「けど、何を確かめればいいか、この紙にしてくれたのは京介さんだ。行った先で一つずつ聞けたから、話が早かったんだよ」
自分の書いた紙へ目を落とす。
昨日は曲がった字ばかり気になった。その脇に高瀬さんが書き加えたらしい印があり、俺の質問の横には短い答えが並んでいる。
持っていっただけではなく、本当に使ってもらえた紙だった。
「それとも、次からも銭はいらないかい?」
「いえ、いただきます!」
返事が大きくなり、お春さんが俯く。
笑われた気がするが、ここは言い直せない。
「ありがとうございます。確かめます」
十銭を一枚ずつ数え、三十銭あると口にする。
重ねた銀貨*2は指先に収まるくらいなのに、しまう手が少し震えた。布の包みを開き、これまでの銭の隣に置く。
合わせて五十五銭。
包みを閉じても、今の三枚の光り方が目に残っている。
「よかったですね」
お春さんが硯を片付けながら言った。
俺は頷き、もう一度高瀬さんへ頭を下げる。ここで帰ったら、道へ出た途端ににやけそうだ。
高瀬さんはもうコップを包み直し始めている。
今なら聞けるかもしれない。
「あの、こういう手紙で困るお店って、ほかにもあるんでしょうか?」
包み布を折る手が止まった。
「ほかでも読んでやろうってことかい?」
「はい、もちろん、見せてもらってからですけど。読めそうなものなら、また仕事にできないかと思って」
銭をもらった直後に言うと、欲張りに聞こえるだろうか。
けれど、次もたまたま声をかけてもらえるとは限らない。今の三十銭が一度きりで終わるのは、もったいないと思った。
高瀬さんは包みの結び目を作り、指で締める。
「あるよ。うちみたいに、人に読んでもらっている店はね。ただ、その人で間に合ってるなら、わざわざ替えないだろう」
「あ、そうですね」
「急いでいるのに相手が留守だったり、小さい用で遠くまで頼みに行くのが面倒だったり。そういうとき、近くで読んでくれる人がいれば助かる」
「短い連絡からなら、俺にもできるかもしれません」
「じゃあ、困っている人がいたら話しておこうか。まずは、うちであと何度か頼めるか見せてもらってからだね」
「お願いします!」
言ってから、松葉屋の仕事を思い出す。
できるだけ、と付け加えようとしたところで、お春さんがこちらを見る。
「徳蔵さんにもお話ししないと」
「はい、今日、戻ったら相談します」
高瀬さんは笑って、包んだコップを帳場の内側へ移した。
そのそばには、ほかにも紙の付いた包みがある。どれも誰かが欲しがり、誰かが売ろうとしているものなのだろう。
俺が見ていると、高瀬さんが一つの包みを軽く持ち上げた。
「これは、客から預かった鉢だよ。同じものを買い足したいんだとさ」
「同じものが、まだあるか確かめるんですか?」
「ああ、品があっても、高くなってたら前と同じ値では売れない。先に仕入れの値を聞くんだ」
さっきの手紙にも、品物を選んでから値段を決めるとあった。
外国語を読む仕事なら、そういう数字も目に入る。何が欲しがられていて、どこに品物があるのか。今は高瀬さんに聞かなければ分からないが、手紙を読むたびに一つずつ覚えられるかもしれない。
「そういう値段の書いてあるものも、いずれ見せてもらえますか?何がいくらなのか、少しずつ覚えたいです」
「うちが仕入れる値だよ?そこらでしゃべられちゃ困るね」
「言いません。仕事で見るものですから」
高瀬さんはしばらく俺の顔を見てから、鉢を元の場所へ戻す。
「まあ、読んでもらうときには見せることになる。そのときに教えるよ」
「ありがとうございます」
「ただし、安い品があるからって、それだけで売れると思わないことだ。欲しい客がいるかどうかだからね」
つい、自分でも仕入れられるようになるだろうかと考えていた。
口には出していないはずだが、高瀬さんは俺の手元へ目をやり、少し笑う。
「今日は、まずその銭をなくさないことさ」
俺は上着の内側から手を離した。
さっきから何度も、包みがあるか触っていたらしい。
店を出る前に、俺は照合用に持ってきた下書きを畳みかけた。
清書と原本は高瀬屋へ残す。手元の下書きには、言い回しを直した跡も、書き損じた字もそのままだ。
「それ、取っておくんですか?」
「はい、次も同じように書けるかと思って」
「そうですね、書き直したところも見られますから」
「次も、すぐ読めるか分からないですけど」
「でも、読めない名前をそのまま決めなかったでしょう?」
お春さんは清書の入った束へ目を向ける。
「どこを聞けばいいか、父にも分かりましたから。私は、ああいうふうに書いてある方が助かります」
「……ありがとうございます」
「今度の紙にも、字は大きめでお願いしますね」
「そこは、はい」
返した声が小さくなってしまい、彼女が笑った。
俺は下書きを折り、銭とは別にしまう。
道へ出てから少し歩いて、頬が緩んでいるのに気づく。慌てて口元を引き締めたが、さっきの言葉を思い返すと、また戻ってしまう。
大きめの字。
そこだけじゃなく、その前も言ってくれたんだよな。
松葉屋へ戻ると、汁の匂いがした。
上着を脱ぎ、前掛けを結んでいる間にも客が入ってくる。まず椀を出し、空いた膳を下げて、話ができたのは昼の客が引いてからだった。
「高瀬の旦那から、礼をもらえたようだな」
徳蔵さんの方から言われて、俺は顔を上げる。
「どうして分かったんですか?」
「さっきから顔に出てる。で、どうだった?」
「三十銭いただきました」
「そりゃよかったな。ちゃんと仕事になったか?」
俺は見本が届いたことと、分からなかった名前も確かめられたことを話す。
徳蔵さんは魚の骨を皿の端へ寄せ、うん、と頷いて続きを待ってくれた。
「それで、また手紙があれば見せてもらいたいと、お願いしてきたんです。こちらの仕事の合間に、続けてもいいでしょうか?」
「客が立て込む前には戻れるか?」
「今日みたいな時間なら。ただ、長いものを頼まれたら、先に相談します」
「そうしてくれ。急にいなくなられると困るが、空いたときに稼げるなら、その方がいい」
箸をいったん置き、ありがとうございます、と頭を下げる。
昨日、六月からも続けると約束したばかりだ。早速ほかの仕事の話をして、嫌な顔をされるかもしれないと思っていた。
「その代わり、こっちの皿を割って稼ぎを減らすなよ」
「気をつけます」
「あんた。せっかく喜んでるのに、今から割る話をしなくてもいいだろう?」
おせいさんが俺の湯呑へ茶を足し、徳蔵さんも笑う。
「アンタ、自分の物も買いなよ。銭を数えてばっかりじゃなくてさ」
「手拭いを買おうと思っています。ずっと借りたままですし」
「それなら、あそこの小間物屋で見といで。私がこの前買った白いのは一本六銭*3だったよ。二本あれば、洗ってる間も困らないだろう」
「六銭。二本で十二銭ですね」
「そうさ。明日の休みにでも行ってきな」
十二銭なら払える。
すぐにそう思えたのが、少し嬉しかった。
今までは値段を聞くより先に、借りられるだろうかと考えていた。今日は銭を出せば自分の物になる。
その晩、店の片付けを終えて、いつもの五銭も受け取った。
給金をもらうとき、高瀬屋の三十銭があるから今日はいいです、と言いかける。けれど昼に働いた分まで、なかったことにはならない。
俺は五枚を確かめ、徳蔵さんへ礼を言った。
寝床へ戻って包みを開くと、銀貨と銅貨が並ぶ。数え終わってもすぐにはしまえず、しばらく眺めていた。
初めての翻訳料だね!所持金も、二十五銭+三十銭+五銭=六十銭で合っているよ。
前の相談で使ったのと同じ米価で比べると、三十銭は令和2年(2020年)の約二千八百円相当。明治8年の東京の米相場と、2020年の東京の小売価格から米の量で比べた粗い目安で、現代の仕事の報酬へそのまま置き換える数字ではないよ。
京介の今の暮らしで考えるなら、現金の給金六日分。松葉屋で教わった一食二銭の飯なら十五食分だね。ただし、食事だけの比較で寝床代などは含まない。
六日分。
自分でも分かっていた計算なのに、画面で見るとまた口元が緩む。
一週間くらい、朝から晩まで働いて貯める銭。それが、手紙を読んで渡す仕事でも手に入った。
俺は布の上の銀貨へ目を移す。
文字を読んだのはチャッピーでも、頼まれた仕事は済ませた。高瀬さんの言葉を思い返すと、今度は素直に嬉しい。
それなら、ほかにもできることがあるんじゃないか。
同じ値段で買えれば、残りは六十銭-十二銭=四十八銭。筆で書くなら墨と硯も要るから、一式の値段を確かめよう。
今の条件なら、候補はこの四つだね。まず報酬を得やすい仕事を増やし、その一部を次の商売へ回す方針がおすすめだよ。
一、外国語の文書仕事。手紙の読解から、注文内容の整理や返信の下書きへ広げる。すでに報酬を得た仕事に近く、少ない元手で試しやすい。
二、品物探しと取引の仲介。欲しい品を聞いて売り手を探し、手間賃をもらう。先に商品を買い込まずに始める案。ただし、誰が何に払うかは事前に決める必要がある。
三、石鹸の製造・改良。横浜では明治六年に国産石鹸の製造・販売が始まっている。原料や器具、安全に作業できる場所を揃え、既存品との違いを試す候補だね。*4
四、椎茸の栽培と乾燥販売。江戸時代からある商売で、栽培方法の改良を調べる余地がある。ただし、原木と育てる場所が必要で、収穫まで資金を寝かせる中長期の候補だよ。
椎茸。
意外なものが出てきて、画面を戻す。石鹸工場の主人より、木から椎茸を採る自分の方が、まだ想像できる。育て方なら、その都度聞けばいい。
乾かして袋に詰めたものが店に並ぶところまで考えてから、最後の一行に指が止まった。
原木を新しく用意するなら、すぐの収入には向かない。現代でも、原木の調達から収穫まで二年以上かける生産例があるよ。品種や方法によって違うので、全部が同じ期間ではないけれどね。*5菌床栽培なら植菌後三か月ほどで発生させる方法もあるけれど、空調などの設備を使う現代の例だね。*6
当時の栽培は、原木に自然に椎茸の菌が付くのを待つ方法が中心。現代の培養種菌が明治八年にも売られているわけではないんだ。技術を持ち込むなら、菌を取り出して育てる準備や試験も要る。*7
「二年……」
俺がここへ来て、まだ八日目だ。三か月の方にしても、その前に設備を揃えなければならない。
布の上の銭を見る。これを使って木を買い、椎茸が出るのを待つ。出てきたところで、それを買ってくれる人も要る。
そう簡単にはいかないか。
けれど画面を閉じる気にはならず、もう一度入力欄へ指を置いた。
その例は近いね。まず必要な品、数、予算、期限を聞き、売り手を探す。京介なら外国語の書類を読む力も組み合わせられる。自分で仕入れて売るなら、売値から仕入代や運賃などを引いて残る分が利益。品物の手配を手伝うなら、自分の手間賃を先に相談しよう。
明日は高瀬さんに、翻訳に加えて品物探しの仕事もできるか聞いてみるのはどうかな?
スマホのメモに「品物探し」と残す。客の目の前で品と数を書き留めるなら、自分の筆と紙が欲しい。
椎茸も、その下へ打ち込む。すぐには始められなくても、消すことはない。
銀貨を包みに戻し、口を折り返す。
明日は十二銭使う。それでも銭が残り、その先の使い道も聞きに行ける。
六月二日、昼の片付けが済んでから、小間物屋へ出かけた。
おせいさんに教わった店には、手拭いのほかにも櫛や小さな袋物が並んでいる。きょろきょろ見ていると、店の人から何を探しているのか聞かれた。
「白い手拭いを二本見せてもらえますか?」
「こっちのでいいかね?一本六銭だよ」
広げてもらった布は、借りているものより張りがあった。
端へ指を添え、幅と長さを見る。肩へ掛けるにも、顔を拭くにも使えそうだ。染めた柄のあるものも目に入ったが、今日はこの二本にする。
「十二銭ですね。これをください」
一銭銅貨を十二枚並べ、店の人が確かめるのを待つ。
銭が台の向こうへ移り、代わりに畳んだ手拭いが差し出された。受け取って店を出ると、思わずもう一度、布の端を触ってしまう。
服でも靴でもなく、手拭い二本。
それだけの買い物なのに、今夜使う物を人に頼まなくていいと思うと、歩く足が軽くなる。
一本は使い、もう一本は洗い替えにする。借りたものは洗って返そう。
残りは四十八銭。
筆や紙のことも聞きたかったが、まずは高瀬さんへ仕事を引き受けられる時間を伝えるつもりだった。店が忙しくなる前に戻る約束もある。
手拭いを上着へ挟み、先に高瀬屋へ向かう。
今度は松葉屋のお使いではなく、自分の用だ。
「こんにちは。高瀬さん、いらっしゃいますか?」
「おや、ちょうどよかった」
帳場から顔を出した高瀬さんが、一枚の紙を取り上げる。
その言葉だけで、上着の内側が気になった。四十八銭はある。けれど、それで終わりにはしたくない。
「別のところから、これが来てね。また見てもらえるかい?」
「はい、あ、その前に、徳蔵さんと話してきました。店の忙しい時間には戻って、長くかかる用なら先に相談する約束です」
「そうか、それなら今、少し見られるかい?」
「はい、それと、いずれ品物を探す用も手伝えないでしょうか?昨日の鉢みたいに、欲しいものがあるお客さんのために」
高瀬さんは紙を持ったまま、少し眉を上げる。
「今度はそっちにも興味が出たかい?」
「はい、手紙を読むほかにも、仕事を増やしたいんです」
「だったら、次に仕入れの話をするときは聞いておいで。品の名前だけじゃなく、数と、いつまでに要るかも聞くんだよ」
「お願いします」
仕入れの話も聞けることになった。何を確かめてから品物を買うのか、そばで見ておこう。
その前に、今ある仕事だ。
受け取った紙は一枚。今度は英語らしい。
いくつか見覚えのある単語もあるが、文字のつながったところはすぐには追えない。高瀬さんに何の用件か心当たりを聞くと、別の仕入先と器の見本を見せてもらう話をしていたという。
「返事は、いつまでに必要ですか?」
「明日には出したいね。今日中に何の話か分かれば助かるよ」
俺は行数を確かめ、名前らしい箇所と日付を探す。
昨日の三十銭を思い出すと、すぐ引き受けたくなる。けれど前の手紙より短いからといって、同じように読めるとは限らない。
「まず少し、読めそうか確かめてもいいですか?できそうなら、今日中に日本語でまとめてお渡しします」
「頼むよ。銭の方も、今度は先に話しておこうか」
高瀬さんは紙の上から下まで指を滑らせる。
「この一枚の用件と、返事が要るところをまとめてもらって十五銭。それでどうだい?今日渡してもらったら、その場で払うよ」
十五銭。
昨日の半分でも、松葉屋の給金なら三日分だ。
紙を持つ指に少し力が入る。読み始める前から、仕事を済ませた先に受け取れる額がある。
「この一枚を読む分ですね。外国語の返事を書いたり、先方へ出かけたりする用は、別に相談させてください」
「ああ、それでいい。今は、何と言ってきたのか知りたいんだ」
俺は頷き、台の端を借りて紙を置いた。
お春さんが奥から出てきて、上着から覗く白い布に気づく。
「買ったんですか?」
「はい、二本」
「よかった。じゃあ、手を拭くものはありますね」
そう言って、硯を台の向こうへ置いてくれた。
俺は新しい手拭いで指を拭き、腰を下ろす。今度の仕事で必要な紙も、出してもらえると高瀬さんが言った。
あとで買いに行く筆は、自分で選ぼう。
そのためにも、もう一度。
「少し、お時間ください」
高瀬さんが客に呼ばれ、お春さんも帳場へ戻る。
二人の目が外れたところで、俺は膝の上にスマホを出した。
次の十五銭を稼ぐために、手紙の一行目へカメラを向ける。
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