え?ボクがジョジョ?   作:光宙

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1話 アーマードセイント

2025年、城ヶ崎淨禾(じょうがさきじょうか)が十八歳の誕生日を迎えた日、世界は何も変わらなかった。

 

朝、目を覚ます。顔を洗い、適当に朝食を済ませ、昼からはアルバイト。帰宅すれば動画を見たり、ゲームをしたりして時間を潰す。

 

いつもと変わらない、ありふれた一日。

 

少なくとも、その夜まではそうだった。

 

「……あー、疲れた」

 

アルバイトを終えて帰宅した淨禾は、ベッドに倒れ込んだ。

 

両親はいない。物心つく前から孤児院で育ち、十六歳で独り暮らしを始めた。身寄りと呼べる人間もいなければ、特別に親しい友人がいるわけでもない。

 

仕事をして、食べて、寝る。

 

そんな生活を、彼女はずっと繰り返してきた。

 

「……誕生日、か」

 

ふと、今日が自分の十八歳の誕生日だったことを思い出す。

 

誰かに祝ってもらう予定はないし、自分から知らせるつもりもなかった。そもそも、誕生日に特別な思い入れがあるわけでもない。

 

淨禾は、自分がどこで生まれたのかさえ知らなかった。

 

赤ん坊の頃に捨てられたらしい。孤児院の職員から聞かされたのは、それだけだ。母親の顔も名前も覚えていないし、今さら探したいとも思わなかった。

 

「ま、今さらどうでもいいか」

 

寝返りを打った、その瞬間だった。

 

「……っ!?」

 

頭の奥に、鋭い痛みが走った。

 

視界が真っ白に染まる。

 

知らないはずの光景。聞いたことのない声。経験した覚えのない記憶。

 

それらが、濁流のように頭の中へ流れ込んできた。

 

「な、なんだ……これ……!」

 

淨禾は頭を抱えた。

 

ただの頭痛ではない。自分という存在の内側を、無理やりこじ開けられているような感覚だった。

 

そして――。

 

ドンッ!

 

室内の空気が震えた。

 

淨禾の背後に、銀色の人型が出現していた。

 

全身を覆う装甲。鋭く研ぎ澄まされた輪郭。人間に似ていながら、人間とは明らかに異なる姿。

 

その存在を目にした瞬間、淨禾の脳裏に一つの言葉が浮かんだ。

 

――スタンド。

 

「……え?」

 

やがて頭痛が引いていく。

 

それと同時に、流れ込んできた記憶が少しずつ形を持ち始めた。

 

見知らぬ教室。見慣れない制服。机の上に置かれた漫画。スマートフォンの画面。

 

そして、鏡に映る自分とは違う、少年の顔。

 

淨禾は息を呑んだ。

 

それらは夢でも幻覚でもなかった。

 

自分はかつて、別の人間として生きていたのだ。

 

日本の高校に通う、ごく普通の男子学生。特別な才能も、特別な境遇もない。漫画やゲームが好きで、友人とくだらない話をし、将来のことを漠然と考えながら日々を過ごしていた。

 

そんな少年だった。

 

そして、彼が好きだった漫画の一つが――。

 

『ジョジョの奇妙な冒険』。

 

「……嘘、でしょ」

 

かすれた声が、部屋に落ちた。

 

前世の記憶が戻るにつれ、目の前の光景の意味も理解できるようになっていく。

 

スタンド。

 

人間の精神エネルギーが形となった、特殊な能力を持つ存在。

 

ならば、目の前にいる銀色の人型こそ、まさしくそれではないか。

 

「これ……ボクのスタンド、なのか?」

 

淨禾が恐る恐る手を伸ばすと、銀色の人型も同じように腕を動かした。

 

まるで、自分の身体の一部であるかのように。

 

「……すごい」

 

恐怖よりも、驚きと好奇心が勝っていた。

 

どうして前世の記憶が戻ったのか。なぜ自分にスタンドが発現したのか。分からないことはいくらでもある。

 

だが、今はそれ以上に気になることがあった。

 

このスタンドには、どんな能力があるのだろう。

 

淨禾はベッドから起き上がり、机の上に置かれていた紙を手に取った。

 

「とりあえず、何か試してみるか……」

 

銀色の人型が、彼女の背後で拳を握る。

 

その瞬間、淨禾の意識に能力の使い方が流れ込んできた。

 

触れた物体を硬化させる。

 

それが、このスタンドの能力だった。

 

「硬化、ね……」

 

淨禾は一枚の紙に意識を集中させた。

 

すると指先で押してみても、びくともしない。力を込めても曲がらず、まるで別の材質に変わったかのようだった。

 

「……マジか」

 

試しに能力を解除すると、紙は元の状態に戻った。

 

何度か繰り返してみたが、結果は同じ。どうやら、自分の意思で硬化させ、元に戻すことができるらしい。

 

「なるほどね……」

 

淨禾は紙を机に置き、背後に立つスタンドを見上げた。

 

銀色の装甲に覆われた人型は、静かに佇んでいる。その姿には、どこか神々しささえ感じられた。

 

「……アーマードセイント」

 

ふと、名前が頭に浮かんだ。

 

「君の名前は、アーマードセイントだ」

 

スタンドは何も答えない。

 

それでも淨禾は、妙にしっくりくるものを感じていた。

 

自分のスタンドに名前を付けただけ。たったそれだけのことなのに、胸の奥がわずかに高鳴る。

 

しかし、その高揚感は長く続かなかった。

 

スタンド。

 

その存在を知っているということは、自分が生きているこの世界についても、ある程度の見当がつくということだ。

 

前世の記憶が正しいのなら、ここは――。

 

「……まさか」

 

淨禾はスマートフォンを手に取り、インターネットを開いた。

 

検索欄に、いくつかの名前を打ち込んでいく。

 

杜王町。

 

SPW財団。

 

岸辺露伴。

 

どれも、前世では漫画の中に登場していた名前だ。

 

検索結果には、実在する地名や財団に関する情報が並んでいた。岸辺露伴についても、漫画の登場人物とまったく同じ存在だと断定できるわけではない。それでも、複数の情報を照らし合わせるうちに、疑念は確信へと変わっていった。

 

「……ここ、ジョジョの世界なのか」

 

呟いた声が、静かな部屋に響く。

 

前世の記憶を取り戻したこと。スタンド能力が発現したこと。そして、自分がかつて漫画として読んでいた世界に生きていること。

 

一度に理解するには、あまりにも突飛な話だった。

 

だが、さらに一つ、気になることがある。

 

「……城ヶ崎、淨禾」

 

自分の名前を口にする。

 

「ジョ」の音が二つ含まれている。

 

前世の記憶が正しければ、『ジョジョの奇妙な冒険』の主人公たちは、しばしば「ジョジョ」と呼ばれてきた。

 

それぞれ異なる時代を生き、異なる敵と戦いながら、自らの運命に立ち向かってきた者たち。

 

ならば――。

 

「……ボクも、その一人ってこと?」

 

淨禾はふと、自分の首筋に触れた。

 

指先に触れる、わずかな凹凸。

 

鏡を使って確かめてみると、そこには星形のアザがあった。

 

ジョースター家の血を引く者に刻まれた、星形の痣。

 

「……はは」

 

乾いた笑いが漏れた。

 

名前に「ジョ」が二つある。スタンド能力を持っている。そして、首筋にはジョースター家の人間に見られる星形のアザ。

 

偶然だと片付けるには、あまりにも符合しすぎていた。

 

自分は、原作には登場しない主人公として、この世界に生まれてきたのかもしれない。

 

しかも、前世の記憶を持ったまま。

 

これは幸運なのだろうか。

 

それとも、最悪の不運なのだろうか。

 

淨禾には、まだ判断できなかった。

 

*

 

翌朝。

 

淨禾は机に向かい、ノートを広げていた。

 

昨夜の出来事は夢ではない。アーマードセイントは今も呼び出せるし、硬化能力も問題なく使える。前世の記憶も、はっきりと残っていた。

 

「……さて、と」

 

淨禾は、思いつく限りの情報を書き出していった。

 

スタンドの存在。前世で読んだ物語の中で起きた事件の数々。

 

ただし、彼女が知っているのは、あくまで漫画として描かれた範囲の情報にすぎない。

 

自分という存在がいる以上、この世界が前世で読んだ物語と完全に一致している保証はなかった。

 

知らない事件が起きるかもしれない。知っている人物が、原作とは違う運命をたどるかもしれない。

 

そして何より、自分がこれからどんな物語に巻き込まれるのか、淨禾には見当もつかなかった。

 

「……だったら、備えるしかないよね」

 

椅子の背もたれに身体を預け、天井を見上げる。

 

スタンド使い同士の戦いに巻き込まれる可能性は十分にある。自分が何者かに狙われる可能性だって否定できない。

 

そんなとき、何もできずに殺されるのは御免だった。

 

「ボクは漫画の主人公じゃない。……いや、主人公なのかもしれないけど、都合よく助かる保証なんてない」

 

自分の命は、自分で守る。

 

それが、今の淨禾にできる最も確実なことだった。

 

彼女はノートに大きく書き込んだ。

 

――スタンド能力の訓練。

 

幸い、今のところスタンドの存在を知っている人間は自分だけだ。時間があるうちに、できる限り能力を鍛えておくべきだろう。

 

硬化の強度。能力を使える範囲。対象にできる物体の種類。効果を維持できる時間。

 

できることと、できないことを一つずつ確かめていく。

 

地道な作業になるはずだ。

 

それでも、何もしないよりはずっといい。

 

「よし。やるか」

 

淨禾は立ち上がり、アーマードセイントを呼び出した。

 

銀色の人型が、部屋の中に姿を現す。

 

淨禾は拳を握り、スタンドとともに構えを取った。

 

こうして、彼女の新しい日常が始まった。

 

アルバイトの合間に訓練を重ね、能力を試しては失敗し、少しずつ使い方を身につけていく。

 

時には硬化させた物体を思うように元へ戻せず、焦ることもあった。集中力を使い果たし、床に座り込んでしまう日もあった。

 

それでも、淨禾は訓練をやめなかった。

 

自分が何者なのか。

 

なぜ、この世界に生まれたのか。

 

その答えは、まだ見つからない。

 

ならば、せめて自分の身を守れるだけの力を手に入れよう。

 

そう考え、彼女は鍛錬を続けた。

 

十八歳の誕生日から、一年。

 

淨禾は十九歳になった。

 

アーマードセイントの能力にも、以前よりずっと慣れていた。硬化の強度を調整し、身近な物を武器や防具として利用する。スタンドの動きも、少しずつ洗練されてきた。

 

しかし、どれだけ訓練を重ねても、実戦の経験はない。

 

自分の力が本当に通用するのか。それを確かめる機会は、まだ訪れていなかった。

 

その日も、淨禾はいつも通りアルバイトを終えた。

 

夜の街を歩きながら、夕食の入った袋を揺らす。

 

「明日は休みだし、帰ったら訓練でもするかな……」

 

何気ない独り言。

 

見慣れた街並み。いつもと変わらない帰り道。

 

淨禾はまだ知らない。

 

自分が鍛えてきた力を試す日が、すぐそこまで迫っていることを。

 

そして、その戦いが、彼女の人生を大きく変えることになるのを。




アーマードセイント
破壊力-B/スピード-A/射程距離-C/持続力-A/精密動作性-B/成長性-A
能力
触れた対象を硬質化させる。
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