梅雨。今日は晴れ渡っているのに、私の心は相変わらずやり込められている。
画面を見るとあの顔が不意に現れる。あの声が聞こえてくる。
いつしか私はネット社会にアクセスしなくなっていた。
同じ舞台に立ってみせると息巻いたものの、そんな気概が長く続くこともない。
意志薄弱なこの心を自嘲しながら、今日もベッドに転がる。
あの瞬間は何でそう思えたんだっけ。挑まれて勝てる相手じゃないのに。
そもそも私に挑んで何になるんだ?結月さんからすれば米粒程にもならないような、たわいもない存在のはずだ。
存在とすら認める必要もない、踏み潰してしまえるような矮小な宇宙の塵の一つだろう。
また私の被害妄想が暴走しているのだろうか。
自意識過剰、自己嫌悪。
「はー……」
片や25曲。此方0曲。
マキちゃんの友達で音楽仲間、という同じ土俵の上で、一方的に薙ぎ倒されている。
そもそも、他のバンド仲間にも何一つ勝てる要素がない。
結月さんに依存し過ぎた。だから結月さんとはもう音楽活動をしない。
本当にそれで良いのだろうか。2人で決めたと言っていたが、では結月さんはそれで良いのだろうか。
2人があんなに笑顔になれる場所は、あのステージの上だけではないだろうか。
私が隣に居たって、誰が隣に居たって、あんなライブはできないじゃないか。
負け戦に後から出て行く勇気がない。
そういえば、マキちゃんは私以外をライブに招待してなかったな。まさかみんな断ったのかな。怖いから。敗北を実感するのが怖いから。
相手は圧倒的なプロ、神童の類。比較すべきではないのに、あの同じ土俵に立っていると感じてしまったら、嫌でも視界に入ってしまう。
「曲……」
作らなきゃ。せめて0を1にしなきゃ。
マキちゃんと別れたくない。お友達で居て欲しい。
パソコンを起動する。いつもの画面を立ち上げる。
私に圧倒的な自信があれば、あの月に立ち向かえたのだろうか。そんなものがあるはずもない。
楽曲投稿サイトを開く。自分の作品に付いた数字は見慣れたものだ。
マキちゃんは私の曲を褒めてくれた。でもそれ以外、他人から評価されたことがない。
評価がないから、自信がない。本当に世間に、マキちゃんに出して良いものなのかわからない。
投稿した過去の曲を聴く。
あれ程時間を割いて作って歌った曲でも、投稿してしまえば世の評価が全て。数字が全て。
その数字が悪いということは、この曲が稚拙だということ。その瞬間、自分の曲も愛せなくなってしまう。
マキちゃんは優しいから、どんな曲でも笑って弾いてくれるだろう。無理をしてでも私に合わせてくれるだろう。
もしかしたら人を呼ぶかもしれない。ライブをすることになるかもしれない。
でもその時、マキちゃんが笑われたらどうしよう。私にはそれがとにかく怖い。
私が笑われるのは良い。でもマキちゃんだけは、それだけは嫌だ。
「ああ……」
怖い。音楽の良し悪しがわからない。自分の感性がどう見られるのかわからない。
今からSNSで宣伝すれば良いのだろうか。でもその先に本当の評価は得られるのだろうか。
「……あれ」
再生していた自分の曲……、良く見るとコメントが付いている。
「えっ!えっ!!」
嘘、いつの間に?ドキドキしながらコメントを読む。
「"この曲の場合、86小節目からの冒頭に妥協を感じる。そのせいでセクション全体が他に比べて一つ落ちる。"」
は?
何言ってるの?この人。誰?
何なの。褒めてくれるわけじゃないのか。
頼んでないのにダメ出ししてこないでよ。褒めてよ。
思いもよらぬ突然の指摘に、反骨精神が急速に芽生える。
「86小節目って何処?」
DAWを開く。もはや埃を被っているようにすら思える。
「……ここかー……」
思い当たる節があった。ここは確かに時間を掛けた。その割にはうまくいかなかった。妥協と言えばそうだ。
しかしこれ以上煮詰めたところで、良いフレーズが浮かぶとは思えなかった。
……それが妥協か。
コメントには続きがあった。"僭越ながら、例えば私ならばこうする"。
人の作品を何だと思ってるの。僭越ながら、って書けば何でも許されると思ってるの?何なのこの人。無遠慮。
一応、コメントに添えられたリンク先を開く。DAWの画面の録画だ。
私の譜面を再現している。
……え?もしかして完コピしてるの?何この人……。
なるほど、私の原曲の一部を3音から4音に変えている。なるほど。
……なるほど。しっくりくる。3音分しか変えてないのであれば、まあ、許そう。
4音でこの繋がりを進化させてきた。確かに曲全体も生き生きとしている。
何この人……。
コメント主のプロフィールを見てみる。捨てアカウントじゃん。
この人のコメント一覧を覗く。全部私の曲にコメントしているだけだ。
え、全曲にコメントしてきてるの!?
慌てて最初の曲から順にコメント欄を開く。
「"初期の曲ということで甘さは多々残る。しかし曲のパーツと言う意味では既に片鱗を見せている。"」
「"貴方の曲は良い意味で特殊。でもそれで良いと思う。この曲を最後に更新が途絶えているが、次回作、楽しみに待っています。"」
楽しみに待っています――――。
待ってくれてる人が、居る?
え、まさか、そんな……。え……?
あ、そうか。これマキちゃんだ。
そういえばマキちゃんにアカウント教えたんだった。
なーんだ、そうだ。マキちゃんが気を遣ってコメントしてくれたんだ。
DAWの画面とか見せたもんね。そうだった。
惨めさが溢れる。
ぬか喜び。そりゃそうだよね。馬鹿だなあ私。
優しいなあマキちゃん。こんな馬鹿な私に付き合ってくれるなんて。
こんな情けない私を、いつまで待ってくれるのだろう。こんな面倒な私を。
とにかく1曲作って、マキちゃんに報いるしかない。
ライブなんて未来の話だ。そんなくだらないことを考えて、作らない理由を作ろうとするな。
怠惰な心を抑え込む。
メモを始める。これまで感じたことをメロディーに、そして今感じていることを歌にしよう。
惨めな私と、それでも傍に居てくれるお友達の歌。
あの頃の笑顔を取り戻す為の歌。
複雑な色をした夕暮れの空は、この街に影を落としていた。