Purple Moonlight   作:真夏歩

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第11話 Purple Pink ○range

 梅雨。今日は晴れ渡っているのに、私の心は相変わらずやり込められている。

 画面を見るとあの顔が不意に現れる。あの声が聞こえてくる。

 いつしか私はネット社会にアクセスしなくなっていた。

 

 同じ舞台に立ってみせると息巻いたものの、そんな気概が長く続くこともない。

 意志薄弱なこの心を自嘲しながら、今日もベッドに転がる。

 あの瞬間は何でそう思えたんだっけ。挑まれて勝てる相手じゃないのに。

 

 そもそも私に挑んで何になるんだ?結月さんからすれば米粒程にもならないような、たわいもない存在のはずだ。

 存在とすら認める必要もない、踏み潰してしまえるような矮小な宇宙の塵の一つだろう。

 

 また私の被害妄想が暴走しているのだろうか。

 自意識過剰、自己嫌悪。

 

「はー……」

 

 片や25曲。此方0曲。

 マキちゃんの友達で音楽仲間、という同じ土俵の上で、一方的に薙ぎ倒されている。

 そもそも、他のバンド仲間にも何一つ勝てる要素がない。

 

 結月さんに依存し過ぎた。だから結月さんとはもう音楽活動をしない。

 本当にそれで良いのだろうか。2人で決めたと言っていたが、では結月さんはそれで良いのだろうか。

 2人があんなに笑顔になれる場所は、あのステージの上だけではないだろうか。

 私が隣に居たって、誰が隣に居たって、あんなライブはできないじゃないか。

 

 負け戦に後から出て行く勇気がない。

 そういえば、マキちゃんは私以外をライブに招待してなかったな。まさかみんな断ったのかな。怖いから。敗北を実感するのが怖いから。

 相手は圧倒的なプロ、神童の類。比較すべきではないのに、あの同じ土俵に立っていると感じてしまったら、嫌でも視界に入ってしまう。

 

「曲……」

 

 作らなきゃ。せめて0を1にしなきゃ。

 マキちゃんと別れたくない。お友達で居て欲しい。

 

 パソコンを起動する。いつもの画面を立ち上げる。

 私に圧倒的な自信があれば、あの月に立ち向かえたのだろうか。そんなものがあるはずもない。

 楽曲投稿サイトを開く。自分の作品に付いた数字は見慣れたものだ。

 マキちゃんは私の曲を褒めてくれた。でもそれ以外、他人から評価されたことがない。

 評価がないから、自信がない。本当に世間に、マキちゃんに出して良いものなのかわからない。

 投稿した過去の曲を聴く。

 あれ程時間を割いて作って歌った曲でも、投稿してしまえば世の評価が全て。数字が全て。

 その数字が悪いということは、この曲が稚拙だということ。その瞬間、自分の曲も愛せなくなってしまう。

 

 マキちゃんは優しいから、どんな曲でも笑って弾いてくれるだろう。無理をしてでも私に合わせてくれるだろう。

 もしかしたら人を呼ぶかもしれない。ライブをすることになるかもしれない。

 でもその時、マキちゃんが笑われたらどうしよう。私にはそれがとにかく怖い。

 私が笑われるのは良い。でもマキちゃんだけは、それだけは嫌だ。

 

「ああ……」

 

 怖い。音楽の良し悪しがわからない。自分の感性がどう見られるのかわからない。

 今からSNSで宣伝すれば良いのだろうか。でもその先に本当の評価は得られるのだろうか。

 

「……あれ」

 

 再生していた自分の曲……、良く見るとコメントが付いている。

 

「えっ!えっ!!」

 

 嘘、いつの間に?ドキドキしながらコメントを読む。

 

「"この曲の場合、86小節目からの冒頭に妥協を感じる。そのせいでセクション全体が他に比べて一つ落ちる。"」

 

 は?

 何言ってるの?この人。誰?

 何なの。褒めてくれるわけじゃないのか。

 頼んでないのにダメ出ししてこないでよ。褒めてよ。

 思いもよらぬ突然の指摘に、反骨精神が急速に芽生える。

 

「86小節目って何処?」

 

 DAWを開く。もはや埃を被っているようにすら思える。

 

「……ここかー……」

 

 思い当たる節があった。ここは確かに時間を掛けた。その割にはうまくいかなかった。妥協と言えばそうだ。

 しかしこれ以上煮詰めたところで、良いフレーズが浮かぶとは思えなかった。

 ……それが妥協か。

 コメントには続きがあった。"僭越ながら、例えば私ならばこうする"。

 人の作品を何だと思ってるの。僭越ながら、って書けば何でも許されると思ってるの?何なのこの人。無遠慮。

 一応、コメントに添えられたリンク先を開く。DAWの画面の録画だ。

 私の譜面を再現している。

 ……え?もしかして完コピしてるの?何この人……。

 なるほど、私の原曲の一部を3音から4音に変えている。なるほど。

 

 ……なるほど。しっくりくる。3音分しか変えてないのであれば、まあ、許そう。

 4音でこの繋がりを進化させてきた。確かに曲全体も生き生きとしている。

 

 何この人……。

 コメント主のプロフィールを見てみる。捨てアカウントじゃん。

 この人のコメント一覧を覗く。全部私の曲にコメントしているだけだ。

 え、全曲にコメントしてきてるの!?

 慌てて最初の曲から順にコメント欄を開く。

 

「"初期の曲ということで甘さは多々残る。しかし曲のパーツと言う意味では既に片鱗を見せている。"」

「"貴方の曲は良い意味で特殊。でもそれで良いと思う。この曲を最後に更新が途絶えているが、次回作、楽しみに待っています。"」

 

 楽しみに待っています――――。

 待ってくれてる人が、居る?

 え、まさか、そんな……。え……?

 

 あ、そうか。これマキちゃんだ。

 そういえばマキちゃんにアカウント教えたんだった。

 なーんだ、そうだ。マキちゃんが気を遣ってコメントしてくれたんだ。

 DAWの画面とか見せたもんね。そうだった。

 

 惨めさが溢れる。

 ぬか喜び。そりゃそうだよね。馬鹿だなあ私。

 優しいなあマキちゃん。こんな馬鹿な私に付き合ってくれるなんて。

 

 こんな情けない私を、いつまで待ってくれるのだろう。こんな面倒な私を。

 

 とにかく1曲作って、マキちゃんに報いるしかない。

 ライブなんて未来の話だ。そんなくだらないことを考えて、作らない理由を作ろうとするな。

 

 怠惰な心を抑え込む。

 メモを始める。これまで感じたことをメロディーに、そして今感じていることを歌にしよう。

 惨めな私と、それでも傍に居てくれるお友達の歌。

 あの頃の笑顔を取り戻す為の歌。

 

 複雑な色をした夕暮れの空は、この街に影を落としていた。

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