Purple Moonlight   作:真夏歩

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第12話 Soul Stati○n

 夏休みが続く。しかし永遠はない。猫に顔をうずめて考えごとをしている時、メッセージが届いた。

 

「モカちゃーん!今度就活とかで帰るんだけど、曲の状況どうかなー?色々あってギターも持って帰ろうと思ってるんだよねー」

 

 曲。曲は……。まだ形にはなっていない。

 

「そうなんですね。曲は、まあまあです」

「後どれくらいでできそう?」

 

 どれくらい……。思えば、明確な締め切りを設けて作曲したことがない。作曲とは、無限に時間を掛けられるものだから。

 夏休みだし、さすがにかなりの進捗があると思っているのだろう。その感覚は当然だ。しかし私にも勉強というものが……。いや……。

 

「夏休みが終わるまでには、できると思います」

 

 言ってしまった。私の中に締め切りができてしまった。本気で完成を求めるのなら、いつもの感覚だと間違いなく間に合わない。

 

「えー」

 

 !?

 あっ、やばい。怒らせてしまった。予想外の反応に怯えながら、次のメッセージを待つ。それとも何か取り繕った方が良い?

 悩んでいる間に、次のメッセージが届く。

 

「それって頑張って詰めれば後1週間とかで終わらない?無理?」

 

 怒ってるわけでは……、ないかな?

 しかし提案されたあの日から考えると、この時点で既に半年以上経っている。急かされてもおかしくはない。

 

「完成はちょっと無理だと思います」

「そっかー」

「でもある程度なら、いけます」

 

 やばい、ある程度ってどの程度だ。愛想を尽かされそうで怖かったので、つい法螺を吹いてしまった。

 

「ホントー?じゃあさー、今度帰る時聴かせてよ。ギター弾いてみたーい」

「わかりました。いつ帰るんですか?」

「モカちゃんと会えそうなのは、お盆の後かなー。17日とか」

「予定空けておきますね」

 

 およそ1週間後だ。何処まで形になる?何処までが求められている?

 こうなったら過去の没メロディーをかき集めて形にするか?

 それは私の気持ちが許せない。完璧を求めたい。そこに完璧はない。

 これだけ待たせておいて、はしたない曲を聴いてもらいたくない。

 でもとても間に合わない。どうする、どうしよう。

 とにかく、やれるところまでやるしかない。

 

 それから私は連日、死に物狂いで作曲に取りかかった。

 

    *    *    *

 

 マキちゃんと会う日の朝早く。

 作業を中断し、寝る前にリビングで水分補給をしていると、窓の外にマキちゃんが見えた気がした。

 目を擦り凝視する。スーツ姿で道路を歩いている。

 そっか、就活って言ってたなあ。スーツも似合ってる。カッコ良いなあ。

 大学1年なのに、もう就活なんて。地元で就活するということは、もう既に意中の進路先があるのかな。

 まさか就活帰りに家に寄るのかな?……お忙しい。

 一方、私は寝間着のまま。恥ずかしくなる。

 一旦寝ようと思ったけど、こうしちゃいられない。早く形にしないと。

 

 しかし――、今日一日で何とかなるような状況ではない。

 聴いてもらえるのは精々、繋がった2つのセクション1つ、各セクションの候補が大量。後はもう、まとまり切れないメロディーと捨てたフレーズの山々だ。

 頭を抱えながら材料を整理する。こんなに不自由な作曲作業は初めてだ。

 マキちゃんが好きそうなサウンドを求めた結果、それに合うフレーズを見つけきれず、結局どうアプローチすれば良いのかわからなくなってしまっている。

 

「どうしよう……」

 

 何度この言葉を呟いたことだろうか。どうしようもない。

 

 それから十数時間、どうしようもないなりに、形にした。

 もう、時間だ。着替えよう。

 

「こんにちはー!」

 

 スーツ姿のマキちゃんが、ギターケースを抱えてきた。ツッコミ待ちかな。でもちょっと、今は無理かも。

 

「こんにちは……」

「元気してた?」

「はい、まあ……」

 

 やばい。元気を入れてなかった。気を遣わせてしまう。

 

「ギター持って来たよーん!どうどう?曲できた?」

「いや……、いや、ある程度は」

「見せて見せてー」

 

 再生ボタンを押す。とりあえず聴いてもらう。息をのむ。お願いします。マキちゃんの中で及第点をください。

 

「……あ、ここまで?」

 

 当然の反応を頂く。

 

「あっ、すみません、フレーズが決まらなくて、あれから手戻りが結構あって……」

 

 言い訳だけは上等だ。いつもそうやって生きてきた。

 

「その、セクションから……セクションの候補はいくつかあって……」

 

 マキちゃんはこちらを見ている。愛想笑い未満の、若干の悲しみを含んだ表情で。

 多分、全てを悟られた。完成形も見えていないこと。夏休み中に完成するはずもないこと。

 

「そっ、か……」

「その、ごめんなさい……」

 

 マキちゃんは画面を見る。私は謝ることしかできない。

 

「モカちゃん、寝てないよね」

「え」

「目がもう、いつものモカちゃんじゃないよ」

 

 寝てない。

 

「ごめん。ごめんね。モカちゃん、頑張ってるよね」

 

 え。

 

「うん、そう。前言ってたもん。『音の感じ方が日々変わる』って。詰めて作業することじゃないよね。本来」

 

 確かに本来、耳と脳の状態をリセットする為に、完成した曲は全て1日寝かせてから、再度修正する。それを繰り返す。音楽をしている人は、そんなものなのかなと思っている。

 

「まあ、はい……」

「こんなの全然、急かす必要もないのに、ごめんね」

 

 マキちゃんはとても申し訳なさそうにしている。

 謝られた。謝られてしまった。謝られる理由なんて、ないのに。

 しかし今の私は、眠気のせいで、取り繕うこともままならない。情けなさすら、満足に実感できていない。

 

「あの、いえ……」

 

 反応が薄い私に、マキちゃんも言葉を選んでいる。

 

「あの……。あのねモカちゃん……。私から言っておいて本当に申し訳ないんだけど、無理して曲作らなくて良いよ?」

「えっ」

「うん。色々その、音の感じとか、気を遣ってくれてるんだと思うけど、一旦自分の曲に集中してもらって良いよ?」

 

 え、はい。え。

 それじゃ、マキちゃんとの関係が、なくなる。

 

「あの、実はね。今日合同の企業説明会があって、名刺貰っちゃってね」

 

 ……名刺?

 

「プロデュースしてくれるって。ギタリストとして」

 

 ――――言いたいことを理解した瞬間、嗚咽が漏れた。

 涙が溢れて止まらない。嫌だ。そんな。

 

「あっ、ごめん!ごめんね……」

 

 マキちゃんの泣き声が遠く聞こえる。

 私の頭は真っ白になっていた。

 

 あんなに楽しみにしてくれていたのに。お友達の期待を、私は裏切った。

 昔の友達の無邪気な笑顔を、台無しにした。

 唯一のお友達を、手放した。見放された……。

 

 取り返しのつかないことをしてしまった。

 私が遅かったから。根性なしだったから。優柔不断だったから。怠惰だったから。忘れてたから――――。

 

 ひとしきり泣きじゃくっていた。

 

 気づけば夜が更けていた。

 マキちゃんは既に居なくなっていた。

 

 街にこだまする電車の音。

 

「私が……」

 

 全てを、壊してしまった。

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