Purple Moonlight   作:真夏歩

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第14話 今宵キミ○

 不意に通信が入る。ことの重大性を直感で理解できる。

 状況を掴む為、端的に返信する。

 

「ゆかりさんゆかりさん!大変です!」

「はい」

「マキちゃんが家に来てます!ゆかりさんを訪ねて!」

「聞いてないね」

「やっぱりそうですよね。ちょっと異常なんです。今日はやっぱり無理ですか?何とか帰れませんか?」

「私の部屋に入れてて。何とかする」

「了解です!」

「ごめんね」

 

 あかりには手間を掛けさせるね。しかし何があった?

 

「ごめんなさーい!リハ抜けます!急用ができました!埋め合わせは必ずします!資料だけ送っててください!目を通します!」

 

 強引に現場を切り上げる。世界ツアーの真っただ中、現地のスタッフを交えた夜通しリモートリハの最中だったが、まあ、たまにはみんなにも休んでもらおう。

 しかしここからどう帰る?新幹線、旅客機、チャーター機……。時間を無駄にできない。ヘリだな。

 近くの高層ビルにヘリコプターを呼ぶ。何か速いやつだと嬉しい。

 移動中、詳しく事情を聴く。

 

「どういう状況?」

「マキちゃんが、スーツ姿でギターを抱えて家に来まして」

「クレイジーだね」

「ちょっと泣いてるみたいで、あまりにも異常だったので、家に入れちゃってます。だってご自分の家に帰れないような状況ですから」

「その判断は正しい。ありがとう。ご飯食べてそう?」

「あー、伺ってないんですけど、食べてないかもしれないです」

「OK。できればたまに様子を見てあげて欲しい。1時間以内に帰るから。ごめんね迷惑掛けて」

「いえいえ。わかりました」

 

 マキの家は近所だ。それなのにわざわざ我が家に来たということは、家で何かが起きたと考えるのが自然だ。

 マキのお父さんに連絡を取る。曰く、朝会ったきり、特に揉めたつもりもない。

 なるほど。幼い頃から長年の付き合いであり大変信頼できる人なので、言葉通りに受け取る。

 今晩お借りしますね、と宣言しておく。ご迷惑をお掛けします、と謝られたが、困った時はお互い様だ。また後で連絡しよう。

 

 マキが病んで我が家に来ることは過去に何度かあった。お手軽な逃げ場だからだ。しかし今回は家のことではない。

 スーツ姿というのも気になる。就活で帰ってきてるのか。就活で何かあったか?悪い大人にいじめられたか?

 何処にでも湧く悪い大人にはげんなりする。家に帰れないのはそういうことか。しかしギター?

 

「ねえ、やばい感じ?」

「やばいかと言われると、えーっと、多分そういう感じではないです。最初はそういうのかなって思ったんですけど」

 

 そういう感じではない。

 

「多分、口喧嘩とか、そういう感じです」

 

 そういう感じ。なるほど。やばい感じではない喧嘩。つまり男ではない。

 少し安堵する。それならご飯でも買って帰るか。

 心の傷を癒すには湯船に浸かって食べて寝るしかない。心を欺くにはまず胃袋から。

 月が照らす地元の街並み。近所のビルに降り立ち、注文した料理を店で受け取り帰宅する。

 

「おかえりなさい」

「ただいま」

 

 目線で部屋に居ることを合図される。ごめんありがとう、と手で返す。

 おー、居た居た。迷える子羊が。

 

 部屋のろうそくに火を灯す。かぐわしい香りが充満する。

 横顔を見上げるように座る。随分と腫れぼったい目をしている。せっかくの大人びたメイクが台無しだ。

 心の中で茶化すのを程々にし、引き続き原因を探る。

 うん、教えてくれた通り、そういう感じではない。良かった。

 日頃のやり取りでも男の存在を感じたことはない。

 となると――。ほぼ原因は女友達しかないだろう。大学ではなく、ここに住む女友達。ギターを弾くような関係の。

 

 手でも握ってあげれば良いのだろう。少しは落ち着くだろう。しないけど。

 たまにはこんな表情を黙って眺めているのも良い。せっかく我が家に来たんだ。好きにさせてもらおう。

 

 この部屋に最後に呼んだのはいつだったかな。

 ベッドが大きく軋む程、飛び跳ねて歌ってモッシュしていた。大体いつもそうだった。

 楽しそうなその顔を見て、私も楽しかった。

 

 あの頃と今、何が違うんだろうな。

 歳か、環境か、関係か――。

 変わったつもりはない。しかし世界はそれを許してくれない。

 

 無音の部屋に火は踊る。その明るさと引き換えに、私たちの関係もいつか尽きるものなのだろうか。

 抜け殻のように虚しげなその顔を眺めていると、やりきれない感情が伝わってくる。

 太陽が輝いていなければ、月も陰るものだ。

 感情を辿ってみる。

 

 恐らくマキは、何かやってはいけないことをした。

 もしマキが何かされた側であれば、素直に今の状況を話すからだ。話せないということは、マキの中で何かが引っかかっているわけだ。

 ただ、この子は当たり散らかすような子でもなく、何かあった時は謝れる子だ。

 それなのに解決できず、黙って俯いたままということは、つまり、ボールは相手側にあると考えられる。

 マキとしては今できることがない。相手が動かなければならない。しかし動かない。そういう状態だろう。

 そしてマキの方が多分に引きずっている。どうすれば良いかわからない。どうしようもない。

 それでもその関係をなくすわけにはいかない。そう思えるだけの相手……。

 ということは突き詰めると、今起きていることはつまり、ど(・)ち(・)ら(・)も(・)悪(・)く(・)な(・)い(・)のだろう。

 マキが信頼を置ける人に、悪い人は居ない。そしてマキもまた、悪い人ではない。

 

 はあ。ふふふふふ。そうか。

 ――――ま(・)た(・)あ(・)ん(・)た(・)か。

 

 家に帰れなかったのもそうだ。両親に申し訳なかったからだ。

 あ(・)の(・)子(・)と喧嘩しちゃったと言えないからだ。言えるわけがない。そんな2人が悲しむようなことを、察されるわけにはいかない。

 

 十数年振りに現れたと思ったらまあこの有様。

 何処までも私の心を妬き尽くしていくあいつ。

 

 全てを理解した。鼻で笑う。マキも私が居ることにようやく気づいたらしい。

 

「お風呂入ってきたら?」

「……ありがとう」

 

 時間が癒してくれるだろう。全て洗い流してくれるだろう。

 しかし私はそれを許さない。

 燃え尽きるろうそくを替える。この灯火は、ただでは消さない。

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