Purple Moonlight   作:真夏歩

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第16話 HURRY UP○

 ……何?

 頭の中に爆音が響く。痛い。

 ん、う……。明るい……?

 

 うわ!寝てた!?

 飛び起きる。同時に銅鑼を鳴らされたような鈍い頭痛が体中まで響き渡る。

 

「いった……」

 

 頭を抱える。

 覚えてない。いつから寝てた?今何時?

 泣き疲れて寝たらしい。辺りを見回す。誰も居ない。頭が痛い。

 頭が痛い原因の半分は、恐らく外から響くこの爆音……。現実だった。何?雷?

 

 音が聞こえなくなったので胸を撫で下ろす。が、胸が痛い。

 何も解決していない。マキちゃんはもう居ない。机には飲みかけのカップ、モニターには曲の残骸だけが映し出され――。

 

「オラアアアアアアアッ!!!!宮舞モカハ何処ダアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

「ひいいっ!!??」

 

 突然窓の外から呼ばれた。空耳だと信じたかったけど、絶対に私の名前だった。

 街中の家々に当たり、残響がこだまする。街を包む空気がビリビリと震えている様がわかる。

 

「今スグ出テ来ヤガレウラアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 

 ただでさえ通る声が、スピーカーによって拡張されている。

 この声の主は間違いなく、結月さんだ。

 慌てて窓を開ける。居た。例のスピーカーを全面展開し、その神々しい姿のまま街を闊歩している。まるでお巡りさんの漫画みたいだ。

 

「わわわわわわわわわわ」

 

 常軌を逸した事態を収める為、とにかく急いで家を出た。

 

「宮舞モカハアアアアアアアアッッ!!!!」

「はい!はい!!ここに居ます!!!!」

「おー居たわ」

 

 スンと鳴りを潜めるスピーカーを収納する。……何か別の次元に収納されたように見える。

 そのままツカツカと音を立てながら歩み寄って来る。息をのむ間もない。

 

「おいこら手前、どういうことだ」

「は、は……」

 

 結月さんは激昂している。やばいやばいやばい。気圧されたまま壁に追いやられる。

 

「マキに何をした。おい」

 

 いつも以上に低い声が体を突き刺す。こ、殺される……。

 

「あっ、えっ、わっ」

 

 言葉が出ない。こんなに人の顔を近くに置いたことがない。しかし結月さんはこの距離で黙っている。何か、何か言わなくては……。

 

「すすみませんっ、すみませんでしたっっ!!」

 

 やはり謝ることしかできない。

 

「……あのな」

「ひゃ」

 

 息を吐き、一瞬俯く結月さん。何か、言葉を、気持ちを、恨みのようなものを、溜めた?

 逃げたい。逃げられない。受け止めなければならない。私はこれ以上怒鳴られないように祈った。

 何でもします。神に誓います。助けて、助け――。

 

「お前のこと羨ましかったのはなあ!!マキのことだけなんだよ!!!!」

 

 ――――?

 ん?

 ちょっと良くわからないのでキョトンとしてしまう。理解が追いつかない。

 数センチ先の私の目を見ているはずなのに、彼女の瞳の焦点は何処か、遠くを見ているようだった。

 

「乗れ!!」

 

 指差された方向には車が停めてあった。車、に、乗る!?何処へ!?

 

「あっ、かっ顔だけ!顔だけ洗わせてください!!」

「……」

 

 ……願いが通じたのか、この顔が哀れに映ったのか。結月さんは10分だけ時間をくれた。

 身支度をする。空腹だったことに気づいたけど、ダイニングルームに駆け込む猶予はなさそうだった。

 慌てて外に飛び出すと、結月さんから何かを投げつけられた。驚いた私は受け取れなかった。拾って確認すると、コンビニのパンだった。

 え、シートで食べても良いんですか?

 

「早く乗れ」

「はいっ!」

「そっちじゃない」

 

 へ?え、この車、左ハンドルなの?

 慌てて乗りなおす。スポーツカーだこれ。スポーツカーだけど、イメージと違ってシートはふかふかだ。

 バンッ!

 圧倒的な加速力で道路を飛び出す。怖っ!

 何処に連れて行かれるのだろう。生きて帰れるのだろうか。私は青ざめながら、強くパンを握りしめる。

 サングラスをした結月さんが運転席、私が助手席。何だこの状況は……。

 外を見ると街の人たちがこちらを見ているようだった。すみません、間違いなくこの車のエンジン音です。犯人は無事連行されています。

 その音だけが轟く車内。沈黙が始まる。私から話しかけた方が良いやつかな……?

 

 ふかふかなシート、横に広く揺れない車内。乗り心地は良い。時折何か、警告音が鳴るけど。

 車に備えつけられたボタンが並んでいる以外に、結月さんの目が届く範囲に無数の透明パネルが浮いている。近未来的だ。

 パネルのいくつかには、外の映像が流れているように見える。

 多分、車体前方が見えないのでカメラで補っているのだろう。何なら後方も、サイドも見えるようにしているようだ。

 この車を駆るには、持ち主の体が小さすぎる。

 

 高速道路に乗る。方向で理解した。これは空港に向かっている。

 ヴオォォォォォォォン!!

 アクセルを踏み込んだのか、更にけたたましい音が響き渡る。無事故を祈り、目を閉じる。

 しかし、かき消されない周波の声が耳に届いた為、そちらに目をやった。

 

「……この車ねー、高速道路だと急に機嫌が良くなるのよね」

「あっ、はあ……」

 

 だってそういう車ですよねこれ。

 何でこんな車に乗ってるんだろう、この人……。

 とにかく、初めて車内で結月さんと口を利いた。

 黙って運転しててもらいたい、でも少しお話ししてみたい。そんな気持ちがせめぎ合っていた。

 

「空港にマキさんが居るから」

「あ、はい」

「手離すなよ」

「えっ……?」

 

 手離すな、って、言った?マキちゃんを?

 何で?どういうこと?

 結月さんはそれ以上何も言うことはなかった。

 視線を落としてパンを見つめる。思考を整理する。

 

 卒業ライブの日、結月さんからバトンタッチを受けたように思えた。

 マキちゃんとは、もう音楽活動をするつもりはないらしい。しかし連絡は取り合っている。

 そして、明らかに私に向けて、あの曲を披露した。

 "お前のこと羨ましかったのは、マキのことだけ"――――。

 

 羨ましい?私が?何も持っていない私のことが?

 どういうことなの?結月さんには一体何が見えてるの?

 まさか本気でこの人は、私に何かを見いだして、マキちゃんのことを頼もうとしているの……?

 

 いや、でもそうだよね。そうじゃなかったら、わざわざマキちゃんのところに送ったりしないよね。

 マキちゃんのことを思うだけだったら、私なんて街に捨ておいて良いもんね。

 

 私が何を持っているのかわからないけど、この人は私のことを信じて行動している。

 つまり、この人、信じても良い人だ――。

 

 確信した私は、一つだけ話題を切り出す。これは結月さんにも関係がある気がするからだ。

 

「あの」

 

 こちらに目を向けてくれたような気がした。

 

「私、頑張ります。頑張るんですけど」

 

 言葉はまとまらないが、ぶつけてみる。

 

「えっと、マキちゃ、弦巻さんが、昨日言ってたんです。名刺を貰ったって。音楽プロデューサーの人から」

「ふうん」

「その、何とかなりますかね?」

 

 鼻で笑われる。

 

「社会人なら当然でしょ。社交辞令ってやつ」

「あ、そうなんですか?」

「マキさんが初めてのことで浮ついてるだけ。誰にでも渡すのよ。名刺なんて」

 

 ああ……。そうなんだ。社会ってそういうところなんだ。

 

「嫌なら取り返してきなよ」

「あっ……、はい!」

 

 流し目で少し見られただけなのに、その言葉と表情から強烈なインパクトを受け取った。

 それを勝手にエールだと解釈した私は、マキちゃんに伝えるべき言葉を考える。

 私が何とかするしかない。手離しちゃいけない。

 大きな空港がみるみる近づく。パンを食べていなかったことに気づく。

 

「ロビーに居ると思うから」

「あ、はい。見つけられますかね、広いですけど」

「わかんなかったら声出して呼べば良い」

「ええっ、無理ですよ」

 

 ターミナルの前で停車する。サングラスを外した結月さんが二言。

 

「届く。あんたの声は、絶対に届く」

 

 引きしまった表情でこちらを見つめる。

 車から降りる前に、落ちそうになった。

 

「あ、ありがとうございました!!」

 

 彼女は手を払いながら去って行く。爽やかな香りと排気ガスのにおいだけが残されていた。

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