Purple Moonlight   作:真夏歩

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第17話 もうはなさ○い

 ビルに入った私はマキちゃんの姿を探す。ギターケースを抱えているならわかりやすいはず。

 いや、既に機内に預けているのでは?せめて今日の服装だけでも聞いておけばよかった。

 手掛かりを探す為に電光掲示板を確認する。LCCだよね。ターミナルは多分合っている。結月さん、ありがとうございます。

 心臓が高鳴る。会いたい。会うのは怖い。伝えるべき言葉もわからない。でも会わなきゃ、会わなきゃ終わる……!

 

    *    *    *

 

 併設のレストランで食事を済ませ、冷たい水を飲みながら決意を固めようとしている。

 ゆかりんと離れ、改めて一人になったところで、脳を集中させる。

 ……一度帰ろう。ゆかりんには悪いけど。

 モカちゃんに会って、思っていることを全て伝えよう。やっぱりそうしないと、わたしたちにもう明日はない。

 

 モカちゃんの負担も考えずに、無理強いして作曲を頼んだこと。急かしたこと。諦めたこと。

 気持ちも知ろうとしないまま、好き勝手に連れ回してしまったこと。

 あの日モカちゃんの隣に居たのは、わたしであること。そのことを伝える機会を失っていたこと。

 そして、音楽のことなんて関係なしに、できればずっとお友達で居て欲しいこと――――。

 

 結果が駄目だったとしても、理解はしてくれるかもしれない。モカちゃんは後腐れなく、また自由に曲作りができるかもしれない。

 わたしにできることはもう、それしかない。

 

 会計を済ませレストランを出たところ、右の方から荒い息遣いと足音が聞こえてきた。

 

「マジかー……」

 

 突然の出来事に驚く。モカちゃんが構内を激走していた。何か多分、パンを持って。こちらには気づかないまま走って行った。

 あっははははははは……。

 思い上がりに塗れたとも言えるわたしのこの精神は、この事態を大変都合の良い方向へ解釈した。

 いやー、でもそういうことでしょ。うん。

 

 会いに来てくれたんだ。

 

「『"音の縁"の力』、ねえ――」

 

 こういうのは普通、モカちゃんが叫んで、その声にわたしが気づく、みたいなドラマティックな展開になるもんでしょ。

 先にこっちが気づいちゃったよ。現実なんてこんなもんかな。

 まあ、目ざといわたしが貴方を見つけられないわけないもんね。

 ……そっか。それだけでも嬉しい。じゃあちょっと、最後の我儘、聴いてもらおうかな。

 

    *    *    *

 

 居ない。居ない。もう保安検査場を通った後かもしれない。どうしよう。それだったらどうすれば良い?

 叫んだところで届かない。届くかな。いや届いたところでどうしようもない。あの壁の先からはもう戻れない。

 ダメ元で航空会社のカウンターの方に聞いてみる。お答えできかねます、としか答えてくれなかった。

 もうダメだ。電話、電話しかない。

 何でも良い、謝らなきゃ。謝って、それから……。

 

 ――Hwider gange ic heonon, hwæt geseo ic, hwam gemete ic, hwæt forleose ic――

 

「えっ!?」

 

 微かに歌声が聞こえた。しかしそれは私の耳が捕捉するには十分な声色だった。

 

「私の曲!!!!」

 

 ――Swa wind blæwð, swa tid awended, swa ic eac þas stowe forlæte――

 

 振り返った先に居たのは、ベンチに座りながら弾き語りするマキちゃんだった。

 慌てて駆け寄る。

 

「マキ、ちゃん」

 

 息を整える。汗に気づく。マキちゃんは演奏を止め、儚げな笑みを見せている。

 

「良い曲だよね」

「マキちゃん、何やってるの」

「モカちゃんの曲弾いてる」

「そうだけど、何で……」

「え?……今度は見つけて欲しかったから」

 

 マキちゃんは、あの頃のような無邪気な笑顔を見せた。思わずあの公園の風景が蘇る。

 

「見つけて欲しかった、って……わっ」

 

 ギターを置いた途端、マキちゃんに抱きしめられた。

 驚きのあまり声が出せない。ただ、とてつもない安堵の念が、私の体中に流れていることがわかる。

 胸の鼓動が伝わってくる。じんわりと温かい。私も背中に手を伸ばす。

 

「マキちゃん……」

「ねえモカちゃん、覚えてる?」

「え?」

「昔、公園でわたしと、こうやって抱きしめ合ったよね」

「……うん」

 

 やっ、ぱり。

 あの友達は、マキちゃんだった。

 良かった。間違いじゃなかった。

 止まっていた時計が、再び動き出すような感覚だ。

 

「見つけてくれて嬉しい」

「……遅く、なりました」

 

 マキちゃんの涙声につられて、自然と涙が溢れてくる。

 そっか――。ずっと、待っててくれたんだ――――。

 

「マキちゃん、ごめん、ごめんなさい。私がちゃんとしないせいで。許してっ、許してください」

「ううん、こちらこそごめんなさい。わたしが悪い。全部わたしが悪いの」

「離れたくないんです!お願い……します!これからもお友達で居てください……!!」

「うん……うん……!」

 

 ただ強く抱きしめた。もうずっと、はなしたくなかった。

 

    *    *    *

 

 熱い。汗が引かない。

 機内までモカちゃんの温かさを持ち入れたみたいだ。

 熱く抱擁し合った後の記憶は朧げだ。

 でも多分、言うべきことは全て伝えた。そしてモカちゃんも受け取ってくれた。

 

 "音の縁"の力、とやらを噛みしめる。

 良く晴れた空の上から街を見下ろすと、紫色の異質な車が走っていた。

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