今日の出来事を存分に振り返りつつ家に帰った私は、そのまま机に向かっていた。
これ程までに心が安息している時間は久々だ。それに伴ってか、インスピレーションが激しく湧いてくる。
音が容易く繋がる。こんなことに悩んでいたのか、昨日までの私は。精神状態が如何に作曲に影響するものなのかを強く感じた。
しっとりしてしまったパンをかじりながら、できたフレーズを反芻する。夕張メロンパンだって。夏限定なのかな。
閃きが星のように降ってくる。今なら自ずと手が届く。
お友達の歌。お友達の歌。月の照らす街と、お友達の歌。
夕刻。お風呂に入っていなかったことを思い出し、焦る。こんな体で抱きついてしまった。後で謝ろう。いつ家に着くのかな。
お風呂でメモを取る。防水メモ帳はこういう時に役立つ。湯気に混じって浮かんだメロディーは、1音たりとも逃さない。
繋がる。音が繋がる。気持ち良い。
夜。マキちゃんと電話をする。改めて、ごめんなさい。そして、ありがとうございます。
私とお友達で居てくれると言ってくれた。その言葉が、何よりも嬉しかった。
無理に曲を作らなくても良いとも言ってくれた。でも私は、この曲を書き続ける。
曲を作り歌うことが、この街に帰ってくる理由になる。マキちゃんの笑顔を見る為の理由になるから。
もう、待たせない。
不思議だ。急に全てがうまく廻り始めた。
「人生って面白いね、ワトソンくん」
知らないよそんなの、と窓側に逃げられる。窓の外には月が見える。
不思議か。いや、必然か。だってそう仕向けられたから。結月さんに。
不思議な人だ。捉えどころのない、決して掴めない、それなのに、いつも傍で見守っている。
あの人に触れることができるマキちゃんは、きっととても特別な存在なのだろう。
ベランダに出て、夜空に浮かぶ月を見る。
いつか辿り着いてみせる。不可能じゃない。
だって私は、あの結月ゆかりが羨ましがった人間――――。
* * *
数日後。ホットな脳は急速にクールダウンしていた。
周期としてはこれで良い。今は己の音に対してフィードバックを重ねる時間だ。
2週間掛かっても終わらないだろうと見込んでいたこの曲は、夏休みが終わるよりも早く完成しそうだった。過去を振り返ってみても、実際に完成する瞬間というのは、こんなものかもしれない。
進捗完璧。完璧宮舞。仮歌段階だが、私の魂を全て注ぎ込めたこともあり、曲を繰り返し流す度に自画自賛していた。
ある程度煮詰まったし、脳を切り替えよう。ちょうど結月さんのインターネットラジオの時間だ。観てみるかな。
カップから立ち上る湯気を燻らせる私。もはや無敵宮舞。
「はーいどうもー。ゆかりさんちのサブチャンネル。今週もやっていきましょう」
愛らしく手を振っている。この結月さんがちょっと前まで隣に居たんだよね。
結月さんの隣に乗せてもらった人なんて、この世にどれだけ居るのかな。羨ましいだろうリスナーさん。へっへっへ。
「今日はねーまずお知らせ。ツアーが空いちゃったので今は日本に居るんだけど、その間に日本で別のライブやりまーすイェイイェイ。さっき決めましたー」
そういえば世界ツアーが中断されたらしい。でもライブってそんなに簡単に決まるんだ。結月さんらしいフットワークだ。コメント欄が苦笑で溢れている。
「ネット限定武導館ライブでーす。チケットいらないでーす。無料で配信しまーす。ただし通信に係るパケット代はご自身でお支払いくださーい。後これ平日だから、ごめんねー。録画は置いとく予定でーす。まあ夏休み取ってライブで観てよ。来週ね」
来週かよ。急すぎるって。歓喜に沸くコメント欄。
へー、結月さん、太っ腹だね。まああんな車乗ってたし、そんなものかな。夢があるなあ。この街にそんなお金持ちが住んでるなんてね。
「そして今回のライブはゲスト呼んでまーす。おい宮舞モカお前だよお前!観てんだろ!!」
「ひいいいっ!!??」
豹変する結月さん。カップをぶちまける私。
何か急に私の名前呼ばれたんですけど!どういうこと!?
「お前1曲作って来週武導館に来い!マキさんも一緒にだぞ!!」
!!!?????
画面に向かって指を差しながら檄を飛ばしてくる。
"宮舞モカのアカウントはこちら"と、ご丁寧にテロップが入れられている。教えた覚えないんですけど。
机に置いたスマホから凄まじい量の通知音が聞こえる。
何が起きてるのこれやばいやばいやばいやばい。
「良いか?絶対だからな!?お前に逃げ場はないからな?何処までも追い回すからな!?」
まーた馬鹿やってるよ。誰なんだよ一体。お祭り騒ぎのコメント欄。唖然とする私。
「あ、マキさんから電話きたわ。ハロー?」
「ゆかりん何やってんの!?来週って何!?無茶言わないでよ!」
漏れ伝わるマキちゃんの声。全然許可取れてねーじゃねーか。大爆笑のコメント欄。
「え?」
「できないよ!そんなに早く曲できないって!」
「できるよ。なー宮舞ちゃん?」
「ひっ……」
画面の向こうから睨んでくる。三者通話しているわけでもないのに手玉に取られている。
「できてもわたしが弾けないって!1週間じゃ」
「できるよ。ねーマキちゃん?」
「できないっての!」
「えー?借りは必ず返すって言ったよねー?」
「うっ、く……。……やれます」
「はい決定ね」
親友同士の会話を微笑ましく思う間もなく、マキちゃんも一瞬でやり込められてしまった。
決定しちゃった。はは……。
「ということでねー、来週やりますので皆さん期待しててくださーい。公式でもこの後情報上げますねーそこで詳しい日程とかお伝えしまーす」
次の話題に移った頃、マキちゃんから電話が掛かってきた。電話越しでも青ざめている様子がわかる。
……しかし、今の私は完璧宮舞。息を吸ってこう伝える。
「……マキちゃん、もうほとんど曲できたから。聴いてください」