Purple Moonlight   作:真夏歩

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第19話 パーフェク○ライフ

「武導館って、こんなところなんだ……」

 

 会場に通されたごく一般人の私は、アリーナ席の真ん中に立っていた。スタッフの皆さんが懸命に設営中だ。

 アリーナからステージを眺める。広い。こんなに広いステージが必要なのだろうか。

 無観客なので大きなスクリーンも不要だと思っていたけど、いっそ客席側を全てスクリーンで敷き詰めたレイアウトにするみたいだ。大胆。

 

「PA配線面白ーい」

 

 会場を一通り回っていたマキちゃんがはしゃぎながら帰ってきた。

 

「マキちゃん、私たちあのステージで歌うんだよね」

「うん」

「ちゃんと歌えるかなあ……」

「だーいじょぶだいじょぶ!あれだけ練習したんだからさ!」

 

 背中をさすってくれた。マキちゃんの方を見ようと思った時、結月さんが歩いて来るのが目に映った。

 

「音響は最優先で準備してるから、始まるまで好きに使っていいよ」

 

 ライブの主役とは思えない程ラフな格好の結月さん。

 好きに使って良いと言われても、普通はどのような段取りがなされるものなのか、素人過ぎて何もわからない。

 何かそれっぽいことを言って合わせよう。

 

「ありがとー」

「結月さんのリハは何時からなんですか?」

「今日のリハはないよ」

「え?」

「出た、ゆかりんの都市伝説。歌えるならどんな音響でも演出でも構わないってやつ」

「プロの仕事に口出ししないってだけ。出されたもので勝負できるから」

 

 すっごい自信……。リハーサルなしとかあり得るんだ。トラブルも含めてライブってことなのかな。

 

「もちろん、事前に打ち合わせはしてるからね。後はプロのみんなが良しなにやってくれるのよ」

「スタッフさんと良い関係なんだね」

「そうね。そういったのは前日までに終わってるし、私は喉の管理もしたいから」

 

 何か凄いなあ……。

 

「じゃあ、あの人が音響の担当さんだから、納得いくまでやって良いよ。演出もこだわりたいならこちらの方。昨日送った構成案の通りには動いてもらうつもり」

「オッケー!ありがとー!ゆかりんのプロデュースで良いよー!」

「あ、ありがとうございます」

 

 最終版の曲がマキちゃん経由で結月さんに送られたのが昨日。それから3時間で演出の案が返ってきていた。

 照明とか、映像とか、全然良くわからないので、私もプロの方々に良しなにやってもらうことにした。結月さんとは次元が違うけど。

 

    *    *    *

 

 ギュウウウウウウウーーーーーーーーン…………

 

「うううううううん!めっちゃ響く!これが武導館……!」

 

 ステージに上がって、音のチェックとやらをする。マキちゃんは恍惚な表情を浮かべている。

 たった1週間でギターパートを完璧に間に合わせてくれたマキちゃんと、2日間スタジオを借りてみっちり練習してきた。

 初めて弾いてくれた時……。涙を隠せなかった。自分の曲を他人に弾いてもらえることが、ましてやそれがマキちゃんだったことが、あんなにも嬉しいことだと思わなかった。

 空港で弾いてくれた私の曲もおねだりした。別れの曲として作ったものが、まさか私たちを引き合わせてくれるなんてね。

 いつまでもこんな時間が続いて欲しい――。

 しかし本番の日は本当に来てしまった。私は今、武導館のステージ上に立っている。

 

「これさ、お客さん居なくて良かったよね。絶対緊張してたよ」

「うん、歌える気がしない……。え?マキちゃん緊張してないの?」

「思ったよりはねー。今は楽しみの方が強いかな!」

 

 強がっているようにも見えないその笑顔。マキちゃん、本番にも強いタイプなのかな。非の打ち所がない。

 

「私もうガクガクなんだけど……」

「声震えてるもんね。モカちゃんもいっぱい歌わないとー。貸し切りだよー?こんな機会ないよー?」

「う、うん……。ちょっと恥ずかしさが……」

「まあまあほら、誰も居ないカラオケ部屋だと思ってさー」

「こんな豪華な部屋入ったことないよ……」

 

 足元を這うケーブルを見つめる。この期に及んで恥ずかしいなんて言っている場合ではないのだが、ライブはおろか、ステージで歌ったこともないので、足がすくんでしまう。

 とりあえず深呼吸、深呼吸。

 深呼吸して歌ってみる。

 深呼吸して歌ってみる。

 深呼吸して歌っ……。

 深呼吸して……。

 

 ……歌えない。へにゃへにゃな声しか出ない。胸の鼓動の方が良く聴こえる。

 慌てて音響の方が確認に来る。

 

「あ、あ、音大丈夫です、ボリューム大丈夫です……」

 

 モニタースピーカーの話をしていたんだと思うけど、何か言われるのが怖いので、適当に大丈夫と言っておく。

 

「大丈夫?全然声出てないけど」

 

 マキちゃんに心配されてしまった。

 もう泣きたい。正直逃げたい。私にはこんなの無理です。できるわけないです。

 でも、でも……、マキちゃんに恥をかかせたくない。逃げるなんて選択肢はあり得ない。やらなきゃ、やらなきゃ……。

 

「おーーーーい!!宮舞!!!!」

「ひっ!?」

 

 会場を貫く一声。遠くから響いたその声の方を見ると、スクリーンの下で結月さんが腕組みをして座っていた。

 

「どんなプロでもそこに立ったら8割も実力出せやしないんだから!あんたなんて良くて5割だよ!!細かいこと気にせず歌え!!」

「はっはい!!」

「そうそう!良いこと言うねえゆかりーん!」

 

 今日一番の声が出た。

 そっか……。結月さんでも実力出せないんだ……。いつもあんなにキマッてるのに……。

 

「1割でも良いんじゃない?」

「え?」

 

 マキちゃんがはにかむ。

 

「モカちゃんなら1割の力でもみんなを魅了できる。わたしがそうだったから」

「!!……ありがとう」

 

 マキちゃんの優しさが身に沁みた。一番のファンであるマキちゃんに、意気地のない格好は見せられない。

 1割の力で人前に立つのは怖い。でもやるしかない。2人に恥をかかせるわけにはいかない……!

 深呼吸、深呼吸。

 

「ねー!ゆかりんさー!」

 

 突如、遠くへ声かけするマキちゃん。私も結月さんもその姿を見る。笑顔のマキちゃんがマイクの傍でぼそっと一言。

 

「弱いところを見せるのがうますぎる」

 

 んなーっはっはっはっと笑うマキちゃん。心なしか、ばつが悪そうな顔しているように見える結月さん。

 卒業ライブでも思ったけど、マキちゃんって結構、照れくさい雰囲気を茶化したがる。そういう意味では恥ずかしがり屋さんなのかな。

 

 お客さんを入れなかったのも、私たちに最大限配慮してくれた結果なのだろう。

 突発だからだとか警備の問題とか言ってたけど、それも結月さん流の照れ隠しなのだろう。

 2人のことが微笑ましく思えてきた。素直に。

 

 ……ん?結月さんが例のスピーカーを展開している。

 瞬くスピーカーを通して遠くから話しかけてくる。

 

「ちょっと気が変わったわ」

「へっ?」

「あんたらそのまま1曲目やりなよ。ライブ始まって10分間、一切私が登場しない感じでやるわ」

「えーっっ!?」

 

 けらけらと笑いながら結月さんは裏に消えていった。

 それ配信観てる人たちはどんな空気になるの!?

 

 借りてきた猫のようにおとなしくなってしまった私たち。

 斯くして人生初めてのライブステージが幕を開ける。

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