たっぷりと時間を貰ったおかげで、私の喉の調子は十分上がってきた。
客席側を囲むように張り出したスクリーンの効果か、会場そのものの広さを感じづらくなったことも、私の緊張感を程よく解してくれている。
結月さんがステージ上に現れる。同時に様々な人たちがぞろぞろと集まる。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。また突発で曲を増やしたにもかかわらず、快くお受けいただいたこと、重ねて御礼申し上げます」
何かが始まった。私たちも手を止める。
「あちらがあの曲の演者の2人、弦巻マキと宮舞モカです。ド素人のぺーぺーです」
苦笑いの皆さん。服装でわかった、バッキングバンドの方々だ。
「こちらの方々が私と契約してくれてる楽団の人たち」
「が、楽団」
「わー初めまして!弦巻マキと申します!ギターをやらせていただいてます!よろしくお願いいたします!」
「あ、宮舞モカです。よろしくお願いいたします」
「急遽ね、後ろで弾いてもらうことにした。あんたの曲」
「えっ!?」
私の曲を!?そうなの!?
「あの打ち込み音源でも良かったんだけど、何かもったいなくてさ。どう?良い?」
「は、はい!是非是非……!!」
夢のようだ。私の曲をプロの方々が弾いてくれるなんて。でも簡単に弾けるのかな。プロならそういうものなのかな。
私が気にしている様子に気づいたのか、マキちゃんが声を掛ける。
「わたしが横流ししてたからね。最初に曲貰った時から」
「そうじゃないとさすがに準備時間足りないからね。その分、良い演奏になると思う。腕前はもう、ご存知の通り」
十数人の楽団の皆さんは和やかに笑っている。何て心強いんだろう。
「宮舞さん、素敵な曲をありがとうございます。みんなワクワクしながら演奏できます」
「各パートに伸びやかなソロがあるので、みんな張りきって練習したんですよ」
「え、う、嬉しいです。ありがとうございます!」
頭を下げる。音楽家の方々から感想を貰うなんて、思ってもみなかった。もう胸がいっぱいだ。
「なーにそれ、私だってそれぞれのパートは尊重してるつもりだけど。私の曲は大丈夫だろうねー?」
「主役が妬くな妬くなーみっともない」
笑いが起きている。楽団の皆さんの為、スタッフの皆さんの為にも、失敗するわけにはいかない。再度気を引き締める。
「はい、じゃあ準備して。15分後に1回合わせるよ」
「わかりました」
陣頭指揮を執る結月さん。自分のライブなのに、結局私たちに付きっきりだ。
凄いなあ……。ありがたいなあ……。
* * *
リハーサルを終える。皆さんに支えられ、いよいよ本番にこぎ着けた。
緊張でガタガタ震える。声が出せているのか、また良くわからなくなってきた。
私が主役の一曲、みんなが私を観ている。カメラの向こうには世界中の人が居る。配信ばかり観ている人間なので、嫌でも実感が湧いてしまう。
「モカちゃん、一発目、わたしが声出すね。一緒に立って良い?」
「う、うん」
「その後、モカちゃんが自己紹介して、流れでいく感じで」
歌うだけのつもりだったので、MC的な台詞は何も考えていない。気を遣ってくれたマキちゃんに任せよう。
場内の何処かにあるらしい謎のスピーカーから声が響く。
「はーいでは皆さん、いよいよ開始です。本日もよろしくお願いいたします。失敗しても良いんでね、思いっきり楽しんで参りましょう」
結月さんの落ち着いた声は、緊張し切った私たちの体を解す。さすがに緊張していたマキちゃんも、普段のあの声を聴けて少し安堵しているようだ。
暗転するステージ。裏で構えていた私は、その暗さを受けてまた硬くなる。マキちゃんが手を取ってくれた。じんわりと汗が伝わる。
「いよいよだね」
「うん。頑張ろうね」
「うんうん」
「へいへいへーい!」
念を押すかのように暗闇から結月さんが現れる。ステージに上がる演者全員を集めて叫ぶ。
「これは飽くまで私のライブだから、何か起きても全部私のせいにしてね!世の中は、月に叢雲、花に風!っしゃー楽しんで行こー!!」
「おーっ!」
大きな掛け声と共に拍手が沸き起こる。
一人一人が主役、みたいなことは言わない。言わないが、配慮に溢れている。
これが結月さん流か。詠んだ句の意味は良くわからないけど。
2人でステージに駆け上がる。ライトが眩しく感じる。広いステージの上、隣に立ったマキちゃんと一本のマイクを共有しながら口を開く。この距離にずっと居てくれたら怖くないのに。
「皆様こんばんはー!本日は結月ゆかりの武導館ライブにようこそー!初めまして、わたくし弦巻マキと申しますー!」
「宮舞モカです!」
「どうぞよろしく……」
「固い!固いわー!」
あれ、結月さんの声が聞こえる。カメラが何処かに居る結月さんを捉える。
「いや別に普通の挨拶してただけじゃーん!!」
「私のライブにそういうのいらないの」
何か始まった。すみませんもうカメラ回ってるんですけど。そこはもうちょっと、打ち合わせさせてくれませんかね……。
いや、それが狙いかな。もう2人に委ねよう。
「はいということで、今日の1曲目は私の友人2人によるここでしか聴けない曲です。ブラウザバックすんなよ?全員ログ取ってるからな。出禁にするぞ」
場内スタッフの笑い声。本番も和やかな雰囲気で良かった。
友人……、って、言われた。
「最高の曲だから、見逃すなよ」
……最高……。ありがとうございます。
カメラが私に帰ってくる。なるほど、今だ。
「っ、それでは、聴いてください。"お友達の歌"」
マキちゃんが所定の位置へ移動し、楽団の方へ目を配らせ弾き始める。
クリーンなギターソロから始まるこの曲、キャッチーさとは程遠いフレーズかもしれない。しかし、色んな方に弾いてもらえるということで、いつしか曲に対する自信が体中に満ちていた。
息を吸う。ここから先は、流れに身を任せよう。1割の力で良い。何も考えずに歌う。
スクリーンに歌詞が流れている。カメラに映らない画面は、こういう使い方ができるんだな。おかげで間違うことはない。
うん、ちゃんと歌えてる。気持ちが良い。歌いながら少し余裕が出てくる。
ステージも広いので移動してみようかな。何となくマキちゃんの方へ歩く。付いてくるステージライト。あれ、結月さん、私って動いて良いんですよね?
マキちゃんのリフに絡んでみる。ちょっと意外そうな顔をされる。リハでこんなことやってなかったもんね、気まぐれなお調子者でごめんね。
肩とか組んでみたい気持ちを抑えつつ近くで歌っていると、マキちゃんはケーブルを絡ませるように私の周囲を回り始めた。えへへへ。調子に乗ってすみませんでした。機器を踏まないように気をつけながら所定の位置に戻る。
マキちゃんの歪んだギターソロ。ムスタングも大喜びしているように見える。
しかしうまい。速い。1音も漏らさない。何て心地良いんだろう。このままずっと堪能していたい。
スタジオ練習でも最高にキマっていたあの音。多分マキちゃんにしか出せない。
私の曲をマキちゃんが弾いてくれてるんだなあ。今の私は世界一幸せな人間だよ。
中盤のピアノソロ。ピアノの音でなければ表せない音は、当然ピアノに委ねる。
楽団の方々がさすがと言った仕上がりなので、もはやまったく心配することはなかった。マイクに向かって俯き、ただその指から伝わる音を聴いていた。
すると視界が明るくなる。気づいた私は顔を上げる。スクリーンの全てに見覚えのある風景が流れていた。
地元の、あの公園だ。
そして私の、私たちの絵が映し出される。
楽しそうに抱き合っていた幼いあの頃の風景が、美しい絵と共に描かれている。
……え?
どういう、こと?
まさか、私だけに見えてるの?夢?
思わずマキちゃんを見る。マキちゃんもスクリーンを茫然と眺めていた。夢じゃない。
私たちの瞳に映るのは、まさにあの頃の私たちの姿。
溢れる涙を左手で払い、食い入るように凝視する。
そうだ、鮮明に思い出した。あの服、良く着ていた。あの虫眼鏡、今でも大切にしている。マキちゃんは幼稚園の制服姿が多かった。おさげの髪型に憧れたんだった。そしてあのジャングルジムの前で、ずっと笑顔ではしゃぎ回ってたんだ。
でもどうして……?どうやって……?
もはや左手だけでは涙を拭い切れない。何が起きているのかわからない。漏れる嗚咽を抑え込もうとした時、突如全てが繋がった。
……そっ、か――――。
思わずあの顔を探す。彼女はスクリーンの下で腕組みをして座っていた。何処か、ステージよりも遥か遠くを眺めるような表情で。
居た。
思い出した……。