Purple Moonlight   作:真夏歩

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第20話 "お友達の歌"

 たっぷりと時間を貰ったおかげで、私の喉の調子は十分上がってきた。

 客席側を囲むように張り出したスクリーンの効果か、会場そのものの広さを感じづらくなったことも、私の緊張感を程よく解してくれている。

 結月さんがステージ上に現れる。同時に様々な人たちがぞろぞろと集まる。

 

「本日はお集まりいただきありがとうございます。また突発で曲を増やしたにもかかわらず、快くお受けいただいたこと、重ねて御礼申し上げます」

 

 何かが始まった。私たちも手を止める。

 

「あちらがあの曲の演者の2人、弦巻マキと宮舞モカです。ド素人のぺーぺーです」

 

 苦笑いの皆さん。服装でわかった、バッキングバンドの方々だ。

 

「こちらの方々が私と契約してくれてる楽団の人たち」

「が、楽団」

「わー初めまして!弦巻マキと申します!ギターをやらせていただいてます!よろしくお願いいたします!」

「あ、宮舞モカです。よろしくお願いいたします」

「急遽ね、後ろで弾いてもらうことにした。あんたの曲」

「えっ!?」

 

 私の曲を!?そうなの!?

 

「あの打ち込み音源でも良かったんだけど、何かもったいなくてさ。どう?良い?」

「は、はい!是非是非……!!」

 

 夢のようだ。私の曲をプロの方々が弾いてくれるなんて。でも簡単に弾けるのかな。プロならそういうものなのかな。

 私が気にしている様子に気づいたのか、マキちゃんが声を掛ける。

 

「わたしが横流ししてたからね。最初に曲貰った時から」

「そうじゃないとさすがに準備時間足りないからね。その分、良い演奏になると思う。腕前はもう、ご存知の通り」

 

 十数人の楽団の皆さんは和やかに笑っている。何て心強いんだろう。

 

「宮舞さん、素敵な曲をありがとうございます。みんなワクワクしながら演奏できます」

「各パートに伸びやかなソロがあるので、みんな張りきって練習したんですよ」

「え、う、嬉しいです。ありがとうございます!」

 

 頭を下げる。音楽家の方々から感想を貰うなんて、思ってもみなかった。もう胸がいっぱいだ。

 

「なーにそれ、私だってそれぞれのパートは尊重してるつもりだけど。私の曲は大丈夫だろうねー?」

「主役が妬くな妬くなーみっともない」

 

 笑いが起きている。楽団の皆さんの為、スタッフの皆さんの為にも、失敗するわけにはいかない。再度気を引き締める。

 

「はい、じゃあ準備して。15分後に1回合わせるよ」

「わかりました」

 

 陣頭指揮を執る結月さん。自分のライブなのに、結局私たちに付きっきりだ。

 凄いなあ……。ありがたいなあ……。

 

    *    *    *

 

 リハーサルを終える。皆さんに支えられ、いよいよ本番にこぎ着けた。

 緊張でガタガタ震える。声が出せているのか、また良くわからなくなってきた。

 私が主役の一曲、みんなが私を観ている。カメラの向こうには世界中の人が居る。配信ばかり観ている人間なので、嫌でも実感が湧いてしまう。

 

「モカちゃん、一発目、わたしが声出すね。一緒に立って良い?」

「う、うん」

「その後、モカちゃんが自己紹介して、流れでいく感じで」

 

 歌うだけのつもりだったので、MC的な台詞は何も考えていない。気を遣ってくれたマキちゃんに任せよう。

 場内の何処かにあるらしい謎のスピーカーから声が響く。

 

「はーいでは皆さん、いよいよ開始です。本日もよろしくお願いいたします。失敗しても良いんでね、思いっきり楽しんで参りましょう」

 

 結月さんの落ち着いた声は、緊張し切った私たちの体を解す。さすがに緊張していたマキちゃんも、普段のあの声を聴けて少し安堵しているようだ。

 暗転するステージ。裏で構えていた私は、その暗さを受けてまた硬くなる。マキちゃんが手を取ってくれた。じんわりと汗が伝わる。

 

「いよいよだね」

「うん。頑張ろうね」

「うんうん」

「へいへいへーい!」

 

 念を押すかのように暗闇から結月さんが現れる。ステージに上がる演者全員を集めて叫ぶ。

 

「これは飽くまで私のライブだから、何か起きても全部私のせいにしてね!世の中は、月に叢雲、花に風!っしゃー楽しんで行こー!!」

「おーっ!」

 

 大きな掛け声と共に拍手が沸き起こる。

 一人一人が主役、みたいなことは言わない。言わないが、配慮に溢れている。

 これが結月さん流か。詠んだ句の意味は良くわからないけど。

 

 2人でステージに駆け上がる。ライトが眩しく感じる。広いステージの上、隣に立ったマキちゃんと一本のマイクを共有しながら口を開く。この距離にずっと居てくれたら怖くないのに。

 

「皆様こんばんはー!本日は結月ゆかりの武導館ライブにようこそー!初めまして、わたくし弦巻マキと申しますー!」

「宮舞モカです!」

「どうぞよろしく……」

「固い!固いわー!」

 

 あれ、結月さんの声が聞こえる。カメラが何処かに居る結月さんを捉える。

 

「いや別に普通の挨拶してただけじゃーん!!」

「私のライブにそういうのいらないの」

 

 何か始まった。すみませんもうカメラ回ってるんですけど。そこはもうちょっと、打ち合わせさせてくれませんかね……。

 いや、それが狙いかな。もう2人に委ねよう。

 

「はいということで、今日の1曲目は私の友人2人によるここでしか聴けない曲です。ブラウザバックすんなよ?全員ログ取ってるからな。出禁にするぞ」

 

 場内スタッフの笑い声。本番も和やかな雰囲気で良かった。

 友人……、って、言われた。

 

「最高の曲だから、見逃すなよ」

 

 ……最高……。ありがとうございます。

 カメラが私に帰ってくる。なるほど、今だ。

 

「っ、それでは、聴いてください。"お友達の歌"」

 

 マキちゃんが所定の位置へ移動し、楽団の方へ目を配らせ弾き始める。

 クリーンなギターソロから始まるこの曲、キャッチーさとは程遠いフレーズかもしれない。しかし、色んな方に弾いてもらえるということで、いつしか曲に対する自信が体中に満ちていた。

 

 息を吸う。ここから先は、流れに身を任せよう。1割の力で良い。何も考えずに歌う。

 スクリーンに歌詞が流れている。カメラに映らない画面は、こういう使い方ができるんだな。おかげで間違うことはない。

 うん、ちゃんと歌えてる。気持ちが良い。歌いながら少し余裕が出てくる。

 ステージも広いので移動してみようかな。何となくマキちゃんの方へ歩く。付いてくるステージライト。あれ、結月さん、私って動いて良いんですよね?

 マキちゃんのリフに絡んでみる。ちょっと意外そうな顔をされる。リハでこんなことやってなかったもんね、気まぐれなお調子者でごめんね。

 肩とか組んでみたい気持ちを抑えつつ近くで歌っていると、マキちゃんはケーブルを絡ませるように私の周囲を回り始めた。えへへへ。調子に乗ってすみませんでした。機器を踏まないように気をつけながら所定の位置に戻る。

 

 マキちゃんの歪んだギターソロ。ムスタングも大喜びしているように見える。

 しかしうまい。速い。1音も漏らさない。何て心地良いんだろう。このままずっと堪能していたい。

 スタジオ練習でも最高にキマっていたあの音。多分マキちゃんにしか出せない。

 私の曲をマキちゃんが弾いてくれてるんだなあ。今の私は世界一幸せな人間だよ。

 

 中盤のピアノソロ。ピアノの音でなければ表せない音は、当然ピアノに委ねる。

 楽団の方々がさすがと言った仕上がりなので、もはやまったく心配することはなかった。マイクに向かって俯き、ただその指から伝わる音を聴いていた。

 

 すると視界が明るくなる。気づいた私は顔を上げる。スクリーンの全てに見覚えのある風景が流れていた。

 

 地元の、あの公園だ。

 そして私の、私たちの絵が映し出される。

 楽しそうに抱き合っていた幼いあの頃の風景が、美しい絵と共に描かれている。

 

 ……え?

 どういう、こと?

 

 まさか、私だけに見えてるの?夢?

 思わずマキちゃんを見る。マキちゃんもスクリーンを茫然と眺めていた。夢じゃない。

 私たちの瞳に映るのは、まさにあの頃の私たちの姿。

 溢れる涙を左手で払い、食い入るように凝視する。

 そうだ、鮮明に思い出した。あの服、良く着ていた。あの虫眼鏡、今でも大切にしている。マキちゃんは幼稚園の制服姿が多かった。おさげの髪型に憧れたんだった。そしてあのジャングルジムの前で、ずっと笑顔ではしゃぎ回ってたんだ。

 

 でもどうして……?どうやって……?

 

 もはや左手だけでは涙を拭い切れない。何が起きているのかわからない。漏れる嗚咽を抑え込もうとした時、突如全てが繋がった。

 

 ……そっ、か――――。

 

 思わずあの顔を探す。彼女はスクリーンの下で腕組みをして座っていた。何処か、ステージよりも遥か遠くを眺めるような表情で。

 

 居た。

 思い出した……。

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