最後のライブにしようかと切り出した時、マキは然程驚いた顔をしなかった。多分マキも同じ気持ちだったから。だからこちらから切り出したというのもある。
お互い言いたかったんだ。終わらせるべきだと思っていた。今の状態は健全ではなかったから。
ただ――、少しだけでも、悲しい顔をして欲しかった。惜しんで欲しかった。
終わりを切り出して尚、引き留めて欲しかった。
哀れだね。
宮舞モカが帰ってきたと悟った時、ほんの少しだけ喜んだ。彼女の話を楽しそうにするマキの笑顔も帰ってきたからだ。
そして思った。丁度良い機会だから、ここで一旦マキとの関係を減らそう、そしてフェアにしようと。彼女の入る余地を与えようとした。
マキを試した。そう言われても仕方がないが、そういうつもりではない。不均衡が嫌いなだけだ。月の光だって、あらゆるものを平等に照らしたくなるものだから。
その結果、マキはあのステージで彼女と大いに輝きを放っていた。誰もが羨むような素晴らしい演奏だった。
また道を譲ってしまった。また2人のステージを外から眺めるだけで終わった。
でもね、それで良いんだと思う。太陽のような、あのギラついた瞳が帰ってきたから。
鬼気迫るようなギタープレイ、鮮やかだった――――。
* * *
モカちゃんを楽屋に残し、ゆかりんを探す。感想を聞きたかったから。どうだったかな?今のライブ。
時間割によると、後15分は空き時間があるはずだ。今のうちにフレッシュな感想を聞いておきたい。
裏の通路を駆け回る。どの部屋をノックして良いのだろうか。忙しくなさそうなスタッフさんは何処に居るだろうか。居ないか。
「ん」
奥まったところに"EPS"と書かれた扉があり、三角コーンで足元を厳重に封鎖されている。
そしてそこには、大きな貼り紙と手書きの文字。
"誰であろうと立入禁止!!電話不可!!要件は必ずメッセージで!!5分前には必ず出てくる!!"
ゆかりんの字だ。怒ったうさぎさんの絵が添えられている。この中にゆかりんが居るってこと?何やってるんだろう。
三角コーンを丁寧に退ける。誰であろうと立入禁止、の"誰"に、わたしは含まれていない。謎の自信に満ちていた。
扉を少し開けて覗いてみる。中は狭く暗いが……、すぐそこにその姿はあった。
向こうを向き、俯きながら、ヘッドホンに手を当て、とても美しい声で歌っていた。
体中から滴る汗が凄い。
そうか、これがゆかりんなりのリハーサルなんだ。いや、本番前のルーティン、かな。
滅多に見られないこんな姿。しかし、そういえば見覚えがある。
幼い頃、良く歌っていたゆかりん。ただいつだったか、狂気じみた表情で独り歌っている場面に遭遇したことがあった。
あの時と同じだ。声を掛けようとして睨まれたんだった。あの顔が怖かった。わたしはそれ以上何も言えずに逃げ出した。
逃げるわたしはすぐに掴まえられた。ゆかりんの足は速かった。怒られる。その気持ちが過った時、いつの間にか手をひかれていた。
一緒に遠く、遠くへと走った。わたしにはあの時間がとても長く感じられた。ゆかりんの表情は見えなかった。
草をかき分け、太陽の方へひたすら駆けていった先には、砂浜と海が広がっていた。
バテバテのわたしに、汗だくのゆかりんが海を指差して一言。
「私、この海を越えて世界一になるから」
あの時は全然意味がわからなかった。ただ何か、カッコ良かった。そしていつしか、その言葉通りになっていた。
覚えてるかな、ゆかりん。
平気な顔をして何でも達成してしまう。貴方はいつまでも、わたしの憧れだよ。
貴方が世界を目指してずっと頑張ってきたこと、わたしは知ってるつもりだから。
光に気づいたゆかりんに険しい貌で睨まれる。苦笑いするわたし。
ごめん、許して。許してくれるかな。急に怖くなってしまった。
そこに立っている人間が気まずい顔をしたわたしだと見留めたからか、ばつの悪そうな苦笑いを返してきた。
ごめんね。怒らないでくれてありがとう。
そっと扉を閉じる。
気の済むまで歌って欲しい。貴方のその声を、世界に響かせて欲しい。
そしていつか――――、いや、この気持ちは仕舞っておこう。
* * *
「さて、と」
体を拭いて扉を開ける。光が眩しい。
部屋に戻り、衣装に袖を通す。通知音が鳴る。
「わたしの演奏どうだったー?」
ふん。そうだね。メッセージなら受け取るって貼り紙してたからね。それを守るなら扉を開けるなって話だけど。
こっちは今から本番なのにさー、少しは手加減してよ。まあ、マキが相手ならそんな気も浮かばない。私以外にはこんな無作法、とってないだろうしね。
新鮮な感想が聞きたいんでしょ?偏屈な私の。仕方ない、予約送信の設定だけしておこう。
「はいはい~、ごめんね、私が途中で止めたから時間押してるよね。準備良いかな?大丈夫?」
各所と連絡を取りながらステージ裏を目指して歩く。途中の空間でマキが水を飲みながら佇んでいた。
こっちを見て得意げな顔をしている。鼻で笑い返す。
あのステージからの眺め、気持ち良かったでしょ。
いつも思うんだよ。あの海と同じだって。光を浴びてさ。今のマキにはどう映ったかな?今日はお客さんも入れてないし、ちょっと違うか。
じゃ、今からそこで歌ってくるから、観ててね。最高のショーを届けるよ。
* * *
はっはっは。何そのウィンク、可愛いからやめてよ。ここだけにしてよね。
忙しそうにしながら去るゆかりんの後ろ姿を眺めていると、スマホが震えた。
「ミスった時、顔に出るよね」
指を差して笑ってくる顔画像と共に送られてきた。相変わらずの可愛げのないメッセージに、思わず苦笑い。
「ミスったかな。ミスったっけかー……」
そんなつもりはなかったが……、それだけ必死だったのか、そういうことにしておきたかったのか。ただゆかりんがそう言うのなら、間違いない。
腕を磨こう。更に磨こう。いつか貴方の心に届くまで。