9月。休日の午後、サービスされたケーキを食べながら、今日もお店でネタ出しをしている。
娘さんが居なくなったお父さんの背中って、どうしてこうも哀愁を感じてしまうのだろう。少しでも応援したいものだ。
初めての他人の曲の作成依頼。結月さんのアドバイスを咀嚼しながら、2人にどう楽しんでもらうかを考えている。
マキちゃんの音色はわかる。どちらかというと今の課題は、結月さんの声色とみている。
結月さんの声の特長はそのボーカルコントロール力。すなわち、ブレス・ピッチ・質・発音・共鳴・テンポ、ニュアンス、……と誰かが解説している。ごめんなさい、技術的なことはわかりません。
ただ結月さんは本来、ハードロックとはまったくの別方向。ポップス系を力感のないフラットかつアンニュイな声で歌っている。
吐息の揺れや声の震え方に魅力があるのかな、と個人的に思っている。そしてスタイルとしてはシックでファッショナブルだ。
……だから急にあんな声で怒鳴られると、心臓が止まってしまう程怖い。
そんな声も出せるのに、歌声には乗せない。マキちゃんと歌う時も、透き通った艶やかな声しか乗せない。彼女なりのポリシー、もしくは勝負したいテリトリーがあるのだろう。
いや、喉を労わる為か?本業に支障が出ると困るからかな……。いずれにしてもそれは尊重したい。
この2つを融合させる。今考えられる一番の落としどころは"可愛い系メタル"だろうか。2人の良いとこ取りをしたようなジャンルだ。
しかし、この考え方は間違いなく安直。お互いの良さを取って組み合わせたところで、その良さが曲に出るわけではない。むしろ打ち消し合うことになりかねない。だから結月さんは悩んだんだ。
と、ここまでは整理できている。ディグりながらふと思い出す。
そういえば、一緒に曲作りをしていくもの、という言葉も頂いていたな。
いっそマキちゃんにグループチャットを作ってもらって、2人の曲作りに関するスタンスも聞いてみることにしよう。2人がやったことのない音を目指すヒントを得られるかもしれないからだ。
マキちゃんに伝えたところ快く承諾されたので、しばらく待つ。有名人の連絡先を知ってしまったら、もうこのスマホを失くしただけで罪になりそうだ。
「はいモカちゃんいらっしゃい!」
「こんにちは。すみません、お邪魔します」
「ゆかりんは時間ができたら答えてくれると思うから、ここに書き残してて良いよ」
「はい、ありがとうございます。お二人向けの曲を作ろうとしてるんですけど、お二方って今までどんな感じで曲を作ってこられたんですか?」
「んー、ほとんどゆかりんが考えてくれてたよ。わたしはあんまり作れないから」
「おまかせ、って感じですか?」
「うん。ゆかりんの方がわたしよりわたしっぽい曲作ってくれるし」
少しほっこりする。ただ、これが解散の理由でもある。
どんな曲でもウェルカム!と私にも言ってくれていた。マキちゃんとしてはそれで良いのだろう。きっと本心だ。
しかしその言葉は、結月さんを逆に縛ってしまったのだろう。本気でマキちゃんを喜ばせるには、自由では多分ダメだから。
そしてマキちゃんも薄々……、自分に合わせてくれることに罪悪感を募らせていったのだろう。
「モカちゃんの場合は何か、全体的に壮大な曲が多いよね」
「はい、そうですね。気持ちはいつもアルバムの最後の曲、っていうイメージで作ってます」
「あー、そういう感じなんだ」
「ここ最近は私が作ってたね」
結月さんの登場だ。結月さんのアイコン画像がマキちゃんなので混乱する。何なんだこの人は……。
「最初はわたしも作ってたんだけどねー」
「マキの作る曲はちょっと幼稚っていうか」
「ゆかりんこういうこと言っていじめてくるから嫌い」
ははははは……。嫌いにならないでください。私は2人が大好きです。
「過去に自作曲で何曲セッションしましたか?」
「13曲」
「12かなあ」
「13曲」
ふははははは……。ダメだ。一つ掘り下げる度に漫才が始まりそうだ。楽しいけどアバウトな質問は良くないか。
「結月さんはどういうことを考えながら作ってたんですか?方向性とかフレーズとか」
「それ何か横で聞いてるこっちも恥ずかしいんだけど。披露宴みたい」
「あはははははは」
お茶を濁す為に笑ってみると、すっ、と画像がアップロードされる。これは結月さんの……、ネタメモ帳!?
「何これゆかりん!すっげーーーー!」
「大体こういうこと考えてる」
「オタカラじゃんこれ!」
「売ろうとしないで」
「してないよ!」
一流アーティストのメモ帳……。垂涎ものだ。どれどれ?ぱっと目を引く五線譜と……、
「"換気せん、車、E♭ @Tokyo / 5:40"」
「"手だけ強く握りしめる空港"」
「"明日の昨日は今日ではない"」
「"28May駅の発車ベル?ジングル"」
「"MCで曲の説明しすぎ"」
うん、乱雑なメモだ。まあみんなそんなものか。
「わたしへの愛がつらつら書かれてるのかと思ってドキドキした」
「まあ、マキとの曲についても大体同じで、歌詞は音感重視、後はムスタングをチャカチャカ鳴らせるかとか、あんまり泣かせない方向にするかとか」
「いわゆる泣きのギターではないってことですか?」
「そう」
「わたしには泣いて欲しくないみたいな?」
「そう」
マキちゃんが可愛い照れ顔画像を返す。自分で照れくさいことを言って自爆している。
なるほど……。ここは正反対だ。私はギターを泣かせたい。前の曲もそういったセクションを入れた。
結月さんがマキちゃん向けに作りたくないというだけで、結月さん自体はそういった曲も作っている。私が作るのは、ありだ。
でも……、泣いて欲しくないって、良いな。月は太陽にずっと輝いていて欲しいんだな。
「正直、モカのあの曲をマキがああ鳴らすと思ってなかったから、表現の幅広がったなーとは思った」
あれ、えへ。
呼び捨てられた。ちょっとだけ憧れだった。
「あのブルージーなフレーズでしょ?」
「どうやって鳴らしてたの?」
「E-Bow」
「握ってたのかあれ。凄いわ。ああいうのありなんだね」
マキちゃんがえっへん顔の画像を返す。1音をギューンと伸ばす音のことかな。あれがないと泣きのギターは始まらない。
でも会話的に、あんまりしない方が良かったのかな。でもやってたし、良いよね?
「ありがとうございます。参考になりました。マキちゃんはどういった曲を目指してたんですか?」
そういえば、出会った時からマキちゃんの作った曲というものを聞いた記憶がない。実際どういった曲を作ってるんだろう。
しばらくの沈黙の後、書き込み始めるマキちゃん。
「私はねー詞先だから、メロディー自体にあんまり面白味はないんだよね」
詞先。歌詞を書いてからそこにメロディーを乗せるわけだから、確かに自由度は下がる。
「文字で全部語ろうとするタイプだからね、案外。ポエム帳見せたら?」
「ゆかりんいじめてくるから嫌い」
ははははは……。
マキちゃんにはやはり、意識してまで弾きたい音はあまりないのかもしれない。その薄れた意識の部分を、結月さんが掘り起こしてカバーしていたのだろう。
理想的なコンビだなあ……。
お二人に付き合っていただいたことで、ヒントは得た。ラプサンスーチョンを追加で注文し、もう少し頭を捻る。
泣かせたいし、笑顔にしたい。不可能ではない。完璧を目指す。
* * *
「これ曲名どう読むの?」
「Purpuren Mōnanscīmaです」
「あーん?」
「どういう意味なの?」
「そうですね、"奇跡の光"、みたいなイメージです」
「発音記号送ってくれる?」
「あ、はい、チャット欄に送りますね」
あれから4週間でおよそ完成した。夜、2人の時間を頂いて、画面を共有しながら曲を聴いていただく。
「き、も、ち、わ、るっ」
くははははと笑いながら、何処かのホテルで結月さんがお腹を抱えている。
でも結月さんのこのリアクションは誉め言葉に違いない。私は怯まない。
「なーにこれ、5、6、7、6、5みたいな進行してる?」
「あ、そうですね。サビはそんな感じだと思います」
「はっはっはっはっはっはっ……」
「短歌か何か?」
「マキこれ弾ける?」
「ごめん、1回聴いただけじゃわかんない」
マキちゃんは混乱しているみたい。ごめんなさい、正直私もわかってないです。
「これはねー、あのー、歌ってみろ!って言ってるでしょ」
「そ、そういうわけではないんですけど……」
「ちょっともう1回聴いてて良い?」
「歌えるよ?歌える。うん。でもね、これ自分が作らないと厳しいよ。だってその感性に届かないもん」
なるほど。確かに、他人が作った曲はうまく歌えている気がしない。どう歌うべきなのかわからないから。だから私は曲を作り始めたというのもある。結月さんもそうなんだ。
とりあえずもう1回聴いてもらう。
「うーん、そうね。気持ちは伝わる、私の声をどう生かそうとしてるのか。私の声なら曲全体のバランスが取れるってことね」
「はい!」
気づいてくれた。そうなんです。
「モカちゃんって、リズムとか曲の構成とかで脳に訴えてくるけど、私は歌詞も好きなんだよね」
「歌詞ですか」
「うん。ちょっと前の日本っぽいっていうか、歌詞が"音"の一部になる前の時代みたいな」
「そうね。詞そのものに物語がある。完全に音感を頼りにしてる割に、詞を独立させても意味を成してる。曲でそれぞれ映画ができる感じかな」
「文才があるよね。"聴いた人それぞれに感じて欲しい"、みたいな余白を入れた逃げじゃない」
「え、えへへへへへ」
すっごい褒められる。天国に来たみたいだ。
「全部に力が入ってて全部聴かなきゃいけないから、そういう意味ではまあ、よっぽどじゃないと流行らないね」
「うんまあ、まあね。タイアップとか取っかかりがないとね」
「曲名とか凝り過ぎてて取っつきづらいし」
ガーーーーン。
再生数が少ない理由はそれってことですか。
スピード感のある現代音楽の良さも取り入れてたつもりだったけど、そうでもなかったのかな……。曲の何処を切り取っても良い、みたいな……。
「伝えたいことが多いんだと思う。それで良いよ」
あ。優しい結月さんの表情。
それで良い、と結月さんが言ってくれると、肯定感や多幸感以上に、とても心に温かみを感じる。
「ところでモカはさあ、将来的に音楽を志してるの?」
「え?あー……」
……あの、あまり、将来のことを考えたくない、怠惰な人間なので、どう返せば良いか、ちょっと。
「高3でしょ?どうするの?」
「えっと……、とりあえず大学に進むつもりです」
「ふーん。そう」
あ、もしかしてこれって、勧誘、されるのかな。なんちゃって。
「ゆかりんがこれ歌ってメジャーにしちゃえば良いんじゃない?」
「そう。ちょっと思ったのよね。当然マキも弾いてね」
「あ、わたしも?」
「作曲者として登録すれば収益が入る。その分だけ"人生を延長"できる」
「わ、私が、そんな立場になって良いんですか?」
「もちろん。お金がある間に人生を選択すれば良い」
夢のような提案だ。私の曲を結月さんとマキちゃんが、ネットで、ライブで……。
「うーん、でもモカちゃんがお金貰ってもその分ぐーたらしそう。リアルな世界って待ってくれないんだよ」
「あ、そう?じゃあやめとこっか」
「えーーーーっっ」
そんな風に見えてましたか。やっぱり。
「うん、マキはどう思った?この曲」
「うーんとね、ギターパートは良いと思う。楽しそうだし。曲全体も耳障りはとっても良いよ、もうちょっと聴く必要はあるけどね」
「うん」
「でもねー、うーん……」
うん?マキちゃんが言葉を濁す。何処かに違和感があるみたいだ。
微妙な間ができる。が、即座に汲み取ったのか、結月さんが代わりに口を開く。
「モカはこれ歌わないの?」
「へ?」
マキちゃんの顔が綻ぶ。え?お二人の曲なんですけど……?
「じゃあモカちゃんはコーラス参加でどう?わたしと歌おうよ」
「それで良いんじゃない?」
「あ、はあ……」
結月さんも笑顔だ。
「あのね、そもそもマキはモカの声に惚れたわけ。全てはそこから始まったんだから、貴方の声が入らないなんて選択肢はないのよ」
「ふふふふふ」
私の声に、惚れた。えへへ……。
……今のやり取りの真意に気づく。
なるほど。"私は歌わないのか"、その問いがもしマキちゃんの口から出てしまっていたら、結月さんの立場がなくなるのか。
それを汲んで丸く収める為に、結月さんから言ってくれたんだ。
プロなのに素人の私の声を惜しげもなく立てる、その器の大きさ。そしてマキちゃんが喜ぶのなら、どんなプライドでも脱ぎ捨てる心……。
これだけ一途な姿を見せられると、何だろう、逆にちょっとマキちゃんに嫉妬してきちゃった。はははは。
「わかりました。じゃあ私もコーラスで参加させてください」
2人は笑っている。私の声も紲がれた。
結月さんに報いる為にも、私たち3人の因果を、良い体験に上書きするんだ。
* * *
「はー、変わらないね、この公園も」
「遊んでたよねー昔」
「うぇーーーい」
「ちょっと、裾が汚れる」
12月。3人で都合を合わせて、近所の公園に来た。ここでセッションしようというマキちゃんの提案に、私たちが乗った形だ。
「うーーーーわーーーーー」
「普段誰も遊んでないから汚れてるんだよ」
滑り台に飛び乗った結月さんのテンションが早速下がっている。せっかくなら清掃しておけば良かったかな。そんな童心に帰るとは思ってなかったので。
「だから貸し切り」
「それじゃあ、私たちが息吹を吹き込んであげましょうかね」
ジャーーーーーーーンッ!
マキちゃんが奏でるギターの音と共に、結月さんの周囲から例のスピーカーが現れる。至近距離で見た私は目を疑う。やっぱりおかしい。猫型ロボットのポケットみたいだ。
「ちょっとチューニングするから待っててねー。外寒いからねー」
「結月さん、このスピーカーさんって、触ってみても良いんですか?」
「痛覚が繋がってるからやめてね」
真顔で答えられた。
……何処までが冗談なのかわからない。色々触れない方が良い気がしてきた。
テレレレーレテッテッテテーレーテレレレーレテッテッテテーレー!
マキちゃんのリフを聞きながら公園を周回する。この辺りで結月さんが佇んでいた記憶がある。険しい顔をしていたことも知らずに、私はこの手でマキちゃんを奪ってしまった。
「あ」
入り口付近を歩いていると、道路を歩いて来るマキちゃんのお父さんと紲星さんの姿が見えた。ムスタングの音につられて公園に来たらしい。
私の姿を見留めると、笑顔になってくれた。お騒がせしております。
「マキはね、このブランコでずっと貴方を待ってたの。真里さんと一緒にね。毎日泣いてたよ。一週間くらい」
「えっ……」
結月さんに教えられた。真里さんとはマキちゃんのお母さんのことだろう。実際に当時のことを聴かされると、重いものがある。
ここから居なくなってしまい申し訳ない。きっととても寂しかっただろう。私が残された立場だったら、どれ程の傷心を受けただろうか。
私はこうやって、知らないところで色んな人を傷つけて生きてきたのだろう。
「うーん、もう良いって。今居てくれてるんだから」
照れながらマキちゃんが手を振る。
うん。今からでも遅くない。私たちの関係を、新たなものにしたい。またこの公園から。きっと2人もそう思ってくれている。その為の今日だ。
「じゃあ再会の抱擁ね」
結月さんが指を差す。ジャングルジム……。
「再会して結構経つからもう良いよー」
「私が見たいの」
マキちゃんには見えない角度で、少しはにかんでいる。
私が……。私が。
つまり、結月さんなりの"リセット"――。結月さんの中で止まっている時計を、再び動かす為、かな。
こんなにいじらしい振るまいを見せられては。もちろん、応えます。
「わかりました」
「あー、モカちゃん、する?もう、しょうがないな~……」
顔を手で扇ぎながらギターを置くマキちゃん。今更ですよ。
ジャングルジムの前で、ハグをする。
マキちゃんはやっぱり温かい。ずっとこうしていたい。
「モカちゃん温かいねえ。可愛い可愛い」
「えへへへへ」
「混ーーーーーーーーぜーーーーーーーて!!」
「うわっっ」
遠くから走ってきた結月さんが勢い良く抱きついてくる。
えっ。あっ。
飛びきり無邪気な顔をした結月さんが、そこに居た。
重い、重い"リセット"――――。
長く凍りついていた月が、溶けていく音がした。
* * *
春。暖かな陽気の中、今日も私はモニターの前に居座っている。
カップを回しながら、奇跡のようなこの2年に思いを馳せる。
「気が向いた時に作ってくれれば良い。気が向いたら歌うから」
「いつでも待ってるよ~」
2人はそう言ってくれた。
私が曲を作る限り、お友達の笑顔は続く。そして私も幸せになれる。何て幸せなことだろう。
「あとちょっとで打ち込みが終わるから、待っててねワトソンくん……」
猫は昇りゆく月を眺めている。
音を結ぼう。音を紲ごう。
この街にはいつだって、明かりが灯り続けているから。
あとがき
「マキちゃんとモカちゃんは幼稚園の頃に公園で逢っている」という裏設定があるということで、その設定を活かしつつ3人の関係を考えてみたお話でした。
VOICEROIDでの縁、AHSという仲、垣根を越えて3人が良い関係を持っていると嬉しいですね。
第2話をモチーフにしたカバー曲動画も含め、サブタイトルに使用させていただいている稲葉さん作詞の楽曲を知っていると、また違った味が出るかなと思いながら書きました。興味がございましたら原曲も是非聴いてみてください。
ここまでご覧いただきありがとうございました。