12月。猫の温かさに触れながら、ベッドの上で物思いに耽る。
初めて家族以外の連絡先が増え、一度一緒にお出かけもした。
そして私のことを"お友達"と言ってくれた。
ここにきてマキちゃんとの距離は、ぐっと近づいたように思える。
マキちゃんは最近無事大学に合格したらしい。
一般入試を受けるものだと思っていたけど、品行方正なマキちゃんは面接とか色々で受かったとのことだ。
大変名の知れた大学なので、その倍率は想像しにくいけど……。簡単に受かってしまったのがさすがマキちゃんといったところか。
他のお友達も多そうだし、人当たりも良いし、学校でも一目置かれる存在なのだろう。課外の振るまいを見ているだけでも納得してしまう。
「私がお友達か――」
私で良いのだろうか。私と時間を共有してくれる余裕なんてあるのだろうか。彼女の時間を浪費しているのではないだろうか。
そもそも、お友達とは一体何なのか。何をすべきなのか。
お姉ちゃんが言うには、普通にしていれば良いらしい。しかし普通とは何なのか。
こちらからアプローチしなければ、距離が遠いと思われるかもしれない。
メッセージを送る?お出かけに誘う?家に遊びに行く?
私が構ってもらっても良いのか?それがお友達というものなのか?
寝返りを打つ。
しかし、何故私なのだろう。
学校も学年も違うし、単なる店員とお客さんの関係で良かったのではないだろうか。
近くで遊べるお友達を増やしたかった?それは今更必要なのか?
良くわからない。ただ、どうしても引っかかる言葉がある。
『無理に探さなくても、"この街に帰ってきてくれた"っていうことだけで、とっても喜んでると思います。そのお友達』
夏休みにお店で言われた言葉だ。この言葉の正しい解釈が未だにできていない気がする。
言葉通りに受け取るのであれば、"覚えてないなら無理に探すこともないよ"、という意味だろう。マキちゃんらしい気遣いのある言葉だ。
しかし――。今の状況から察するに、もう一つ別の意味を持っているように思える。
何か別の言葉を胸にしまって、絞り出したこの言葉の真の意味は。
――何か、当てがあるのではないか?
でなければ、もし私のことを探している当時の友達が居た場合、少し無責任で可哀想な言い回しになるからだ。マキちゃんがそういう人だとは思えない。
では、当てがあるとすれば、それは誰だ?
……マキちゃんではないか?
もしそれがマキちゃんだとすると、多くの要素が繋がるのだ。
マキちゃんが私に優しくしてくれる理由もそう。お友達になってくれた理由も、私がマイナスイオンを感じることも、何処かに懐かしさを覚えることも、あの安心感も。
マキちゃんはあの日、過去に私と会ったことがあると気づいたのではないか?
でももしそうだとすると、何で"それ、もしかして私じゃない?"って言ってくれなかったんだろう。
確信が持てなかったから?今の自分に自信がなかったから?
それが良くわからない。
……やっぱり私ではないのでは?
会うチャンスは何度もあるのに、連絡先も知っているのに、まだそれを伝えてくれるわけではないということは、やっぱり私じゃないのかもしれない。
「あー……」
私がちゃんと覚えていればこんなことにはならなかったのに……。
結局全部私が悪い。気を遣わせている分、尚更質が悪い。
実は私は、当時の友達の名前を覚えている。ただそれが、"マキ"ちゃんではなかったはずなのだ。
だから私は断定できない。
マキちゃんに聞いてみる?
昔、私と会ったことないですか。って?
私に何の確信もないのに、マキちゃんを試すようで嫌だ。それはできない。
私には確かめる術がない。あの言葉の真意も、あの時遊んでくれた友達の存在も。
「どう思う?ワトソンくん」
猫は知らん顔で寝ている。
「もう少し相手の気持ちを汲んであげたらどーお?」
点けっぱなしのパソコンから聞きなれた声がする。いつの間にか、有名人のインターネットラジオが流れていた。
相手の気持ち……。それがわかれば苦労しないんだけど。
その言葉が妙に刺さるのは、私の思慮の浅さ故だろうか。
「はあー……」
お友達って何なんだろう。
何も解決しないまま今日も眠りにつく。
遠くでは雷鳴が響いている。こちらには来ないことを願う。