Purple Moonlight   作:真夏歩

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第4話 Salvati○n

 今日はモカちゃんの家にお邪魔している。

 勉強会という名目だが、個人的には遊びに来た感覚だ。

 

 モカちゃんの学校の成績は冴えないらしい。イギリスで学んでいた内容とアプローチが違うのだろう。

 課題の溜まり具合をみるに、若干本人に怠け癖もあるかもしれない。勉強以外にやりたいことが多いんだと思う。

 

 勉強中のモカちゃんを眺めつつ、ふとパソコンに目をやる。

 部屋と同様、綺麗に片づけられたデスクトップではあるが、目ざといわたしの目はごまかせない。

 ある。平凡な高校生が使うことはないであろうアプリケーションのアイコンが。

 

「モカちゃんさあ、このソフト」

「……あ」

 

 そこまで見られると思っていなかったのか、一気に顔が赤くなる。

 

「これあれだよね、音楽作るやつ。まさかモカちゃん、曲作ってるの?」

「え、あ、はい……。ちょっとだけ……」

 

 やっぱり。ギターを褒めてくれたのもそういうことだったんだ。

 

「へえ~~~~。わたしもギターやってるんだよ」

「それはもう、十分知ってますけど……」

「どんな曲作ってるの?」

「え、どんな……、どんなでしょうね……」

「聴いてみて良い?何処にあるの?」

 

 逃がさない。捲し立てる。

 

「えっ、それは、そのー……、良いですけど、あんまり自信ないんで……」

「良いよ良いよー気にしないよそんなの。聴いてみたい聴いてみたい」

「じゃあえっと、一番新しいやつ……」

 

 一番新しいやつ?この歳にしてまさか相当な手練れか?

 モカちゃんがファイルを取り出す。取り出す過程は見なかったことにしよう。

 曲が流れる。

 ロック。ロックだ。意外。いや、しかもこれプログレ系?曲の構成が独特だな?

 モカちゃんの歌が入る。ここだけ自分で録ってるのかな。

 やっぱり歌声が良い。幼い頃に聴いたあの歌声を感じさせつつ、更にスケールアップしている。カッコ良い。

 そしてこれだけ複雑な曲の構成をしていながら、違和感がない。かなり凄い気がする。

 しかし……、めっちゃコスト掛けてるな、これ。

 これだけの音を鳴らす為には、相応のプラグインと時間が必要だ。日々の相当なコストを音楽に費やしているとみた。

 

「良いねー!凄い!カッコ良い!そして歌がうまい!」

「えへへへへ、ありがとうございます」

 

 照れ笑いしている。この顔の何処からあんな声が出るのだろう。

 

「わたしもたまに曲作ってみたりするんだけど、こんなに完成度高くできないんだよね。しっかりした曲!って感じだった」

「えへへへ……」

「これ、曲名は何ていうの?216って書いてるけど、交響曲第216番!みたいな?」

「え?えっと、それはただ、216番目のリテイクファイルっていうだけです」

 

 へ?

 

「え、それまでの全部没なの?」

「そうですね……」

「没ファイルって何処にあるの?」

「ごみ箱の中にあると思います」

 

 1曲作るのに216回のリテイク?そもそもリテイクって何だ?演奏してるのかな?

 曲を作る過程がわかるなら、それは是非とも知りたい。なかなかこういった機会は少ないからだ。

 

「ごみ箱開いてみていい?」

「聴いてみますか?取り出しますね」

 

 取り出す過程は見なかったことにして、試しに178と名づけられたファイルを聴く。

 

「……これは……、どう違うの?」

「えっとそれはですね……」

 

 モカちゃんがDAWのデータを開いてみせる。ボーカル以外全て打ち込みだ。

 

「多分、ここの音の繋がりですね」

「???」

「完成版はこの音からこの音に繋がる瞬間が好きなんですけど。そこでどう繋ぐか結構躓いちゃって……」

 

 音が繋がる瞬間?

 

「ほらここ。あの、テテテテンって繋げると曲全体が前に進む感じがしませんか?こっちは同じ音なのでここで一瞬止まるんですよ。ほら」

 

 モカちゃんに捲し立てられる。

 確かに1音違うけど、止まる……?曲全体が前に進む……?

 

「出力しないと音の感じって変わるので、ファイルだけどんどん増えちゃって……。あ、音の感じ方とかも日々変わるじゃないですか?」

「う、うん……」

 

 固まるわたしを見て、どう伝えれば良いか困惑しながら言葉を選ぶモカちゃん。

 

「あー……ちょっとうまく説明できないんですけど……。すみません知識がなくて……」

「いや、ごめんね?え、まさかこんなところから気にして作り込んでるの?」

「そうですね……。あっ他にもこういうフレーズを試したりとか、色々やってみてるんですよ」

 

 機転を利かせてくれたのか、わかりやすそうな別のファイルを聴かせてくれた。

 

「え、っと……。これ良いじゃん!え、これも没になるの?」

「そうですね……。今のよりは好きじゃなかったので……」

 

 今のよりは好きじゃない……。

 職人……、職人だ。しかも完璧を求める求道者だ。

 メロディーを噛み砕いていると、モカちゃんの表情が曇っていることに気づく。しまった。

 

「あっ、ごめん!ごめんね、ちょっと凄すぎて、平凡なわたしには到底理解できない感性の領域だから、うまい言葉が言えなくて……、ちょ、ちょっと尊敬しちゃう!」

 

 ははははと自嘲気味に笑うモカちゃん。

 "こんなところ"、とか言ってしまった。

 一般人では聞き流してしまうような些細な音の違いでも、モカちゃんにとっては何度もやり直す必要がある大きな誤差だ。

 

「あの……、言葉では伝えられない部分を補ってくれるのが音楽なのかな、って思ってるので、普段演奏されてる方々みたいにうまく伝えられなくて……。すみません」

「えーいやいや!プロのアーティストみたいなこと言ってる。カッコ良い~!」

「はははは……」

 

 言葉で伝えられない部分を補うのが音楽――。なるほど。誰かも似たようなことを言ってたな。凄い人は本当にそういう領域に行き着くのだろう。

 どうしよう。気まずい。しかしこの曲を形容する適切な表現が浮かばない。

 

「こ、これって何処かに公開してるの?」

「あ、そうですね……。一応……」

「どこどこ?」

「あの、こういうのとか……」

 

 楽曲投稿サイトの作品ページを見せてくれた。そこには十数曲並んでいるように見えた。この歳でこんなにも継続して投稿しているのか。全然ちょっとだけではない。

 ……う……。再生数が少ない。お気に入りも一桁前半しかない。貰った感想なんて皆無かもしれない。

 

「ははは……」

 

 寂しそうに笑うモカちゃん。

 間違いなく良い曲なのに、あまりに付けられた評価が少ない。世間にはこれ程埋もれたアーティストが居るものなのか――。

 モカちゃんの背中が小さく見える。抱きしめたくなった。昔のように。しかし思い留まる。

 

「アカウント名覚えたから!帰ったら全部聴かせてもらうね!」

「あ、ありがとうございます……」

「さっきの曲のDAWファイル、眺めてて良い?」

「はい、良いですよ。独学なので変なことしてたらすみません」

「いやー全然!わたしもDAW何にもわかんない!」

 

 モカちゃんは勉強に戻る。今の会話を振り返る。

 音の繋がり……?

 "Hwanan cymð se wind"と名づけられた、読めない曲名のこの曲を何度も繰り返す。

 複雑な譜面も、曲の構成も、DAWの操作も、わたしには高尚過ぎて理解できない。いずれにしても素敵な曲であることは間違いない。

 理解できないのが悔しい。理解されないのが悔しい。

 後で詳しい人に聞こう。プロならわかるはずだ。しかし今は、何とかして彼女の寂しい笑顔を消し飛ばしたい。

 

「ねえモカちゃんさー」

「はい?」

「わたしと一緒に1曲演奏しない?モカちゃんが作って歌って、わたしがギター弾くの」

「えっ!?」

 

 机に足をぶつける音がした。

 

「モカちゃんの曲弾いてみたーい。今の曲とかさー、すっごい素敵なメロディーだもん」

「えっ……、良いんですか!?本当に……!?」

「うん。モカちゃんが思うままに曲を作ってさ、わたしが同じような音を鳴らしてみるから」

「MIDIデータより生のギターの方が嬉しいです!私ギターとか何も弾けないので、そういうのやってみたかったんです!」

「おっけー!じゃあモカちゃん、課題が終わったらいつか1曲作って持ってきてよ」

「はい!是非是非……!」

 

 良かった。モカちゃんの笑顔が戻った。

 この才能を世界に知ってもらいたい。例えばライブで演奏できれば、それだけでも何かのきっかけを生み出せるかもしれない。

 そして何より、あの頃の自分の夢が叶うかもしれない。みんなの前で一緒に歌える日が来るかもしれない。

 

 そんな麗らかな日が来ることに思いを馳せ、震えたペンが走る様を眺めるのだった。

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