寒い日が続く2月。初めてマキちゃんの家に遊びに行くこととなり、前日から大いに気を揉んでいる。
「菓子折り……、菓子折りを用意しなくては」
菓子折りの意味も良くわからないまま百貨店に赴き、無事仰々しい箱を入手した。
多分これで良い。御礼って書いてるし。感謝の気持ちはこもってると思う。
当日マキちゃんの家で手渡しすると、特大の苦笑いを頂くこととなってしまった。
反省は帰ってからするとして、ソファで待っている間、興味本位でリビングルームを見渡す。
静かな普通のリビング。綺麗に整頓されている。
少しだけ違和感を覚える点があるとすれば……、随分と写真立てが多いことだろうか。
そういえばマキちゃんって一人っ子なんだっけ?お店に居るのはいつもマキちゃんとお父さんだけだ。
誰が写ってるんだろう。お母さんかな。
「今日はねー、マフィン作ったんだよー」
「えー凄い!」
「紅茶とケーキだと、いつも店で出してるのとあんまり変わらないからさ」
「わざわざすみません、ありがとうございます」
頂きます。……マフィンおいしい。やわらかい。えへへ。
「お家でもお店と同じ味の紅茶を飲めるって、ちょっと面白いですね」
「ふふふふ、そうかもねー」
「普段も家では紅茶が多いんですか?」
「ん-、まあお茶系が多いかな」
「お茶が好きなんですか?お店も日本だと珍しいですよね、コーヒーがメインの喫茶店が多いと思うんですけど」
「そうだねー。お母さんがあんまり好きじゃなかったってところが大きいかも」
ん?
「あー……?」
嫌な予感がしたので口をつぐむ。
「周りにいっぱい写真飾ってるけどさー、お母さん病気がちだったから、あんまり香りが強いもの置いてないんだよねー」
「なるほど……」
あー。日本の文化的に、こういう時はどう反応すべきなんだろう。
「あー、えっと、さっきちょっとお写真眺めてました」
「そうそう。6年くらい前にお母さん亡くなっちゃったんだけど、こんな感じで家中に飾ってるから、変なことできないんだよ」
マキちゃんは笑う。やっぱりそういうことか。
「そうなんですね……。でも良いですね。ずっと見守ってくれてるんですね」
「そうだねー。おかげでそんなに寂しくない感じ」
気丈なマキちゃんに対して、必要以上に寂しい態度を取るのは野暮だろう。一番寂しいのはマキちゃんだ。取って代わることなんてできはしない。
「じゃあ今はお父さんとお二人で暮らしてるんですか?」
「うん。毎日ちょっとねー迷惑掛けてごめんねーって感じだけど、まあそこはちょっと、ね。この歳だから色々あるよね」
「あはははは、お互い大変そうですね」
「まあでも、後ちょっとしたらわたしも一人暮らし始めるし、そこからはお父さんにはのびのび過ごしてもらって……」
そうだ。もうすぐマキちゃんは大学に進学する。ここからかなり遠いので、当然一人暮らしを始めることとなる。
「まあ度々帰ってくるつもりだけどね!その時はモカちゃんとも会えるよ」
私が心細い気持ちになるよりも前に、マキちゃんはすかさずフォローした。
「本当ですか?嬉しいです」
「曲も作ってもらわないといけないしねー」
あ、そうだ。いや、忘れているわけではないが。マキちゃんに弾いてもらう曲の作成は、まだ一切手つかずの状態だ。
「そうですねー……。そうそう!実際にギターを弾いてもらいたいんですよね。どんな音が必要なのかなとか、ちょっと知りたいので……」
「おー、なるほど。アーティストらしい発想だね」
「アーティストではないんですけど……」
「良いね。じゃあわたしの音楽のルーツから探ってもらおうかな」
ルーツ?
こっち来てと促されるままに部屋を移動する。そこにはレコードが大量に飾られてある。
「わあーー。凄いですね」
「でしょー。お父さんのコレクション。大体わたしもお父さんの影響でギター始めたからねー。こういうのが好き」
「なるほどー……」
いくつか演奏する動画は観ていたけど、やっぱり歪んだギターが好きなのかな。
「ぐわんぐわーんって鳴らすのが好きなんですか?」
「えへへへへ、まあね。あーでもそういう曲にこだわってるわけじゃないよ」
「激しい感じは私も好きですね。マキちゃんにはそういうギターが合ってると思います」
「そう?全然自由に作ってもらっていいからね」
マキちゃんの部屋に案内される。
「失礼します」
「いらっしゃーい」
ジャーン、ジャラララジャラララララララ……、と立てかけていたギターを抱えて早速鳴らし始める。
「こんな感じでねー、全然、何でも弾けると思うから。むしろモカちゃんの曲なら何でも良いっていうか」
さっき見ていたレコードは、ロックの中でも個性的なサウンドが多いはず。
「わたしが動画上げてた曲とかって、全部わたしが曲作ってるわけでもないし、どっちかというと色んな人の曲を弾いてみたいかなーって思ってる」
「うーん……」
イメージに引っ張られなくて良い、という配慮だと思うけど、できることなら好きそうなニュアンスを実現させたい。それがお友達になってくれたマキちゃんに、私ができる最大限の恩返しのはずだ。
「わたしねー、こんな感じで、色んなバンドで弾かせてもらってるんだよ」
マキちゃんが写真を見せてくれた。交友関係が広そうなイメージ通り、様々なイベントの写真が出てくる。
「凄いですね。引っ張りだこじゃないですか」
「やっぱりねー、弾くのが楽しいからね。だからどんな曲でもウェルカム!」
確かに、年齢や構成も多様なバンドと組んでいるように見える。そしてどの写真も楽しそう。見たことないマキちゃんがいっぱいだ。
そうだよね。マキちゃんは人気者だよね。卒業してからもきっと多くの人から愛されるのだろう。
羨ましい。私も参加してみたい。マキちゃんと一緒にステージで……。
「いつかモカちゃんともこういうステージでやりたいな、どう?」
「ええっ」
顔が赤くなる。まさか妄想が現実に……?
「やりたい……です!」
「じゃあ約束!一緒に演奏しようね!」
「は、はい!」
火照って熱い。マキちゃんとライブ……。私がステージに立つなんて……。
――――ん?ちょっと待って?
「え、マキちゃん、この写真……」
「あ、知ってるー?そう、結月ゆかり」
!?
「えっ!?マキちゃんって結月さんと知り合いなんですか!?」
「そうだよー。知り合いっていうか、腐れ縁みたいな」
腐れ縁!?あの結月ゆかりと!?
「あの人ねー、この街に住んでるんだよ」
「へ!?ここに住んでるんですか!?」
そうだ、噂を聞いたことがある。世界的に有名なアーティスト、結月ゆかり。彼女はこの街の出身であると――。
「そうそう。普段どっか飛び回ってるから見かけないけどねー」
「すっご……」
地元にそんな有名人が住んでいたなんて。
たまにインターネットラジオを観ていたけど、案外近所から配信していたのかも……。
「小さい頃からねー、仲良くしてくれてね。何か有名人になっちゃったけど、結構連絡取ってたりするんだよ」
「ええ……。やばいですね」
「でしょー。みんなに言われる。でも近すぎてよくわかんない。ほら」
幼少期からの2人の写真がいっぱい出てくる。か、可愛い。そして1人は間違いなく、インターネット上で毎日のように見かけるあの顔だ。
そんな有名人と小さい頃から仲良しって、どんな感覚なんだろう。
「これはちょっと……、事件ですよ」
「まあ日常なんだけどね」
「学校も同じだったりするんですか?」
「小中は同じだったよー。高校は行ってないけど」
「へえええ……。あんな凄い人がこの街で育ったなんて……」
「ねー。人生何があるかわかんないよね」
さっきの写真をもう一度見る。2人で一緒に歌っている場面。心の底から楽しそうにはしゃいでいる。
というか――。結月さんってこんな楽しそうな顔できるんだ。結月ゆかりといえば、無機質で記号的な笑顔を振りまいている印象が強い。
「んでねー、ゆかりんと来月ライブやるんだよー。卒業ライブ」
「ライブ!?」
「うん。前卒業した中学校借りてねー、やるんだって」
「母校で卒業ライブですか」
「そうそう。中学時代の同級生みんな呼んでね。超ローカルなライブ」
ええ……、楽しそう。そんなことできるんだ。青春の塊みたい。
「それって、警備とか大丈夫なんですかね?結月さんのファンに知られたら大変なことにならないですか?」
「うーん、その辺は大丈夫って本人が言ってたから、任せてるよ。どうなるんだろうね」
「大丈夫なんですかねそれ……」
「一応ねー、中学時代の制服を入場証明にするらしいから、他の人は学校には入れない段取りにはなってる」
「なるほど……」
「モカちゃん観に来る?予備の制服貸せるよ?」
「今言ってた前提が崩壊するじゃないですか」
「ははは、うーんまあわたしが許可出せばゆかりんは従うから、良いよ全然」
良いのかな……。でも正直観てみたい。どんなライブになるのか想像もつかない。
「じゃあ是非……、行かせてください」
「おっけー!一応クリーニングに出した後に渡すね」
卒業は寂しいけど、思わぬ形で楽しみが生まれた。
結月さんとのコラボ、一体どんな空間が生まれるのだろうか――。
ふと窓の外が視界に入る。
"いつでもここに居るから"、と言わんばかりに、昼の空から月が覗いていた。