Purple Moonlight   作:真夏歩

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第5話 赤○糸

 寒い日が続く2月。初めてマキちゃんの家に遊びに行くこととなり、前日から大いに気を揉んでいる。

 

「菓子折り……、菓子折りを用意しなくては」

 

 菓子折りの意味も良くわからないまま百貨店に赴き、無事仰々しい箱を入手した。

 多分これで良い。御礼って書いてるし。感謝の気持ちはこもってると思う。

 

 当日マキちゃんの家で手渡しすると、特大の苦笑いを頂くこととなってしまった。

 反省は帰ってからするとして、ソファで待っている間、興味本位でリビングルームを見渡す。

 静かな普通のリビング。綺麗に整頓されている。

 少しだけ違和感を覚える点があるとすれば……、随分と写真立てが多いことだろうか。

 そういえばマキちゃんって一人っ子なんだっけ?お店に居るのはいつもマキちゃんとお父さんだけだ。

 誰が写ってるんだろう。お母さんかな。

 

「今日はねー、マフィン作ったんだよー」

「えー凄い!」

「紅茶とケーキだと、いつも店で出してるのとあんまり変わらないからさ」

「わざわざすみません、ありがとうございます」

 

 頂きます。……マフィンおいしい。やわらかい。えへへ。

 

「お家でもお店と同じ味の紅茶を飲めるって、ちょっと面白いですね」

「ふふふふ、そうかもねー」

「普段も家では紅茶が多いんですか?」

「ん-、まあお茶系が多いかな」

「お茶が好きなんですか?お店も日本だと珍しいですよね、コーヒーがメインの喫茶店が多いと思うんですけど」

「そうだねー。お母さんがあんまり好きじゃなかったってところが大きいかも」

 

 ん?

 

「あー……?」

 

 嫌な予感がしたので口をつぐむ。

 

「周りにいっぱい写真飾ってるけどさー、お母さん病気がちだったから、あんまり香りが強いもの置いてないんだよねー」

「なるほど……」

 

 あー。日本の文化的に、こういう時はどう反応すべきなんだろう。

 

「あー、えっと、さっきちょっとお写真眺めてました」

「そうそう。6年くらい前にお母さん亡くなっちゃったんだけど、こんな感じで家中に飾ってるから、変なことできないんだよ」

 

 マキちゃんは笑う。やっぱりそういうことか。

 

「そうなんですね……。でも良いですね。ずっと見守ってくれてるんですね」

「そうだねー。おかげでそんなに寂しくない感じ」

 

 気丈なマキちゃんに対して、必要以上に寂しい態度を取るのは野暮だろう。一番寂しいのはマキちゃんだ。取って代わることなんてできはしない。

 

「じゃあ今はお父さんとお二人で暮らしてるんですか?」

「うん。毎日ちょっとねー迷惑掛けてごめんねーって感じだけど、まあそこはちょっと、ね。この歳だから色々あるよね」

「あはははは、お互い大変そうですね」

「まあでも、後ちょっとしたらわたしも一人暮らし始めるし、そこからはお父さんにはのびのび過ごしてもらって……」

 

 そうだ。もうすぐマキちゃんは大学に進学する。ここからかなり遠いので、当然一人暮らしを始めることとなる。

 

「まあ度々帰ってくるつもりだけどね!その時はモカちゃんとも会えるよ」

 

 私が心細い気持ちになるよりも前に、マキちゃんはすかさずフォローした。

  

「本当ですか?嬉しいです」

「曲も作ってもらわないといけないしねー」

 

 あ、そうだ。いや、忘れているわけではないが。マキちゃんに弾いてもらう曲の作成は、まだ一切手つかずの状態だ。

 

「そうですねー……。そうそう!実際にギターを弾いてもらいたいんですよね。どんな音が必要なのかなとか、ちょっと知りたいので……」

「おー、なるほど。アーティストらしい発想だね」

「アーティストではないんですけど……」

「良いね。じゃあわたしの音楽のルーツから探ってもらおうかな」

 

 ルーツ?

 こっち来てと促されるままに部屋を移動する。そこにはレコードが大量に飾られてある。

 

「わあーー。凄いですね」

「でしょー。お父さんのコレクション。大体わたしもお父さんの影響でギター始めたからねー。こういうのが好き」

「なるほどー……」

 

 いくつか演奏する動画は観ていたけど、やっぱり歪んだギターが好きなのかな。

 

「ぐわんぐわーんって鳴らすのが好きなんですか?」

「えへへへへ、まあね。あーでもそういう曲にこだわってるわけじゃないよ」

「激しい感じは私も好きですね。マキちゃんにはそういうギターが合ってると思います」

「そう?全然自由に作ってもらっていいからね」

 

 マキちゃんの部屋に案内される。

 

「失礼します」

「いらっしゃーい」

 

 ジャーン、ジャラララジャラララララララ……、と立てかけていたギターを抱えて早速鳴らし始める。

 

「こんな感じでねー、全然、何でも弾けると思うから。むしろモカちゃんの曲なら何でも良いっていうか」

 

 さっき見ていたレコードは、ロックの中でも個性的なサウンドが多いはず。

 

「わたしが動画上げてた曲とかって、全部わたしが曲作ってるわけでもないし、どっちかというと色んな人の曲を弾いてみたいかなーって思ってる」

「うーん……」

 

 イメージに引っ張られなくて良い、という配慮だと思うけど、できることなら好きそうなニュアンスを実現させたい。それがお友達になってくれたマキちゃんに、私ができる最大限の恩返しのはずだ。

 

「わたしねー、こんな感じで、色んなバンドで弾かせてもらってるんだよ」

 

 マキちゃんが写真を見せてくれた。交友関係が広そうなイメージ通り、様々なイベントの写真が出てくる。

 

「凄いですね。引っ張りだこじゃないですか」

「やっぱりねー、弾くのが楽しいからね。だからどんな曲でもウェルカム!」

 

 確かに、年齢や構成も多様なバンドと組んでいるように見える。そしてどの写真も楽しそう。見たことないマキちゃんがいっぱいだ。

 そうだよね。マキちゃんは人気者だよね。卒業してからもきっと多くの人から愛されるのだろう。

 羨ましい。私も参加してみたい。マキちゃんと一緒にステージで……。

 

「いつかモカちゃんともこういうステージでやりたいな、どう?」

「ええっ」

 

 顔が赤くなる。まさか妄想が現実に……?

 

「やりたい……です!」

「じゃあ約束!一緒に演奏しようね!」

「は、はい!」

 

 火照って熱い。マキちゃんとライブ……。私がステージに立つなんて……。

 ――――ん?ちょっと待って?

 

「え、マキちゃん、この写真……」

「あ、知ってるー?そう、結月ゆかり」

 

 !?

 

「えっ!?マキちゃんって結月さんと知り合いなんですか!?」

「そうだよー。知り合いっていうか、腐れ縁みたいな」

 

 腐れ縁!?あの結月ゆかりと!?

 

「あの人ねー、この街に住んでるんだよ」

「へ!?ここに住んでるんですか!?」

 

 そうだ、噂を聞いたことがある。世界的に有名なアーティスト、結月ゆかり。彼女はこの街の出身であると――。

 

「そうそう。普段どっか飛び回ってるから見かけないけどねー」

「すっご……」

 

 地元にそんな有名人が住んでいたなんて。

 たまにインターネットラジオを観ていたけど、案外近所から配信していたのかも……。

 

「小さい頃からねー、仲良くしてくれてね。何か有名人になっちゃったけど、結構連絡取ってたりするんだよ」

「ええ……。やばいですね」

「でしょー。みんなに言われる。でも近すぎてよくわかんない。ほら」

 

 幼少期からの2人の写真がいっぱい出てくる。か、可愛い。そして1人は間違いなく、インターネット上で毎日のように見かけるあの顔だ。

 そんな有名人と小さい頃から仲良しって、どんな感覚なんだろう。

 

「これはちょっと……、事件ですよ」

「まあ日常なんだけどね」

「学校も同じだったりするんですか?」

「小中は同じだったよー。高校は行ってないけど」

「へえええ……。あんな凄い人がこの街で育ったなんて……」

「ねー。人生何があるかわかんないよね」

 

 さっきの写真をもう一度見る。2人で一緒に歌っている場面。心の底から楽しそうにはしゃいでいる。

 というか――。結月さんってこんな楽しそうな顔できるんだ。結月ゆかりといえば、無機質で記号的な笑顔を振りまいている印象が強い。

 

「んでねー、ゆかりんと来月ライブやるんだよー。卒業ライブ」

「ライブ!?」

「うん。前卒業した中学校借りてねー、やるんだって」

「母校で卒業ライブですか」

「そうそう。中学時代の同級生みんな呼んでね。超ローカルなライブ」

 

 ええ……、楽しそう。そんなことできるんだ。青春の塊みたい。

 

「それって、警備とか大丈夫なんですかね?結月さんのファンに知られたら大変なことにならないですか?」

「うーん、その辺は大丈夫って本人が言ってたから、任せてるよ。どうなるんだろうね」

「大丈夫なんですかねそれ……」

「一応ねー、中学時代の制服を入場証明にするらしいから、他の人は学校には入れない段取りにはなってる」

「なるほど……」

「モカちゃん観に来る?予備の制服貸せるよ?」

「今言ってた前提が崩壊するじゃないですか」

「ははは、うーんまあわたしが許可出せばゆかりんは従うから、良いよ全然」

 

 良いのかな……。でも正直観てみたい。どんなライブになるのか想像もつかない。

 

「じゃあ是非……、行かせてください」

「おっけー!一応クリーニングに出した後に渡すね」

 

 卒業は寂しいけど、思わぬ形で楽しみが生まれた。

 結月さんとのコラボ、一体どんな空間が生まれるのだろうか――。

 ふと窓の外が視界に入る。

 "いつでもここに居るから"、と言わんばかりに、昼の空から月が覗いていた。

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