卒業ライブの日。雨が降ったりやんだり、あいにくの空模様となっている。
夕方、マキちゃんから借りた制服を着て近くの中学校へ向かう。
近づくにつれて明らかに異様な人混みができていることがわかる。この街ではなかなかお目に掛かれない光景だ。
「卒業ライブにお越しの方ー、最後尾はこちらでーす」
警備の方々による物々しい雰囲気の中、近くから柔らかい声が響き渡る。入場列があるようだ。並んでみよう。
「あっ」
列を整理していたのは紲星あかりだ。結月ゆかりと一緒に映っていることも多い。
本当に有名人が居る――。私の緊張感が一気に上がる。こんな有名人が何で駆り出されてるんだろう。
「お並びですかー?こちらへどうぞー」
紲星さんに促されるまま列へ並ぶ。紲星さんも含め、みんな制服姿だ。学校のイベントみたいでちょっと面白い。
みんなここの卒業生ということで、それぞれ会話が弾んでいる。同窓会ってこんな感じなのかな。
我に返って急に心細くなる。周りは知らない人どころか、私は完全に部外者だ。列の前の人に私の顔を見られたら、すぐに同級生ではないことがバレそうだ。
これはもはや犯罪者と変わらないのでは……。
「あのー」
「ひゃい!?」
紲星さんに話しかけられてしまった。やばい。
「校章着けてらっしゃいますか?」
「ひっ!?」
校章!?校章って何!?私は首から胸の辺りをひたすら手探りしてみる。
「あっ、大丈夫ですー。ありがとうございます」
何処かに着いていたらしい。マキちゃん、そういうの事前に教えて……。
「少し上の世代の方々は、そこに着けるのが流行ってたみたいですねー」
はっ、話が続いた……!?視線の先を触ると、確かにバッジの感触があった。
「あっ、あははははは……。えっと……、き紲星さんも制服が良く似合ってらっしゃいますねっ」
渾身の返しをした。100点満点ではないか。
「あははー」
あれ……、苦笑いされた。え、ダメだった?
「あー!あかりちゃん!あかりちゃん!ごめん!」
遠くからマキちゃんが走ってきた。た、助かった。
「その人はセーフ!わたしのお友達!宮舞モカちゃんって方!」
「あ、そうだったんですね。わかりました。すみません、早とちりでした」
「いや、ごめんね!入場はこっちで仕切ってるから、顔はある程度で良いからね!」
「はい。すみませんでした」
あ、あはははははは…………。
やっぱり私不審者だった。今の一瞬で通報されてたってことかな……。
「ごめんねモカちゃん。あかりちゃんはここの在学生だから、大体先輩たちの顔がわかるの」
ざ、在学生……?だから似合ってるに決まってるのか。
ここの卒業生はみんな、結月さんのことも紲星さんのこともお互い知ってて当然なのだろう。
改めて、何ていう街なんだここは……。
また後でね!と、マキちゃんは慌ただしく戻っていった。
「すみません。疑ってしまいました」
気まずそうに謝る紲星さん。どう考えてもイレギュラーなのは私の方だ。
「いえ……、私は卒業生ではないので、当然ですよね……。すみません……」
「いえいえとんでもないです。無事にライブが行われて欲しいので、ちょっと神経質になっちゃってまして」
「あー……、ご、ご苦労様です……」
あの日から結月さんのことを少し調べると、結構突発的にイベントを開催するタイプの人らしい。
今回のライブも、結月さんの独断で始めたのかもしれない。もしくは直前まで少人数にしか知らせなかったか。
振り回される人たちがそれでも納得しているのは、そのカリスマ性故か。
入場まで後数人。マキちゃんと結月さんの顔がちらちら見える。テントを張って2人で入場手続きをしているらしい。
話が弾んでいるせいか、入場ペースはあまり早くない。色々思い出話とかあるよね。
本当に結月さんが居るんだなあ。マキちゃんの隣に。面白いな。
面白いが……、少し胸の奥に引っ掛かりを覚える。
「はーい次」
「あ、どうも、こんばんは……」
「モカちゃんいらっしゃーい!」
2人に迎えられる。……正確にはマキちゃんに迎えられる。
「えっとね、グラウンドでするから、近くで観るならそこがお勧め。中は一応自由だから、鍵が開いてるなら教室でも何処からでも観てもらって大丈夫。でも20時までしか借りてないから時間だけ注意ね!」
「はい。わかりました」
「雨でごめんねー!風邪ひかないようにね!」
マキちゃんに説明される間、ひたすら横からの視線が刺さった。怖い。そのまま胸まで貫かれそうだった。
「おーい」
「はいっっ!?」
「滑るから。気をつけて」
「はいっっっ」
逃げるように校内へ入ろうとする私に、後ろからクールな声が届いた。怖い。
完全にアウェイだよ。どうしよう。何処から観よう。
にわかに怖くなってしまった。
ネット上で喋っている時の結月ゆかりは、常に飄々とし、のらりくらりとトークをこなすイメージだ。
しかし、その鋭く先を見透かすような瞳から放たれた視線と、時に冷たいその声は、私の全身の血の気を引かせるには十分だった。
「宮舞さーん」
帰りたさを覚えた時、遠くから可愛らしい声がした。紲星さんだ。
「私と一緒に観ませんかー?」
えっ!?私奴が貴方のような有名人と一緒に居ても良いんですか?
「あそこ、特等席なんですよー。いかがですか?」
照明を設営する為の骨組みと足場を指差している。可愛らしさとは裏腹に、提案が結構アクロバティック!
「あれですか!?そ、それ許したらみんな登ってきちゃいませんか?」
「あー、警備の方々がいらっしゃいますので、大丈夫ですよー」
「じゃ、じゃあ…。すみません、ありがとうございます」
それなら、お言葉に甘えて…。
ここなら上の構造物のおかげで雨も当たらず安心だ。隣から紲星さんの優しい香りが伝わる。思わず顔が綻ぶ。
「ゆかりさんとマキさん、これが2人でする最後のライブらしいですよ」
「え、そうなんですか?」
綻んでいた顔が固まる。嘘?そうだったの?
「はい。ゆかりさんが言ってました。2人で決めたって」
「そんな……」
「マキさんもこの街を離れられますし、ゆかりさんも忙しいので、良い区切りかもしれないですけど……。うん、でもやっぱり寂しいですよね」
しみじみと語る紲星さん。
"卒業ライブ"、そういう意味も込められていたのか。
この機会を拝めるのが最初で最後とは……。もっと早く出会いたかった。
入場が締め切られたようだ。門が閉められる。
場内には100人程度集まっているように見える。騒めきと指笛、カメラのシャッター音。
ステージ裏に2人が歩いてきた。
「寒い」
「手が動かないんですけどー」
「こんなに寒くなると思わなかった」
「自分がステージに立つ時はいつも晴れてると思い込んでる人?」
「周りが吹き曝しなのが悪い」
ステージには屋根はあるけど、グラウンドの冷たさまでは考慮していなかったらしい。
この2人が普通に会話している様が、ちょっと異様で笑ってしまう。
「あかりちゃーん、ごめん、マキさん温めたげてー」
「はーい」
紲星さんが降りていく。結月さんは更に裏へと消えてしまった。
えーっ、一人にしないで!制服の部外者が一人で高い足場の上に居るなんて晒し者だよ!
「モカちゃんそこに居るんだ。高いところ怖くないのー?」
「い今怖くなりましたけど」
手を揉まれながら笑うマキちゃん。
「マキさん、準備ができたら声掛けてね」
「はいよー」
裏の裏から結月さんの声が伝わる。へー。さん付けなんだ。へーー……。
「ありがとー。あんまり温めるとねー、指の感覚が変わるんだよね」
「あ~、そうなんですね」
ギターを抱え念入りに指と音を確認する姿を、後頭部側から眺める。もうカッコ良い。
「ゆかりーん、良いよー」
「じゃあ、行こうか」
「あ、そっちから出るのー?」
「マキさんはそっちからで良いよ」
何の打ち合わせもしてなさそうだ。大丈夫なのかな。
「んじゃ行きまーす」
舞台袖からステージへ上がるマキちゃん。会場から大きな拍手と歓声が上がる。その歓声に両手を振って応えている。
緊張してないのかな。やっぱり場数が多いのかな。
ワンテンポ遅れて結月さんも登壇した。何か、ガシャガシャしてるな……。こちらも大歓声を浴びている。
こう見るとどちらも制服姿がキマっている。ここの卒業生であることを実感する。
マキちゃんの準備が完了する前に、結月さんがMCを始めた。
「おーいみんなー!久し振りー!」
「イエーイ!」
「元気だったかー!?」
「イエーイ!」
「中学時代の制服ちゃんと着てきたかー!?」
「ウェーイ!」
「ゆかりんゆかりん!あのっ」
会場との応酬のさなか、上手側に位置するマキちゃんが手を上げながら口を挟む。
「どしたの?」
「あのね。中学の時のブレザー、もうかなりきついっす……」
会場がどっと笑う。なるほど、つかみはOKってやつだ。
「おーい男子諸君!今のうちに目に焼きつけとけよー!今日が最後だからなー!あっダメダメダメ写真はダメだよー!マキさんの肖像権は私握ってないから」
「写真良いよー」
「はいオッケー!今オッケー頂きましたー!気前の良いマキさんに感謝だね!今日は写真でも動画でも何でも撮ってって良いからねー!短い時間だけど最高の思い出にしようねー!」
漫才みたいだ。
電気信号を通してしか聞いたことのなかった結月さんの声は、いつにも増して上ずっているように感じられる。
「えー、今日はね、気持ちの良い雨が降り注いでるということでね。天気までは私操れなかったんだけど、でもさー、ここに太陽と月が居るから!ねー!?良いよねー!?」
「ウェーイ!」
「この先それぞれの場所で!暗い日が続くかもしれないけどさー!どんな日だって私たちは見てるから!ね!
「オーッ!」
拍手が沸き起こる。ライブらしい掛け合いだ。
この中学で共に時間を過ごしたわけではない私でも、思わぬ元気を貰って少し泣いてしまいそうだ。
照れくさい台詞を浴びて照れ隠しをしたいのか、ここで会場の誰もが思っているであろう結月さんへの違和感に対してフォローを入れるマキちゃん。
「ねーゆかりんさあ」
「ん」
「ベース担いでるけど、弾けるの?それ」
結月さんの体の前でずっとガシャガシャしている楽器。何故か紫色のベースを担いで登場している。結月さんがベースを弾くイメージは、誰の頭にもないのだ。
「これねー、練習してきたの」
「マジ?」
おおーっ!?と沸く会場。
「うんじゃあ弾いてみてよ」
「おっし」
「ってそれバナナー!」
「え?」
「バナナ!」
不意にポケットからバナナを取り出し、ベースに当てたところでマキちゃんが止める。
あれ?ライブって漫才のライブなのかな?
会場の何処からでも見えるような小道具を使ってくる辺り、妙に感心してしまう。
「もう、ゆかりん、打ち合わせにないことばっかりしないで。ねーホントねーみんな!」
同級生たちは大盛り上がりだ。当時から2人は人気者だったのだろう。
バナナを投げ入れた結月さんが会場を一瞥し、語尾に力を込める。
「ではいきます最後までどーぞお付き合いくだっさい!」
掛け声と同時に重低音を鳴らしながら現れたのは、気高い光を放つスピーカー。謎の技術で結月さんの周囲に展開される。
驚嘆の声が上がる場内。私も思わず息をのんでしまった。
結月さんといえば、この宙を舞う幻想的なスピーカーとホログラムだ。実物が瞳に映っても、私の脳は理解を拒む。画面越しだからできるような演出だと思っていた。これは一体どんな技術なんだろう。
考える余地もないまま、そのスピーカーから歪んだ音とドラムが鳴り始める。轟音が街中に響き渡る。
そしてマキちゃんのソロギターだ。カッコ良い。どうやらドの付くようなロックナンバーだ。結月さんが普段リリースするような曲とはまったく違う、マキちゃんの脳内を映し出したかのようなサウンドだ。
どっちが作ったんだろう。どう歌うんだろう。
そんな思いが過った瞬間、また会場が沸く。
結月さんがベースを重ね始めた。弾けるんかい。心なしかマキちゃんも苦笑いしているように見える。
何だろう、何て楽しい2人なんだろう。
集まった人々の心は、既に幸せに満ち溢れていた。