雨の中の卒業ライブは2曲で終了。
2人とも圧巻のパフォーマンスだった。2人が生み出す音の渦は、会場を狂乱させ、そして感動へと誘った。
壇上での2人の熱いハンドシェイクは、胸にくるものがあった。本当にこれが最後だったんだなあ。
ライブ後の舞台裏は見ない方が良いような気がしたので、そそくさと降りる。
……というか、直視できるだけの自信がなかった。
演奏中の2人の掛け合い、目と目でする合図、弾けるような笑顔……。
印象的なシーンがフラッシュバックする。
これ以上2人の関係を肌で感じてしまうと、今までの人生で味わったことのない感情が芽生えそうで怖い。
いや、既に芽生えている。蝕まれている。これは羨望?はたまた嫉妬?
誰に?結月さんに?
そんなはずは……。何を取っても対等であるはずもない相手に、嫉妬なんてあるはずが……。
「いえーいモカちゃん、どうだった?」
後ろからマキちゃんの声が聞こえる。去る前に引き止められてしまった。
歩み寄ってくる。にかにかと笑っている。隣には結月さんが居る。
「マキちゃん、本当に凄かったです。歌も音も心臓までバックバク届きました」
「えへへーありがとー」
「やっぱりああいうギターが良いですよね。唸る感じの」
「そうだねー。弾いてて気持ち良かったよ。久々にぎゅんぎゅんできて楽しかったー」
ということは2曲とも作曲したのは結月さんか。ふと見た結月さんの眼差しが刺さる。怖い。
「あ、あー……」
「この人が前言ってた宮舞モカちゃん」
前言ってた、って何!?知らないうちに紹介されてる!?
極度の緊張に陥る。
「あっ、あじめまして!みゃーまいモカと言います!」
「結月ゆかりです」
「あっははは、はい、大変良く存じております……」
怖い怖い怖い。そのままナイフで刺されそうだ。
……いや、何故?
「よろしくお願いします、あはははは……」
何をよろしくするのかわからないが、頭に手をやりながらとりあえず言っておく。
結月さんの目が一層厳しくなったような気がした。思わず声にならないような金切声が漏れてしまった。正解のコミュニケーションがわからない。
彼女は一瞬物悲しいような表情を見せた後、一言。
「……なるほどね」
「へっ?」
「よろしく」
手を差し出された。えっ!?
目は笑っていない。冷や汗にまみれた右手をタオルで拭いつつ、握手に応じる。
冷たい。じっと目を見られている気がする。視線を合わせることができない。
この人が結月ゆかり――。1つしか歳が違わないはずなのに、既に世界中で活躍している。
私と一体何が違うのだろう。いや、人生を浪費し続ける私とは、人間であるということ以外全て違うのだろう。
一秒でも無駄にしなければ、こんな立派な人間になれたのだろうか。マキちゃんともっと仲良くなれていたのだろうか。
か細い手だ。しかし既にこの掌で世界を支配していることが伝わるような、その圧倒的な貫禄に気圧されてしまった。
ついさっきまで、あんなに無垢な笑顔を振りまいていたのに……。
「ほいゆかりん、撤収作業の邪魔になるから移動しよう」
「そうね」
「じゃあモカちゃん、またメッセージ送るね!来てくれてありがとね!」
「あ、はい……」
マキちゃんが急き立てる。2人は校舎の中へと消えていった。
……手を繋いでいるようにも見えた。
騒めきが収まらないグラウンドの隅を、縫うようにして帰路につく。重い足取り。
苦い。苦いなあ。
2人の関係性をまざまざと見せつけられたようだ。
幼い頃から一緒なら、そういうものではないか。何を妬くことがあるだろうか。
しかしこの何とも言いようのない感覚……。
あの弾けるような笑顔が脳裏に蘇る。
「あー……」
私が曲を作ったところで、結月さんのようにはなれっこない。あんなパフォーマンスもできやしない。そんなの当然だ。
なのに何故マキちゃんは、
結月さんとのライブ活動を辞める理由は?この街を離れるから?私とだって離れるのに?そもそも結月さんはこの街にほぼ居ないのに?
私は何を期待されている?私にできることは何だ?曲を作ることなのか?結月さんのようになることなのか?それは無理だ。
無理ならば私には、
「全然わかんない……」
――――私とライブをやりたいなんて、ただの建前だったのかな。
そんな気がしてきた。そうかもしれない。惨めに思われてるだけなのかもしれない。再生数見られちゃったから。
「あ痛っ」
電柱にぶつかった。ふと空を見上げる。既に雲はほとんど晴れている。
恥ずかしさからか、何かに見られているような感覚を抱き、付近を見回す。
校舎の上には月が昇っている。そして同じ視界の中に、屋上で黄昏れるあの2人の姿が映る。
どんな話をしているのだろう。今日のライブを、今までの思い出を、人生を、きっと飛びきりの笑顔で話しているのだろう。
早く家に帰ろう。今日は早く寝よう。
悔しい。悲しい。
握りこぶしも作れないほど、この右手はひどくかじかんでいた。