夏まで会えないと思っていたのもつかの間、マキちゃんは想像よりも早く地元へ帰ってきた。
時季によっては飛行機が安いらしい。LCCってやつかな?
お呼ばれしたので、久し振りにマキちゃんの家に遊びに来ている。
思えば、お店でマキちゃんと会ってもうすぐ1年経つんだな。
「それでモカちゃん、曲作りの進捗はどうなのかな?」
「あー……、んーまだ全然ですね……」
やばい、やっぱりこの話題を突っ込まれてしまった。
まだ曲のイメージが固まっていない為、見せられるものも何一つ無い。
「前見た曲もそうだったと思うけど、結局1曲に時間掛かる感じ?」
「えーっとー、そうですね。あの曲は2か月掛かりました」
「2か月!やっぱそうなんだー。ちなみに今何処まで進んでるの?」
「えーっとーー……」
マキちゃんの笑顔が、愛想笑いに移っていく様が見て取れる。
学校で課題を出せなかった時よりきついかもしれない。
「あははー良いよ良いよ、ゆっくり考えてもらって」
これ以上何か言うと墓穴を掘りそうなのでやめておく。
胃が痛い。情けない。しかし今日会うことで、何か吸収できるものがあるのではないか。そう期待している。
紅茶を飲みながら大学での生活振りを聴く。広大なキャンパスで勉強をする様は新鮮らしい。
新しい音楽友達も増えたようだ。少し、いや、そこそこ嫉妬する。
BGM代わりに点けていたテレビが、不意に耳に残るワードを流し始める。
「今、世界が注目!結月ゆかりとは?」
「うわ」
「出た」
知った顔が出てきた。ネットより一周遅いテレビメディアの特集らしい。
「何これ」
「あれじゃない?世界ツアーやってるから、それの特集」
「なるほど……」
結月さんは今、世界の何処かをライブツアーとして周っているらしい。
「今ヨーロッパに居るんだって。SNSでも毎日写真上げてるけど」
「そうなんですか」
「何かさー、毎回反応してあげるのがめんどくさいんだよねー。個別でもメッセージやり取りしてるのに」
「あー、はははは……」
笑いながら2人だけのやり取りを教えてくれるマキちゃん。
やはり、関係が潰えたわけではないのか。あの卒業ライブ以降も、友達であることに変わりはないらしい。
「石畳ばっかり歩くから足が痛いとか、変装してもすぐバレて何かめっちゃ声掛けられるとか、表に出てる写真の裏話をいちいち言ってくる」
「ははははは……」
結月さんに関することは、何でも惚気話に聞こえてしまう。マキちゃんは楽しそうにしているが、私の心は嫉妬で悶えている。
「マキちゃん、ずっと気になってること聞いてもいいですか?」
「ん?なーに?」
「結月さんとの音楽活動、もうしないんですか?」
「え?」
「何か、紲星さんが言ってたんですけど……」
「あー……」
どうしても気になる。こんなに楽しそうに話をしている相手と、何故一つ関係を絶ったのか。
「うん、そうだねー。あのライブで卒業って感じ」
「どうしてですか?」
「うーん、そうだね」
言葉を選び始める。ただ、気まずいというよりは、何だろう。隠しごとというわけでもなさそうに思える。
「ずっと思ってたのは、わたしと居ると、うん、わたしがゆかりんを地面に縛りつけてるような気がしてね」
縛りつける?
「自由に羽ばたけてないなー。もったいないなーって気持ちが強かったの」
テレビの方を見たので私も同調する。海外でのライブの映像が流れている。
「ほら、今見てもそうじゃん?画面の向こうであんなに楽しそうにしてる」
「そうですかね……。……私には虚勢を張ってるように見えるんですけど」
「それはまああの子のキャラだから。そういう売り方をしてるんだよ」
「そうなんですか?」
「そうそう。その方が隙が見えるようで可愛げがあるからね。まあその点は私のおかげかもね~」
「……そういうものですかね」
あまり納得できないが……。マキちゃんにしか知らない何かがあるのだろう。
「まあ、ゆかりんってさ、優しいから」
今までにはないトーンで、しみじみと語り始める。
「昔から、私が苦しんでるとずっと傍に居てくれるんだけど、それが何だか申し訳なくてね。もう自分の為に時間を作って欲しいなって。お互い良い大人になったからさ」
ああ、そうか――。家族ぐるみの付き合いだとしたら、お母さんのことでも、マキちゃんをずっと支えていたのかもしれない。
ずっと傍に居る友達――。傍に居るからこそ関係を減らす――。
長い付き合いの友達が居ない私には、その感覚はなかなか理解しづらい。大人になるってそういうことなのだろうか。
何だろう。そこまで配慮される関係であることが、結月さんのことが、あまりにも羨ましい。
「あ!モカちゃんも今一緒に居てくれて嬉しいよ~?モカちゃんと一緒に音楽するのとっても楽しみだよ~?」
私の怪訝な顔を見たからか、良くわからない取り繕われ方をした。とにかく気を遣われたことだけはわかる。
「そうですね……。何か、もうすぐ日本ツアーって言ってますね」
「そうそう。だからテレビでも露出を増やしてみたとかじゃないかな?」
「世界ツアーなのに途中で日本に戻ってくるの、面白いですね」
「ずっと家に帰ってないわけでも無いらしいけどねー。そういえば、今度の公演の関係者用のチケットくれるって言ってるんだよ」
関係者用のチケット?招待チケットみたいなものかな?やっぱりそういうのはあるんだ。
「モカちゃんもどう?好きなだけ貰えるらしいけど」
「あー、私は――」
結月さんのライブ。特別観に行きたいわけでもないが、断るとマキちゃんとの関係も悪くなりそうだ。
「その、行くなら、出来ればお客さんの空気を感じられるような、後ろの方から観たいかなって……」
「おー、一体感を味わいたいってやつ?良いよ良いよ!一緒に観よう!」
「マキちゃんは前からで良いですよ。せっかくですし。他のお友達と一緒に観るのが良いんじゃないですか」
めんどくさいことを言ってしまった。しかしマキちゃんは予想に反して言葉を続ける。
「いやいや!モカちゃんと観たい!モカちゃんと観る!前から観るなら配信の方が音良かったりするし!顔は見飽きてるし!」
「ずっと一緒に居たらそうですよね……」
「じゃ、じゃあ決定ね!一般のチケット貰ってくるからね!」
マキちゃんは焦っている。
また困らせてしまった。つくづく私ってめんどくさい人間だなあ……。
作り笑いもできない程の情けなさを味わう。
またマキちゃんと会える理由ができた。それだけでも十分なはずなのに。
贅沢になってしまったこの心は、いつしか満たされることに飢えてしまっていた。