第一章 プロローグ
忘れることは、罪だろうか。
だとしたら、人間は生まれた瞬間から犯罪者である。
昨日の夕飯。
先週の宿題。
去年交わした約束。
人間という生き物は、実によく忘れる。
忘れることを忘れるくらいには、忘れる。
もっとも、忘れたことを忘れているのなら、本人にとっては忘れていないのと同じなのかもしれない。
いや、違うか。
忘れたことを忘れているのだから、やっぱり忘れているのだ。
……何を言っているのか分からなくなってきた。
忘れよう。
こういうとき、忘却という機能は実に便利である。
さて。
世の中には、忘れてもいいことと、忘れてはいけないことがあるらしい。
例えば、宿題。
これは忘れてはいけない。
少なくとも、学校の先生はそう主張する。
母さんも同意見だ。
父さんはどうかというと、宿題を忘れたことより、忘れた宿題をどうにかしようとして余計な騒ぎを起こす方を心配する。
何しろ、父さんには前科がある。
もちろん、犯罪歴という意味ではない。
いや。
父さんの昔話を聞く限り、本当にないのかどうかは少々怪しいのだが。
ともかく、父さんは何かと騒ぎを起こす人だったらしい。
困っている人間を見つければ首を突っ込み。
助けを求められれば手を差し伸べ。
求められなくても、勝手に手を差し伸べる。
その結果、自分がどうなるかについては、あまり考えていなかったようだ。
本人は考えていたと言うかもしれない。
しかし、結果を見る限り、考えたうえで無茶をしていた可能性もある。
それはそれで、救いようがない。
もっとも。
父さんがどうしてそこまでして人を助けようとするのか、俺は本当のところを知らない。
息子だからといって、父親のすべてを理解しているわけではないのだ。
そもそも、父さんを知る人間たちの話を聞いていると、同じ人物について語っているとは思えないことがある。
ある人は英雄のように語り。
ある人は馬鹿のように語り。
ある人は、ただの変態として語る。
最後の評価については、息子として異議を申し立てたいところだ。
もっとも、反論するための材料が足りない。
困ったことに、肯定するための材料ならいくらでもある。
父親の尊厳というものは、もう少し大切にされるべきではないだろうか。
ちなみに。
母さんは、そんな父さんを間近で見てきた人である。
だからなのか、俺には昔から、こんなことを言っていた。
『助けたいと思うのは、あなたの勝手よ。でも、助けられたいかどうかは、相手が決めることだわ』
まったくもって、ごもっとも。
反論の余地もない。
そして、反論する必要もない。
俺は父さんと違って、他人の問題に首を突っ込むのが好きではないからだ。
面倒くさい。
実に面倒くさい。
自分の問題だけでも十分に面倒なのに、他人の問題まで引き受けるなんて、どうかしている。
もっとも。
助けてほしいと言われたなら、話は別である。
できることなら手を貸すし、引き受けた以上は、途中で投げ出すつもりもない。
ただし、何でもできるわけではない。
俺にできることなど、たかが知れている。
少々人より頑丈で。
少々人より力が強くて。
少々人より傷の治りが早い。
それだけだ。
……少々という言葉の意味については、議論の余地があるかもしれない。
何しろ俺は、普通の人間ではない。
半分、人間。
半分、吸血鬼。
そんな、いかにも面倒くさそうな存在なのである。
実際、面倒くさい。
自分のことなのだから、間違いない。
ただ。
面倒くさいからといって、忘れてしまえるわけでもない。
俺が何者なのか。
誰の息子なのか。
どんな血が流れているのか。
それらは、忘れたところで変わらない。
忘れることと、なくなることは、違うのだ。
例えば。
嫌な思い出を忘れたとする。
思い出せなくなったのだから、もうその記憶に直接苦しめられることはない。
それは、幸せなことかもしれない。
だが。
その思い出に関わった人間まで、いなくなったことになるのだろうか。
答えは、当然ながら否である。
忘れたのは、あくまで自分だけだ。
世界は、何も忘れていない。
自分が覚えていなくても、誰かが覚えている。
誰も覚えていなくても、何かが残っている。
写真。
手紙。
傷跡。
あるいは、名前も知らない誰かの涙。
記憶というものは、案外いい加減だ。
昨日の夕飯すら忘れるくせに、何年も前の恥ずかしい失敗だけは、突然思い出させてくる。
頼んでもいないのに。
しかも、決まって眠ろうとした瞬間に。
記憶には、もう少し空気を読んでもらいたいものである。
しかし。
そんな都合の悪い記憶でさえ、なくしてしまえばいいというものでもないらしい。
忘れたい。
そう願うことは、悪いことではない。
忘れなければ生きていけない人間だって、いるだろう。
忘れることで、ようやく明日を迎えられる人間もいるだろう。
ならば、忘れることは救いなのか。
それとも、逃避なのか。
逃げることは、罪なのか。
そもそも、罪とは何なのか。
……いけない。
話が大きくなりすぎた。
俺は哲学者ではない。
高校生である。
しかも、できることなら面倒な問題には関わりたくない高校生だ。
こんな話は、どこかの専門家にでも任せておけばいい。
幸い、俺の周囲には、怪異について詳しい人間が何人もいる。
何でも知っている人もいる。
知らないことだけを知っているような顔をする人もいる。
そして、何百年も生きているくせに、ドーナツのことになると判断力が著しく低下する姉もいる。
最後の一人については、専門家と呼んでいいのか少々疑問だが。
ともかく。
俺が考える必要はない。
考える必要がないなら、考えない。
それが俺の基本方針である。
ただし。
世の中というものは、こちらの基本方針を尊重してくれない。
面倒事というものは、避けようとすればするほど、向こうから近づいてくる。
しかも、そういうものに限って、足音を立てない。
気づいたときには、すぐ後ろにいる。
振り返れば、そこにいる。
振り返らなければ、いないことになるのだろうか。
もちろん、そんなはずはない。
見なかったことにしても。
知らなかったことにしても。
忘れたことにしても。
そこにあるものが、なくなるわけではないのだから。
もっとも。
忘れたものが、必ずしも悪いものだとは限らない。
忘れた方がいいこともあるだろう。
忘れなければ耐えられないこともあるだろう。
忘れたくなかったのに、忘れてしまうことだってあるだろう。
そして。
忘れたこと自体を、忘れてしまうことも。
あるのかもしれない。
そのとき、人間は何から逃げているのだろう。
忘れたものからか。
忘れる前の自分からか。
それとも。
そもそも、逃げているつもりなどないのだろうか。
分からない。
俺には、まだ分からない。
ただ、一つだけ言えることがある。
何かを忘れた人間がいたとして。
その人間が、何を忘れたのかさえ分からなくなっていたとして。
それだけで、その人間を罪人と呼んでいい理由にはならない。
少なくとも、俺はそう思う。
今回の話は、そんな話である。
忘れたことで救われたのかもしれない男と。
忘れたはずの何かに追われる男の話だ。
同じ男の話である。
救いと罰は、案外、よく似ている。
鏡に映せば、見分けがつかないくらいには。