俺以外の登場人物が強くてニューゲーム状態で始まる終末世界のヤンデレもの。 作:走れ、ヤンデレ
今日は、厄日だった。
起きてすぐ、タンスの角に小指をぶつける。
楽しみにしてた缶詰を食べたら、腹を壊す。
お気に入りのスニーカーに穴が開く。
そして、何よりも、今。
俺は、巨大な魔物に襲われていた。
「畜生ぉ……頼むから、放っといてくれよっ!」
必死に懇願しても、魔物には通じない。
クソデカい食虫花みたいな化け物は、俺の背後に迫ってくる。
マジで、運がなかったとしか言いようがない。
食糧を集めるために探索していて、付近を徘徊する魔物に見つからないように隠れて。
息を殺している最中に、お腹が鳴ってしまった。
腹の調子さえ良ければ、見つかる事は無かった。
今頃、俺は集めた食料を貪り食いながら、自堕落にゴロゴロしていた筈なのに。
「ひぃっ、ふぅ、し、死ぬ……」
走り始めてから、10分。
そろそろ、体力の限界が近い。
俺は、何処にでもいるような普通の人間。
魔物と戦うために作り出されたヴィザードでも、何でもないのだ。
腹だって壊すし、走ったら疲れるし、頭にかぶりつかれたら死ぬ。
だがしかし。
ここぞという時のしぶとさならば、魔物にもヴィザードにも負けない自信がある。
「ア……ギラァ……」
不気味な呻き声を上げた魔物は、急に足を止める。
奴の足元には、俺が事前に仕掛けた罠があった。
「ふふ、ふふふ、ふーはっはっは!」
計画がうまくいった事を確信した俺は、高笑いをする。
まさしく、執念の勝利。
俺は、何も考えずに走ってた訳ではない。
狩られる寸前のウサギのふりをして、捕食者気取りのオオカミを釣っていたのだ。
「自分の体が、自分のものじゃないみたいだ……って、アンタは今、思ってるだろ」
「……コッデ……ィ、ギデ」
「この罠には、俺の魔法が組み込まれてあるのさ。ちんけな俺のショボい魔法がな」
言葉にならない声を出している魔物に向かって、ベラベラと喋る俺。
きっと、奴は絶望してるだろう。
人間ごときに、いいようにされた……って。
可哀想で可愛い魔物の心情を想像するだけで、ご飯三杯は喰えちまう。
「俺の魔法は【変化】。文字通り、対象の特性を変化させることができる。因みに今回、俺が指定したのは体重。少しずつ、じっくりとアンタの体重が変化していってんのさ」
「……イショ……イヨ」
「こうやって、俺がくっちゃべってる間にも、アンタの体はどんどん重くなってる。……このままだと、自重で潰れちまうかもな?」
決め台詞を放った俺は、自分に酔いしれる。
この瞬間が、一番気持ちいい。
俺が生きてる世界は、はっきり言ってクソだ。
人類は滅びかけてるし、碌な娯楽はない。
故に、こんな風に憂さ晴らしでもしてないと、気が狂いそうになるもんだ。
魔物には悪いが、しばらくは……。
「おいおい、嘘だろっ!」
思わず、素っ頓狂な声が出る。
壊獣は罠から脱出していた。
罠にかかっていた自分の脚部を自切する事で、俺の魔法から逃れていたのだ。
「ワタ、シノ……アギ……ラァ!!」
魔物は、勢い良く飛び上がる。
全身を使って、俺を押し潰そうとする。
逃げようと思ったが、判断が遅かった。
今、動き出しても、もう遅い。
ぺちゃんこに潰されて、ゲームオーバー。
数秒後の未来を想像した俺は、目を閉じた。
「……ありゃ?」
本日、二度目となる素っ頓狂な声。
いつまで経っても、俺は潰されない。
飛び上がった魔物が、落ちてこないのだ。
疑問に思った俺が、瞼を開ける。
「……………」
すると、目の前に少女がいた。
長い銀色の髪に、菫色の瞳。
そして、陶器のように白い肌を持つ少女は、何も言わずに俺をじっと見ていた。
肝心の魔物は、宙に浮いている。
まるで、何かに持ち上げられているかのように、ぷかぷかと浮かんでいる……が。
「潰れろ」
銀髪の少女が、そう口にした途端。
何かの力で圧縮された魔物は、瞬く間にミンチになってしまった。
「紙をくしゃくしゃにするみたいにペチャンコだよ。とんでもねぇ魔法だなぁ」
恐らく、少女はヴィザードなのだろう。
魔法の出力が、普通の人間とは桁違い。
俺なんかとは比べ物にならないな……と、こんな事を考えてる場合じゃない。
窮地を救ってくれた少女に、礼を言わなければ。
そう思って、口を開こうとした刹那。
「また、逢えた……」
俺は、ぎゅっと抱きしめられる。
それも、目の前の少女に。
「え、ちょっ、ええっ!?」
「指揮官。私は、もう間違えないよ」
訳がわからない。
また逢えた? 指揮官?
一体、どういう事なんだ。
俺は少女とは初対面だし、ヴィザードを率いる指揮官でも何でもない。
色々と急展開過ぎて、頭がついてこない。
「何があっても、貴方から離れないから」
そう告げて、少女は俺の体を抱きしめ続ける。
俺という人間を、その身に刻み込むかのように。
◇
ポストアポカリプス。
俺の住む世界をジャンル付けするなら、この言葉こそが相応しい。
かつて平和だった世界は、突然現れた魔物という化け物によって、滅亡しかけた。
人類の大半が死亡して、近代文明が崩壊して、終末が訪れてしまう。
世界中の誰もが絶望しかけた時に、人間の中に眠る潜在能力が開花した。
それが「魔法」。
炎を出したり、物体の速度を操ったり、触れたものを破壊したり。
まさに、現実離れした超常的な能力。
危機に瀕した人類が火事場の馬鹿力的に目覚めた魔法は、非常に強力だった。
しかし、それでも、魔物には敵わない。
ならば、魔法に特化した存在を生み出して対抗しようって考えから、生み出された人造人間がヴィザードであり。
……俺は今、そんなヴィザード達が集まる基地に、向かっていた。
「指揮官と一緒にいれて嬉しい」
「さっきから気になってしょうがねーんだけど、その指揮官って呼び名は何なんだよ〜」
「? 指揮官は、指揮官だよ」
「……さいですか」
旧型の駆動4輪の助手席に腰掛けながら、運転する少女と会話する。
だが、どうにも会話が成立してる気がしない。
彼女は俺と面識があるみたいだが、俺にはそんな記憶は一切ない。
そこのズレがあって、どうにも話が噛み合わねぇ。
「キミはさ、俺と会ったことがあんの?」
「あるよ。指揮官は私を導いてくれた」
「そっかぁ……いや、そうだよなぁ」
それでいて、これだもんな。
率直に尋ねたら尋ねたではぐらかされて、その割には面識がある事を匂わされる。
俺からしたら、ムズムズしてしょうがない。
けれど、言葉足らずな少女が詳細を語らない以上、俺が出来ることは何もない。
「…………」
今この瞬間も、少女は俺をじっと見つめる。
それが、どうにも気恥ずかしくて、窓の外の景色に目を向けた。
悉く破壊され尽くして、瓦礫の山となった街。
所々に点在する、乾き切った血の跡。
ここには、人の命の鼓動がない。
少なくとも、俺が生まれた時から、ここはこんな感じだった。
いつ見ても、胸糞が悪くなる。
人間の生存圏は地下にあり、地上は数多の魔物に支配されている。
その事実を、嫌でも実感させられるから。
「着いたよ、指揮官」
少女の声に呼応する形で、助手席から降りる。
すると、眼前には建造物があった。
立派という言葉からは程遠い、所々ツギハギになっているボロボロの基地。
明らかに建物の修繕は間に合っておらず、魔物に襲撃されたら速攻で潰れそうな感じがする。
しかも、周辺には大量の魔物の死骸があった。
焼き焦げてたり、氷付けになってたり。
熾烈な戦いがあった事を想像させられる。
「思ってたよりも……なんていうか、こう、趣がある基地だな」
「ごめんね、指揮官。ここは、廃棄された拠点だから、ボロボロで見窄らしい」
「は、廃棄……?」
「うん。とっくの昔に捨てられてるの。この基地も、この基地で働いてた私達も」
少女の発言を聞いた俺は、驚きを隠せない。
き、聞いてないぞ、そんなこと。
俺は、安全な拠点があるって言われたから。
魔物に怯えながら、廃墟に隠れ住む生活とはオサラバできると思ったから、のこのこと着いてきたのに。
これじゃあ、話が違うではないか。
廃棄された拠点ならば、内部の環境は死んでいるも同然。
基地としての機能はもちろん、電気すら通じてないに違いない。
「案内するから着いてきて、指揮官」
「……ああ、よろしく頼む」
少女が何らかの操作を行うと、古びたゲートがギギギと音を立てながら開いていく。
ゲートの中にも外にも、見張りがいる気配はない。
恐らく、配置したくても人員が足りないのだろう。
……本当に、大丈夫だろうか。
一抹の不安を抱えながら、俺は基地に足を踏み入れていく。
門を抜けて学校のグラウンドのような広場を通り過ぎて、本部らしき建物に入る。
「ここが食堂で、あっちが……」
基地を案内する少女の声が、耳から耳へとすり抜けていく。
内部は、想像以上に綺麗だった。
何処もかしこも、清掃が行き届いている。
いや、掃除されているとかの次元ではない。
入口も廊下も部屋も、何処もかしこも埃ひとつない。
崩れかけていた廃ビルだった俺の住処とは、まさに雲泥の差があった。
何といっても、電気がついてるのが良い。
これで、ようやく、文明的な暮らしができるってもんだ。
「もう少しで、応接間に着くよ」
しかし、一つだけ気になる点があった。
廃棄されているだけあって、空き部屋ばかりなのは分かる。
けれども、案内される部屋には、つい先日まで人が住んでいた痕跡があった。
話によれば、とっくの昔に棄てられているらしいのに、これでは辻褄が合わない。
でも、少女は一切気にしない。
平然とした顔で、案内を続けている。
あまりにも歪な光景を前にして、俺の中に一つの仮説が浮かんでくる。
(この子……とっくに精神がやられていて、俺を自分の指揮官だと思い込んでるんじゃねぇか?)
噂に聞いたことがある。
基本的にヴィザードは死なない。
肉体が損傷しても、修復すれば復活する。
頭が吹き飛ばされても、下半身が吹っ飛んでも、コアとなる動力が破壊されければ生き続ける。
けれども、肉体は死なずとも、精神は死ぬ。
過度なストレスがかかり続けると、廃人のようになったり、妄想に取り憑かれる事があるそうだ。
もしかしたら、少女も……精神が死んでいるのかもしれない。
魔物の襲撃によって、彼女が慕ってた指揮官が死んで、仲間もいなくなって、基地が放棄されて。
その末に、残酷な現実から目を背けるために、妄想に取り憑かれて。
偶然出会った俺を、指揮官とダブらせてる。
そう考えると、何もかも辻褄が合う。
「急に止まって、どうしたの?」
このまま、少女と共にいるか。
または、尻尾巻いて逃げ出すか。
少しだけ考えてみた結果、俺は前者を選ぶことにした。
理由はいくつかあるが、最たる理由は……少女の強さだった。
俺が逃げる事しかできなかった魔物を、彼女は最も容易く始末した。
あの力は、得難いもの。
ここで別れるには、惜し過ぎる。
だから、演じることにした。
少女にとって、理想的な指揮官を。
全ては、自らの保身のために。
「ちょっとだけ、ぼーっとしちまっただけさ。指揮官さんは元気ピンピンよ」
「なら、良かった。最後に仲間を紹介するね」
そう告げた少女は、応接間の扉を開ける。
すると、そこには二人の少女がいた。
赤い髪をツインテールにした少女は、勝気そうな視線をこちらに向けており。
長い青髪を後ろで三つ編みに編み込んだ少女は、にこにこと笑みを浮かべている。
「ふーん……確かに、面はあいつと同じね」
「顔だけじゃなくて、中身も同じ。魔物相手に勝ちを確信して油断して、殺されかけてた」
「ふふふ。お調子乗りな指揮官さんらしいですね。お変わりないようで、何よりです」
会話に興じる三人の姿を観察する。
どうやら、少女の仲間である二人も、俺を指揮官だと認識しているようだ。
これ以上ないくらいの好都合。
「何ぼさっとしてんのよ、指揮官。まさか、あたし達の顔を忘れたんじゃないでしょうね」
「……んな訳ないじゃんよ。バッチシ覚えてるぜ〜。完璧に記憶してるっての!」
俺は、冷や汗をダラダラと流す。
見知らぬ指揮官に成り代わって早々、ピンチが訪れてしまった。
……俺は、彼女達の名前を知らない。
自分の部下のヴィザードの名前を知らない指揮官なんて、存在するわけないのに。
指揮官もどきの俺の前に立ち塞がる、第一の壁。
どうやって乗り越えるべきか、思案に耽っていると。
「……リッカちゃん、そう詰め寄ったらダメですよ。指揮官さんは、ランゼちゃんに振り回されてお疲れなんですから」
「う、うるさいわね。このくらい、良いじゃない。ニーナってば、口うるさいんだから……」
図らずとも、全員の名前が判明する。
最初に出会った銀髪の少女が、ランゼ。
ツンデレっぽい赤髪の少女が、リッカ。
余裕ありげな佇まいの青髪の少女が、ニーナ。
よし、ちゃんと覚えた。
第一の壁の突破、成功だ。
「あ〜。それで、ニーナ。指揮官である俺に、今の状況を説明してくれないか?」
「はい。先日、私達三名のヴィザードは再稼働を果たしました。目覚めた後は、行方不明だった指揮官の捜索を行い、ランゼちゃんが発見しました。先の襲撃によって、基地の機能の大半が失われており、大本営との連絡は途絶えています」
「……ふん。大本営なんて、もうどうでもいいじゃない。私達を捨て石にした連中なんだし、放っておけばいいわ」
「他の事はどうでも良いよ。指揮官さえいれば良い。何があっても、指揮官を守る事が私達の使命」
なるほどな。
細部は分からんが、大体は理解した。
多分、この基地は魔物の襲撃に遭った。
そんで、指揮官とヴィザードは防衛に当たったものの、敗北してしまう。
無慈悲にも大本営は、基地を放棄する事を決めて、人員やら物資やらを移送するために。
ヴィザード達と指揮官を捨て石にしたって訳だ。
魔物の足止め要因にされた大半のヴィザードと指揮官は死亡。
再稼働できたのは、たったの三人だけ。
辛くも生き残った彼女達であったが、精神が耐えきれずに妄想に取り憑かれてる。
って、流れだろうな。
これならば、全ての辻褄が合う。
人が生活してた痕跡がある空き部屋は、基地から逃げ出した人たちの部屋で。
基地の外にあった無数の魔物の死体は、捨て駒にされたヴィザードが奮闘した形跡って訳だ。
……流石の俺も、同情を禁じ得ない。
必死に戦ってきた果てに捨て駒にされて、大切な仲間や指揮官も死んでしまう。
こんな体験をすれば、まともじゃいられなくて当たり前だ。
「……安心しろ。これからは、何もかも上手くいく。この俺、指揮官が、お前らを導いてみせる!」
ならば、俺が迷える子羊に進むべき道を教えてやろう。
死んだ指揮官の代わりにとして、不安も恐怖も忘れさせてやろう。
そうすりゃ、お互いにウィンウィン。
俺は、圧倒的な力を持つヴィザードに守られながら、文明的な生活を送れる。
ヴィザードの子達は、指揮官もどきの俺が存在するおかげで精神の均衡を保つ事ができる。
どちらにとっても得しかない、最高の関係じゃあないか。
我ながら、天才にも程がある。
「……ええ。私は貴方に全てを捧げます」
「しょうがないから地獄の底まで付き合ってあげるわ。死ぬ時は、二人一緒だからね」
「うん。ずっと一緒にいようね、指揮官」
三人から良い返事を貰えた俺は、心の中でガッツポーズをする。
少し重い気がするが、ちょっと大袈裟に言っているだけだろう。
本当に、最高の気分だ。
クソみたいな世界で、クソみたいな人生を歩んでいた俺に、こんなチャンスがやってくるとは。
運が良すぎて、笑いが止まらない。
……悪いな、指揮官さんよ。
あんたがこれまで積み重ねてきた全部、何も知らない俺が横から掻っ攫っていくぜ!
ケーッケッケッケッ!
◇
命が、流れ出ていた。
ドロドロと止まる事なく。
私の、私達の、指揮官から。
「指揮官。ねぇ、指揮官っ! 起きてよ、起きてってばぁ!」
リッカは、指揮官に縋り付く。
外聞など気にせずに、わんわんと泣いている。
普段は、あんなにもツンケンしているのに。
「指揮官さん。決して、目を閉じてはいけませんよ。ゆっくりと私の指を数えてください」
ニーナは、必死だった。
薄れゆく指揮官の意識を繋ぎ止めようと、頑張っている。
一見すると、冷静なように思えるけど、指揮官の様子をちゃんと見れてなかった。
「…………」
それで、私は。
私は、何もしていなかった。
呆然と、指揮官が死にゆく様を眺めている。
「……リッカはうるせぇし、ニーナは馬鹿だなぁ。今更、指を数えたって何になるってんだ。こちとら、三途の川が見えてんだぜ」
それでも、指揮官は変わらない。
彼は、今にも死にそうなのに。
冗談を言って、場の雰囲気を和ませようとする。
普段の通り、振る舞っているのだ。
きっと、彼は分かっているから。
どんなに手を尽くしても、自分は死んでしまう事を。
故に、取り乱したりはしない。
自分が死ぬまでの数少ない時間を、普段通りの姿で私たちと過ごすために使ってくれてる。
「その点、ランゼはいい。物静かで、小動物みたいで……この中で一番、俺の言う事を聞いてくれる。使い勝手が良いったら無いね」
「酷い。私の事を道具みたいに思ってたんだ」
「お前も人の事は言えねぇだろ? 事あるごとに、引っ付きやがって。俺は、お前が愛用してるクッションじゃねーんだよ」
冗談を言い合って、私と指揮官は笑う。
彼が普段通りに振る舞うならば……私もそれに応えないと。
普段通りの姿で、見送らなければならない。
それが、道具である私達を人間にしてくれた指揮官への恩返しになると思うから。
「はぁ……マジでやらかしたなぁ。最後の最後で、調子に乗って油断するのは俺の悪い癖だって、分かってるつもりだったんだが」
「……普段から、私の忠告を聞いてないのが悪いんですよ。勝ちが確定しそうな状態になっても、気を引き締めてください」
「その言葉、脳裏に刻んどくよ。生まれ変わった時に、役に立つかもしれないもんな」
「本当、ニーナの言う通りよね。魔王にお腹を貫かれた時の指揮官の顔、凄かったわよ。目がカッと見開いてて、最高に笑えたわ」
「それを言うなら、泣き叫ぶリッカの姿の方が笑えたぜ。俺に縋り付いて、死なないでよぉ〜ってな。出会ったばかりの頃のお前に見せてやりたいよ」
リッカもニーナも、普段通りの姿で、指揮官とお話しする。
どうやら、彼女達も、彼の望みに気がついたようだった。
これで、良い。
感情に任せて泣き叫んでも、生きて欲しいと懇願しても、指揮官は喜ばない。
今の私達にできる最善は、これしかない。
「……じゃあな、お前ら。達者で生きろよ」
指揮官は、ゆっくりと目を瞑る。
そうして、命の灯火が消えていく。
私達の大切な人は、この世を去った。
もう、何処にも存在しないのだ。
「……指揮官さん、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ! 私がもっと優秀だったら、貴方を失うことは無かったのにっ!」
「貴方が居なくなった世界で、どう生きれば良いの……分かんない、分かんないわ……お願いだから、教えてよ、指揮官……っ」
指揮官を見送った二人は、涙を流す。
ダムが決壊したかのように、号泣する。
私は、泣く気分にはなれなかった。
当然ながら、悲しいけれど……現実味がなさすぎて、実感が湧かない。
あと、もう少しだった。
世界を支配しようとしてた魔王を倒して、全員生き残って笑顔で終わる。
理想のハッピーエンドは目の前にあった。
けれども、最後の最後で隙をつかれた。
「指揮官。私が死ぬ時は、貴方も一緒よ」
命が尽きる寸前、最期の力を振り絞った魔王の攻撃を、指揮官が喰らってしまった。
「私と貴方が結ばれるまで。何度でもやり直してあげるから、安心して、眠ってね……」
そう言い残して、魔王は事切れた。
誰も、悪くない。
魔王の執念が、私達の想像を上回っていただけ。
それでも、そう分かっていても、心の奥では割り切れない。
もっと、私に力があれば。
魔王の攻撃から、指揮官を守れたのではないか。
無駄だとわかっていても、そんな事ばかり考えてしまう。
「…………」
私は、自分の胸に向かって銃を突きつける。
同時に、リッカとニーナも自身の胸に銃口を向けた。
皆、考える事は同じだった。
私達が、戦ってた理由。
それは、指揮官と共に平和な世界で生きたかったから。
他に、動機なんてない。
やりたい事も、未練もない。
指揮官は、達者で生きろと言ってくれたけれど。
私達の指揮官がいない世界に、価値なんてない。
「バイバイ、二人とも」
「ええ……さようなら」
「そこそこ、楽しかったわ」
乾いた銃声が三発、魔王城に響き渡る。
対魔物用に開発された銃は、堅牢なヴィザードのコアを的確に破壊した。
死ぬのは、一瞬だった。
闇に落ちた私の意識は、二度と戻らない。
筈だったのに。
「……?」
私は、意識を取り戻した。
目を開けると、見慣れた天井が視界に入る。
周囲の様子を伺うと……そこには。
「私は、死んだ筈では?」
「どうなってんのよ、これ……っ!」
私と同室の二人。
困惑した様子で、ベットから起き上がるニーナとリッカの姿があった。
「どうやら、私達は死に戻ったようですね」
「なによ、死に戻りって」
「一度、死亡した人間が、記憶を引き継いだ状態で過去の時間軸へと戻る現象を死に戻りと言います」
「時間的には、指揮官と出会う前みたい」
三人で話し合って、状況を整理する。
ニーナが言うには、この現象のことを死に戻りと言うらしい。
確かに、私達には前世の記憶がある。
指揮官と出会って、親交を深めて、最後に魔王城で自決した記憶。
なのにも関わらず、今の私は指揮官とまだ出会っていなかった。
具体的に言うと、上の命令を盲目的に聞いていた時の自分の体に、前世の自分が乗り移った……という感じだろうか。
うん、自分でもよく分からない。
でも、やる事は決まっている。
「お前ら、何やってやがんだ……!」
私達三人は、第4基地を制圧した。
脈絡もなく内部から襲撃して、他のヴィザードを制圧し、立場上の指揮官を拘束する。
手間は、かからなかった。
何故なら、私達は前世の力を引き継いでいたから。
「指揮官である俺に逆らいやがって……どうなるか分かってんだろうな!」
立場上の指揮官。
いや、指揮官と呼ぶと本物の指揮官が穢れる気がするから、ニセモノと呼ぶ。
ニセモノは、最悪な人間だった。
誰かに使われる立場であるヴィザードよりも、兵の動かし方を知らず。
何らかのミスをした際は、ひたすらに他責をして、憂さ晴らしに暴力を振るい。
どれだけの失態を犯しても、自身の父親の権威に縋って、今の地位を維持し続ける。
愚鈍なニセモノに、上に立つ者としての資格が存在しない事は、当時の私ですら理解していた。
拙い指揮の元でヴィザード達は戦うため、戦いの度に戦力が目減りしていく。
貴重な物資を悪戯に浪費するため、基地の環境は悪化していく。
そして、案の定。
前世において、第4基地は呆気なく崩壊した。
今までに類を見ない、魔物達の大侵攻。
襲ってきた魔物はどれも低級魔物であったものの、物量の桁が違う。
基本的に、戦いは防衛側が有利であるものの、数の優位は覆せない。
それも、無能なニセモノの指示に従って動かなければならないため、状況は悪化する一方だった。
「大本営の指示により、この基地は放棄する運びとなった」
魔物と戦いながら、私はニセモノの指示を聞く。
この後に続く言葉がどのようなものか。
何となく、想像出来てしまう。
「俺が直々に指揮をとる部隊は、第4基地に貯蔵された物資の移送を遂行する。その他の部隊は、我々が退却する時間を稼げ。以上だ」
何もかも、予想の通りだった。
自分に隷属しているヴィザードと共にニセモノは逃げ出して、私達は捨て駒にされる。
無能な上官の命を守るために、自らの命を投げ出すことになった。
運良く生き延びて、指揮官に拾ってもらったからなんとかなったものの、本来なら死んでいてもおかしく無かった。
「道具風情が人間に逆らいやがって! 大本営に報告したら、廃棄は免れんぞ!」
「知らないだろうけど、あたし達はあんたに廃棄されてんの。だから、そんな脅しは通用しないわ」
「何……? 一体、どういう事」
パンパンと、発砲音が続く。
銃の引き金を引いたのは、私だった。
「こんな奴、どうでも良いよ。ねぇ、ニーナ。後のことは任せてもいい?」
「構いませんが……何をするつもりですか?」
「逢いに行くの、指揮官に」
ニセモノに興味なんてない。
1秒でも時間を割きたくない。
それよりも、一刻も早く……私の指揮官と、もう一度逢いたい。
私の望みは、それだけ。
「……指揮官、何処にいるの」
後始末をニーナとリッカにお願いした私は、旧型の駆動4輪で思い当たる場所を探し回る。
ニセモノに従ってたヴィザード達の処理や、近いうちに発生する魔物の侵攻への対処。
これらを押し付ける形になったので、二人には申し訳ないことをしたと思う。
でも、これだけは譲れない。
……前世と同じように。
何も知らない指揮官と初めて会うヴィザードは、私でありたかった。
「俺の魔法は【変化】。文字通り、対象の特性を変化させることができる。因みに今回、俺が指定したのは体重。少しずつ、じっくりとアンタの体重が変化していってんのさ」
「……イショ……イヨ」
「こうやって、俺がくっちゃべってる間にも、アンタの体はどんどん重くなってる。……このままだと、自重で潰れちまうかもな?」
聞き覚えのある声が、耳に届く。
物陰に身を潜めて、様子を伺うと。
そこには、私の指揮官がいた。
彼は、何も変わらない。
普通の人間でありながら、魔物と戦える強さも。
飄々としていて、小物みたいな言動も。
勝ちを確信した時に、調子に乗る悪癖も。
何もかも、全てが、出会った頃のまま。
ずっと逢いたかった人に会えた私は、感動のあまり泣きそうになってしまう。
「おいおい、嘘だろっ!」
だが、浸っている暇などなかった。
罠から脱出した魔物が、勢い良く指揮官に飛びかかっていく。
「ワタ、シノ……アギ……ラァ!!」
それも、指揮官の名前を呼びながら。
極めて、不快だった。
苛立ちを抑える事が出来ない。
溢れんばかりの衝動が突き動かすまま、魔法を発動した私は、魔物を空中に持ち上げる。
「潰れろ」
次いで、ぐしゃぐしゃにした。
原型が残らないくらいに、潰す。
「紙をくしゃくしゃにするみたいにペチャンコだよ。とんでもねぇ魔法だなぁ」
そんな私に、指揮官が話しかけてくる。
にこりと笑いながら、余裕ありげに。
そこで、限界が訪れた。
「また、逢えた……」
私は、指揮官をぎゅっと抱き締める。
力の限り、目一杯。
もう離さないと言わんばかりに。
「え、ちょっ、ええっ!?」
「指揮官。私は、もう間違えないよ」
指揮官の反応を見て、ちょっと残念に思う。
彼は、私を知らない。
私やリッカやニーナのように、前世の記憶を引き継いでいないようだった。
でも、それでも、構わない。
記憶がないのならば、新しく作れば良い。
時間ならば、いくらでもあるのだから。
「何があっても、貴方から離れないから」
指揮官の耳元で、そう囁く。
これは、決意だった。
与えられた二度目のチャンス。
この奇跡を、私は無駄にしない。
絶対に、指揮官と一緒に幸せになってみせる。
そのためならば、私は何だってする。
私と指揮官を邪魔する物は排除して、指揮官を奪おうとする物は始末する。
そう胸に誓った私は、まだ知らない。
私やリッカやニーナだけではなく、これから出会うヴィザードの全てが……指揮官と共に、世界を救うために戦った記憶を有していることを。
しかし、彼女たちが有する記憶は共通のものではなく……一人一人によって異なる、個別の記憶。
だが、経緯は違えど、記憶の最後はどれも同じ。
何らかの理由で指揮官が死ぬバッドエンド。
私達は、願う。
指揮官と共に、平和な世界を手に入れるハッピーエンドを。
そして、誰もが抱く。
記憶の中で共に戦った仲間も、敵対して殺し合った宿敵も……その全てを排して、指揮官を独占したいという屈折した愛情を。
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