都庁の静まり返った展望室にコガネの宣言が響いた。
【ポイント譲渡完了】
【譲渡元:日車寛見】
【譲渡先:雀ヶ原雀】
【譲渡ポイント:1】
日車が自らの手でポイント譲渡のルールを追加し、残ったポイントを雀ヶ原へ譲渡したのだ。死滅回游という狂った雀卓において、一人の天才弁護士が命を削って積み上げた軍資金。その最後の一片が、今、雀ヶ原の手元に渡った。
「……ハァ、ハァ……マジで疲れた。死ぬ……。二度と都庁なんか階段で登らねぇわ……」
雀ヶ原は日車の横のコンクリート床に倒れ込んだまま、ジャージのポケットからクシャクシャになったマイルドセブンの箱を取り出した。
一本を咥え、火をつける。
紫煙を、割れたガラスの向こうの夜空へと吐き出した。
「おい、未成年喫煙だぞ」
「今更だろ」
呪力を限界まで毟り取られ、血の海に伏せる日車は、虚ろな目でその煙を見つめながら呆れていた。
術式は焼き切れ、ジャッジマンの気配すらもうない。
「……なぜ、殺さない」
日車が、掠れた声で呟いた。
「死滅回游のルールでは、術者を殺さなければ撃破ポイントは得れない。君が今、私からポイントを受け取ったのは……」
「あー、勘違いしてるわ、弁護士さん」
雀ヶ原はタバコを咥えたまま、だるそうに頭を掻いた。
「俺が受け取ったのは、お前が自分で譲渡した1点。殺したから貰えたわけじゃねぇよ」
「……そうか。君は、私を殺さずとも目的を達せられたということか」
「まあな。勝負には勝った。欲しかった点も、最低限は手に入った。これ以上お前を殴っても、割に合わねぇだろ」
雀ヶ原はコガネを呼び出し、画面を眺めた。
「近代麻雀じゃなぁ、ハコテンになった奴をそれ以上殴り続けるのはマナー違反なんだよ。競技麻雀では別だがな」
冗談めかした口調だった。しかし、その深刻なクマの奥にある瞳は、驚くほど冷徹で、そしてどこか優しかった。
「お前、呪力がカラカラになったら、急に『普通の人間』のツラに戻ったじゃん。……そういう奴からこれ以上毟り取るの、コスパ悪ぃんだわ。俺、無駄な労働は大嫌いだから」
「普通の、人間……」
日車は、その言葉を反芻するように目を閉じた。弁護士としての正義に絶望し、返り血でスーツを汚し、102ポイントを稼ぐ中で、自分は「バケモノ」になったと思っていた。
法廷で罪を裁いていたはずの自分が、いつしか他人の命を賭け金として数えるようになっていた。それでも、目の前の怠惰な博徒は、自分をただの「卓を囲んだ人間」として扱ったのだ。
善人だと認められたわけではない。
罪を許されたわけでもない。
ただ、勝負が終わった相手として、それ以上の追撃をしなかった。
「……君は、歪んでいるな。だが、救われたよ」
日車は自嘲気味に微笑み、新宿の廃墟へと視線を落とした。
「私は、自分が汚したこの両手の意味を、もう一度法理の光の下で数え直すとするよ……」
「そ。勝手にしなよ」
雀ヶ原は立ち上がり、軽く手を振った。
「……じゃあね、弁護士さん。次はいい卓で会おうや」
タバコの吸い殻を床に揉み消す。
そのまま立ち去ろうとした雀ヶ原だったが、ふと手元の端末に視線を落とした。
所持ポイント1。
たったの1点。普通なら、戦果としてはあまりにも心許ない数字だ。だが、雀ヶ原は画面を見つめたまま、口元をわずかに吊り上げた。
「……いや。1点あれば、まだ一口は張れるか」
日車には聞こえないほど小さく呟き、コガネに告げる。行き先は、ここから遥か遠く離れた東京第2結界。
千葉・鹿嶋エリア。
そこには今、秤金次がいる。そして、秤の前には鹿紫雲一という、とびきり面倒な相手が立ちはだかっているはずだった。
「コガネ。ポイント譲渡」
『はーい! 誰に何ポイント譲渡するの?』
「秤金次。1ポイント」
『確認したよ! ポイントを譲渡するね!』
ピピピッ、と電子音が鳴った。
【ポイント譲渡完了】
【譲渡先:秤金次】
【譲渡ポイント:1】
【雀ヶ原雀:所持ポイント0】
「……あーあ。軍資金、全額投入。俺の手元には無しか」
雀ヶ原は割れたガラスの上に座り込む。
日車から受け取った1点を秤へ送った。たった1点。
それで何が変わるのか。
普通に考えれば、戦場をひっくり返すほどの意味はない。だが、雀ヶ原は普通の考え方をする博徒ではなかった。同じコロニーにいなくとも、遠く離れた仲間の勝負に手を伸ばせる。
直接殴り込む必要はない。
相手の領域に踏み込む必要もない。
盤面の外から、卓の内側に干渉する。それが、雀ヶ原の狙いだった。
「頼むよ、金ちゃん」
雀ヶ原は、遠く離れた場所で戦う金髪の男の姿を思い浮かべる。
「差し込みでの八百長、きっちりアガりきってくれよ?」
口元に、薄い笑みが浮かんだ。もちろん、ルールに則ったポイント譲渡だ。
不正でもなければ、反則でもない。
それでも、勝負の外側から相手の盤面に手を突っ込むという意味では、八百長と呼ぶのが一番しっくりくる。
「無理やり卓を繋いだ分は、ちゃんと稼いでくれ。俺がまた働かされる羽目にならねぇようにな」
乾いた笑い声が、崩壊した都庁の展望室に響いた。
――その頃。
東京第2結界。
秤金次は、目の前の男と対峙していた。
鹿紫雲一。
雷を思わせる呪力を纏ったその男は、獲物を見つけた猛獣のように笑っていた。
「さあ、続きをやろうぜ」
秤は肩を回し、口元を歪める。コガネに告げられた1ポイントの譲渡。
たった1ポイント。その1点が何に働いたのか、秤には分かっていた。
「……雀の野郎。相変わらず、妙なところに手ぇ回しやがる」
秤は小さく笑い、端末をしまった。
「ま、せっかくのチップだ。無駄にはしねぇよ」
鹿紫雲が踏み込む。秤もまた、真正面から迎え撃った。
遠く離れた都庁で、一人の博徒が盤面の外側から打った一手。
1ポイント。
それは、勝負を決めるほどの大金ではない。だが、雀ヶ原にとって重要なのは、その数字の大きさではなかった。
自分のいる卓と、秤のいる卓。
本来なら交わるはずのない二つの盤面が、ポイント譲渡という一本の線でつながったこと。それこそが、雀ヶ原の狙いだった。
日車との勝負は終わった。だが、雀ヶ原にとって、そこで半荘が終わったわけではない。
一つの卓で得たチップを、次の卓へ回す。
一つの局で見つけた抜け道を、次の局の勝ち筋に変える。
そして今、彼の視線の先には、秤金次と鹿紫雲一の勝負がある。
「……さて、と」
雀ヶ原は夜風の吹き込む展望室から歩き出した。
「こっからが南入だ。せいぜい派手に打ってくれよ、金ちゃん」
死滅回游という巨大な雀卓。
東場の決着はついた。
しかし、勝負はまだ終わらない。
南場へ――。
東京第2結界、南一局。
次の一打が、盤面を変える。
寝る前に餌やりしたタイミングでケージから脱走して、パソコンデスクの脚の隙間から内部に入りやがりました。
お陰で全部解体して隙間から出して綺麗にデスクとデスク周りを片し直して3時になりました。
原作基準で行きますか?
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はい。原作基準でオリ敵、オリ展開無し。
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いいえ。原作基準ではなくオリ敵オリ展開で