鹿紫雲一が踏み込んだ。
臨海公園の路面を蹴り、秤金次との間合いを一気に詰める。迷いのない踏み込みだった。相手の領域も、術式も、そして自分の命さえも、目的のために利用することを躊躇しない。
鹿紫雲が求めているのは、ただ一人。
両面宿儺。
その名に届くためなら、目の前の男を倒すことにも意味がある。
「両面宿儺がいないなら、お前でいい」
「ハッ! 随分と舐めたこと言ってくれるじゃねえか!」
秤は笑った。
全身から溢れ出す呪力。領域展開『坐殺博徒』による大当たり。その効果時間中、秤は無限に等しい呪力を得て、反転術式による自動修復を行い続ける。
通常の術師なら致命傷となる攻撃でさえ、秤を止めるには至らない。
だが、今の秤にはそれだけでは説明できない力が宿っていた。
“白” “發” “中” “大三元”
雀ヶ原雀の術式によって成立した役満の効果が、遠隔接続を通じて秤の戦闘にまで干渉している。白の重力、發の急速な治癒、中の魂を焼く熱。そして、連続した攻撃をつなぎ、親番を維持する『天衣無縫・連荘親番』の連動効果。
本来ならば、別々の卓にいる二人が共有するはずのない力だった。その異常な連動を可能にしていたもの。
それが、東京第1結界にいる雀ヶ原から送られた点棒だった。
*
東京第1結界。
東京都庁の一角で、雀ヶ原雀は顔をしかめた。
「……あ?」
視界の端に、ノイズが走る。
最初は小さな違和感だった。
遠く離れた卓の向こう側から、何かが伝わってくる。秤の戦闘に結びついていた呪力の流れ。その経路が、先ほどまでとは比較にならないほど激しく揺れていた。
鹿紫雲の呪力が跳ね上がる。電流を帯びた一撃が秤へと叩き込まれた、その瞬間。
「――ッ、が……!」
雀ヶ原の喉から血が込み上げた。
口元を押さえる。しかし、指の隙間から赤いものが滴り落ちた。
「おいおいおい……冗談だろ」
卓上の牌が震える。卓が割れ、牌山が崩れ、点棒が転がり、卓を構成していた呪力の線が不規則に明滅した。
遠隔接続。
秤の卓と雀ヶ原の卓をつないでいた、点棒の授受を起点とする因果の経路。そこへ、鹿紫雲の電撃が逆流してきている。
単純な呪力の衝突ではない。雀ヶ原が作り上げた仕組みそのものを伝って、相手の攻撃が別の卓へと干渉しているのだ。
『ブゥーーー!!』
【警告--他家による卓破壊を確認】
【結界管理権の連帯責任に基づき、術者・雀ヶ原雀に錯和を適用】
【総呪力量から8割を没収、自局終了時に他家に付与します】
【呪術的パイプラインに亀裂発生。接続を遮断。呪力譲渡対象無しを確定。罰符呪力の消失を確定】
「はあ!? 他家って、あっちの卓の話だろうが!」
雀ヶ原膝に手を置いた。だが、牌を動かそうとしても反応がない。呪力を流し込んでも、卓の形が定まらない。自分の術式であるはずの盤面が、もはやゲームを続行できる状態ではなかった。
勝負のために繋いだパイプが、勝負そのものを成立させなくなった。
「……完全に卓が割れた」
雀ヶ原の表情から、いつもの気だるさが消えた。
「回線が焼き切れやがった……!」
直後、雀ヶ原の体内を流れていた呪力が大きく欠落した。奪われたわけでもなく、誰かへと渡されたのでもない。錯和の罰則が、先に成立した。
【縛りの重複を確認】
【対象:雀ヶ原雀】
【ペナルティ:残存呪力量を総量の二割に固定】
【追加制約:術式『
【報酬:次局における『
呪力は2割まで減少。『配牌降り(ベタオリ)』の使用は禁止。
そして、卓が分断されたことで、失われた呪力を他者へ譲渡する権利は発生しなかった。本来ならば譲渡されるはずだった八割の呪力は、受け取り手を得ることなく、因果の経路が断たれた瞬間に霧散していく。
「……チッ」
雀ヶ原は口元の血を拭った。
「罰符は確定。譲渡は不成立。残りは2割……ってわけか」
譲渡が成立しなかったからといって、罰則まで取り消されるわけではない。それが、今回の錯和の裁定だった。
卓が割れた以上、遠隔介入はもうできない。そして、次に雀ヶ原自身が中心となる戦闘が発生するまで、呪力二割とベタオリ禁止の制約は残り続ける。
「最悪だ。コスパが悪いどころの話じゃねえぞ……」
雀ヶ原は深くため息を吐き、項垂れた。
今の状態で無理に動けば、次の戦闘に支障が出る。かといって、いつまでも安全な場所に隠れていられる保証もない。何より、もう秤の卓には手を出せない。
自分が作った勝ち筋は、ここで途切れた。
*
東京第2結界。
秤金次もまた、変化を感じ取っていた。
鹿紫雲の一撃を受け止めた直後、身体の周囲にあった三つの気配が消えた。
白の重力。發の治癒。中の熱。
そして、自分の攻撃を連続させていた、もう一つの流れ。
「……あ?」
秤は一瞬だけ視線を落とした。
先ほどまで、確かに自分のものではない何かが戦いを支えていた。相手の攻撃を押し返し、傷を埋め、攻勢を途切れさせないための力。それが、唐突に消失した。
雀ヶ原との接続が切れたのだ。
大三元の役満効果も、『天衣無縫・連荘親番』の連動効果も、遠隔接続を介して秤に現れていた部分はすべて失われた。
だが。
「……ま、いいか」
秤は口角を上げた。
自分の呪力は、まだ尽きていない。『坐殺博徒』の大当たりは続いている。無限に等しい呪力の供給も、反転術式による自動修復も健在だ。
雀ヶ原から与えられていたものが消えたところで、自分自身の当たりが終わったわけではない。
「ここからは、余計な細工なしのタイマンってことだろ?」
「そうだ」
鹿紫雲が答えた。その全身に、再び電流が走る。
「お前がどれだけ死なないか、確かめてやる」
「上等だ!」
秤は真正面から踏み込んだ。
拳がぶつかる。
衝撃が空気を震わせ、周囲の構造物が軋む。
秤は殴られた。骨が砕け、肉が裂ける。だが、傷は瞬く間に修復されていく。
鹿紫雲はその回復を見ても、動揺しなかった。
電撃を伴う拳が秤の身体を貫く。
秤は歯を食いしばりながら、逆に腕を伸ばした。
「まだまだァ!」
拳が鹿紫雲の顔面を捉える。だが、そこに先ほどまでの大三元の重力はない。魂を焼く熱もない。連続攻撃を支えていた遠隔の連動もない。あるのは、秤自身の大当たりと、鹿紫雲自身の戦闘能力だけだった。
鹿紫雲の攻撃が秤を吹き飛ばした。身体が屋根を突き破り、屋上へと叩きつけられる。
瓦礫が跳ね、雨水が散った。
秤はしばらく仰向けになっていたが、やがて上半身を起こした。
「……っ、いってえな、クソが」
身体は治っている。しかし、痛みまで消えたわけではない。それでも秤は立ち上がった。
埃まみれの髪をかき上げ、鹿紫雲を見据える。
「いいじゃねえか。こっからが本番だ」
鹿紫雲もまた、屋上へと降り立つ。電流が二人の間に青白い光が走らせた。
もう、遠隔の卓から牌が差し込まれることはない。
もう、雀ヶ原の役満が秤の拳に重なることもない。
それでも、秤金次は倒れない。
大当たりが続く限り、何度でも立ち上がる。そして鹿紫雲一は、その不死身じみた男を前にして、ようやく目の前の勝負だけに集中できる。
求めるのは、両面宿儺。
その道を切り開くための、今この瞬間のタイマン。
雨音の中、二人は再び向かい合った。
*
東京第1結界。
「……まったく」
雀ヶ原は、深く息を吐いた。
「人の卓を使って暴れ回った挙げ句、卓破壊。マナーがなってねえよ、金ちゃん……いや、あの電気野郎か」
軽口を叩いてみても、状況は変わらない。
呪力は2割。
ベタオリは禁止。
失われた8割は、誰にも渡らず霧散した。
そして、次に自分が中心となる戦闘まで、この不利な状態を抱え続けなければならない。
雀ヶ原は散らばった牌の一枚を拾い上げた。
白。
指先で裏返し、しばらく眺める。
「……次は、俺の卓か」
牌を置く。
今は動かない。
今は、動けない。
だが、勝負が終わったわけではない。遠隔のコンビ打ちは潰えた。二つの卓をつないでいた因果の経路も焼き切れた。
秤の勝負は、秤自身の運と力に委ねられた。
そして雀ヶ原には、チョンボの代償だけが残った。
盤面は分かれた。
勝ち筋は消えた。
それでも、次の一局は必ず来る。
雀ヶ原雀は、二割の呪力しか残されていない身体で、次の勝負を待つことになった。
原作基準で行きますか?
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はい。原作基準でオリ敵、オリ展開無し。
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いいえ。原作基準ではなくオリ敵オリ展開で