方城開局   作:機織りカエル

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第12話:混線の錯和、神鳴の強打

 

 鹿紫雲一が踏み込んだ。

 

 臨海公園の路面を蹴り、秤金次との間合いを一気に詰める。迷いのない踏み込みだった。相手の領域も、術式も、そして自分の命さえも、目的のために利用することを躊躇しない。

 

 鹿紫雲が求めているのは、ただ一人。

 

 両面宿儺。

 

 その名に届くためなら、目の前の男を倒すことにも意味がある。

 

「両面宿儺がいないなら、お前でいい」

 

「ハッ! 随分と舐めたこと言ってくれるじゃねえか!」

 

 秤は笑った。

 

 全身から溢れ出す呪力。領域展開『坐殺博徒』による大当たり。その効果時間中、秤は無限に等しい呪力を得て、反転術式による自動修復を行い続ける。

 

 通常の術師なら致命傷となる攻撃でさえ、秤を止めるには至らない。

 

 だが、今の秤にはそれだけでは説明できない力が宿っていた。

 

 “白” “發” “中” “大三元”

 

 雀ヶ原雀の術式によって成立した役満の効果が、遠隔接続を通じて秤の戦闘にまで干渉している。白の重力、發の急速な治癒、中の魂を焼く熱。そして、連続した攻撃をつなぎ、親番を維持する『天衣無縫・連荘親番』の連動効果。

 

 本来ならば、別々の卓にいる二人が共有するはずのない力だった。その異常な連動を可能にしていたもの。

 

 それが、東京第1結界にいる雀ヶ原から送られた点棒だった。

 

     *

 

 東京第1結界。

 

 東京都庁の一角で、雀ヶ原雀は顔をしかめた。

 

「……あ?」

 

 視界の端に、ノイズが走る。

 

 最初は小さな違和感だった。

 

 遠く離れた卓の向こう側から、何かが伝わってくる。秤の戦闘に結びついていた呪力の流れ。その経路が、先ほどまでとは比較にならないほど激しく揺れていた。

 

 鹿紫雲の呪力が跳ね上がる。電流を帯びた一撃が秤へと叩き込まれた、その瞬間。

 

「――ッ、が……!」

 

 雀ヶ原の喉から血が込み上げた。

 

 口元を押さえる。しかし、指の隙間から赤いものが滴り落ちた。

 

「おいおいおい……冗談だろ」

 

 卓上の牌が震える。卓が割れ、牌山が崩れ、点棒が転がり、卓を構成していた呪力の線が不規則に明滅した。

 

 遠隔接続。

 

 秤の卓と雀ヶ原の卓をつないでいた、点棒の授受を起点とする因果の経路。そこへ、鹿紫雲の電撃が逆流してきている。

 

 単純な呪力の衝突ではない。雀ヶ原が作り上げた仕組みそのものを伝って、相手の攻撃が別の卓へと干渉しているのだ。

 

『ブゥーーー!!』

 

【警告--他家による卓破壊を確認】

【結界管理権の連帯責任に基づき、術者・雀ヶ原雀に錯和を適用】

【総呪力量から8割を没収、自局終了時に他家に付与します】

 

【呪術的パイプラインに亀裂発生。接続を遮断。呪力譲渡対象無しを確定。罰符呪力の消失を確定】

 

「はあ!? 他家って、あっちの卓の話だろうが!」

 

 雀ヶ原膝に手を置いた。だが、牌を動かそうとしても反応がない。呪力を流し込んでも、卓の形が定まらない。自分の術式であるはずの盤面が、もはやゲームを続行できる状態ではなかった。

 

 勝負のために繋いだパイプが、勝負そのものを成立させなくなった。

 

「……完全に卓が割れた」

 

 雀ヶ原の表情から、いつもの気だるさが消えた。

 

「回線が焼き切れやがった……!」

 

 直後、雀ヶ原の体内を流れていた呪力が大きく欠落した。奪われたわけでもなく、誰かへと渡されたのでもない。錯和の罰則が、先に成立した。

 

【縛りの重複を確認】

【対象:雀ヶ原雀】

【ペナルティ:残存呪力量を総量の二割に固定】

【追加制約:術式『配牌降り(ベタオリ)』の選択不可(攻撃と回避のみ強制・防御不可)】

【報酬:次局における『元禄積み(役満確定配牌)』の予約成立】

 

 呪力は2割まで減少。『配牌降り(ベタオリ)』の使用は禁止。

 

 そして、卓が分断されたことで、失われた呪力を他者へ譲渡する権利は発生しなかった。本来ならば譲渡されるはずだった八割の呪力は、受け取り手を得ることなく、因果の経路が断たれた瞬間に霧散していく。

 

「……チッ」

 

 雀ヶ原は口元の血を拭った。

 

「罰符は確定。譲渡は不成立。残りは2割……ってわけか」

 

 譲渡が成立しなかったからといって、罰則まで取り消されるわけではない。それが、今回の錯和の裁定だった。

 

 卓が割れた以上、遠隔介入はもうできない。そして、次に雀ヶ原自身が中心となる戦闘が発生するまで、呪力二割とベタオリ禁止の制約は残り続ける。

 

「最悪だ。コスパが悪いどころの話じゃねえぞ……」

 

 雀ヶ原は深くため息を吐き、項垂れた。

 

 今の状態で無理に動けば、次の戦闘に支障が出る。かといって、いつまでも安全な場所に隠れていられる保証もない。何より、もう秤の卓には手を出せない。

 

 自分が作った勝ち筋は、ここで途切れた。

 

     *

 

 東京第2結界。

 

 秤金次もまた、変化を感じ取っていた。

 

 鹿紫雲の一撃を受け止めた直後、身体の周囲にあった三つの気配が消えた。

 

 白の重力。發の治癒。中の熱。

 

 そして、自分の攻撃を連続させていた、もう一つの流れ。

 

「……あ?」

 

 秤は一瞬だけ視線を落とした。

 

 先ほどまで、確かに自分のものではない何かが戦いを支えていた。相手の攻撃を押し返し、傷を埋め、攻勢を途切れさせないための力。それが、唐突に消失した。

 

 雀ヶ原との接続が切れたのだ。

 

 大三元の役満効果も、『天衣無縫・連荘親番』の連動効果も、遠隔接続を介して秤に現れていた部分はすべて失われた。

 

 だが。

 

「……ま、いいか」

 

 秤は口角を上げた。

 

 自分の呪力は、まだ尽きていない。『坐殺博徒』の大当たりは続いている。無限に等しい呪力の供給も、反転術式による自動修復も健在だ。

 

 雀ヶ原から与えられていたものが消えたところで、自分自身の当たりが終わったわけではない。

 

「ここからは、余計な細工なしのタイマンってことだろ?」

 

「そうだ」

 

 鹿紫雲が答えた。その全身に、再び電流が走る。

 

「お前がどれだけ死なないか、確かめてやる」

 

「上等だ!」

 

 秤は真正面から踏み込んだ。

 

 拳がぶつかる。

 

 衝撃が空気を震わせ、周囲の構造物が軋む。

 

 秤は殴られた。骨が砕け、肉が裂ける。だが、傷は瞬く間に修復されていく。

 

 鹿紫雲はその回復を見ても、動揺しなかった。

 

 電撃を伴う拳が秤の身体を貫く。

 

 秤は歯を食いしばりながら、逆に腕を伸ばした。

 

「まだまだァ!」

 

 拳が鹿紫雲の顔面を捉える。だが、そこに先ほどまでの大三元の重力はない。魂を焼く熱もない。連続攻撃を支えていた遠隔の連動もない。あるのは、秤自身の大当たりと、鹿紫雲自身の戦闘能力だけだった。

 

 鹿紫雲の攻撃が秤を吹き飛ばした。身体が屋根を突き破り、屋上へと叩きつけられる。

 

 瓦礫が跳ね、雨水が散った。

 

 秤はしばらく仰向けになっていたが、やがて上半身を起こした。

 

「……っ、いってえな、クソが」

 

 身体は治っている。しかし、痛みまで消えたわけではない。それでも秤は立ち上がった。

 

 埃まみれの髪をかき上げ、鹿紫雲を見据える。

 

「いいじゃねえか。こっからが本番だ」

 

 鹿紫雲もまた、屋上へと降り立つ。電流が二人の間に青白い光が走らせた。

 

 もう、遠隔の卓から牌が差し込まれることはない。

 

 もう、雀ヶ原の役満が秤の拳に重なることもない。

 

 それでも、秤金次は倒れない。

 

 大当たりが続く限り、何度でも立ち上がる。そして鹿紫雲一は、その不死身じみた男を前にして、ようやく目の前の勝負だけに集中できる。

 

 求めるのは、両面宿儺。

 

 その道を切り開くための、今この瞬間のタイマン。

 

 雨音の中、二人は再び向かい合った。

 

     *

 

 東京第1結界。

 

「……まったく」

 

 雀ヶ原は、深く息を吐いた。

 

「人の卓を使って暴れ回った挙げ句、卓破壊。マナーがなってねえよ、金ちゃん……いや、あの電気野郎か」

 

 軽口を叩いてみても、状況は変わらない。

 

 呪力は2割。

 

 ベタオリは禁止。

 

 失われた8割は、誰にも渡らず霧散した。

 

 そして、次に自分が中心となる戦闘まで、この不利な状態を抱え続けなければならない。

 

 雀ヶ原は散らばった牌の一枚を拾い上げた。

 

 白。

 

 指先で裏返し、しばらく眺める。

 

「……次は、俺の卓か」

 

 牌を置く。

 

 今は動かない。

 

 今は、動けない。

 

 だが、勝負が終わったわけではない。遠隔のコンビ打ちは潰えた。二つの卓をつないでいた因果の経路も焼き切れた。

 

 秤の勝負は、秤自身の運と力に委ねられた。

 

 そして雀ヶ原には、チョンボの代償だけが残った。

 

 盤面は分かれた。

 

 勝ち筋は消えた。

 

 それでも、次の一局は必ず来る。

 

 雀ヶ原雀は、二割の呪力しか残されていない身体で、次の勝負を待つことになった。

原作基準で行きますか?

  • はい。原作基準でオリ敵、オリ展開無し。
  • いいえ。原作基準ではなくオリ敵オリ展開で
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