方城開局   作:機織りカエル

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なんか思ったより長くなっちゃった。


第14話:同卓のアシスト、八百長の拳

 

 東京第2結界

 

 爆発による飛沫がまだ止んでいなかった。水浸しになった路面に、二人の男が倒れている。

 

 秤金次と鹿紫雲一。

 

 互いに全力を出し切った勝負の果てに、二人はようやく同じ場所へ戻ってきた。

 

「……ったく。もう二度とやりたくねぇな、こんな勝負」

 

 秤は濡れた髪をかき上げ、肩を回した。

 

「俺は悪くなかったぜ、まぁ呪力はっつかいきっちまったがな」

 

 鹿紫雲は平然と言い返す。

 

「でもまだ俺にとっちゃ、物足りねぇくらいだ」

 

「はいはい。そいつはよかったな」

 

 秤は苦笑した。

 

 鹿紫雲の目的は、両面宿儺と戦うこと。そのために秤との勝負を終え、今は協力する立場になった。だが、二人の間に馴れ合いはない。あるのは、次の勝負まで互いを利用するという、奇妙な了解だけだった。

 

 そこへ、足音が近づいてきた。

 

「秤!」

 

 現れたのはパンダだった。

 

「おう、パンダ。無事だったか」

 

「そっちこそ、派手にやったみたいだな……」

 

 パンダは二人の傷だらけの姿を見比べた。

 

「それで、天使は?」

 

 秤の問いに、パンダは首を横に振った。

 

「見つからなかった。天使の居場所は分からないままだ」

 

「そっか。そう簡単にはいかねぇか」

 

 宿儺と戦うためにも、死滅回游を終わらせるためにも、天使の協力は欠かせない。それでも、今は捜索を続ける以外に方法がなかった。

 

「それと、伝えることがあるわ」

 

 箒に乗った西宮桃が、三人の前に降り立った。

 

「秤君、高専側で追加したいルールが四つあるの。まず、その内容を確認しておきたい」

 

 西宮は指を立てた。

 

「一つ目、プレイヤー間のポイントの譲渡。二つ目、百点を消費して、身代わりを立てて死滅回游から離脱できるルール。三つ目、コロニーの電波遮断の解除。四つ目、コロニーの出入りの自由化」

 

「ポイントの譲渡に、身代わり離脱……。残りは通信と移動の問題か」

 

 秤が腕を組む。

 

「そう。ポイントを動かせるようになれば、ゲームを終わらせるための手段が増える。百点を使った離脱は、死滅回游の被害者を救うため。そして、コロニーをまたいだ連絡と移動も、攻略には欠かせない」

 

 西宮は三つ目の項目に目を向けた。

 

「ただし、電波遮断の解除については、状況が変わったわ」

 

「状況が?」

 

「真希ちゃんのことよ」

 

 西宮は説明を続けた。

 

「真希ちゃんは、完全なフィジカルギフテッドになった。呪力がなくなったことで、呪力を持つ者を前提とした結界の侵入制限が、真希ちゃんには機能しなくなったの」

 

 パンダが、なるほどと頷いた。

 

「つまり、禪院ならコロニーの結界を越えられる」

 

「ええ。それに、冥さんの弟君の協力もあるわ。真希ちゃんがコロニー間を移動し、彼の術式を使って連絡をつなぐことができる」

 

 西宮は三つ目の項目を示した。

 

「だから、電波遮断を解除するルールを追加する重要性はなくなったの。少なくとも、コロニー間の連絡という目的なら、別の手段で解決できるようになったから」

 

「ルールを変えなくても、禪院と噂の弟で連絡を取れるってことか」

 

 秤が確認する。

 

「そういうこと。もちろん、ポイントの譲渡や身代わり離脱、コロニーの出入りの自由化まで不要になったわけじゃない。電波遮断の問題だけは、真希ちゃんの覚醒によって解決の道筋ができたのよ」

 

「なるほどな……」

 

 秤は短く息を吐いた。

 

 真希の覚醒は、単に戦力が増えたというだけではない。

 

 結界に隔てられたコロニー同士をつなぐ手段が生まれたことで、高専側の攻略方針そのものが変わり始めていた。

 

  *

 

  東京第1結界

 

「……めんどくせぇ」

 

 雀ヶ原雀は、前髪を指で払いながら呟いた。

 

 隣を歩く虎杖悠仁が、横目で見る。

 

「何が?」

 

「何もかも」

 

「いや、まだ何も起きてねぇだろ」

 

「何か起きる前からめんどくせぇんだよ」

 

 雀はいつもの調子で返し、スマートフォンをポケットにしまった。

 

 日車との勝負を経て、彼の呪力は大きく削られている。残量は、最大値の2割。以前なら、多少の無茶をしても術式で押し切る選択肢があった。しかし今は違う。使える呪力は限られ、いつもの防御手段である『配牌降り』も、直前の錯和によって使用できない。

 

 正面から力比べをするには、あまりにも分が悪い。

 

「ま、なんとかなるか」

 

「その言い方、絶対なんとかならないときのやつだろ」

 

  虎杖が突っ込んだ、そのときだった。

 

「おい。そこの二人」

 

 前方から、男の声がした。

 

 二人の進路を塞ぐように、二人組の術師が立っている。どちらも死滅回游によって覚醒した術師だ。

 

 片方が雀たちを値踏みするように眺め、もう片方が虎杖へ視線を向けた。

 

「お前ら、プレイヤーか?」

 

「だったら何だよ」

 

 虎杖が答える。

 

「話が早くて助かる。ちょうどポイントが欲しかったんだ」

 

 男たちの表情に、敵意が浮かんだ。

 

 雀は小さく息を吐く。

 

「虎杖」

 

「おう」

 

「先に殴られんなよ」

 

「それ、どういう意味だよ!」

 

 言い終える前に、敵の一人が踏み込んできた。虎杖は反射的に身をひねり、飛んできた拳をかわす。そのまま踏み込んで、相手の腹部へ拳を叩き込んだ。

 

 鈍い音が響く。

 

 男の身体が後ろへ吹き飛んだ。

 

「……あ?」

 

 虎杖自身も、少し驚いた顔をした。

 

「思ったより軽いな」

 

「余裕ぶってんじゃねぇ!」

 

 もう一人が横から襲いかかる。

 

 虎杖はそちらにも向き直り、攻撃を受け流しながら反撃した。雀は、その様子を眺めていた。虎杖の戦い方は、単純明快だ。相手の動きを見て、避ける。殴る。必要なら距離を詰める。そこに余計な小細工はない。

 

 だからこそ、指示を出す側としては扱いやすい。

 

「虎杖。右の奴、少し下がらせろ」

 

「分かった!」

 

 虎杖は細かい理由を尋ねなかった。右の敵へ踏み込み、連続して拳を振るう。相手は防御に追われ、後退した。

 

「もう少し。壁際まで」

 

「おう!」

 

 虎杖は攻め続ける。

 

 雀は、その動きと敵の反応を見ながら、頭の中で手順を組み立てていた。勝つために必要なのは、相手を圧倒することではない。相手がどう動き、何を選び、どこで選択を誤るか。

 

 そこに勝ち筋を作る。

 

 雀は両手を構えた。

 

「――『四方宝城』」

 

 空間が切り替わった。四方を囲むように、麻雀卓と牌の壁が現れる。

 

 雀、虎杖、そして敵の二人。

 

 四人が、それぞれ卓を囲む席へと組み込まれた。

 

 敵の男たちが、周囲を見回す。

 

「何だ、ここは……!」

 

「領域ってやつか!?」

 

 彼らの頭の中へ、麻雀の規則と役の一覧が流れ込む。

 

 牌の種類。手牌の構成。鳴き。ロン。ツモ。点数計算。

 

 知らなかったはずのルールが、理解すべき情報として押しつけられる。しかし、ルールを知ることと、勝負の仕方を知ることは別だ。

 

 雀は卓に並んだ牌を見た。

 

「さて、と」

 

 気だるげな声とは裏腹に、視線は鋭い。

 

「四人で一局。せっかく同卓したんだ。最後まで付き合ってもらうぜ。俺の手の中でな」

 

「ふざけんな! こんなものに従う義理が――」

 

 男が雀を殴りつけようとした瞬間、具現化した牌によって手が止まった。

 

 雀は、すでに受けている錯和の罰則を意識した。呪力は最大値の2割。『配牌降り』も使えない。この制約を解除するには、和了するか、流局まで持ち込む必要がある。

 

 ならば、やることは一つだ。

 

「知らねぇルールで勝負するのは嫌だろうけどさ。こっちだって、好きでこんなことやってるわけじゃねぇんだよ」

 

「お前が始めたんだろ!」

 

 虎杖が叫んだ。

 

「うるせぇな。勝つために必要なんだよ」

 

 雀は配牌を確かめる。手牌は悪くない。だが、呪力が少ない今、無駄な打ち回しはできない。

 

 敵二人は麻雀の経験がない。

 

 牌の意味は理解できても、何を捨てれば何が起こるのか、どの牌を鳴けば相手の手がどう変わるのか、そこまでは分からない。

 

 雀は虎杖に視線を向けた。

 

「虎杖。さっきの続きだ。好きにやれ」

 

「好きにって……また殴っていいのか?」

 

「いいぞ。俺が言ったときだけ、少し合わせろ」

 

「了解!」

 

 虎杖は敵へ向き直った。

 

 麻雀の勝負だからといって、虎杖が麻雀の手筋をすべて理解して動く必要はない。雀が見るのは、虎杖の動きによって生まれる敵の反応だ。

 

 虎杖は殴る。敵は避ける。防ぐ。距離を取る。

 

 その一つ一つが、雀にとっては次の一手を決める材料(牌)になる。

 

「そっち、今の牌を捨てろ(攻撃をもう一度)」

 

 雀の指示に、虎杖が攻撃する(牌を動かす)。

 

 敵の一人が、理解できないという顔で雀を見た。

 

「お前ら……何をしてる?」

 

「麻雀」

 

 雀は即答した。

 

「見りゃ分かんだろ」

 

「分かるわけねぇだろ!」

 

「じゃあ、分かるまで負けてろ」

 

 雀は牌を一枚切る(攻撃を仕掛ける)。

 

 虎杖の攻撃が再び敵を追い立てる。

 

 敵は反撃しようとしたが、虎杖はその動きを見て身をひねり、相手の腕を弾いた。

 

「虎杖、今だ。叩け」

 

「ここか!」

 

 虎杖が一発重い一撃を叩き込む。

 

 雀はその動きを見届け、手牌を整えた。敵は、虎杖が何のために殴り込んだのか理解できていない。目の前で繰り広げられているのは、殴り合いと麻雀が別々に進んでいるように見える。

 

 だが、実際には違う。

 

 虎杖が作った状況を、雀が和了へつなげている。そして、雀が勝つために必要な行動を、虎杖が戦闘の中で成立させている。

 

 敵の一人が、虎杖の拳を避けようと大きく身体をひねり、大振りの右が振るわれる。

 

 その動きに合わせ、雀の手が動く。

 

「――ロン」

 

 和了を告げる声と共にカウンターが決まる。

 

 牌が卓の上に置かれる。

 

 満貫。

 

 牌が光を帯び、領域の効果が雀の身体へと還っていく。

 

 削られていた呪力が、最大値の2割ぶんが回復したていく。錯和による呪力の罰則は、これで解除される。『配牌降り』を封じていた制約も消えた。

 

 同時に、身体を動かす感覚が軽くなった。

 

 雀は手を握り、指を開いた。大きな回復ではない。2割まで落ちた呪力が、一度の和了で元通りになるわけでもない。

 

 それでも、勝ち続けることで立て直す余地はある。

 

「おい、今のは何だ!」

 

 敵の一人が声を荒らげた。

 

「和了だよ。麻雀の基本だろ」

 

「俺たちは麻雀なんて知らねぇ!」

 

「だから、ルールは頭に入ってんだろ。あとは自分で考えな」

 

 雀は再び牌を整える。

 

 敵は苛立ちを隠せない。一人は虎杖を止めようとし、もう一人は雀を狙おうとする。

 

 しかし、二人の動きは噛み合わない。

 

 虎杖を抑えれば雀に手を進められ、雀を狙えば虎杖の攻撃が飛んでくる。敵は二人で協力しているつもりでも、麻雀の卓で何が起きているかを理解していない。

 

 雀は、その隙を逃さなかった。

 

「虎杖、そいつを追え。倒し切らなくていい。逃げ道だけ塞げ」

 

「分かった!」

 

 虎杖は相手を追い、拳を振るう。

 

 敵は防御しながら横へ逃れようとした。

 

「そっちは行かせねぇよ!」

 

 虎杖が踏み込み、進路を遮る。

 

 雀は手牌を見た。

 

 必要な牌が揃いつつある。

 

「……もう一回だ」

 

 虎杖が攻撃を続ける。

 

 敵は反撃の機会を探すが、攻めれば虎杖に打ち返され、守れば雀が手を進める。

 

 やがて、雀の手牌が完成した。

 

「ロン」

 

 二度目の満貫。

 

 呪力が戻り、身体の動きがさらに鋭くなる。

 

 雀は肩を回しながら、敵を見た。

 

「なぁ。お前ら、いつまでその場しのぎで動くつもりだ?」

 

「黙れ!」

 

「黙って勝てるなら、いくらでも黙るけどな」

 

 雀は牌を切る。

 

「虎杖、今度は正面から行け」

 

「おう!」

 

 虎杖が正面から踏み込んだ。

 

 敵はその拳を受け止めようとする。

 

 その瞬間、虎杖は力任せに押し切らず、相手の反応に合わせて攻撃を変えた。敵は体勢を崩し、反撃のために踏み出す。

 

「そこで止まれ!」

 

 雀の指示に、虎杖が動きを切り替えた。

 

 敵の攻撃が空を切る。

 

 その隙に、雀は次の牌を手に取った。

 

「ロン」

 

 三度目。

 

 満貫の和了が成立する。

 

 雀は短く息を吐いた。

 

 呪力は少しずつ戻っている。それでも、余裕と呼べるほどではない。領域を維持しながら、敵二人の攻撃を受けず、虎杖の動きと牌の流れを読み続けなければならない。

 

 一つ判断を誤れば、今度は雀が追い込まれる。

 

「くそっ……!」

 

 敵の一人が、卓を睨みつけた。

 

「何度も何度も……! どうしてこっちの動きが読まれる!?」

 

「読んでるからだよ」

 

 雀は面倒くさそうに答えた。

 

「お前ら、殴ることしか考えてねぇだろ。殴ったら相手がどう動くか、相手が動いたら次に何が起こるか。そこまで考えろよ」

 

「そんなこと――」

 

「できねぇなら、俺の勝ちだ」

 

 雀は牌を切った。

 

 虎杖は敵の攻撃をかわし、反撃する。

 

 その動きに合わせて、雀は必要な指示だけを飛ばした。

 

「一歩下がれ」

 

 虎杖が下がる。

 

「次は左」

 

 虎杖が左へ動く。

 

「そこだ。鳴け」

 

 虎杖が牌を取る。

 

 それだけで、局面が変わる。

 

 雀は虎杖を操っているわけではない。虎杖の戦い方を細かく縛るのではなく、虎杖が自由に戦うことで生じる可能性を利用している。

 

 必要な瞬間だけ指示を出し、その一手を和了につなげる。

 

 それが雀のコンビ打ちだった。

 

「――ロン」

 

 四度目の満貫。

 

 敵の顔から、余裕が消えた。雀は手を握り、身体の状態を確かめる。

 

 まだ足りない。もう少し、勝ち筋を積み重ねる必要がある。

 

「虎杖。もう一回だけ付き合え」

 

「何回でもいいぜ!」

 

 虎杖は笑った。

 

「先輩が勝つまでやればいいんだろ?」

 

「……まぁ、そういうことだ」

 

 雀は小さく笑い、牌を並べ直した。

 

 敵の二人は、もはや何が起きているのか理解できていなかった。麻雀のルールは頭に入っている。

 

 それでも、なぜ自分たちの行動が相手の勝利につながるのか、どうすればその流れを断ち切れるのかが分からない。

 

 コンビ打ちという概念を知らない彼らにとって、雀と虎杖の連携は、理解の外にあるものだった。

 

 虎杖が攻める。

 

 雀が指示を出す。

 

 敵が動く。

 

 雀が和了する。

 

 その繰り返しが、彼らの選択肢を少しずつ奪っていく。

 

 そして――。

 

「ロン」

 

 雀の声が、再び響いた。

 

 満貫。

 

 五度目の和了だった。

 

 雀は牌を置き、ゆっくりと歩き出す。

 

「……よし。これで十分だ」

 

 五度の満貫によって、回復した呪力は最大値の合計100パーセントぶん。

 

 もちろん、領域の維持や戦闘で消費した呪力は別だ。実際に残っている量は、回復分から戦闘中の消費を差し引いたものになる。

 

 それでも、開始時の2割から比べれば、戦いを続けるだけの余力は取り戻していた。

 

 領域の中で、敵の一人は追い詰められていた。点棒を失い、手を進めることもできず、反撃の糸口さえ見つけられない。

 

 持ち点を失い切ることを、麻雀では「ハコ」と呼ぶ。

 

 だが、雀はその先まで相手を追い込んでいた。

 

「ハコ下ってやつだな」

 

 雀は淡々と告げる。

 

「勝負は終わりだ」

 

 領域が解けた。麻雀卓も牌も消え、元のコロニーの景色が戻ってくる。

 

 敵Aは雀の拳を顔面に受け、地面に倒れたまま動かない。

 

『5ポイントが加算されました』

 

 ポイント加算の表示が浮かび上がる。

 

 雀は拳を下ろし、残った敵Bへ視線を向けた。

 

「……さて。残り一人か」

 

 隣に立つ虎杖が拳を構える。

 

「こいつは俺がやる」

 

「好きにしろ。ただし、突っ込みすぎんなよ」

 

「分かってるって!」

 

 敵Bは二人を交互に睨みつけた。

 

 領域の中では、雀に何度も和了られた。虎杖の攻撃に対応しようとすれば手牌を進められ、雀を止めようとすれば虎杖に殴られる。

 

 何もできないまま、勝負を終わらされた。

 

 だが、領域はもうない。

 

 麻雀のルールも、和了を告げる声もない。

 

 残ったのは、目の前の二人を倒すという単純な目的だけだった。

 

「ふざけやがって……!」

 

 敵Bが地面を蹴った。

 

 狙いは雀。

 

 五度の満貫を成立させた術師を先に倒せば、虎杖との連携も崩せる。そう判断したのだろう。

 

 男は低く身を沈め、雀の懐へ潜り込むように踏み込んだ。

 

「先輩!」

 

 虎杖が叫びながら迫る。

 

 雀は慌てなかった。

 

「右」

 

 短い指示が飛ぶ。

 

 虎杖は即座に右へ踏み込んだ。敵Bの拳が雀の顔面へ届く寸前、虎杖の腕が横から割り込み、攻撃の軌道を逸らす。

 

「なっ――!」

 

 敵Bの拳が空を切った。

 

「遅ぇよ!」

 

 虎杖の拳が、男の脇腹へ突き刺さる。

 

「ぐっ……!」

 

 敵Bは数歩よろめきながらも、倒れずに踏みとどまった。すぐに身体をひねり、虎杖の顔面へ裏拳を振るう。

 

 虎杖は腕を交差させて受け止めたが、衝撃で足元が滑った。

 

「っ……!」

 

「虎杖、下がれ!」

 

 雀の声に虎杖は、すぐに距離を取る。だが敵Bはその隙を逃さず、今度は虎杖を追う。

 

 右の拳を振り抜き、続けて左の拳を叩き込む。虎杖は最初の一撃をかわしたものの、二発目を肩で受けた。

 

「この野郎……!」

 

 虎杖が反撃しようとする。

 

 だが、敵Bは深追いせず、すぐに後退した。

 

 一発当てて離れる。追撃を誘い、反撃する。

 

 領域の中で見せていた無謀な攻めとは違う。少なくとも、目の前の相手を倒すための判断はできている。

 

 雀はその動きを観察した。

 

「……なるほど。麻雀はダメでも、喧嘩はそれなりか」

 

「余裕ぶってんじゃねぇ!」

 

 敵Bが叫ぶ。

 

「次はお前だ!」

 

 男は虎杖を無視し、再び雀へ向かった。

 

 雀は後ろへ跳び攻撃をかわしたものの、敵Bの拳が頬をかすめた。

 

 あと少し遅れていれば、まともに食らっていた。

 

 雀は舌打ちした。

 

「おいおい。俺、さっきまで領域使ってたんだけど。少しくらい休ませろよ」

 

「知るか!」

 

 敵Bは間髪入れずに踏み込む。

 

 今度は拳だけではない。雀の退路を塞ぐように足を運び、逃げる方向を限定してから攻撃を重ねる。

 

 雀は一撃目をかわした。

 

 二撃目を腕で受け流す。

 

 三撃目が来る前に、身体をひねって距離を取った。

 

 しかし、敵Bは止まらない。

 

「捕まえたぞ!」

 

 男の手が雀の襟元を掴もうと伸びる。

 

 その瞬間、虎杖が横から飛び込んだ。

 

「先輩から離れろ!」

 

 虎杖の拳が敵Bの腕を打つ。

 

 男は反射的に虎杖へ向き直った。

 

 その一瞬を雀は見逃さなかった。

 

 敵Bは攻撃を外したあと、必ず右足を引いて体勢を立て直す。大きく踏み込んだ直後ほど、その動きが顕著になる。

 

 癖というより、身体を安定させるための習慣だ。ならば、その一歩を封じればいい。

 

「虎杖。次、腹に一発入れろ。そしたらすぐ離れろ」

 

「分かった!」

 

 敵Bが虎杖へ拳を振るう。

 

 虎杖は正面から受けず、半歩ずらしてかわした。

 

 そのまま懐へ踏み込み、鳩尾へ拳を叩き込む。

 

「ぐっ……!」

 

 男の身体が折れた。

 

 虎杖は追撃しない。雀の指示どおり、すぐに距離を取った。

 

 敵Bは反射的に右足を引き、体勢を立て直そうとする。だが、腹部への衝撃で呼吸が乱れ、踏み直す足がわずかに遅れた。

 

 その遅れを、雀は待っていた。

 

「そこだ」

 

 雀が踏み込む。

 

 敵Bが顔を上げたときにはもう遅く、雀の拳が男の顎を下から打ち抜いた。

 

「がっ……!」

 

 頭が跳ね上がり、男の身体が後ろへ傾く。

 

 それでも、敵Bは倒れなかった。歯を食いしばり、ふらつきながらも拳を振り上げる。

 

「まだ……終わってねぇ!」

 

 その執念に、雀は小さく息を吐いた。

 

「しつけぇな。もうちょい楽に負けてくれよ」

 

 敵Bの拳が迫る。

 

 雀は真正面から受け止めず、身体を半身にずらした。

 

 拳が肩先をかすめると同時に、雀は相手の踏み込んだ腕を押し下げ、体勢を崩した。

 

「虎杖!」

 

 呼ばれるまでもなく、虎杖は動いていた。

 

「おう!」

 

 虎杖は敵Bの横へ回り込み、逃げようとした進路を塞ぐ。

 

 敵Bは虎杖を振り払おうと身体をひねった。

 

 その瞬間、雀が足を払う。

 

 重心を失った男の膝が地面についた。

 

「しまっ――」

 

 虎杖の拳が、敵Bの胴へ叩き込まれる。

 

 一撃。

 

 男の身体が折れ、口から息が漏れた。

 

 それでも、倒れまいと地面に手をつき、立ち上がろうとする。

 

「まだ……俺は……!」

 

「もういいだろ」

 

 雀は男の前に立った。

 

「お前、最初から最後まで、自分が殴ることしか考えてねぇんだよ」

 

「黙れ……!」

 

「攻めるのはいい。けど、攻めたあとに何が起きるかを考えなきゃ、そりゃ隙もできる」

 

 雀は拳を握り直す。

 

「麻雀でも喧嘩でも、そこは変わんねぇよ」

 

 敵Bは最後の力を振り絞り、雀の脚へ掴みかかろうとした。

 

 だが、その手が届く前に、雀の拳が頬を打った。

 

 男の身体が横へ崩れる。

 

 地面に倒れた敵Bは、もう一度起き上がろうとはしなかった。

 

 雀は数秒だけ様子を見てから、拳を下ろした。

 

『5ポイントが加算されました』

 

 新たな表示が浮かぶ。

 

「……はい、これで二人目」

 

 虎杖は肩を回し、ふう、と息を吐いた。

 

「お前、最後のところ、俺が何するか分かってたのか?」

 

「いや。お前なら合わせてくれると思っただけ」

 

「それ、分かってたって言うんじゃねぇの?」

 

「細けぇな」

 

 雀は気だるげに返し、ポケットに手を突っ込んだ。

 

 領域の中では、麻雀のルールが二人の動きをつないでいた。

 

 だが、領域が消えたあとも、雀は敵の癖を読み、虎杖はその隙を突いた。

 

 牌も卓も必要ない。

 

 互いの動きを理解し、必要な瞬間に手を合わせる。

 

 それだけで、勝ち筋は作れる。

 

「……悪くなかったぜ。今日のコンビ打ち」

 

 雀がぼそりと言った。

 

 虎杖は一瞬きょとんとし、それから笑った。

 

「おう! また組もうぜ!」

 

「気が向いたらな」

 

 素っ気なく返しながら、雀の口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

 

 麻雀の卓がなくなっても、勝負は終わらない。

 

 相手の動きを読み、必要なところで指示を出し、勝ち筋を作る。

 

 そのやり方は、拳を交える戦場でも変わらなかった。




この回でアンケート止めます。投票してくださった方、ありがとうございました。

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