東京第2結界
爆発による飛沫がまだ止んでいなかった。水浸しになった路面に、二人の男が倒れている。
秤金次と鹿紫雲一。
互いに全力を出し切った勝負の果てに、二人はようやく同じ場所へ戻ってきた。
「……ったく。もう二度とやりたくねぇな、こんな勝負」
秤は濡れた髪をかき上げ、肩を回した。
「俺は悪くなかったぜ、まぁ呪力はっつかいきっちまったがな」
鹿紫雲は平然と言い返す。
「でもまだ俺にとっちゃ、物足りねぇくらいだ」
「はいはい。そいつはよかったな」
秤は苦笑した。
鹿紫雲の目的は、両面宿儺と戦うこと。そのために秤との勝負を終え、今は協力する立場になった。だが、二人の間に馴れ合いはない。あるのは、次の勝負まで互いを利用するという、奇妙な了解だけだった。
そこへ、足音が近づいてきた。
「秤!」
現れたのはパンダだった。
「おう、パンダ。無事だったか」
「そっちこそ、派手にやったみたいだな……」
パンダは二人の傷だらけの姿を見比べた。
「それで、天使は?」
秤の問いに、パンダは首を横に振った。
「見つからなかった。天使の居場所は分からないままだ」
「そっか。そう簡単にはいかねぇか」
宿儺と戦うためにも、死滅回游を終わらせるためにも、天使の協力は欠かせない。それでも、今は捜索を続ける以外に方法がなかった。
「それと、伝えることがあるわ」
箒に乗った西宮桃が、三人の前に降り立った。
「秤君、高専側で追加したいルールが四つあるの。まず、その内容を確認しておきたい」
西宮は指を立てた。
「一つ目、プレイヤー間のポイントの譲渡。二つ目、百点を消費して、身代わりを立てて死滅回游から離脱できるルール。三つ目、コロニーの電波遮断の解除。四つ目、コロニーの出入りの自由化」
「ポイントの譲渡に、身代わり離脱……。残りは通信と移動の問題か」
秤が腕を組む。
「そう。ポイントを動かせるようになれば、ゲームを終わらせるための手段が増える。百点を使った離脱は、死滅回游の被害者を救うため。そして、コロニーをまたいだ連絡と移動も、攻略には欠かせない」
西宮は三つ目の項目に目を向けた。
「ただし、電波遮断の解除については、状況が変わったわ」
「状況が?」
「真希ちゃんのことよ」
西宮は説明を続けた。
「真希ちゃんは、完全なフィジカルギフテッドになった。呪力がなくなったことで、呪力を持つ者を前提とした結界の侵入制限が、真希ちゃんには機能しなくなったの」
パンダが、なるほどと頷いた。
「つまり、禪院ならコロニーの結界を越えられる」
「ええ。それに、冥さんの弟君の協力もあるわ。真希ちゃんがコロニー間を移動し、彼の術式を使って連絡をつなぐことができる」
西宮は三つ目の項目を示した。
「だから、電波遮断を解除するルールを追加する重要性はなくなったの。少なくとも、コロニー間の連絡という目的なら、別の手段で解決できるようになったから」
「ルールを変えなくても、禪院と噂の弟で連絡を取れるってことか」
秤が確認する。
「そういうこと。もちろん、ポイントの譲渡や身代わり離脱、コロニーの出入りの自由化まで不要になったわけじゃない。電波遮断の問題だけは、真希ちゃんの覚醒によって解決の道筋ができたのよ」
「なるほどな……」
秤は短く息を吐いた。
真希の覚醒は、単に戦力が増えたというだけではない。
結界に隔てられたコロニー同士をつなぐ手段が生まれたことで、高専側の攻略方針そのものが変わり始めていた。
*
東京第1結界
「……めんどくせぇ」
雀ヶ原雀は、前髪を指で払いながら呟いた。
隣を歩く虎杖悠仁が、横目で見る。
「何が?」
「何もかも」
「いや、まだ何も起きてねぇだろ」
「何か起きる前からめんどくせぇんだよ」
雀はいつもの調子で返し、スマートフォンをポケットにしまった。
日車との勝負を経て、彼の呪力は大きく削られている。残量は、最大値の2割。以前なら、多少の無茶をしても術式で押し切る選択肢があった。しかし今は違う。使える呪力は限られ、いつもの防御手段である『配牌降り』も、直前の錯和によって使用できない。
正面から力比べをするには、あまりにも分が悪い。
「ま、なんとかなるか」
「その言い方、絶対なんとかならないときのやつだろ」
虎杖が突っ込んだ、そのときだった。
「おい。そこの二人」
前方から、男の声がした。
二人の進路を塞ぐように、二人組の術師が立っている。どちらも死滅回游によって覚醒した術師だ。
片方が雀たちを値踏みするように眺め、もう片方が虎杖へ視線を向けた。
「お前ら、プレイヤーか?」
「だったら何だよ」
虎杖が答える。
「話が早くて助かる。ちょうどポイントが欲しかったんだ」
男たちの表情に、敵意が浮かんだ。
雀は小さく息を吐く。
「虎杖」
「おう」
「先に殴られんなよ」
「それ、どういう意味だよ!」
言い終える前に、敵の一人が踏み込んできた。虎杖は反射的に身をひねり、飛んできた拳をかわす。そのまま踏み込んで、相手の腹部へ拳を叩き込んだ。
鈍い音が響く。
男の身体が後ろへ吹き飛んだ。
「……あ?」
虎杖自身も、少し驚いた顔をした。
「思ったより軽いな」
「余裕ぶってんじゃねぇ!」
もう一人が横から襲いかかる。
虎杖はそちらにも向き直り、攻撃を受け流しながら反撃した。雀は、その様子を眺めていた。虎杖の戦い方は、単純明快だ。相手の動きを見て、避ける。殴る。必要なら距離を詰める。そこに余計な小細工はない。
だからこそ、指示を出す側としては扱いやすい。
「虎杖。右の奴、少し下がらせろ」
「分かった!」
虎杖は細かい理由を尋ねなかった。右の敵へ踏み込み、連続して拳を振るう。相手は防御に追われ、後退した。
「もう少し。壁際まで」
「おう!」
虎杖は攻め続ける。
雀は、その動きと敵の反応を見ながら、頭の中で手順を組み立てていた。勝つために必要なのは、相手を圧倒することではない。相手がどう動き、何を選び、どこで選択を誤るか。
そこに勝ち筋を作る。
雀は両手を構えた。
「――『四方宝城』」
空間が切り替わった。四方を囲むように、麻雀卓と牌の壁が現れる。
雀、虎杖、そして敵の二人。
四人が、それぞれ卓を囲む席へと組み込まれた。
敵の男たちが、周囲を見回す。
「何だ、ここは……!」
「領域ってやつか!?」
彼らの頭の中へ、麻雀の規則と役の一覧が流れ込む。
牌の種類。手牌の構成。鳴き。ロン。ツモ。点数計算。
知らなかったはずのルールが、理解すべき情報として押しつけられる。しかし、ルールを知ることと、勝負の仕方を知ることは別だ。
雀は卓に並んだ牌を見た。
「さて、と」
気だるげな声とは裏腹に、視線は鋭い。
「四人で一局。せっかく同卓したんだ。最後まで付き合ってもらうぜ。俺の手の中でな」
「ふざけんな! こんなものに従う義理が――」
男が雀を殴りつけようとした瞬間、具現化した牌によって手が止まった。
雀は、すでに受けている錯和の罰則を意識した。呪力は最大値の2割。『配牌降り』も使えない。この制約を解除するには、和了するか、流局まで持ち込む必要がある。
ならば、やることは一つだ。
「知らねぇルールで勝負するのは嫌だろうけどさ。こっちだって、好きでこんなことやってるわけじゃねぇんだよ」
「お前が始めたんだろ!」
虎杖が叫んだ。
「うるせぇな。勝つために必要なんだよ」
雀は配牌を確かめる。手牌は悪くない。だが、呪力が少ない今、無駄な打ち回しはできない。
敵二人は麻雀の経験がない。
牌の意味は理解できても、何を捨てれば何が起こるのか、どの牌を鳴けば相手の手がどう変わるのか、そこまでは分からない。
雀は虎杖に視線を向けた。
「虎杖。さっきの続きだ。好きにやれ」
「好きにって……また殴っていいのか?」
「いいぞ。俺が言ったときだけ、少し合わせろ」
「了解!」
虎杖は敵へ向き直った。
麻雀の勝負だからといって、虎杖が麻雀の手筋をすべて理解して動く必要はない。雀が見るのは、虎杖の動きによって生まれる敵の反応だ。
虎杖は殴る。敵は避ける。防ぐ。距離を取る。
その一つ一つが、雀にとっては次の一手を決める
「そっち、今の
雀の指示に、虎杖が
敵の一人が、理解できないという顔で雀を見た。
「お前ら……何をしてる?」
「麻雀」
雀は即答した。
「見りゃ分かんだろ」
「分かるわけねぇだろ!」
「じゃあ、分かるまで負けてろ」
雀は
虎杖の攻撃が再び敵を追い立てる。
敵は反撃しようとしたが、虎杖はその動きを見て身をひねり、相手の腕を弾いた。
「虎杖、今だ。叩け」
「ここか!」
虎杖が一発重い一撃を叩き込む。
雀はその動きを見届け、手牌を整えた。敵は、虎杖が何のために殴り込んだのか理解できていない。目の前で繰り広げられているのは、殴り合いと麻雀が別々に進んでいるように見える。
だが、実際には違う。
虎杖が作った状況を、雀が和了へつなげている。そして、雀が勝つために必要な行動を、虎杖が戦闘の中で成立させている。
敵の一人が、虎杖の拳を避けようと大きく身体をひねり、大振りの右が振るわれる。
その動きに合わせ、雀の手が動く。
「――ロン」
和了を告げる声と共にカウンターが決まる。
牌が卓の上に置かれる。
満貫。
牌が光を帯び、領域の効果が雀の身体へと還っていく。
削られていた呪力が、最大値の2割ぶんが回復したていく。錯和による呪力の罰則は、これで解除される。『配牌降り』を封じていた制約も消えた。
同時に、身体を動かす感覚が軽くなった。
雀は手を握り、指を開いた。大きな回復ではない。2割まで落ちた呪力が、一度の和了で元通りになるわけでもない。
それでも、勝ち続けることで立て直す余地はある。
「おい、今のは何だ!」
敵の一人が声を荒らげた。
「和了だよ。麻雀の基本だろ」
「俺たちは麻雀なんて知らねぇ!」
「だから、ルールは頭に入ってんだろ。あとは自分で考えな」
雀は再び牌を整える。
敵は苛立ちを隠せない。一人は虎杖を止めようとし、もう一人は雀を狙おうとする。
しかし、二人の動きは噛み合わない。
虎杖を抑えれば雀に手を進められ、雀を狙えば虎杖の攻撃が飛んでくる。敵は二人で協力しているつもりでも、麻雀の卓で何が起きているかを理解していない。
雀は、その隙を逃さなかった。
「虎杖、そいつを追え。倒し切らなくていい。逃げ道だけ塞げ」
「分かった!」
虎杖は相手を追い、拳を振るう。
敵は防御しながら横へ逃れようとした。
「そっちは行かせねぇよ!」
虎杖が踏み込み、進路を遮る。
雀は手牌を見た。
必要な牌が揃いつつある。
「……もう一回だ」
虎杖が攻撃を続ける。
敵は反撃の機会を探すが、攻めれば虎杖に打ち返され、守れば雀が手を進める。
やがて、雀の手牌が完成した。
「ロン」
二度目の満貫。
呪力が戻り、身体の動きがさらに鋭くなる。
雀は肩を回しながら、敵を見た。
「なぁ。お前ら、いつまでその場しのぎで動くつもりだ?」
「黙れ!」
「黙って勝てるなら、いくらでも黙るけどな」
雀は牌を切る。
「虎杖、今度は正面から行け」
「おう!」
虎杖が正面から踏み込んだ。
敵はその拳を受け止めようとする。
その瞬間、虎杖は力任せに押し切らず、相手の反応に合わせて攻撃を変えた。敵は体勢を崩し、反撃のために踏み出す。
「そこで止まれ!」
雀の指示に、虎杖が動きを切り替えた。
敵の攻撃が空を切る。
その隙に、雀は次の牌を手に取った。
「ロン」
三度目。
満貫の和了が成立する。
雀は短く息を吐いた。
呪力は少しずつ戻っている。それでも、余裕と呼べるほどではない。領域を維持しながら、敵二人の攻撃を受けず、虎杖の動きと牌の流れを読み続けなければならない。
一つ判断を誤れば、今度は雀が追い込まれる。
「くそっ……!」
敵の一人が、卓を睨みつけた。
「何度も何度も……! どうしてこっちの動きが読まれる!?」
「読んでるからだよ」
雀は面倒くさそうに答えた。
「お前ら、殴ることしか考えてねぇだろ。殴ったら相手がどう動くか、相手が動いたら次に何が起こるか。そこまで考えろよ」
「そんなこと――」
「できねぇなら、俺の勝ちだ」
雀は牌を切った。
虎杖は敵の攻撃をかわし、反撃する。
その動きに合わせて、雀は必要な指示だけを飛ばした。
「一歩下がれ」
虎杖が下がる。
「次は左」
虎杖が左へ動く。
「そこだ。鳴け」
虎杖が牌を取る。
それだけで、局面が変わる。
雀は虎杖を操っているわけではない。虎杖の戦い方を細かく縛るのではなく、虎杖が自由に戦うことで生じる可能性を利用している。
必要な瞬間だけ指示を出し、その一手を和了につなげる。
それが雀のコンビ打ちだった。
「――ロン」
四度目の満貫。
敵の顔から、余裕が消えた。雀は手を握り、身体の状態を確かめる。
まだ足りない。もう少し、勝ち筋を積み重ねる必要がある。
「虎杖。もう一回だけ付き合え」
「何回でもいいぜ!」
虎杖は笑った。
「先輩が勝つまでやればいいんだろ?」
「……まぁ、そういうことだ」
雀は小さく笑い、牌を並べ直した。
敵の二人は、もはや何が起きているのか理解できていなかった。麻雀のルールは頭に入っている。
それでも、なぜ自分たちの行動が相手の勝利につながるのか、どうすればその流れを断ち切れるのかが分からない。
コンビ打ちという概念を知らない彼らにとって、雀と虎杖の連携は、理解の外にあるものだった。
虎杖が攻める。
雀が指示を出す。
敵が動く。
雀が和了する。
その繰り返しが、彼らの選択肢を少しずつ奪っていく。
そして――。
「ロン」
雀の声が、再び響いた。
満貫。
五度目の和了だった。
雀は牌を置き、ゆっくりと歩き出す。
「……よし。これで十分だ」
五度の満貫によって、回復した呪力は最大値の合計100パーセントぶん。
もちろん、領域の維持や戦闘で消費した呪力は別だ。実際に残っている量は、回復分から戦闘中の消費を差し引いたものになる。
それでも、開始時の2割から比べれば、戦いを続けるだけの余力は取り戻していた。
領域の中で、敵の一人は追い詰められていた。点棒を失い、手を進めることもできず、反撃の糸口さえ見つけられない。
持ち点を失い切ることを、麻雀では「ハコ」と呼ぶ。
だが、雀はその先まで相手を追い込んでいた。
「ハコ下ってやつだな」
雀は淡々と告げる。
「勝負は終わりだ」
領域が解けた。麻雀卓も牌も消え、元のコロニーの景色が戻ってくる。
敵Aは雀の拳を顔面に受け、地面に倒れたまま動かない。
『5ポイントが加算されました』
ポイント加算の表示が浮かび上がる。
雀は拳を下ろし、残った敵Bへ視線を向けた。
「……さて。残り一人か」
隣に立つ虎杖が拳を構える。
「こいつは俺がやる」
「好きにしろ。ただし、突っ込みすぎんなよ」
「分かってるって!」
敵Bは二人を交互に睨みつけた。
領域の中では、雀に何度も和了られた。虎杖の攻撃に対応しようとすれば手牌を進められ、雀を止めようとすれば虎杖に殴られる。
何もできないまま、勝負を終わらされた。
だが、領域はもうない。
麻雀のルールも、和了を告げる声もない。
残ったのは、目の前の二人を倒すという単純な目的だけだった。
「ふざけやがって……!」
敵Bが地面を蹴った。
狙いは雀。
五度の満貫を成立させた術師を先に倒せば、虎杖との連携も崩せる。そう判断したのだろう。
男は低く身を沈め、雀の懐へ潜り込むように踏み込んだ。
「先輩!」
虎杖が叫びながら迫る。
雀は慌てなかった。
「右」
短い指示が飛ぶ。
虎杖は即座に右へ踏み込んだ。敵Bの拳が雀の顔面へ届く寸前、虎杖の腕が横から割り込み、攻撃の軌道を逸らす。
「なっ――!」
敵Bの拳が空を切った。
「遅ぇよ!」
虎杖の拳が、男の脇腹へ突き刺さる。
「ぐっ……!」
敵Bは数歩よろめきながらも、倒れずに踏みとどまった。すぐに身体をひねり、虎杖の顔面へ裏拳を振るう。
虎杖は腕を交差させて受け止めたが、衝撃で足元が滑った。
「っ……!」
「虎杖、下がれ!」
雀の声に虎杖は、すぐに距離を取る。だが敵Bはその隙を逃さず、今度は虎杖を追う。
右の拳を振り抜き、続けて左の拳を叩き込む。虎杖は最初の一撃をかわしたものの、二発目を肩で受けた。
「この野郎……!」
虎杖が反撃しようとする。
だが、敵Bは深追いせず、すぐに後退した。
一発当てて離れる。追撃を誘い、反撃する。
領域の中で見せていた無謀な攻めとは違う。少なくとも、目の前の相手を倒すための判断はできている。
雀はその動きを観察した。
「……なるほど。麻雀はダメでも、喧嘩はそれなりか」
「余裕ぶってんじゃねぇ!」
敵Bが叫ぶ。
「次はお前だ!」
男は虎杖を無視し、再び雀へ向かった。
雀は後ろへ跳び攻撃をかわしたものの、敵Bの拳が頬をかすめた。
あと少し遅れていれば、まともに食らっていた。
雀は舌打ちした。
「おいおい。俺、さっきまで領域使ってたんだけど。少しくらい休ませろよ」
「知るか!」
敵Bは間髪入れずに踏み込む。
今度は拳だけではない。雀の退路を塞ぐように足を運び、逃げる方向を限定してから攻撃を重ねる。
雀は一撃目をかわした。
二撃目を腕で受け流す。
三撃目が来る前に、身体をひねって距離を取った。
しかし、敵Bは止まらない。
「捕まえたぞ!」
男の手が雀の襟元を掴もうと伸びる。
その瞬間、虎杖が横から飛び込んだ。
「先輩から離れろ!」
虎杖の拳が敵Bの腕を打つ。
男は反射的に虎杖へ向き直った。
その一瞬を雀は見逃さなかった。
敵Bは攻撃を外したあと、必ず右足を引いて体勢を立て直す。大きく踏み込んだ直後ほど、その動きが顕著になる。
癖というより、身体を安定させるための習慣だ。ならば、その一歩を封じればいい。
「虎杖。次、腹に一発入れろ。そしたらすぐ離れろ」
「分かった!」
敵Bが虎杖へ拳を振るう。
虎杖は正面から受けず、半歩ずらしてかわした。
そのまま懐へ踏み込み、鳩尾へ拳を叩き込む。
「ぐっ……!」
男の身体が折れた。
虎杖は追撃しない。雀の指示どおり、すぐに距離を取った。
敵Bは反射的に右足を引き、体勢を立て直そうとする。だが、腹部への衝撃で呼吸が乱れ、踏み直す足がわずかに遅れた。
その遅れを、雀は待っていた。
「そこだ」
雀が踏み込む。
敵Bが顔を上げたときにはもう遅く、雀の拳が男の顎を下から打ち抜いた。
「がっ……!」
頭が跳ね上がり、男の身体が後ろへ傾く。
それでも、敵Bは倒れなかった。歯を食いしばり、ふらつきながらも拳を振り上げる。
「まだ……終わってねぇ!」
その執念に、雀は小さく息を吐いた。
「しつけぇな。もうちょい楽に負けてくれよ」
敵Bの拳が迫る。
雀は真正面から受け止めず、身体を半身にずらした。
拳が肩先をかすめると同時に、雀は相手の踏み込んだ腕を押し下げ、体勢を崩した。
「虎杖!」
呼ばれるまでもなく、虎杖は動いていた。
「おう!」
虎杖は敵Bの横へ回り込み、逃げようとした進路を塞ぐ。
敵Bは虎杖を振り払おうと身体をひねった。
その瞬間、雀が足を払う。
重心を失った男の膝が地面についた。
「しまっ――」
虎杖の拳が、敵Bの胴へ叩き込まれる。
一撃。
男の身体が折れ、口から息が漏れた。
それでも、倒れまいと地面に手をつき、立ち上がろうとする。
「まだ……俺は……!」
「もういいだろ」
雀は男の前に立った。
「お前、最初から最後まで、自分が殴ることしか考えてねぇんだよ」
「黙れ……!」
「攻めるのはいい。けど、攻めたあとに何が起きるかを考えなきゃ、そりゃ隙もできる」
雀は拳を握り直す。
「麻雀でも喧嘩でも、そこは変わんねぇよ」
敵Bは最後の力を振り絞り、雀の脚へ掴みかかろうとした。
だが、その手が届く前に、雀の拳が頬を打った。
男の身体が横へ崩れる。
地面に倒れた敵Bは、もう一度起き上がろうとはしなかった。
雀は数秒だけ様子を見てから、拳を下ろした。
『5ポイントが加算されました』
新たな表示が浮かぶ。
「……はい、これで二人目」
虎杖は肩を回し、ふう、と息を吐いた。
「お前、最後のところ、俺が何するか分かってたのか?」
「いや。お前なら合わせてくれると思っただけ」
「それ、分かってたって言うんじゃねぇの?」
「細けぇな」
雀は気だるげに返し、ポケットに手を突っ込んだ。
領域の中では、麻雀のルールが二人の動きをつないでいた。
だが、領域が消えたあとも、雀は敵の癖を読み、虎杖はその隙を突いた。
牌も卓も必要ない。
互いの動きを理解し、必要な瞬間に手を合わせる。
それだけで、勝ち筋は作れる。
「……悪くなかったぜ。今日のコンビ打ち」
雀がぼそりと言った。
虎杖は一瞬きょとんとし、それから笑った。
「おう! また組もうぜ!」
「気が向いたらな」
素っ気なく返しながら、雀の口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
麻雀の卓がなくなっても、勝負は終わらない。
相手の動きを読み、必要なところで指示を出し、勝ち筋を作る。
そのやり方は、拳を交える戦場でも変わらなかった。
この回でアンケート止めます。投票してくださった方、ありがとうございました。
原作基準で行きますか?
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はい。原作基準でオリ敵、オリ展開無し。
-
いいえ。原作基準ではなくオリ敵オリ展開で