ホテルの外れ。
雀ヶ原雀はスマートフォンを片手に、画面を眺めていた。
「……ダメか」
電波は立っている。だが、インターネットには繋がらない。
死滅回游の結界による通信の遮断。高専側が追加ルールを検討している以上、今すぐどうにかなるものでもないだろう。
雀は画面を消し、ポケットにしまおうとした。
そのとき、不意に思い出す。
――あの裁判官のことを。
*
東京第1コロニー。
秤金次への遠隔アシストを行っていた頃のことだ。
雀は日車寛見のそばで、遠隔接続による術式への干渉を試みていた。
直接戦場にいるわけではない。雀ができることは限られている。相手の術式を支配することも、味方の勝利を保証することもできない。
できるのは、ほんのわずかなノイズを差し込むことだけ。
そんな作業の合間、日車がふと口を開いた。
「……君は、あの少年をどう思っている?」
「少年?」
「虎杖悠仁だ」
雀はスマートフォンから目を離さなかった。
「急にどうした」
「渋谷で起きたことを知っているだろう」
「まあな」
渋谷事変。
両面宿儺が虎杖の身体を乗っ取り、街に甚大な被害をもたらした事件。
日車はその惨状を知っていた。そして、虎杖がその出来事を自分自身の罪として背負おうとしていたことも、雀との戦いを通して知ることになった。
もっとも、日車が虎杖本人と会ったことはない。
彼が向き合っていたのは、虎杖という少年そのものではなく、渋谷事変という出来事と、そこに結びついた罪の問題だった。
「彼が、自分の罪だと認めるのなら……その責任をどう考えるべきなのか。私はまだ、答えを出せずにいる」
「ふーん」
「君は随分と無関心だな」
「いや、別に。渋谷で起きたことが大したことじゃねえなんて、思ってねえよ」
雀はようやく顔を上げた。
「ただ、宿儺がやったことと、虎杖がそれを自分の罪だと思ってることは、別の話だろ」
日車は黙って雀を見た。
「自分がやってねえことまで背負い込んで、勝手に潰れられても困る。あいつは使えるし、戦力としても悪くねえ。わざわざ動けなくなるような真似をするのは、コスパが悪い」
「……結局、戦力としての評価か」
「それで納得するなら、そう思っとけば?」
雀は再び画面に目を落とした。
虎杖のことを気にかけている。
だが、それを口にする必要はない。感情を理由に判断を曲げるつもりもなかった。
虎杖が動けなくなれば困る。それは事実だ。
それ以上のことを、雀はわざわざ説明しようとはしなかった。
「君は、彼が背負う必要のない罪まで背負っていると考えているのか」
「さあな。本人がどう考えてるかまで、俺が決めることじゃねえし」
雀は肩をすくめる。
「ただ、あいつが自分を責めてるからって、周りまで一緒になって潰してどうすんだよ。必要なら働いてもらう。それだけだろ」
日車は返答しなかった。
雀の言葉は、虎杖を無罪だと断じるものでも、罪を軽く扱うものでもない。
罪の重さを認めることと、その罪を誰が背負うべきかという問題を、雀は切り分けている。
それが冷徹な現実主義なのか。それとも、別の何かなのか。
日車には、まだ判断がつかなかった。
*
「……そういうことか」
日車がぽつりと呟いた。
「何が?」
「君の手牌だ」
「あ?」
日車は雀の顔を見た。
「私の手牌には、ドラが一つあった。君の手牌には二つあった」
「そうだったな」
「君は、あの告発を牌として受け取り、ポンした。ドラは三つになり、さらに加槓して四つになった」
「結果的にはな」
「偶然だったのか?」
雀は少しだけ目を細めた。
「……何が言いてえんだよ」
「君は、虎杖悠仁を気にかけていたのではないか」
雀は答えなかった。
日車は続ける。
「私にとって、あの牌は告発だった。渋谷で起きた惨劇を、罪と責任の問題として捉えたものだ。だからこそ、私の手牌には一つしかなかった」
「……」
「だが、君の手牌には二つあった。君は私と同じ出来事を知りながら、彼を気にかけていた。だから、私よりも多くのドラを持っていた。そう考えれば、あの数の違いにも意味がある」
「麻雀の結果から人の内心まで決めつけるとか、裁判官ってのは随分と都合のいい仕事だな」
「否定はしないのか」
「否定したところで、あんたが納得するとは思えねえし」
雀は面倒くさそうに息を吐いた。
「それに、ドラが何個あろうが、勝てなきゃ意味ねえだろ」
「……なるほど」
日車は目を伏せた。
雀は虎杖を気にかけていた。
だが、その感情を優先して戦略を曲げることはない。虎杖が罪悪感に囚われ、戦力として機能しなくなることを問題視しながらも、彼の責任そのものを代わりに引き受けようとはしない。
日車には、それが正しいのかどうかはわからなかった。
ただ、雀の言葉には、虎杖を単なる道具として扱う者の冷たさとは違うものがあった。
「君は、彼をどうしたいんだ?」
「どうもしねえよ。本人が勝手に考えて、勝手に動けばいい」
「それでも、気にかけている」
「……しつけえな、あんた」
雀はスマートフォンを操作しながら、会話を打ち切った。
日車はそれ以上、問い詰めなかった。
彼にとって虎杖は、渋谷事変の罪と責任を考えるうえで無視できない存在だった。
雀にとって虎杖は、戦力として価値があり、そして、それだけでは割り切れない存在だった。
同じ告発牌を前にしても、二人の手牌は違っていた。
その違いが何を意味するのか。
少なくとも日車には、少しだけわかった気がした。
*
「……ま、考えても仕方ねえか」
現在。
雀はスマートフォンをポケットにしまった。
通信は、依然として回復していない。
ホテルへ戻ろうと踵を返した、その瞬間だった。
――殺気。
考えるより先に、雀の身体が動いた。
死角から飛び込んできた攻撃が、つい先ほどまで雀の頭があった空間を薙ぐ。
「っぶねえな……!」
雀は身をひねり、襲撃者との距離を取った。
相手は、こちらの隙を狙っていたらしい。
スマートフォンを確認していた、その一瞬の隙を狙われたらしい。
雀は舌打ちし、襲撃者を見据えた。
「……ったく。ネットも繋がらねえ、帰ろうとしたらこれかよ」
襲撃者は答えない。
間合いを詰め、拳を振るう。
雀は身体を傾けて攻撃をかわすと、相手の懐へ踏み込んだ。呪力を込めた拳が、襲撃者の腹部を捉える。
「ぐっ……!」
相手がよろめき、後方へ飛び退く。
雀は追わず、相手の動きを観察した。
呪力の出力。踏み込みの速さ。攻撃を受けた際の反応。
少なくとも、ただの雑魚というわけではないらしい。
「……はぁ。わざわざ面倒な相手に当たっちまったな」
雀は首を鳴らした。
術式はまだ使える。だが、ここで無駄に呪力を消費するのは避けたい。
相手の手の内がわからない以上、長引かせるのも得策ではなかった。
「さっさと終わらせるか」
雀は両手を構える。
日車との戦いが脳裏をよぎった。
あのときは、勝ち筋を見誤った。
ならば今回は、最初から勝つための手を選ぶ。
「――領域展開」
両手で火院印を結ぶ。
「『四方宝城』」
その瞬間、周囲の景色が塗り替わった。
この先のネタを考えますので、溜まってる分無くなったら投稿頻度落ちるかもです。
原作基準で行きますか?
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はい。原作基準でオリ敵、オリ展開無し。
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いいえ。原作基準ではなくオリ敵オリ展開で