虎杖は、地を蹴った。
狙う相手は、伏黒恵の肉体を乗っ取った両面宿儺。
つい先ほどまで、目の前で起きたことを理解するだけで精一杯だった。伏黒が宿儺に乗っ取られた。天使が倒された。そして、宿儺は伏黒の姿で笑っている。
許せるはずがなかった。
「伏黒を――返せッ!」
拳を振り抜く。
宿儺は身をひねり、虎杖の拳をかわした。すぐさま反撃の拳が飛ぶ。虎杖は腕を交差させて受け止めたが、その衝撃で足元が大きく滑った。
「……チッ」
宿儺が舌打ちする。
虎杖はすぐさま体勢を立て直し、再び距離を詰めた。
拳を振るい、蹴りを繰り出し、間合いを潰す。だが、宿儺はそのことごとくを捌いていく。虎杖の攻撃はまともに当たらず、宿儺の反撃だけが虎杖を追い詰めていった。
それでも、宿儺の動きにはわずかな違和感があった。
以前なら、虎杖を圧倒的な力でねじ伏せることなど造作もなかったはずだ。ところが今は、攻撃を重ねても虎杖を一方的に制圧しきれない。
その原因は、宿儺の内側にあった。
伏黒恵が、抵抗している。
肉体を奪われながらも、その内側から宿儺に抗い続けているのだ。その抵抗が、宿儺の呪力出力を低下させていた。
だが、それで虎杖と宿儺の実力差が埋まったわけではない。ただ、虎杖の拳は届かない。宿儺の動きについていくので精一杯だった。
「どうした、小僧」
宿儺が嗤う。
「その程度で、俺をどうにかできると思っているのか?」
「うるせぇッ!」
虎杖が踏み込む。
宿儺はその拳を見切ると、虎杖の懐へ入り込んだ。次の瞬間、虎杖の視界が揺れる。
腹部を狙った一撃。まともに受ければ、戦闘を続けるどころではない。
「――っ!」
虎杖が身を引くより早く、宿儺の拳が迫る。
その軌道に、牌が割り込んだ。
乾いた音が響く。
牌は宿儺の拳を止めるほどの力を持たない。だが、拳の軌道をわずかに逸らし、踏み込みの瞬間を狂わせるには十分だった。
虎杖の身体が横へ弾かれる。
直撃は免れた。
「虎杖!下がれ!」
雀の声が飛ぶ。
虎杖は地面を転がりながらも、すぐに立ち上がった。腹部を押さえ、息を吐く。
「先輩……!」
「突っ込むなとは言わねぇよ。けど、死ぬ気で突っ込むのと、死んでもいいって突っ込むのは別だろ」
雀は疲れた顔のまま、宿儺を見据えていた。
呪力は限られている。宿儺の動きを完全に止めることなどできない。今の牌も、虎杖が致命傷を負うのを防ぐために、ほんの一瞬だけ隙を作ったにすぎなかった。
それでも、その一瞬がなければ虎杖は危なかった。
「……分かってる」
虎杖は拳を握り直す。
「でも、やらなきゃいけねぇんだ」
「だろうな。だから、死なねぇようにやれ」
雀はそれ以上、止めなかった。
宿儺が二人を見渡す。
「小細工を弄するか。面倒な術式だ」
「褒め言葉として受け取っとくぜ」
雀は軽口を返したが、内心では状況を冷静に見極めていた。
宿儺の出力は落ちている。それでも、虎杖が攻撃を当てられるほどではない。雀の牌も、宿儺の動きを一瞬ずらすのが限界だ。
このままでは、いずれ虎杖が先に限界を迎える。
そのときだった。宿儺の背後から、鋭い気配が迫った。
宿儺が振り返るより早く、その一撃が横合いから襲いかかる。
宿儺は腕を上げて受け止めた。
衝撃が弾け、二人の間で空気が震える。
「……誰だ?」
宿儺の視線の先に立っていたのは、真希だった。
「すまん遅れた。状況を簡潔に頼む」
真希は呪具を構え、宿儺を睨みつける。
「コイツは殺しても死なない」
虎杖が声を上げる。
「虎杖、雀。下がってろとは言わねぇ。けど、無茶はするなよ」
「そっちこそ」
雀が返す。
「無茶をする顔だぜ?マキマキ」
「うるせぇ」
「とりあえず、殺してでも捕まえるぞ?アレ」
真希は短く吐き捨てる肯定を挟みながら、宿儺へ踏み込んだ。
虎杖も続く。
正面から迫る虎杖と、死角を突く真希。二人の攻撃が交互に宿儺を襲う。宿儺はそれらを捌き、反撃を繰り出すが、以前のように一方的に二人を圧倒することはできなかった。
伏黒の抵抗が、確かに宿儺の動きを鈍らせている。
だが、二人の攻撃が決定打になるわけではない。
宿儺は虎杖の拳を受け流し、真希の呪具を避ける。反撃の一撃が真希を襲う。真希は紙一重で身をかわし、虎杖がその隙に踏み込んだ。
宿儺の足元へ牌が滑り込む。
踏み込む先を制限し、次の動きをわずかに遅らせる。
虎杖と真希が、その一瞬を逃さず攻める。
雀は二人のように前へ出ない。宿儺の動きを観察し、二人が攻められる瞬間だけを作り出していた。
それでも、宿儺は崩れない。
「小賢しい……!」
宿儺の腕が振るわれる。
虎杖が吹き飛ばされ、真希も距離を取らざるを得なくなった。雀は牌を重ねて二人の前に障壁を作るが、衝撃を完全には殺しきれない。
地面を削りながら、三人が散る。
宿儺はその場に立ち、伏黒の顔で三人を見下ろした。
「なるほど。伏黒の抵抗で出力が落ちているとはいえ……」
宿儺は自分の手を眺める。
「この程度の連中を相手に、いつまでも付き合う理由はないな」
「逃げる気か!」
虎杖が叫ぶ。
宿儺は答えない。
そのとき、上空から何かが降ってきた。氷の冷気が周囲を覆い、地面に白い霜が広がる。
「宿儺様」
静かな声が響いた。
裏梅だった。
裏梅は宿儺の前に膝をつき、頭を垂れる。
「お迎えに上がりました」
虎杖が歯を食いしばる。
「待て! 逃がすかよ!」
虎杖が駆け出そうとする。真希も呪具を握り直した。
だが、裏梅の放つ冷気が行く手を阻む。地面が凍りつき、足元から身体の自由を奪おうとする。
雀は牌を展開し、冷気の広がりを食い止めようとした。
しかし、完全には防げない。
「クソッ……!」
虎杖が氷を砕こうと拳を振るう。真希も突破口を探るが、そのわずかな時間で宿儺は裏梅のそばへ移動していた。
「宿儺!」
虎杖の叫びが響く。
宿儺は振り返り、伏黒の顔で虎杖を見た。
「虎杖悠仁。哀れな顔だな?」
「ふざけんな! 伏黒を返せ!」
宿儺は薄く笑った。
「返す? 何を言っている」
その声には、余裕が戻り始めていた。
「こいつを完全に屈服させる。そのための準備が必要なだけだ」
宿儺の視線が、一瞬だけ自分の手へ落ちる。
伏黒恵は、まだ抵抗している。だからこそ、その抵抗を根こそぎ折る必要がある。
宿儺は虎杖たちに背を向けた。
「次に会うときまで、せいぜい足掻いていろ」
宿儺が鵺を呼び出し背中に乗り込む。二人の姿がその場から遠ざかっていく。
「待てぇぇぇッ!」
虎杖の叫びは、冷気の中に虚しく響いた。追いかけようにも、凍りついた地面と裏梅の術式が行く手を塞いでいる。
やがて、宿儺の気配が遠ざかった。
戦闘は終わった。だが、何一つ解決してはいなかった。
「……伏黒」
虎杖は拳を握りしめたまま、宿儺が消えた方角を見つめていた。
真希は無言で呪具を下ろす。
雀は周囲に散らした牌を回収しながら、深く息を吐いた。
宿儺を倒せなかった。伏黒を取り戻すこともできなかった。
それでも、伏黒が内側から抵抗していることは分かった。
宿儺は、その抵抗を押さえ込むために動き出す。
次に対峙するとき、今より状況が悪くなっている可能性は高い。
「……コスパ悪ぃな、ほんと」
雀の呟きに、誰も返事をしなかった。
ただ、三人とも分かっていた。
ここで終わりにはできない。
伏黒恵を取り戻すための戦いは、まだ始まったばかりだった。
原作基準で行きますか?
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はい。原作基準でオリ敵、オリ展開無し。
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いいえ。原作基準ではなくオリ敵オリ展開で