2018年11月20日。
五条悟が帰還し、両面宿儺との決戦が12月24日に定められた。
残された時間は、およそ一か月。長いようで、短い。
相手は呪いの王、両面宿儺。しかも今、その身体を支配しているのは伏黒恵だ。五条が戦うと決めたからといって、ほかの者が何もしなくていいわけではない。勝つにしても、敗れるにしても、決戦の前後に何が起こるかは分からない。
だからこそ、準備が必要だった。
*
「……で、誰から始める?」
高専の訓練場。
雀ヶ原雀は、手にしたスマートフォンを操作しながら、集まった面々を見回した。
虎杖悠仁、乙骨憂太、秤金次、禪院真希、脹相。
それぞれが思い思いに身体をほぐしたり、武器を確認したりしている。
「誰からって、何が?」
虎杖が聞き返す。
「鍛錬。まさか全員で適当に殴り合って、一か月後には強くなってる予定とか言わねえよな?」
「いや、そんな予定はねえけど……」
「なら、先に課題を決めろよ。時間がねえんだから」
雀は画面を消し、ポケットにしまった。
いつものように気怠そうな顔をしている。だが、今日は自分から訓練場に来ていた。誰かに頼まれたわけでもない。五条に指示されたわけでもない。
雀自身が、鍛錬を手伝うと決めたのだ。
「お前、珍しいな」
秤が口元を緩めた。
「普段なら、こういう面倒事は真っ先にサボるだろ」
「金ちゃん、俺だって状況くらい見るって。全員が好き勝手に鍛えて、いざ本番で連携が取れませんでした、なんて展開が一番コスパ悪ぃだろ」
「なるほどな。自分のためってわけか」
「そういうことにしとけ」
雀は否定しなかった。
虎杖は、そんな雀を少し不思議そうに見つめた。
普段の雀なら、訓練に付き合うくらいなら昼寝を選ぶ。必要なときには動くが、必要以上に働こうとはしない。その雀が、自分から全員の鍛錬を手伝おうとしている。
何か思うところがあるのかもしれない。
しかし、虎杖がそれを尋ねる前に、雀は手を叩いた。
「まずは現状確認。今の自分に何ができて、何ができねえのか。それを分かってねえ奴が、いきなり強くなろうとしたって無駄だ」
「……お前が言うと、妙に説得力があるな」
真希が腕を組む。
「実際、そうだろ。弱点を放置したまま得意なことだけ伸ばしても、相手にそこを突かれたら終わりだ」
雀は訓練場の中央を指した。
「一人ずつ動いてみろ。俺が見て、気づいたことを言う。最後に必要なら組み合わせを変える」
「ずいぶんと偉そうじゃねえか」
「嫌なら自分でやれよ。俺は帰る」
「誰も嫌だとは言ってねえだろ!」
秤の声を聞き流し、雀は最初の相手を指名した。
「虎杖。お前から」
「俺?」
「そう。ほら、来いよ」
*
虎杖との訓練は、短い打ち合いから始まった。雀は正面から攻め込まず、虎杖の動きを観察することに徹した。
虎杖が踏み込む。
雀は半歩下がる。
拳を受け流し、身体の向きを変え、虎杖の側面へ回り込む。
「っ!」
虎杖が振り返るより早く、雀の手が肩に触れた。
「はい、一回」
「今ので?」
「今ので。お前、相手を捉えたと思った瞬間、そっちに意識が寄りすぎる。攻撃が外れた後の動きが一瞬止まってんだよ」
「いや、でも今のは……」
「言い訳は後。もう一回」
虎杖は口を閉じ、構え直した。今度は、攻撃を外した直後に身体を戻すことを意識する。
雀はその動きを見て、すぐに距離を詰めた。
虎杖は反応し、腕で防御する。
衝撃が響いた。
「おっ、今のは悪くねえ」
「よし!」
「ただ、次は逆側から来るぞ」
「えっ?」
雀は虎杖の反応を待たずに足を払った。虎杖の身体が傾く。
だが、今度は倒れなかった。体勢を崩しながらも足を踏み直し、距離を取る。
雀は小さく頷いた。
「そういうこと。攻撃が通らなかった後、相手がどう動くかまで考えろ。自分の攻撃だけで頭をいっぱいにすんな」
「……なるほどな」
虎杖は息を整えながら、先ほどの動きを思い返す。雀は強引に力で押し切ることも、術式で圧倒することもしなかった。
相手の癖を見て、わずかな隙を突く。
それは、虎杖が普段行っている殴り合いとは少し違う考え方だった。
「もう一回、お願いします!」
「元気だねえ。俺はもう疲れたんだけど」
「まだ二回しかやってねえだろ!」
「二回もやっただろ」
ぼやきながらも、雀は再び構えた。
それから何度か打ち合いを繰り返し、虎杖の動きが少しずつ変わっていく。
攻撃を当てることだけでなく、外した後の立て直しや、相手の反撃を想定した動きが加わっていた。
劇的な変化ではない。
それでも、実戦で生死を分けるのは、そうした小さな差の積み重ねだ。
「はい、そこまで」
雀は手を上げた。
「今の動きを忘れんなよ。相手が宿儺なら、一回の失敗で終わる可能性だってあるんだからな」
虎杖の表情が引き締まった。
宿儺。
その名を聞くたび、伏黒の顔が脳裏に浮かぶ。
救い出したい。だが、どうすればいいのか。
まだ答えは見つかっていない。
「……分かってる」
虎杖は拳を握った。
「だから、もっと強くなる」
「強くなるのは結構。けど、焦って雑になるなよ。急いでるときほど、手順を間違えんじゃねえ」
雀はそう言って、次の相手へ視線を移した。
*
「次、乙骨」
「よろしく、雀君」
乙骨は刀を構えた。
雀は少し離れた位置から、その姿を観察する。
「お前の場合、単純な攻撃力をどうこう言う必要はねえな。問題は、何をどの順番で使うかだ」
「順番?」
「状況に応じて選択肢が多いのは強みだけど、選択肢が多いほど判断に時間がかかることもある。相手に考える暇を与えないために、何を優先するか決めといたほうがいい」
乙骨は頷いた。
彼には、刀による近接戦闘だけでなく、リカや術式の模倣など、状況に応じた複数の手段がある。
その多彩さは大きな武器だ。
しかし、すべてを一度に使えるわけではない。相手や状況によって、最適な選択は変わる。
「じゃあ、相手が予想外の動きをした場合は?」
「その場で考えるしかねえよ。ただし、考えるための基準は用意できる」
雀は地面に落ちていた木片を拾い、簡単な図を描いた。
「攻撃を通すことを優先するのか。味方を守ることを優先するのか。それとも、相手の情報を取ることを優先するのか。目的が決まってりゃ、選択肢は絞れる」
「なるほど……」
「全部を完璧にやろうとすんな。必要な場面で、必要な手を切れ。それだけだ」
乙骨はしばらく図を眺めた後、刀を構え直した。
「じゃあ、実際にやってみようか」
「え、俺が相手すんの?」
「アドバイスをくれたのは雀君だろう?」
「いや、説明と実践は別料金なんだけど」
「後で何か奢るよ」
「……最初に言えよ」
雀は露骨に面倒くさそうな顔をした。だが、逃げることはなかった。
乙骨が動く。
雀は攻撃を避けながら、動きの切り替えを観察する。何度か攻防を繰り返した後、雀は手を上げて止めた。
「今のは、相手を倒すことに意識が寄りすぎたな。俺が横から入ってきたらどうするつもりだった?」
「……そこまでは考えていなかった」
「だろ。複数人が絡む戦いなら、正面の相手だけ見てりゃいいわけじゃねえ。味方の位置も、敵の位置も、常に頭の片隅に置いとけ」
「分かった。もう一度お願いするよ」
乙骨は素直に頷いた。雀はため息をつき、再び構える。
「はいはい。今日だけだからな」
「ありがとう」
「その礼は、あとで飯を奢るときに言え」
*
「お次は俺か?」
秤が肩を回しながら前へ出た。
「金ちゃんは、俺が言うまでもねえだろ。実戦経験もあるし、自分の勝ち方も分かってる」
「おっ、褒めてくれんのか?」
「ただし、勝ち筋が見えてるときほど、そこに固執すんなよ」
秤の笑みが少しだけ薄れた。
雀は続ける。
「自分の得意な流れに持ち込むのは大事だ。けど、相手もこっちの勝ち筋を潰しにくる。想定どおりに進まなかったとき、次の手を用意できてるかどうかだ」
「……そりゃ、そうだな」
「特に、宿儺相手ならな。運が味方するのを待つだけじゃ、足りねえ場面もある」
「お前、俺のことを運任せみたいに言ってねえか?」
「違うの?」
「違うだろ!」
秤の抗議を聞き流し、雀は訓練用の道具を指した。
「ほら、やるぞ。自分の得意な形を崩された状況を想定しろ。そこからどう立て直すか、俺が見る」
秤は笑みを浮かべた。
「いいねえ。そういう面倒くせえことを考えるのは、お前の得意分野だもんな」
「自分で考えろって言ったら、どうせ俺に押しつけるだろ」
「よく分かってんじゃねえか」
「……あー、帰りてえ」
口ではそう言いながら、雀は訓練の開始を告げた。
秤は持ち前の戦闘勘で状況を切り抜けようとする。雀はその動きを見ながら、何度も条件を変え、いつもなら通る手が通らない状況を作っていった。
秤もまた、そこで簡単には引き下がらない。
何度か失敗した後、別の手段を選び、体勢を立て直す。
「そう、それだよ」
雀が言った。
「勝ち筋が潰れたら、別の筋を探せ。最初の手が通らなかったからって、そこで終わりじゃねえ」
「お前に言われるまでもねえよ」
「なら、最初からできるようにしとけ」
「口が減らねえな!」
*
真希と脹相の訓練は、虎杖たちとは少し違う形になった。
真希は武器を手に、無駄のない動きで訓練場を駆ける。
雀は正面から相手をするのではなく、複数の位置から攻撃を仕掛ける役を担った。
真希はそれをかわし、武器で受け、反撃へと繋げる。
「……今の、わざと遅らせただろ」
真希が指摘する。
「よく分かったな」
「分かるに決まってんだろ。攻撃のタイミングが不自然だ」
「じゃあ、次はもっと自然にやるわ」
「最初からそうしろ」
真希は呆れたように言った。
雀は攻撃の角度や間合いを変えながら、真希の反応を確かめる。
彼女の場合、身体能力そのものを鍛えるだけでなく、相手の攻撃をどう利用し、どの位置から反撃に繋げるかが重要になる。
雀は真希の動きを見て、気づいたことを短く伝えた。
「今のは、相手を倒すところまで考えすぎたな。まずは安全に抜けることを優先してもいい」
「……分かってる」
「分かってるなら、次で見せてくれ」
真希は答えず、構え直した。
次の攻撃をかわした後、真希は無理に反撃へ移らず、確実に距離を取り直した。
雀は頷く。
「そういうこと。いつも最短で仕留める必要はねえ。次に動ける状態を残すのも、立派な勝ち筋だ」
一方、脹相は虎杖と向き合っていた。
兄として弟を守りたい。その気持ちは強い。
だが、決戦で必要なのは、気持ちだけではない。
脹相は自分の術式を使う際の間合いや、攻撃を放った後の隙を意識して動いていた。
雀は二人の様子を見ながら、必要に応じて声をかける。
「脹相、攻撃の後に止まるな。次の一手が遅れる」
「分かっている」
「虎杖も、相手の攻撃だけを見て反応するんじゃなくて、何を狙ってるのか考えろ」
「はい!」
雀は二人の動きを交互に見た。
術式も身体能力も違う。得意な距離も、攻撃の組み立ても違う。
だからこそ、互いの動きを理解し、必要な場面で連携できるようにしておく意味がある。
雀はすべての答えを知っているわけではない。
ただ、何が起きたのかを観察し、次に何を変えるべきかを考えることはできる。
その繰り返しが、鍛錬の質を少しずつ変えていった。
*
訓練が一段落した頃には、日が傾き始めていた。
虎杖は地面に座り込み、肩で息をしている。
秤は首を鳴らし、真希は武器の手入れを始めていた。乙骨は先ほどの訓練を振り返り、脹相は静かに呼吸を整えている。
雀は少し離れた場所で、スマートフォンに訓練の記録を打ち込んでいた。
「……先輩、そんなことまで記録してんの?」
虎杖が尋ねる。
「忘れたら面倒だろ」
「いや、そうだけどさ」
「誰が何を苦手としてて、どこを直したらどう変わったか。記録しとけば、次に同じことをやるときに無駄が減る」
「先輩らしい」
虎杖は苦笑した。
雀は画面を操作しながら、淡々と続ける。
「今日一日で急に強くなるわけじゃねえ。けど、何が足りないか分かってりゃ、無駄な鍛錬は減らせる。残り一か月、やることを間違えないようにしねえとな」
その言葉に、誰も反論しなかった。
決戦まで、まだ時間はある。
しかし、十分な時間とは言えない。
五条が宿儺と戦う。その事実は変わらない。
けれど、五条だけにすべてを背負わせるわけにはいかなかった。
「……先輩」
虎杖が声をかけた。
「ん?」
「ありがとうございます。今日、いろいろ教えてくれて」
雀はスマートフォンから顔を上げた。
「別に。俺が勝手にやってるだけだし」
「それでも」
「……はいはい」
雀は面倒くさそうに手を振った。
「礼はいいから、明日もちゃんと来いよ。今日できたことが、明日できなくなってたら意味ねえからな」
「おう!」
虎杖は力強く頷いた。
雀は再びスマートフォンへ目を落とした。画面には、今日の訓練で見つかった課題が並んでいる。
攻撃後の隙。
状況判断の優先順位。
複数人で戦う際の視野。
得意な戦法が崩れたときの立て直し。
どれも、一日で解決できる問題ではない。だからこそ、少しずつ積み重ねるしかなかった。
「……ま、こんなもんか」
雀は記録を保存し、スマートフォンをしまった。
普段なら、ここまで他人のために時間を使うことはない。だが、12月24日には宿儺との決戦が待っている。その日までに、できることを増やす。
自分のためにも。
仲間のためにも。
そして、誰一人として無駄に失わないためにも。
雀は気怠そうに肩を回し、訓練場を後にした。
決戦まで、あと一か月。
勝ち筋を配るための準備は、まだ始まったばかりだった。
原作基準で行きますか?
-
はい。原作基準でオリ敵、オリ展開無し。
-
いいえ。原作基準ではなくオリ敵オリ展開で