【縛りの重複を確認】
【対象:雀ヶ原雀】
【ペナルティ:残存呪力量を総量の二割に固定】
【追加制約:術式『
【報酬:次局における『
システムエラーの電子音が消え去った結界内は、ひどく静まり返っていた。
「……ハッ、あはははは!!面白い、面白いよ君!!」
真人が狂ったように笑い出し、その異形の身体をさらにどす黒く変貌させた。
「呪力2割!掠れば即死のチキンレース!最高じゃないか!!」
シュパッ、と空気が裂ける。真人の放った一撃は、最短距離で命を刈り取るための音速の刺突だった。
「あー、こっわ。マジで死ぬわ、これ」
雀ヶ原の身体が、物理法則を無視した角度でぐにゃりと傾いた。自身の周囲に漂う呪力牌『二萬』を足場にして、空間そのものを一瞬だけ横滑りさせたのだ。
「――おらぁッ!!」
躱すと同時に、雀ヶ原の右拳が真人の脇腹へ突き刺さる。
大技――一・九・字牌に相当する攻撃は一切使わない。隙の少ないジャブ、ローキック、小規模な呪力弾。二から八の基本技、すなわち中張牌だけで、ネチネチと確実にヒットを重ねていく。
――『
地味だが確実なラッシュ。鳴きを入れず、門前を維持したまま攻撃を積み重ねることで、手牌の基本形が少しずつ整っていく。
(一、二、三……。大技は使えねぇ。鳴いたら門前役が消える。ハメ技に頼らず、完全門前で攻撃を繋ぐ……!)
「無駄無駄ァッ!!」
真人のカウンターの蹴りが、雀ヶ原の側頭部を襲う。雀ヶ原はそれを、左腕の袖を犠牲にして受け流した。制服の生地が弾け飛び、肉が裂け、鮮血が舞う。
死線の攻防。カツン、カツンと領域内の残りツモカウンターが積み重なっていく。
十四、十五、十六――。
十七、ついに、雀ヶ原の手牌、すなわち攻防回数と呪力回路が「あと一歩」のところで噛み合った。
雀ヶ原は、自身の胸を強く叩いた。
「――『
――『立直』
それは門前を維持し続けた者だけが宣言できる、攻撃力向上の縛り。これ以降、雀ヶ原は一切の防御行動を破棄する代わりに、次の攻撃に爆発的な呪力補正が乗る。
「ハハッ! 自ら防御を捨てたか! 自殺志願者め!」
真人が自身の肉体を限界まで変形させ、結界内の全空間を埋め尽くすほどの肉の針を放った。
退路はゼロ。
その時、雀ヶ原の胸ポケットから、血に染まった「虎杖の千円札」がハラリと中に舞う。雀ヶ原はそれを拾い上げると、真人の肉の針が最も集中する死角へと投げ飛ばした。
「おい、呪霊。これ、何だと思う?」
「……は?」
「千円札だよ。俺が借りた、虎杖の千円」
真人の視線が、ほんの一瞬だけ宙を舞う紙片へと向いた。
「くだらない……そんなものが何だっていうんだい?」
「別に。ツモ位置が変わるわけでも、牌が増えるわけでもねぇよ」
雀ヶ原は血まみれの口元を吊り上げた。
「けどな――勝負の最中に、目の前で何かが動けば、そっちを見ちまうこともあるだろ?」
コンマ数秒。
真人の攻撃に、わずかな隙が生まれた。雀ヶ原はその一瞬を逃さなかった。残された呪力をすべて右拳に集中させ、真人の胸元へと突き出す。
「――『
雀ヶ原の拳が、真人の胸を撃ち抜いた。
「――『
ドゴォォォォン!!!!
領域の制限時間、十八ターン目の最終自摸。
「ハァ、ハァ、ハァ……!!」
膝を突き、大量の血を吐き出す雀ヶ原。真人は胸を焦がされながらも、遍殺即霊体の硬度で耐えきり、不気味に笑う。
「あはは! 耐えきったよ! 君の呪力はもうゼロだ。その程度の威力じゃ、僕の魂は――」
「おい、忘れてんぞ、呪霊」
雀ヶ原が、血まみれの顔で真人を見上げた。
「俺は門前で、しかも立直をかけてアガった」
ギラギラとした狂気の目が、真人を捉える。
「ってことは、
真人の背筋に、生まれて初めての冷気が走った。
雀ヶ原が、血に濡れた指先をパチンと鳴らす。
「裏、乗れやァァァァ!!!!」
【乱数判定:『一筒(イーピン)』】
【手牌との合致を確認――『裏ドラ3』】
ゴ、ゴ、ゴ、ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!!
「が、あ……ッ!? なんだ、これは……あぎゃァァァァッッ!!!」
真人の絶叫が地下空間に響き渡った。先ほど雀ヶ原が放った、わずか二割の呪力による一撃。その因果の裏側に隠されていた呪力が、裏ドラの判定によって強制的に跳ね上がる。
立直(一翻)
一発(一翻)
門前清自摸和(一翻)
断么九(一翻)
海底撈月(一翻)
この時点で、基本手役は五翻。
【基本手役:五翻――満貫】
そこに、完全ランダムの狂気の乱数――『裏ドラ3』が強制加算される。
【合計八翻:倍満】
満貫の呪力をさらに二倍へと跳ね上げる、ギャンブラーの執念。
空間を歪ませるほどの漆黒の呪力衝撃波が、真人の『遍殺即霊体』の強固な外殻を、バリバリと音を立てて粉砕していく。
「馬鹿な……! こんな、理不尽な確率が……あってたまるかァッ!!」
「ひゃはははは! これがギャンブルだよ、特級!! 門前で仕上げたご褒美だ! 大人しく
血を吐きながらゲラゲラと笑う雀ヶ原。真人の肉体はボロ雑巾のように引き裂かれ、その魂の形態維持すら危うい状態で、コンクリートの床へと転がった。
勝負は、ひとまず決した。鳴きを封じ、呪力二割の極限状態で『断幺九』を刻み続けた執念が、裏ドラ三枚という最悪の奇跡を呼び寄せたのだ。
「やった……のか……?」
虎杖が呆然と立ち尽くす中、雀ヶ原は「あー、マジで死ぬ……」と呟き、その場に大の字にひっくり返った。
だが。
不気味な足音が、地下の闇から響いてきた。
パチ、パチ、パチ。
小気味良い拍手の音とともに、ひとりの男が姿を現す。
「いやぁ、素晴らしい結界術のハッキングだ。門前タンヤオを貫いての裏ドラ三枚で倍満なんて、現世の術師も捨てたもんじゃないね、雀ヶ原くん」
額に一本の不気味な縫い目を持つ男――羂索。
五条悟の親友であったはずの「夏油傑」の肉体を携えた何者かが、闇の中からゆっくりと歩み出た。
「……お前、誰だ?」
虎杖が男を睨みつける。
虎杖は、その正体を知らない。
男は虎杖に答えることなく、倒れた真人と雀ヶ原を見下ろした。
「いやはや、予定外のお客様が入り込んだものだ。君のような術師がいるとはね」
雀ヶ原は血の混じった唾を吐き、男を見上げた。
「……誰だか知らねぇけどよ。観戦料は高ぇぞ」
「ふふっ。いいね、その減らず口」
縫い目のある男が、愉快そうに笑う。
「君には、これからも面白い局を打ってもらわなくちゃいけない」
渋谷の地下に、再び不穏な静寂が落ちた。