「お前、誰だ?」
雀ヶ原雀の問いに、額に縫い目のある男は薄く笑った。
「手荒な真似はしないでくれないかい?私の
「……夏油、さん?」
雀と虎杖は新たに出てきた敵に動けずにいた。
「助けてあげようか、真人」
男の足元では、重傷を負った真人が地面に転がっている。しかし真人は、夏油と呼ばれた男の「助ける」という言葉の裏にある、『人間の悪意』を察知する。真人は最後の力を振り絞って右腕を刃に変え、羂索の背後から不意打ちで襲いかかる。
「知ってたさ、だって俺はお前ら(人間)から生まれたんだから」
真人がかすれた声で叫びながら襲いかかるが振り返りもせず、いとも簡単にひらりと回避する。真人の体は宙で静止し、呪霊操術の力によって小さな黒い球体へと圧縮され始める。
「本当は漏瑚も欲しかったんだけどね」
羂索はそう言うと、真人だった球体を口に放り込み、飲み込んだ。
「……何をした?」
虎杖が身構える。
「さあね。君が知る必要のあることではないよ」
羂索は虎杖から視線を外し、少し離れた場所で膝をつく雀ヶ原雀を見た。
「これからの世界の話をしたいが。それよりも、そちらの彼だ。自分の呪力をわずか二割まで減らして、何を企んでいるのかな?」
雀は荒い息を吐きながら、顔を上げた。
「……何って、罰符の精算だよ」
「罰符?」
「俺の術式じゃ、錯和をやらかすと呪力の八割を没収される。けど、ただ消えるわけじゃねぇ」
雀は虎杖をちらりと見た。
「同じ卓にいる奴に責任支払いがある。つまり、俺が敵じゃないと認めた奴に徴収された呪力が渡される。呪霊は敵、同卓者は虎杖と客打だったから今回は虎杖に渡る」
「えっ、俺に!?」
虎杖は自分の拳を見下ろした。身体の奥から、今まで感じたことのないほどの呪力が湧き上がっている。雀が失った呪力の八割。その大部分が、虎杖へと移っていた。
「先輩……、なんでそんな」
「勘違いすんなパチンコ大王、これは精算だ。借りを返すのがギャンブラーの基本だろ」
雀は口元を歪めた。
「それに、罰符にはもう一つ効果がある」
「もう一つ?」
「
羂索の笑みが、わずかに深くなる。
「なるほど。自分を犠牲にして、次の一手を確定させたわけか。だが、君自身にはもう戦う力が残っていない」
「だから言ってんだろ。精算だって」
雀は床に落ちていた、一枚の血塗れの千円札を指す。真人との戦闘で攻撃を逸らすために使った、くしゃくしゃの千円。
「虎杖!! 拾えッッ!!」
虎杖は反射的に千円札を拾い上げた。
その瞬間、紙幣が黄金色の光を放つ。1枚の札が、無数の麻雀牌へと変化した。牌が空中に並び、ひとつの手牌を形作っていく。
“一萬、一萬、一萬、二萬、三萬、四萬、五萬”
“六萬、七萬、八萬、九萬、九萬、九萬”
九つの門を備えた、
その牌姿が完成した瞬間、領域の残滓が大きく震えた。
『罰符支払いを確認』
『条件適合者への呪力移譲、完了』
『予約報酬――『元禄積み』の使用権を、虎杖悠仁へ移行』
『役満成立:純正九蓮宝燈』
システム音が響き渡る。
虎杖の右拳に、黄金色の呪力が集中した。
「……なんだ、これ」
「考えんな。牌に任せて殴れ」
雀が短く告げる。
「その役満は、お前の拳で完成させろ」
虎杖は一歩踏み込んだ。
「うおおおおおおおッ!!」
拳が振り抜かれる。最後の“五萬”が虎杖の拳に吸い込まれる。
その軌道から、九つの衝撃がほぼ同時に放たれた。
正面、左右、上下、そして死角。九つの攻撃が互いの隙間を埋めるように広がり、羂索へと殺到する。
九蓮宝燈――九つの門から放たれる、逃げ場を塞ぐ連撃
通常の回避では間に合わない。ひとつの方向を防御すれば、残る攻撃が別の角度から襲いかかる。
「これは……!」
羂索の表情が初めて変わった。
次の瞬間、九つの衝撃がその身体を捉えた。肉が裂け、骨が砕け、衝撃が地面を抉る。
だが、最後の一撃が頭部を砕く寸前、羂索の身体が不自然に歪んだ。
皮膚が波打ち、骨格がずれ、内臓の位置が強引に組み替えられる。真人の術式。『無為転変』。
羂索は取り込んだ真人の術式を限定的に利用し、自身の魂に干渉して肉体の構造を変化させたのだ。急所をずらし、致命傷となる攻撃を紙一重で回避する。
それでも、九撃すべてを防ぎきることはできなかった。
身体の各所が深く抉られ、羂索は吹き飛ばされる。地面を転がった末、崩れた瓦礫の中で片膝をついた。
「……っ、はは」
血を流しながら、羂索は笑った。
「なるほど。役満というのは、こういうものか」
立ち上がろうとする身体が、わずかに揺れる。
「まともに受けていれば、危なかったね。まさか、あの状態からここまでの一撃を繰り出すとは」
虎杖は拳を握りしめたまま、羂索を睨みつけた。
「まだやるか……!」
「いや。今日はここまでにしておこう」
羂索はゆっくりと立ち上がる。
傷ついた身体を修復しながら、虎杖と雀を見比べた。
「虎杖悠仁。そして、雀ヶ原雀。君たちのことは覚えておくよ」
「逃げる気か!」
「逃げる? 違うね。次の勝負に備えるだけさ」
羂索は笑みを浮かべた。
「死滅回游で、また会おう」
そう言い残し、羂索は闇の中へと姿を消した。
静寂が戻る。
虎杖はしばらく拳を見つめていたが、やがて雀のもとへ駆け寄った。
「先輩!大丈夫っすか?」
「……大丈夫に見えるか?」
雀は地面に仰向けになった。
「呪力はほぼ空。身体はボロボロ。おまけに、千円札まで使っちまった……」
「いや、最後のは別にいいだろ!」
「よくねぇよ。利子込みで二千円の価値があったんだぞ、あれ」
「そんな価値ないって!」
雀は目を閉じ、深いため息をついた。
「……まあ、いい。借りは返した。これで親としての面目も立っただろ」
「親って何だよ!」
「麻雀の親だよ、親。細かいこと気にすんな」
「今そら必要?」
虎杖の叫びが、崩壊した渋谷の街に響く。雀は返事をしなかった。そのまま意識を手放し、地面に倒れ込んだ。
「先輩!ちょっと先輩⁉︎」
虎杖の声だけが、夜の街に残った。
役満確定を見せたいだけな人、京都校とか出すと俺の風呂敷では無理だから消しました。
続きは一旦書いてないので考えるかここで止まるかはSiriも知りもしねぇ